9-3 断たれる願いの金の糸
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読了時間目安:14分
この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
以前ビー君に注意されたけど、私はまたデリバードのリバくんに乗って空を飛んでいた。もちろんロングスカートのままで。
曇った空の間から差し込む陽光は、どこか神秘的なきらめきをしていた。騒ぐ胸の内を抑えつつ、私とリバくんは、彼に教えてもらった建物の前に、降り立つ。
「大きな館だね、リバくん……」
大きな丸い目を細くして、リバくんは一言鳴き声で答える。リバくんもだいぶ緊張しているみたいだった。
「ここまでお疲れ様。いったんボールに戻っていてね」と言いながらモンスターボールに戻すと、頭の中に声が聞こえてきた。それは、最近聞こえる方ではなく、エスパーポケモンなどのテレパシーによる交信だった。
(玄関から見て、左の建物、礼拝堂で待っている)
一方的な言伝通りに、私は礼拝堂に向かって歩いていく。
そしてその扉を開いて、中へ入った。
礼拝堂の中に、御神体のアルセウスと呼ばれるポケモンをかたどった像を見上げる一人の男性がいた。
青いサングラスをかけた、短いこげ茶の髪をした黒スーツの人物に、私は先ほど出逢ったシトりんたちのことを思い返しながら声をかける。
「そういえば貴方もメタモンと一緒だったね」
「まあな」
サングラスをいったん外し、頭からかぶっていたメタモンの『へんしん』を解かせ、懐から深紅のスカーフを取り出し襟元に巻く彼。青いサングラスで再び真昼の月のような瞳を隠す。黒いつんつん頭の懐かしい顔は、モンタージュとはやっぱり違って、昔の彼の面影をきちんと残していた。
彼が、話を切り出す。
「髪、伸びたなアサヒ」
「貴方がくれた髪飾りつけたかったのと……願掛けしていたからね。ユウヅキ、貴方にまた再会できる時まで伸ばすって」
彼は、ユウヅキは静かに首を横に振った。
それからゆっくりと、しっかりと……彼は私に名乗りなおす。
「今の俺はヤミナベ・ユウヅキを名乗れない。今の俺の名前は、ムラクモ・サク。<ダスク>の責任者だ」
ムラクモ・サク。<ダスク>の責任者。
その名前に不思議な感じがした。
あの雨の日に貴方を見つけたとき、そんな可能性も考えたけど、やっぱり違和感しか湧いてこなかった。
でも、ユウヅキの長年の旅の目的である、ルーツ探しが成就していたのだ。形だけでも祝福の言葉はかけておこうと思う。
「貴方のルーツ、見つかったのならよかった」
「ああ、見つけた。一緒に旅して探してくれたおかげで、見つけられた。俺の……本当の名前を」
「そっか、でも……」
自然と素直に、私は昔、彼にかけた言葉と同じ言葉を口にしていた。
「やっぱり……私にとって、貴方はユウヅキだよ。ヤミナベ・ユウヅキという、かけがえのない大切な存在だよ」
「そうか。ありがとう――だが、まだアサヒのもとには帰れない」
返ってくるのは、昔とは少し違う返事。
そこには、また変わってしまった関係や立場があった。
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「そう。なら無理やりでも、捕まえてでも連れ帰るよ……私の消えている記憶のこととか、聞きたいこといっぱいあるし」
積もりに積もった疑問質問の渦の中で。
あの嫌でも忘れられなかった雨の日の出来事を思い返して、問いただす。
「なんで身動きとれなかったあの人にとどめを刺すような真似をしたの?」
「とどめを刺した方が、お前が俺を憎むと思ったからだ」
「下手な嘘。貴方はそんなことしない」
「……ああそうだ。ソテツは生きている。あの時崖下にサーナイトに落とさせるように見せかけて、『テレポート』で別の場所に移動させた」
長い溜息を吐き、彼は続ける。
「もともと、ソテツを打ち倒し、そのまま身柄を<ダスク>で預かる予定だった。だが、ただ捕まるのは格好がつかないと言われ、やった。今にして思えば馬鹿馬鹿しいと思っている」
「ソテツ師匠に伝えておいて……このバカ師匠。貴方の見栄っ張りでガーちゃんずっと心配して探していたって」
「必ず伝えておく。あと簡単に川に飛び込もうとするな。もっと自分を大事にしてくれアサヒ」
「ユウヅキこそ」
心配をかけているのは、貴方もでしょう?
