Film4-2 じめっと湿った大人達

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 来客用の面接室は、たいてい偉い先生が使うことが多い。ましてやケイジュのようなクラスも受け持っていないような先生が入ることは、滅多にない。だからこそ、今日の昼休みに呼び出されたのは、何かあってのことだろう。
 まさか、何かお叱りを受けるんじゃないだろうな__そわそわしながら面接室で待機していると、ようやくドアがノックされる。「はい」と平静のベールをまとった声を上げると、ぞろぞろと関係者と思われるメンバーが現れた。
 1人は生徒会長のコウジ。2人目は中等部の教頭。そして3人目は、学園の関係者ではなかったが、コウジもよく知る人物だった。パンツルックの動きやすさとカジュアルさを両立したスタイルに、明るい色の長い髪。ケイジュの記憶とは少しズレているが、何かを見据えたようなツリ目こそ、彼女が彼女である証拠だ。
「ささ、どうぞ」と教頭に促され、女性はソファに腰かける。えっ、と出かかった声を飲み込みながら、ケイジュはその様子を見届けていた。

「ケイジュ先生、お待たせしました」
「驚いたかい? 昔の知り合いが職場に来るなんて」

 何食わぬ顔で話を振ってくるコウジと教頭。まさか、俺の素性がバレたのか。いや、だとしたらコウジも教頭もこんなににこやかにはならないだろう。ここは冷静であれケイジュ。普通の学校教師を演じなければ。その一心で、ケイジュは無理やりに愛想笑いを浮かべた。

「あ、まぁ……」
「それじゃあ、私とコウジくんは資料やお茶を持ってくるから。2人は歓談でもしてくれたまえ」

 教頭め。こっちの気も知らないで。ケイジュは教頭のつるつるの頭を、恨めしく思った。
 パタンと面接室の扉が閉ざされ、ケイジュと女性との間に沈黙が走る。パートナーポケモンもお互いにモンスターボールに入れているから、気を反らせる物も相手もない。
 でも、とりあえず。ケイジュは、彼女に会ったらどうしても言いたかったことを、喉の奥からワッと吐き出す。その割には、いや、だからこそ、自分の声はひどく低く落ち着いていた。

「どのツラ下げて俺の前に現れた、タンジー」
「その様子じゃ、ずいぶん嫌われちゃったわね。もう10年近く音信不通だったし」
「当たり前だ」

 ぷんっ、とツンツンした態度をむき出しにしているケイジュは、タンジーからすれば子どもっぽくいじらしい。昔から変わっていない幼さに安堵すると同時に、ここまで嫌悪感を抱かれるのは想定内だった。想定内ではあっても、やっぱり他者から嫌われるのはいい気分ではない。
 タンジーを気にかけることもせず、ケイジュは続ける。

「ニッケイから聞いた。大きなプロジェクトのリーダーをやってるって。これのことか?」
「そういうことにしておくわ」

 くすくすと笑みを絶やさないタンジーが、ケイジュにとっては面白くない。こいつがそう言う時は、たいてい隠し玉を持っている。だからって、今突っついても話してくれるワケがないのも分かっている。

「ミノリもいるんでしょ? 久しぶりに会うのが楽しみね」
「あいつに指一本触れてみろ。タダじゃおかないぞ」

 その時。タンジーは笑顔の仮面を一瞬だけ外した。ふぅ、と溜息を吐くその目の色は、深い深い闇色だ。まるで何かに取り憑かれているようにも見えるその顔に、ケイジュは胸騒ぎを感じた。
 こいつを野放しにしてはいけない。目的が分からないからこそ、あいつの身に何か起こらないように、自分がこいつの動向を探らなければ。

「せめて生徒の前では仲良くしましょうね」

 タンジーは再び笑顔の仮面をつけ、ケイジュに向き直る。昔からこいつは掴みどころが分かんなかったが、袂を分かってからはそれに拍車がかかっている気がする。ケイジュはひとまずタンジーの言う通り、生徒達の前ではタンジーと友好的な自分を演じようと決めた。



