第一節 絢爛なる花の名は

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読了時間目安:14分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ヌクレアシティ南七番街が三丁目。酸化した油が放つ都市の暗い臭いが漂う路地裏で、二人はついぞ向かい会った。
 己が刃を抜いた少女は、確かめるように言葉を紡ぐ。

「やっとアタシが追う側になったな爺さん。でもよ、一度ならず二度までも、アタシにその刃を向けるってことはよ。腹ぁ括ったんだな?」

 彼女の言葉に、老人は携えた刀の鯉口を切り、肯定の意を為した。

「オイラの不義理は承知の上でさぁ、お嬢……いや、四天王・・・
「……禄な死に方できねぇぞ、クソジジィ・・・・・

 フキはかつての自身の世話役に対し、初めて本物の殺意を向けた。
 事ここに至るまで一週間と少しばかり。動乱の幕開けは、実にありふれた日常だった。


◆◇◆◇◆◇◆


「フキさんフキさんフキさんっ! 僕、ついに大学に編入できる目処が経ちましたよ! きちんと試験も通りました!」

 夏も残炎の候だというのに、未だジリジリと太陽が照りつけるヌクレアシティの中心街。
 先程ようやくウザったらしいギプス生活からおさらばしたアタシは、大学病院に来て医者のしち面倒臭い話を聞いている最中に、試験の合否を確認しにオレアが今日学校の方に来てるなぁと思い出した。
 だったらついでにバイクで送ってやろうと落ち合う場所にやって来たら、鼻息をふんすふんすと荒立てたオレアが、握りしめた合格通知を押し付けんばかりに見せつけてきた。

「べい! べいべべい!」
「これで僕も九月からは心機一転、一人暮らしでの大学生活ですよ!」
「お前よく勉強することになるのに喜べるな。アタシは頼まれても願い下げだぜ」

 いまいち何もよくわかって無さそうだが、主人に釣られてテンションの振り幅が青天井なベイリーフがぐりぐりと頭を擦り付けてくる中、大学生へと返り咲いた者の勢いは止まらない。

「何言ってるんですか! これで僕も少しだけ生物に詳しい無職18歳から大学生に戻れるんですよ!」
「確かに18歳無職の肩書きは凄まじいな」
「そうですよね! 親からもせっつく電話がかかって来て、眠れない夜に悩まされることもなくなると思うと僕は……僕は……!」
「おうおう泣くな泣くな、テンションバグり散らかして変な方向にすっ飛んでるぞ。でもアレだ、せっかくだしどっかで合格祝いでもするか。もちろん今日はアタシが満額出すぜ」

 感極まって立ち尽くしながら涙を流し始めた姿に若干引きながらも、とりあえず祝うなら肉なので、ひとしきり頭の中で思いつくステーキハウスを検討していく。
 だがそんな思考を途切れさせるように、ポケットから携帯がブブブ、と震え出した。
 懐から取り出し画面を見れば、よく知ったチビ豆からの電話である。

「おっリリー、オレアが無事大学に編入できるみたいだから合格祝いに飯食いに行こうと思うんだが、お前もくるか?」
『それはおめでとうだね……ってちがーうっ! フキちゃん今日は会議があるからすぐに帰ってきてっていたでしょ! 釘を刺しに電話しに来たら案の定だよまったくもう』
「あー悪ぃ悪ぃ、それじゃあそれ済ませてから行くか」
『それでついでと言っては何なんだけど、いつも通り来てくれ無さそう人がもう一人いるから迎えに行ってもらえない? 今日の会議は絶対やらなきゃいけない奴だから』

 リリーの若干申し訳なさそうな声で告げられたその言葉に、内心アタシはまたか、と思ってしまった。

「へいへい、今日の食事はアタシとお前で割り勘な」
『待ってフキちゃんそんな私に何の徳もないお勘定って――』

 リリーの焦った声が聞こえて来たところで通話終了、携帯をポケットの底へギュウと押し込む。

「悪いなオレア、ちょっとだけアタシの用事も済ませなきゃいけないみたいだ。お前も……いや、今回はちょっとお前には刺激がアレだしついてこない方がいいのか……?」
「どうしたんですか? すごい渋い顔をしていますけど」
「いやちょっと会議を忘れてたのと、ついでに人を一人連れてこいって言われたんだが、それがなぁ……」

