ゆうなの花

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 なぜか私は、アキハバラの中でもディープな界隈を歩いていた。美少女、それもやたらと露出の高いイラストや何かのマスコットキャラのようなイラストが散見される道をデブオタ二人に先導され、老舗のメイドカフェとやらに入店していた。
 その建物の上部には、妙な青い円盤がついていた。確か、スパークは“スポット”と呼んでいたが、これが何を意味するのかはよくわからない。

 道中、暑苦しい二人はやたらと近くにおり、しきりに鼻息荒く、

「サナ殿ッ。我らがお守りするであるよ!」
「ドゥフフ……我ら最強タッグチームが両脇を固めている今、サナ様には指一本たりとも触れさせぬでこざる」

 などと鼻息も荒く言う。
 正直近づかないで欲しいと伝えたところ、妙なところで紳士な二人は、一定のソーシャルディスタンスを保ったまま周囲を徘徊していた。

 メイドカフェの店内に入ると黒と白のメイド服を着込んだ可愛らしい美少女が出迎えてくれた。その太ももは剥き出しになっており、そこはかとなく色気を感じさせる。
 開口一番、「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様」という徹底ぶりだった。ヤマダとスズキに言わせれば、これは徹底でも何でもなく普通のことで、むしろ最低限のレベルであるらしい。
 また、ヤマダとスズキのふたりはこの店の常連であるらしく、その後引き続いて、名指しで呼ばれ、すぐに二階にある店内から外を見渡せる「いつもの席」に通され、「いつものメニュー」が自動的に注文された。

「こいつにもオムライスを食わしてやりたいんですがかまいませんね!!」

 やたらと店内に響き渡る声でヤマダが言うので、私の背後のサーナイトで攻撃しておいた。

「調子に乗ったでござる……すみません」

 ヤマダは机に突っ伏したまま謝る。周囲から見れば、オタクがまたオーバーなアクションをしただけのように見えているのだろう。誰も何も言わなかった。
 店内にスタンド使いは居ない。

「食べ物は要らない。一番普通な飲みものは?」
「それならコーヒーであるよ、サナっち。メイドカフェに慣れてない人でもとりあえず頼めるである」
 サナっちだったり、サナ殿だったりサナ様だったり、呼称がブレるのはその時のテンションなのだろう。
「アイスコーヒーがオススメであるよ」
「じゃあそれで」
 私はよくわからないので、スズキの勧めるコーヒーを頼んだ。

 ここのメイドカフェは、店名を「メイドインヘブン」という。
 メイドカフェでは、メイドになりきった店員が、客を“主人”に見立てて給仕などのサービスを行うカフェのことで 、主にこの秋葉原に展開している飲食店の形態の一種だそうだ。スズキの展望によると、あと10年のうちには国内各地にこういった形態の店が展開されていき、その亜種として妹カフェなどのようなものが展開されるのでは無いかということだった。

「そんなに需要があるの?」

 私の問いかけに、スズキは肩をすくめて見せた。まるでわかっちゃいない、と言わんばかりだ。

「受け継がれる意志、時代のうねり、人の夢。 それらは止める事が出来ないものであるよ、サナっち」
「そうでござる。人々が自由の答えを求める限り、それらは決してとどまる事はないでござる」

 ヤマダも同調し、息ぴったりに断言してみせる。恐らくこの二人には同じ未来が見えているのだろうと思う。ドヤ顔が若干うっとうしかった。
 私にとって、それ以上の追求は意味は無いので、二人が熱心に説明し始める内容は右から左へと流し続ける。メイドカフェが目的では無いのだ。
 雑誌の一ページに載っていた少女。アローラのマスターに似たその人に、どうしても会いたかった。別にその行為自体が元の世界に帰ることに繋がるわけではないように思う。
 何より、私には不思議と元の世界に帰らなければいけないという焦りが無かった。鈍く、感情が麻痺しているような感覚がある。脳が処理しきれていないのかもしれない。
 もしかしたら。ホップと過去のガラルに行った時に、ちゃんと戻って来られたという実績があるお陰か。そんなことも頭をよぎった。、
 しかし、今はどちらかといえば、ガラルのマスターから預けられたリングを盗まれた件の方が気がかりであり、こちらはブランシェから何とかすると力強い言葉を貰ってはいるものの、やはり不安だ。