★ ★ ★



 新入部員獲得とプレイヤ大賞を目標に掲げてから、ポケモン演劇部の活動はさらに熱気を帯びていた。一番近いイベントでもあるシアフェスに向けて、練習に再び本腰が入る。
 シアフェスの演目にもなった人魚姫は、港町で海が近いタチワキや夏の雰囲気にピッタリだ。主役の人魚姫をミノリ、人魚姫をサポートする幸せの使いをトゲチックのビーナスが演じるのだが、このコンビの息が実に合っている。ちなみにマドカとライムの凸凹コンビは、人魚姫のきょうだい役だ。こういう脇役の方が、ライムは実は好きだったりする。マドカは向上心があるから、主演を取りたいとか思っているのかもしれないが。

『このナイフで王子様を刺せば、あなたは泡にならずに済むのよ!』

 一番上の姉役・イブキがセリフに熱い思いを乗せる。姉の気持ちを汲み取るかのように、ミノリは嬉しさと哀れみが混じったような顔を作ると、首を横に振った。 人間の姿になってからの人魚姫は声を出せないため、表情や仕草だけで芝居をしなければいけない。高い芝居の才能がなければできない、難役でもある。それができるミノリはさすがだ、すごい。副部長様さまだと、部員の誰もが思っていた。

「ミノリ、今のよかったよ。その感じ忘れないでね」
「は、はいっ……!」

 イブキ直々に褒められ、ミノリも嬉しそうだ。今注意したと思われることを忘れないようにと、台本にササッと走り書きで残しておく。

「それにしても、本当に王子様が刺されたらどうなっちゃうんでしょうねぇ」

 そう言いながらサヤカがニヤニヤしている時は、だいたい面白半分で口にしていることが多い。細められたサヤカの目は、王子役に割り振られた実の兄に向けられている。当の兄・ユタカはサヤカを嗜めるように、肩をすくめていた。

「シャレにならないからやめろ」
「ボクは気になるけどね。ちょっとハードな人魚姫も……。くっくっく!」

 サヤカとはまた違った、悪い笑い方をするハクロの姿は、まるでゲームやファンタジー作品によく登場するラスボスのようだった。実際、ハクロに当てられた役は人魚姫の声を奪う魔法使いなものだから、サマになっている。ハクロの方がシャレにならないと思う部員は、少なくない。

「この入れ替わりも、実はハクロ先輩がラスボスだったりして」
《えー? さすがのハクロ先輩も雷を操る力は持ってないっしょ》
「うぐ……確かにそうだな」

 そういえば、入れ替わる直前に最後に見た光景。まるで引き出しの奥を掘り起こされたかのように、ライムは思い出す。禍々しい色の空をバックに、緑と青のナニカが舞っていたような。それがポケモンなのか、それ以外の生き物なのか、はたまた飛行機とかヘリコプターなのかは、よく分からなかったけど。
 もしかしてあの時見たアレの方が、雷を操っていたりして。

「お前ら、やってるな」
「ケイジュ先生! お疲れ様でっす!」

 何やら書類を抱えて部室に入ってきたケイジュに、サヤカがビシッと敬礼する。普段ケイジュが部室に顔を出すときは手ぶらなのだが、ちょっと珍しい光景だ。しかももっと珍しいことに、今日は生徒会長のコウジと、見慣れない女性が一緒にいる。
 廃部宣告のことを思い出させられたのか、サヤカとブロッサムはコウジを見ては戦闘態勢でも取るように構えている。

「うげげっ! 生徒会長!」
「構えなくていいよ。もう廃部宣告とかそういうのしないから」
「そういうことだ、お前ら。ちょっと話があるんだ」

 顧問直々に話とは、何だろう? そもそも、何で生徒会長も一緒? 一緒にいる女の人は誰? 疑問を抱きながら部員達はケイジュの周りに集まる。イブキやミノリ、3年生部員でさえ、どんな話がなされるのか心当たりがなさそうだ。
 全員揃ったことを確かめると、ケイジュは書類の中から1枚の紙を取り出し、部員達に伝達する。