 ポリポリと頭をかくと、ウユリ姉さんやエーデルワイスとはまた別ベクトルの面倒臭さが漂う人物の顔が脳裏によぎる。

「あー、あねさん、ここらでも有数の賭場『エル・ドラド』の総支配人であり、リーグ位階一位の人なんだが……まぁこの人も何というか、会うと気疲れするんだ」


◆◇◆◇◆◇◆


 ドロロロ、と重いバイクのエンジン音を轟かせながら高速道路の風を切り、街の中心もっとも栄えた繁華街へとその進みを向けていた。
 二人ともこの暑い中ヘルメットをつけるのは死にそうだが、電車やバスで人に絡まれるのはより面倒なので仕方がない。
 いつぞやのウユリ邸に向かう時と似たような状態だが、前よりもぎこちなさの減ったオレアは、しっかりとアタシの体に手を回している。

「てかお前本当にカジノなんて見てぇのか? 案外ワルじゃねえか」
「やりたいって訳じゃないですけど、ヌクレアのカジノ街といえば世界有数ともっぱらの話じゃないですか。僕だって一度見てみたい気持ちはありますよ。それに、フキさんがいれば怖い人に絡まれることも無さそうですから」
「一丁前に口も達者になって来たじゃねえか。でもカジノじゃあ何にも買ってやれるものはねえぜ?」

 軽口を叩き合いながらこの街でも最大の繁華街、豪華なホテル――に見まごうばかりのカジノ群が乱立する中心地へと降り立つ一般道へ車線変更。
 見る間に走る車のグレードが高くなった一区画は、高級な時計店や香水の店、目の飛び出すような値段のアパレルショップなどがテナントとしてひしめき合っている。

「お、あの店はウユリ姉さんの作品扱ってるブランドの店だぜ? こう見ると姉さんすげえな」
「ガラル貴族のお嬢様で、デザイナーで、四天王ですもんね」
「ついでにドがつく甘やかし体質。まあ次の奴だって知名度で言えば、この街のみで言えば姉さんを凌ぐけどな」

 あくびが出そうなほどゆったりとした速度で二輪車を転がしながら、目的であるいっとう豪華なカジノ、その駐車場にバイクを停める。
 オレアもだんだんブレーキ一回のドリフト駐車に慣れて来たのか、目を回さなくなってきた。
 そのままスタンドを立てるとアスファルトの輻射熱がむわりと体を包み込み、汗がダラダラと額を伝う。
 そのまま足速にホテルの入り口に向かえば、ホテルマン――いや、カジノの従業員は暑苦しい服を着込みながらも汗一つ見せずに頭を下げた。
 そんな姿に少し同情を覚えながらも、残念ながらお金を落とす側であるアタシらはさっさと建物の中へ向かう。

「いらっしゃいませ、四天王のフキ様。本日も当店の総支配人に御用でしょうか?」
「おう、頼むぜミスター。委員長サマからお呼び出しだ」
「承知しました。仰せのままに」

 そこはオレンジのシャンデリアに照らされた黄金が光る、目が痛くなりそうな大広間だ。
 絢爛豪華、されど成金趣味。聞こえてくるのは高尚なクラシックなんぞではなく、スロットのがなり立てるような音楽と、生演奏のサックスが奏でる魔性の旋律である。
 そこで出入り口付近で仕事をしているホテルフロントに似た従業員が、アタシに気づいて声をかけてくる。しっかり教育が行き届いているのか、上客だったり支配人の関係者だったり、そういう顔はしっかり覚えているようだ。

「うわぁ……すごい……すごい、うるさいです……」
「はっ、ヌクレアでいっとう栄えているカジノに入った感想がそれか! まぁ売り上げを出すためには清濁合わせ飲まなきゃだからな。でもまぁ、ハイレートなVIPエリアまで行きゃ多少は静かになるぜ」
「ハイレートって、一体どのくらいなんですか?」
「チップ一枚50万、噂じゃその5倍の値段のチップもあるとか」
「ごっ、ごじゅっ……!」

 純粋無垢な少年の足下をちょいとふらつかせながら、施設内にぐるりと視線を巡らせる。
 その店内は突き抜けるほどの黄金色で、ここでは見えないが、黄金で象った支配人の彫刻もある。そしてそれらに散りばめられた紫の意匠が、彼の自己主張の強さを雄弁に物語っていた。
 だというのに辺りを見回してもゴミはおろか埃による光の散乱さえも見受けられず、タバコの匂いだってよくよく換気され、鼻につかないレベルまで薄められているのが癪である。