「なに、心配ないでごさるよ、サナ殿。我らにも語れぬメンバー間のいざこざがあったのでござるな?」

 私の浮かない表情を見て気を利かせたヤマダが元気づけてくれる。解釈は完全に別ベクトルであったが。

「ヤマダ殿……深くは聞かぬが信者というもの! 我らはただ願うばかりであるよ。ここでメンバーと再会できると良いであるな、サナっち!」

 私がいくら否定しようとも、この二人は私をAKBの一員の“サナっち”だと信じて疑おうとしなかった。「綾波レイのコスプレは、世を忍ぶ仮の姿であり変装」と認識しており、逆に目立つだろうと思うのだが、私のこの水色の髪についてはそれ以上深くは気にしていなかった。
 ヤマダとスズキの言うことには、どうやらこの“メイドインヘブン”に、AKBのメンバーの一人がアルバイトとして務めているらしい。まだ売れない地下アイドルグループであるAKBの収入だけでは生活がきつく、兼務してるのだそうだ。
 こういった情報網に関しては、ヤマダとスズキはやたらと詳しかった。
 スパークは秋葉原の中でも、電気街よりの人脈しかない。この二人の方がこちらのアイドル界隈には詳しいということで、スパークから二人へバトンタッチされる形で今、私はこうしてこのメイドインヘブンの席に座っている。

「む、スズキ殿 なぜ今日は手鏡など持っているでござるか?」
「フッ、我の“ラーのかがみ”が真実を映すときが来たであるよwwwスカートの中の真実をwww」
「むほっ、スズキ殿wwwテラwwwミラーマンwwwwww」

 唾を吐き散らしながら盛り上がる二人を尻目に、私は突き刺すような視線を感じ、同時に“その”気配を感じた。

 ――スタンド使い同士はひかれ合う。
 しかも私に注がれる視線、間違いなく、相手は私に用がある。

「見つけたみたい……ちょっと席を外すわ」

 二階の外からは複数の人間が見える。その中に、四本腕のポケモンが見えるのだ。見知った顔も。

「了解でござる!」
「御意である!」

 ふたりは注文したオムライス(何やらケチャップで文字やイラストを描いてくれるらしい)に気持ちを奪われており、席を立つ私を気に留めることもなく、見送ってくれた。
 ちょうど席を立つ私に、コーヒーを持ってきたメイドが一瞬戸惑う。私はそれをその場でそのままグイッと流し込み、人間の飲み物はこんなに苦いものなのかと初めての味に顔をしかめそうになる。

「お会計はあの二人に」
「承知しました……それでは、いってらっしゃいませ、お嬢様!」
「いってきます」

 メイドたちの見送りと共に、私はメイドインヘブンを後にする。恐らくは私に用のあるその人物に会いに。


 店の扉を抜け、階下へ続く道をおりていく。
 店舗の前にはカイリキーを従えた長身の美女が立っていた。

「あなたは……?」
「スタンド使いね」

 私の背後で静かに佇むサーナイトを一瞥して女は言う。その声はしっかりと聞き覚えがある。筋骨隆々ではなく、程よく引き締まった身体が私の記憶の彼女と少し違ってはいるが、目の前の女は、ガラルの孤児院のメイド――サオリである。

「その顔……サナっちによく似ている。けど違うわね。変化形のスタンド使いかしら?」

 サオリはそう言うとスタンド攻撃を仕掛けてくる。サオリの背後のカイリキーは、四本の腕を操り、空手チョップを連打してくる。

「なかなかやるじゃない……でも、ここからよッ!」

 オラオラオラ――とでも聞こえてきそうな気迫で繰り出される爆裂パンチ。カイリキーは休む間もなく攻撃を仕掛けたが、サーナイトはそれでも耐え、念力を幾度となく放ち返す。
 見る見るうちに疲弊してきたのはカイリキーだ。

「そのスタンド……なかなかやるわね……」

 サオリのカイリキーはもはや虫の息だった。
 格闘に対する超能力。形勢が逆転し、サイコキネシスを放つ直前で私は攻撃の手を止めた。

「なぜ戦わなければいけないのですか?」
「目と目が合ったから、は理由にならないか。あなたが、スタンド能力で姿を変えたサナっちの偽物だと思ったからよ」

 この世界のスタンドは、私の世界のポケモンだ。「へんしん」を使うスタンドが居てもおかしくはないだろう。おそらくはメタモンか。

「私のこの顔が本物かはわからないけど、変身能力は使ってないと思います」
「あんた、名前は?」
「サナです」
「へえ、あんたもサナって言うんだ」
 サオリは目を細める。
「サオリさんは、AKBのメンバーですよね」
「そうだよ、サナっちと同じね。あんたはいったい何者?」