「よく聞けよお前ら。イッシュタイムスが、このプレ学(プレイヤ学園の略称)の学園祭で特集記事を組もうとしている。そこで、プレ学の中でも生徒とポケモンの絆が重要視されているポケモン演劇部を、このタンジーさんが密着取材したいそうだ」

 自分達に密着取材!? ポケモンを含めた部員達がわぁっとどよめく。「まだ話は終わってないぞ」と、ケイジュは乾いた笑いと共に続ける。

「ただ、学園祭は新学期に入ってからやるから、夏休みの練習中にまたがって取材が入ることになる。それでもいいか?」
「もっちろんです! サヤカのアイドル活動の練習にもなりますからねっ!」
「お前1人だけの決断じゃダメだぞ。まぁ、俺も賛成だけど」
「いいんじゃないかな。美しいボクの姿、とくと見ていただけるならね」
「実際、ここで取材を受けておけばポケモン演劇部の知名度も上がるからね。占いでもいい方向に行くって出てるし、悪い話じゃないと思うよ」

 すっかりポケモン演劇部員達はその気になっている。自分達の知名度アップを狙っている彼らにとっては、これほどおいしい話はない。サヤカは早速手鏡を片手にヘアスタイルを整え直しているし、イブキは「よろしくお願いします」とタンジーに一礼している。
 トントン拍子で話が進んでいく中、マドカは浮かない顔をしていた。芝居や部活が絡む話で、マドカがこんな顔をするのは珍しい。ライムと幼なじみコンビは、その理由をよく分かっていた。

《……あの人は良識ある人だといいな》
《マドっちは昔から、マスコミ系の人が嫌いだもんね》

 ムスッと膨れているマドカの記憶には、小学校の時の苦い思い出が残っている。
 ライムの母・キヨミが死んだ時と、その直後に自分の母が女優業を引退した時。カメラやマスコミが、泣きはらした顔の母を取り囲むさまは、子どもながらにいい印象がなかった。ママをいじめる大人達、キヨミちゃんのお葬式でワイワイする人達。ライムにまでカメラを向ける人達。マドカの中でマスコミは、そういう人達という認識を強く刷り込んでいた。

《ライムも変な取材されたら、あたしのこと呼んでね! 悪いヤツにはマドカキックをお見舞いしてやるんだから!》
「オレの身体ならできてもかかと落としだよ」
「マドカちゃんが何を言ってるか、何となく分かるよぉ」

 アキヨがくすくすと笑っているのにつられて、ライムも力が抜けたように笑う。少し張り詰めた気持ちがほぐれたのも束の間、タンジーがつかつかとこちらに近づいてきた。
 ちょっとみんなの盛り上がりから外れてたからかな__ライムがそう思っている間にも、タンジーは距離をどんどん詰めていく。こちらを覗き込む目は、見られている方が吸い込まれそうだった。

「あなた、誰かにそっくりな気がするわね」
「え……」

 どうしよう。マイヤの子どもってバレる? 大騒ぎになるから、部活の中ではアキヨ以外のメンバーには言わないようにしていたのに。
 ライムが答えに詰まっていると、すかさずコウジがライムを覆うように前に出る。

「俺じゃないですか? こいつ、俺の妹なんです」
「そうだったのね。確かにはっきりした顔立ちが、よく似ているわ」

 そう言うとタンジーは、今後の予定についてイブキやケイジュと話し合うことがあるのか、すぐに立ち去った。
 上手くいったろ__振り向いたコウジが、ウィンクを投げかけてくれる。ニッと笑う、自分達を守ってくれた兄の顔は、とても心強かった。



