《外伝》鳩に魅せられた者達【中】

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読了時間目安:13分
 主人の決意を聞いてから落ち着かなかった。理由はよく分からない。胸のもやもやを誤魔化すように毛繕いを繰り返していると、後ろからはぁ、とため息が聞こえた。
 振り返るとそこには今では俺とそう目線の変わらないレゾールの姿があった。レゾールは俺の様子を心配してか、それとも呆れてか、眉をひそめている。
「さっきからどうしたんっすか、落ち着かないっすね」
「その中途半端な敬語とも言えん喋り方は止めろと前から言ってるだろ」
「えーでも、ジルさんは俺の先輩じゃないっすかー。で、どうしたんです? 相談なら俺に任せて下さいっ」
 ドンと胸を張るレゾールを軽く小突いて俺もため息をついた。こいつにまで心配されるとは俺も落ちぶれたか……レゾールはオオスバメに進化してから妙に後輩面してきて昔とは別の意味で面倒臭い。そのくせ背伸びしていろいろと指図してくるのが更に面倒臭かった。
 今だって心配してそうな口調だが顔は少しにやけている。どうせまたアナキスにいらん入れ知恵を受けたんだろう。
 俺は次に言われる言葉が簡単に予想できて再びため息が出る。それにレゾールは余計なほど大袈裟に反応する……これも予想の範囲ではあったが。
「そんなため息ついちゃって、三角関係は辛いっすね! でもまだジルさんの負けは決まってないっす!」
「何の話だよ……」
「でも主人に先手取られたら流石のジルさんでもちょっと厳しいかもっす。そこで俺考えたんすけど、先手の先手打ってもう駆け落ちしちゃいましょう! そしたらクレアさんとっ」
 減らず口め。俺は容赦なく翼で奴の頭を打つ。これで少しは黙るか。
「っ! いってぇ! いきなり何するんすか!」
「俺を先輩と敬う気があるならもう少し口を慎め」
 そう言い残してその場を立ち去る。その俺の背中に向けたのか、それともただの独り言か、レゾールがそれまでとは違う真面目な声音でぽつりと呟くのが聞こえた。
「ちゃんと伝えなきゃ後悔しちゃうよー……想ってるだけなんて辛いだけだよ、ジル……」
 子供じみた懐かしい口調でまともなことを言うオオスバメの言葉に、俺は困った顔で微笑むしかなかった。

 もう皆が寝静まる程夜が深くなっても俺の目も心も冴えたままだった。主人は本当に告白したのだろうか? いや、したからって一体俺に何の問題がある?
 俺は気にしないようにしたが、すればするだけレゾールの言葉が脳内で繰り返される。『想ってるだけなんて辛い』か……そうだろうか。それ以上考えると引き返せないような気がして、気分転換にこっそり鳥小屋を抜け出した。
 どんより曇った闇夜を見上げる。まるで俺の心情を表したような空に顔をしかめたくなる。俺は思うままにその空に向かって飛び立った。
 思いの外冷たい風が全身を突き刺すが、今はそれが心地よくさえ感じた。俺は心の中のモヤモヤを誤魔化すように翼を動かした。
 どのくらいそうしていたのか、気付けば森の上空にいた。『ピジョンの』クレアと初めて会った場所だ。あの時はまだポッポだったか。そして何故だかふといつかの胡散臭いペラップの言葉を思い出していた。
「……《世の果て》、か……」
 ぽつりと呟く。一体どこの事だ? 野生のポケモンの中では割と知られている場所なのかもしれない。ちょっと聞いてみるか。
 本当はどうでもよかったが、この時の俺はただただ気をまぎらわせたかった。俺は森の中の適当な木に降り立つ。
 するとそれに反応してホーホーが何羽か逃げるように飛び立った。鳥目だから居たことに気付かなかった……寝込みを襲った気分になって何ともいたたまれない。他に誰かいないかと視線を巡らすと、斜め後ろの少し離れた枝に誰かが停まっているのを見つけた。目を凝らしてもよく分からないが、割と大きい奴だ。となると、先程のホーホーの親玉のヨルノズクといったところか? 寝床を荒らした俺が近付いていいものか……どうしたものかと考えているとあちらから声をかけてきた。押し殺した低い声だ。
「私に用か」
 その直球な質問に俺は言葉を詰まらせる。確かに《世の果て》について誰かに聞いてみようとここまで来たわけだが、必ずしもこいつである必要はない。何と答えようか悩んでいるとそいつはフンと鼻を鳴らした。
「私の正体を知った上で会いに来た、という訳ではないようだな」
「……悪いな、俺は夜目が利かねぇんだ。だからお前の姿もよく見えねぇし、お前が誰だかも分からねぇ」
「ほぅ……」
 その呟きと共に風が巻き起こる。羽音を立てないあたり、やはりヨルノズクなのだろう。俺の予想は的中し、俺と同じ枝に停まったポケモンはやはりヨルノズクだった。機嫌の悪そうな鋭い目をこちらに向けている。
 俺はムクホークになって初めて他のポケモンの睨みに怯んだ。ヨルノズクの特性は威嚇だったかと勘違いしそうになる。俺も負けていられないと睨み返すが鼻で笑われた。
「それが人にものを尋ねる態度か、小僧?」
 ごもっともな発言に俺は面食らう。どうやらこのヨルノズクからしたら俺の威嚇など痛くも痒くもないようだ。これが年の功というやつか?