 どこまで話して良いのだろう。私が別の世界から来たと話すべきなのだろうか。
 しばしの無言。
 それを先に破ったのはサオリだった。

「ワケありだね。サナっちに瓜二つの顔。何も興味本位で、私を探したわけじゃないんだろう?」

 この世界では美少女のサオリはそれでも口調は荒さがあった。

「よし今日はバイトは休み。おいでよ、案内してあげる。サナっちの家に行こうよ」

 ヤマダとスズキをメイドインヘブンに置いてきたことが気にかかったが、とりあえず放っておくことにした。二階の窓越しに、楽しそうにメイドと戯れる様子が見えたからだ。
 私はサオリと“サナっち”の家に向かった。

 ※

 マチダという街で鉄道を降りた。ガラルの蒸気機関車ではなく、どちらかというと、イッシュのサブウェイに近い外観のそれは“JR”というらしい。

「ここ町田はね。神奈川県に隣合わせの立地にあるの。そのためか、昔から沖縄の人がよく住んでいるわ」
「オキナワ?」
「そう。サナっちと同じ沖縄の人」
「オキナワ地方?」
「変な呼び方するね」

 私の問いかけを聞いて冗談だととらえたサオリが笑う。

「あ、ちょうどいいとこに地図がある」

 チラシがラックにたくさん入った、飛行機や鉄道の写真の載ったパンフレット山ほど描いてあり、数字が並んでいる店舗でサオリは足を止めた。旅行店だろう。
 そこに地図が貼られているのだ。
 私のよく知る地方の形もそこにはある。シンオウ地方を上に、下の方には何故か向きの変わったホウエン地方が載っている。

「これが沖縄よ。九州地方の南にあるの」
「キュウシュウ地方? ホウエン地方ではなくて?」

 ホウエン地方を右に90度回転させた南にその島はあった。これがオキナワというらしい。

「あんた、日本人じゃないね。水色のそれ、地毛っぽいよね。どこの国の人?」

 答えられずにいると、サオリはそれ以上は突っ込んで来なかった。

「まあ、詳しい話は家でしようか」
「ありがとう」

 お礼の言葉を伝えるのでいっぱいだ。
 ステーションからサオリの後ろを歩いていく。最初は小さなビルや、店が並んでいたが、少し歩くと閑静な住宅街に抜ける。
 至る所に、ウインディのような石像が屋根に並んでいる。

「あれは?」
「あれはシーサー。沖縄の風習で、屋根に置くと魔除になるんだってさ」

 シーサーが何かはよくわからなかったが、サオリはそのうち足を止めた。
 あまり大きくはない、けれど小さな庭のある家の門戸をくぐると、ポケットからカギを取り出して玄関の扉を開ける。

「実はサナっちとルームシェアしてたんだ」

 草木が茂っている。
 玄関の前にはシーサーが並んでいた。

「入って」

 正方形の畳の敷かれた室内に入る。部屋の中には三本の弦の楽器が飾られており、部屋の片隅にはまたシーサーが置かれていた。
 この部屋に私とサオリのほかは、私たちのスタンド――サーナイトとカイリキーしか居ない。

「あの、サナっちという人はどこに……?」
「病気で今はここには居ないよ。一般には公開してないけどね」
「病気?」
 確かにヤマダも活動休止と発言していた。

「ああ。大きな病院に居る。今はもう寝たきりなんだ。とても話せる状況じゃなくて、あんたを連れてくのはやめといた」

 悲しそうに目を伏せ、サオリは言う。
 そして、アルバムを見せてくれる。そこには、“サナっち”の笑顔で溢れていた。
 間違いなく、私のよく知るアローラのマスターだ。

「サナっちは沖縄から上京して来てね。アイドルになるって夢を持ってたんだ。私とはAKBで一緒になって、歌やダンスのレッスンを頑張るうちに仲良くなってさ。いっしょに住むようになった」