★ ★ ★



 部員達が帰った後も、ミノリは部室に残っていた。どうしても話しておきたいことがある相手がいたからである。

「新聞記者になってたんですね、お姉さん」
「そうなの。私、ケイジュに嫌われてるから、学校や部活のこといろいろ教えてね」
「あ、はい……」

 ミノリにとっては、ケイジュもタンジーも特別な存在だ。自分が慕っている者同士がいがみ合っているのは、心が痛くなる。
 ただミノリは、ケイジュがタンジーを嫌う理由をよく分かっていた。その背景については、ミノリも納得していない部分があるのも、また事実。声を震わせながら、ミノリはタンジーに本題をぶつけた。

「お姉さん、ひとつ聞いていいですか?」
「なぁに?」
「もう、ゲーチス達と悪いことはしてないですよね?」
「ええ。プラズマ団はとうの昔に解散したんだもの」

 ニッコリと微笑むタンジーのことを、完全に信用してもいいのだろうか。そう問われたら、今のミノリは首を盾に振ることはできない。



★ ★ ★



『マインドポッドについて』

 強い絆で結ばれた人間とポケモンから生まれるタマゴのこと。
 普段はタマゴは二分割されており、人間側を『ハンプティ』、ポケモン側を『ダンプティ』とする。
 人間とポケモンの心とタマゴを重ね合わせることで、絆が大いなる力へと変化する。

 この力は、カロス地方で目撃された『メガシンカ』、アローラ地方から古くから伝わる『Zワザ』、ガラル地方で度々発見される『ねがいぼし』と似たようなメカニズムや効果があるとされている。
 しかし、メガシンカ等とは違い、マインドポッドは人間やポケモンから生まれた、いわば心そのもの。心そのもの故に、心に強く干渉する。これらの現象と比較すると、非常に不安定だ。
 もし、この力を悪用する者がいるのであれば。
 そもそもマインドポッドの存在を、なかったことにしておいた方がいいのかもしれない。



 夜の生徒会室は誰もいない。忍び込むことができるのは、教員の特権だ。パートナーのコイルに『フラッシュ』で照らしてもらいながら、ケイジュは古文書を広げている。

「あの感覚、間違いない気がする。でもまだだ、まだ何か足りない」

 ケイジュの中では、このマインドポッドに関してある仮説を立てていた。しかし、何か根拠があるのか、まだ仮説を結論にすることはできない。
 
「ジジ……」
「分かってるよ、ゼラニウム。そろそろ帰らないと、怪しまれるもんな」

 コイルに促され、ケイジュは古文書を閉じる。コピーは手に入れることができたから、あとはそれを資料としてファイリングするだけだ。
 このプレイヤ学園は長い歴史のもとで成り立っている学校だ。故に、ウソか本当か分からない伝説や七不思議、ウワサなんかが生徒や教師達の間で語り継がれている。
 このマインドポッドもそのひとつだと思っていた。よほど危険な力なのか、この話を知る生徒はほとんどいないと言われている。現生徒会長のコウジすら知らないだろう。

(マドカとライム、あいつらが……まさかな)

 ポケモン演劇部防衛戦の後から、ケイジュには気がかりなことがひとつあった。マドカとライムのことだ。マドカとライムの心が共鳴したかのように、大いなる力が放たれ、結果的に廃部を阻止した。
 ライムにあれほどのポテンシャルがあると言われればそれまでだろう。だが、ライムは持病があると聞いている。部活には参加できているものの、あれだけの力をいきなり発揮できるのはどうも引っかかる。

(それに、強い絆で結ばれた生徒とポケモンなら、他にもたくさんいる。ミノリとビーナスの方が、この力を持つに相応しいコンビだろう。彼女らを差し置いてマドカとライムに大きな力があるとは、考えられない)

 もうすぐ夏休みが始まり、学園祭も迫っている。ポケモン演劇部の取材も予定されているため、教師としての生活にも追われている。気を引き締めていかなければと、ケイジュは自分に喝を入れた。

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