「それで、ここの階段を登って上の階がVIPエリア。そろそろ目ん玉吹っ飛ぶようなレートの始まりだぜ」
「確かに階段の上まで来ると雰囲気変わりますね。何だかお客さんがガッツいてないっていうか」
「ここに来るやつは本当に年ごろやって来るような金持ちの趣味か、ヤクザもんでもサツのガサ入れが3回生まれ変わってもはムショから出て来れねえ上役に、ギャンブルで生計を立てようとする太え奴、まあ後は……」

 最後の人物を紹介しようと口を開こうとしたが、どうやらお誂え向きのバカ一匹、またこのカジノにやって来たようだ。

「ヒィッ! 悪かった、悪かったから許してくれよ、なぁ!」
「あら、ワタシのお店は公明正大・厳正中立がモットーなの。それを守るならその素性は問わないわ。で・も、それを破った貴方にはそれ相応のお仕置きがあるってワケ。それにしても随分、顔立ちが可愛らしいのね」
「ヒィィィッ!!」

 顔を青ざめさせこの場から逃げ刺そうとするイカサマ客アホにそっと足を引っ掛けてやると、それはものの見事に顔面と床がディープキス。前歯が喜び勇んで口の中からまろび出た。
 追ってきた背の高い大男・・は、パチパチと楽しそうに手を叩きながらこっちへ向かってきた。
 薄紫、というよりかはピンク色のモヒカンを2ブロックにした、誰よりもその場の視線を集める美丈夫。
 網掛けと黒いエナメルの同居する服を着込んだ姿はともすれば変態だが、本人の怪しげな雰囲気とよく溶け合って調和している。
 彼はニコニコと笑顔を浮かべたまま賭博詐欺客の元まで歩み寄り、身体を屈めるとそっと耳打ち。

「おいたが過ぎたわね。お仕置きよ、ボウヤ」

 その言葉とともに、どこからともなく現れた黒服達が、男をずるずるとどこかへ引き摺っていった。
 これがヌクレア四天王最後の一人。輝くカジノの支配人、イカサマ狩りのイカサマ師、様々な肩書きを持ちながらも、やはり最も輝くものはこれだろう。
 ヌクレア四天王位階一位、『毒蠱争鳴どっこそうめい』のアストラだ。


◆◇◆◇◆◇◆


 場所は変わって総支配人室に通されたアタシら二人。リリーともウユリ姉さんとも違う、紫と薄桃を基調とした、これまたギラギラと輝く部屋。
 そもそも歳が満たずに二人揃ってここじゃあ賭け事の一つも出来ないので、とりあえずということで案内されたのだ。
 キンキンに冷やされたミックスオレを持ち上げ、カロンと音を立てながら口をつける。そこらで売られている安物とは違う、果実感がそこにはあった。

「フキちゃんのお付きの子、ウユリちゃんから聞いてた通り可愛い顔立ちしてるじゃない」
「ふ、フキさん……!」

 オレアは目に涙を溜めながら、アタシの袖をくいくいと引っ張ってくる。多分こういうところが捕食者系女子に好かれる要因なのではないのだろうか。

「大丈夫だ、姐さんは性的嗜好の絡まないオカマだからな」
「それにワタシとはちょっと歳の差がね。息子くらいの歳になるのかしら」
「えっ息……全然見えません……」
「アラ、嬉しいこと言ってくれるじゃないの」

 怪しい色香を漂わせたその男は、バチコンと少年にウインクしてみせる。その度にピクンと体が震えるのがおかしかった。

「それで、ここには何の用かしら。カジノならちゃんと年齢になってからじゃないと認めないワ」
「生憎アタシの顔面はここらのカジノじゃ割れてるから無理だっての。そうじゃなくてリリーからの呼び出しだ。今回も何かと理由をつけて会議をさせない気満々だろうから呼んでこいって」

 その言葉を聞いたアストラの姐さんは、少しばかり目を細めると、深く深くため息をつく。

「そう。あの子、仕事熱心なのね。そんなに根詰めて働くこともないじゃない」
「つっても母親は産後の肥立ちが悪くて他界、父親も小さい頃に蒸発。頼みの綱のジジィだってくたばっちまったんだから、背負うものも背負わされるものもデカいだろ」
「……そうね。この時期だからリーグの調整ね。それならさっさと済ませたほうが良いわね」

 彼女はそう言うと、部屋に設えられた内線をとり何事か連絡を始める。手帳を取り出しスケジュールを調整しているのか、懐から取り出されたペンが紙面を走る。それが一段落ついたところで姐さんは振り返り、唇が弧を描いた。さぁ、向かいましょう、と。

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