 写真にはこの家の様子も写っている。庭は綺麗なカラフルな花で咲き乱れており、今外を見ると、まだ花はそこまで咲いていなかった。

「それはハイビスカスかな、沖縄の言葉で、サナっちはユウナの花って言ってたけど」

「ゆうなの花?」

「うーん、私は花は疎くてさ、よくわかんないんだけど、沖縄民謡にもそういう名前の歌があるんだって。サナっちは、三線さんしん片手によく歌ってたな」

 部屋の隅の三本の弦楽器を指さす。サンシンという名の楽器らしい。

「ゆらゆら、ゆうな、ゆうなの花は、さやさや風のささやきに色香もそまるよ、ゆらゆらゆら……だったかな?」

 綺麗な歌声で、サオリは歌う。

「うろ覚えだけどそんな感じ。あの子はもっと上手かったよ」

 みとれているとサオリは恥ずかしそうに言ってページをめくる。
 アルバムには色んな人物が写っているが、そのうち、よく知る人物の顔が飛び込んできた。

「これは……」

 ガラルのマスターだった。キリンのぬいぐるみを抱っこし、アローラのマスターと共に二人で写真にピースをしている。二人とも黒髪で一瞬見違えそうになるが間違いない。

「それは、サナっちの従妹だよ。見えないけど医者だよ。アメリカに留学していたらしい。今、サナっちの居る病院も、その子の働いてるところなんだ」

 アローラのマスターとガラルのマスターの意外な接点に驚きかけたが、冷静に考え直す。
 私はアローラからガラルに交換に出された。そして、二人は姉妹だと聞いていたが、従姉妹の関係だとしてもあまり大きな差は無いのではないか。

「ねえ、もうひとりのサナ。あんたはサナっちとどういう関係なんだい? 何のために来たんだい?」

 矢継ぎ早にされる質問に私は答えられないでいた。それを見たサオリはため息をこぼす。

「じゃあ、どこから来たんだい?」
「正直なところ、私にもわかりません……」

 畳の室内からぼんやりと庭を眺めた。そこに私は一抹の違和感を覚える。
 それは次第に形になった。妙な柱のようなものが徐々に天に伸びていく。そして、その頂点にキリンリキが姿を現した。
 やたらまつ毛の長いキリンリキは、優しげな瞳で私を見下ろしていた。

「レイドか。まあ、戦う必要はないしね、置いておいてあげようよ」

 そう言ったサオリの手元のアルバムを見た瞬間、私の中に、キリンに関わる記憶が電撃のように走る。
 ――キリン。
 動物のいないはずのガラルに溶け込むようにそこに佇んでいたキリン。時間軸を超えた過去のガラルにも当たり前のように自然にそこに存在していた。
 そして。この写真の中の、この世界のガラルのマスターの抱きかかえるこのキリンのぬいぐるみ。
 全てがキリンで繋がった。

 瞬間、天に切れ目が入り、そこから光る何かが庭へと落ちてくる。
 凄まじいスピードで、さながら隕石のように落ちて来たのは人間だった。着地する寸前、スピードを殺し、ふわりと足を地につけた。

 金髪の若い美少女である。手には私がガラルで落としてきたベレー帽を持っている。
 私はこの美少女をガラルで見ている――それは、ワイルドエリアでメイちゃんを探していたときに見た、霊丸を放った時のポプラその人だった。

「何でこんなことになってんだい。世話が焼けるねェ」

 言うや否や、ポプラはいつもの老婆に戻り、私の頭にベレー帽を載っけた。

「落し物だよ。亜空間の中に落ちてたよ」

 ポプラの髪も先ほどまでの金髪ではなく、いつもの白髪へと戻っている。

「面白いかい、あたしはスーパーマサラ人だからね。それにしても、懐かしいさね、この世界は……まさかまた座標軸が繋がるとは思わなかったよ。毛色の違う世界だ、不安だったろう」

 マサラ人の血を色濃く引くフェアリー使いは、そう言うと微笑んでみせた。
 見知らぬ世界で。
 見知った顔なのに知らない人で。
 心のどこかでずっと頑張り続けていた何かがプツッと切れた私の両目から何かがこぼれ落ちた。

「もう大丈夫。何故って?」

 確実に私の知る世界線のポプラはそう前置きして、

「―― あたしが来た」

 震える私を強く強く、抱きしめた。その枯れ木のような細い老婆の腕は、不思議と強く、まるで大木のように思えた。


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