 俺は早々に負けを認めて居ずまいを正した。ヨルノズクは俺の質問を待ってくれているようなので、折角だし聞いてみるか。一応、言い訳も添えて。
「悪いな、これも生まれて持った特性なもんで。ところでお前は《世の果て》ってのを知ってるか? 前に胡散臭いペラップから聞いたんだが」
「リードの事だな……ったく、あいつは本当に相手を選ばんな。この小僧には必要ないだろうに」
「どういうことだ? お前、あのペラップと知り合いなのか?」
 ヨルノズクはため息混じりに頷く。そして聞いた事のある名を口にした。
「私は夜の《先導師》のガイドだ。リードが見つけた者を案内する役目なんだが……奴の目は節穴なのやもしれん」
 ガイド、そういえばリードがそんな名前を口にしていた気がする。あの時はさして気にしなかったが……それより、こいつらの言う《先導師》とは何だ? あの胡散臭いぺラップが言っていたから流していたが、この真面目そうなヨルノズクが言うのは少し気になる。しかもこいつの言い草だと俺にはその《先導》とやらは必要ないらしい。
 でも──クレアは《先導》されたんだよな、あのリードって奴に。
「《先導》って具体的に何をしてるんだ? お前もクレアの《先導》に関わってるのか?」
 それを聞いたヨルノズクは今までほとんど変わらなかった表情を崩す程に驚いたようだった。それからすぐ渋い顔に戻る。
「リードから聞いたんだな……本当に奴はお喋りだ」
 ガイドはそうぼやくとコホンと一つ咳払いをして俺を見据えた。元々鋭い目がさらに強い眼光を放つ。
「お前はそれを知ってどうする? それはお前に関係のあることなのか?」
 ガイドのごもっともな問いかけに俺は言葉を詰まらせるしかなかった。たしかに、クレアが何をしたかなんて知って俺はどうしたいというのか? 答えられない俺に痺れを切らしたガイドがまた問いかける。
「質問を変える、それはあの小娘の為か? それとも────お前自身の為か?」
 俺はハッと息を飲んだ。こいつの目は既にその答えを知っているようで、蔑んだ冷たい視線に俺は「違う!」と大声で叫んでいた。それを奴は鼻で笑う。
「何が違うと言うんだ? 誰もお前が知ることを望んでいない。そう、お前以外はな。そんなに気になるなら直接本人に聞けばいい。何かやましい事でもあるのか?」
「なっ」
 むきになって反論しようにもガイドの言うことは的を射ていた。俺はただこの恐怖に似た疑惑を晴らして、安心したいだけだ。別にクレアに頼まれた訳でも何でもない。奴の言う通りで反論の余地がなかった。
 俺が何も言い返せないと判断したのか、大きなヨルノズクの翼が静かに広げられた。また言い逃げされる──ぺラップの時のデジャブを感じ、俺は必死に奴の退路を遮った。無闇に広げた翼が枝やら葉っぱやらいろんな物にぶつかったが構っていられない。
「気になる事ばっか言って逃げるなよ!」
「なんだ、まだ何か用か? お前に話せる事など何もないんだが」
 怪訝そうな顔のガイドの翼が銀色に鈍く光ったように見えた。奴の雰囲気と今までの経験からそれが『はがねのつばさ』だと察する。
 こいつ、まさか強行突破する気か? 反射的に臨戦体勢を取るが、ヨルノズクは翼を振り上げたまま動かない。お互い睨み合ったまま時間は過ぎていった。
「…………」
「……もしもの話だ」
 沈黙を破ったのはガイドだった。しかしその両翼はまだ下ろされなかったから俺は警戒を解かないまま奴の言葉に耳を傾ける。
「もしお前が本当に知りたいと言うのなら、まず本人に聞け。断られたらそこで諦めろ……と言いたいところだが、たぶんお前はそれでは気が済まんだろうからな、ヒントを与えておいてやろう。
 ────《世の果て》はこの世の闇に続いている。そこに来ることができれば、お前も真実を知ることができる」
「だからその《世の果て》とやらの場所を聞いてんだろ」
 最初の質問に戻って思わず俺はイラッとして問い直す。するとガイドはあからさまなため息をついた。それがさらに俺の苛立ちを募らせる。
「何度も説明させるな。少しは自分で考えろ」
「考えさせたいならもう少しヒントをくれてもいいんじゃないか?」
「強欲な奴だ……この世の闇は至る所にある。そこに向かえ。それ以上言いようがない」
 そう言い放つと、いつの間にか普通の羽に戻った両翼を羽ばたかせ今度こそガイドは枝から飛び立った。これ以上奴を留める事はできそうになく、俺は諦めてガイドの広い背中を見送る。ふとその背中が止まったと思うと、彼は振り返らずに独り言のように呟いた。
「ただ……主に招かれない限り《世の果て》に入る事は許されないがな」
 その一言と共にヨルノズクは闇の中へと姿を消した。

 置いていかれたまま暫くガイドとの話を反芻し考えていたせいで、家に帰るのは朝方になってしまった。主人が起きる前に戻ろうと急いでいると、庭に一本だけポツンと立つ木の根元にやけにニヤけた顔の彼女を見つけた。何の気なしに近づくと、羽音に気づいたのかクレアは顔を上げた。
「ジルさん! おはようございます」
「あぁ、おはよう。今日はやけに早いな。何してたんだ? 一人でにやけて」
 俺の質問に面白いほど慌てて反応を返してくる。そういうところに相変わらず胸がきゅっと小さく鳴る。やはりこれは『恋の病』なのか、なんて思っていた俺に彼女は悪戯を思いついたような、それでいて少し恥ずかしそうに────俺の恐れていた報告をしてくれた。
「そういえばジルさん、聞いてください! 私、たっ……ツルガさん、と番いになる事になりました!」
 それを聞いた途端、俺の思考回路はショートした。 あぁ、そういえば主人がそんなこと言ってたな、と頭のどこかでは冷静に物事を判断しようとしていた。でも馬鹿な俺は。それを、鵜呑みにすることができなくて。黙っていられなくて。もう、この想いを止められそうになかった。
「…………なんで……」
「えっ?」
「なんで……なんでだ! なんでだよ!?」
 なんで主人なんだ? 助けたのは俺なのに。なんで。なんでお前は主人を選んだ? クレアを想ってるのは、好きなのは、愛してるのは、俺も一緒なのに!! それに普通あり得ないだろ? だってだってだって。
「お前、あのピジョンじゃねえのかよ!! 何なんだよ、お前は? 本当に人間なのか? あのピジョンとたまたま同じ名前だったのか? そんな偶然あるかよっ、恩返しをしたいが為に人間になるなんて馬鹿じゃねぇの! そこまでする必要あったのかよ? 挙げ句その恩人と番いになって? それを俺に報告して? 恩返しのつもりかよっ。それなら普通俺と──」
 昂る感情に任せて声を荒げていたが、クレアの怯えきった顔を見てハッと我に返った。俺は何を言ってるんだ。何を言ったんだ。これじゃ彼女が本当にあの『ピジョンの』クレアだと思い込んでる痛い奴じゃねぇか。
 でもこの際どうだっていい。「何言ってるんですか?」っていつもみたいに困ったように優しく笑ってくれよ。俺のこの現実離れした考えを否定してくれよ、いっそ馬鹿にしてくれていいから、だからそんな今にも泣きそうな顔すんなよ──まるでそれが真実のように思えてくるじゃねぇか。
 結局彼女の震える口からは何も出てこなかった。俺もこれ以上何を言えばいいか分からなかった。ただこの空気が苦しくて、傷ついたクレアの顔を見ていられなくて、俺はただただその場から逃げるしかなかった。

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