そう訴えても、彼は固い表情のまま。
むくれていると、今度はユウヅキが問いかけてくる。
「アサヒ。今度は俺から大事な質問だ」
ユウヅキは私の目をしっかりと見て。質問を投げかける。
「お前の周りに、何も事情を言えなくても協力してくれる人はいるか?」
言われて真っ先に思い浮かぶのは、最近頼もしく思える、あの小さいけど大きい背中。
彼なら、ビー君なら……私は頼れるかもしれない。そう思い、肯定する。
「……うん。いるよ。何も言わないのは、失礼だと思うけどね」
「そうか」
その時ユウヅキの顔に見えた表情は、どこか苦しそうな諦めと安堵の色だった。
……そういえば、さっきからユウヅキのメタモンの姿が見当たらない。
「ねえ」と尋ねようとして、彼の“引き金”に遮られる。
「できることなら――――“【すずねのこみち】で待っていて”欲しかった」
それはキーワードだった。
言葉の鍵。
声紋認証。
色々言葉はあるけれど。
“【すずねのこみち】で待っていて”という言葉は、私たちが初めて出会ったあの場所で待っていてほしいという言葉は。
私が記憶を消されるときに聞いた最後の言葉だった。
その言葉こそが、私の思い出を封じ込めていた鍵を開く言葉だった。
どっと意識が過去に持っていかれる。
そして現実を思い出す。
私が“人質”だという、現実を思い出す。
そういえば無意識にプールや海に、水に足を入れることを拒んでいた。
それはあの暗闇の湖に足を入れて以来のことだった気がする。
あの時の感情。
あの時の恐怖。
あの時の悲しさ。
あの時の苦しさ。
貴方が私の記憶を消した意味を、思い出す。
知らない記憶の意味も、理解する。
「あ、ああ、うあああ……?!」
気が付いたら床布の上に膝をついていた。
だらだらと嫌な汗が流れる。涙で滲んだ目でユウヅキを見ようとするも、視界がにじむ。
悪寒がして、息が苦しくなる。
頭が痛くなる。
それでも必死に意識を保つ。
冷たい声色の彼の声が聞こえる。
「それでもお前は俺を追ってくるのか」
……昔、私はすべてを投げ出そうとして。
それを命がけで止めてくれたのは、ユウヅキだった……。
それでも私は止まれなくて。彼は私のその衝動ごと、オーベムと一緒に封じ込めてくれたんだ。
全力で、守ってくれたんだ。
だったら、救い上げてくれた彼に、今の私が出す答えは、一つだけだ。
そこだけは、ぶれない……!
「追うよ。そして、捕まえる」
涙を流しながら、私はユウヅキを睨んで立ち上がる。
それから、
「よくわかった――やれリーフィア」
聞きなれないポケモンを呼ぶ彼の声。
ザシュっと何かが一瞬で切られる音。
そしてどさりと床布の上に落ちる音。
急に、軽くなった頭。
恐る恐る振り向くと。
メタモンが空のボールを持っていて。その前にはリーフィアと呼ばれた草を刃にできる、レイちゃんと同じくイーブイの進化系のポケモンがいた。
そして、足元に昔ユウヅキからもらった髪留めと一緒に、切られた金髪が広がっていた。
「俺はお前の敵だ。これ以上俺を追うと言うならば容赦はしない」
目の前が、真っ白になりそうだった。
「……困った、なあ……」
震える声を絞り出す。
崩れ行く意識の中。私は彼の声を聞いた。
その声に、光に引き戻される。
「――ヨアケ!!!!!」
差し込まれる夕時のオレンジの光とともに、ビー君とルカリオが扉を蹴破ってそこに居た。
ちゃんとそこに、居てくれた。
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謎の銀髪女に宅配ピザを渡した後、(入るタイミングがなかったのもあるが)ルカリオと扉の前で盗み聞きしていた。が、ヨアケがヤミナベの手持ちのリーフィアに後ろ髪を切り落とされたのを見て、俺はルカリオとともに反射的に飛び出していた。
彼女のことを呼び、奴へと叫ぶ。
「大丈夫かヨアケ!!! くっそヤミナベてめええええ!!!」
俺より先にルカリオが『フェイント』を混ぜリーフィアを突破し、ヤミナベに飛びかかっていった。
「サク様!」
素早く俺たちとヤミナベの間に割って入ったのは、パステルカラーの毛並みの一角ポケモン、ギャロップに乗った銀髪女だった。
「メイ。余計なことを」
「どうせ、収拾つかなくなっていたんだからいいでしょ。それより今は前っ!」
ルカリオの『おんがえし』の拳を、ギャロップは『10まんばりき』で踏みつける。
衝撃でお互い後ずさり、いったん距離が開く。
メタモンを乗せたリーフィアがヤミナベのもとに駆け寄り、こちらに敵意を向ける。
硬直状態にさらに乱入してきたのは、礼拝堂の入り口に降り立つドラゴンポケモンのカイリューと、
「アンタは……レイン!」
「どうもご無沙汰しております。ビドーさん」
<スバルポケモン研究センター>の所長、レインだった。
彼は、いや奴はみつあみを揺らしながら俺たちの隣をカイリューとともに通り過ぎ、ヤミナベ側に立った。
「どういうことだ?」
「どうもこうも、私もこちら側、ということですよ」
「……俺たちを利用していたのか。研究センターがヤミナベに襲われたっていうのは」
「ああ、あれは私が手引きしました。一応言っておくと、私とサク、そして彼女メイも“同志”です」
驚く俺たちをよそに、レインは改まって自己紹介をする。
「改めまして、私は<スバル>の所長、兼<ダスク>のメンバーのレイン。<ダスク>の目的は赤い鎖のレプリカによるギラティナの召喚、及び破れた世界に隠された人々の救出。“闇隠し”を起こしたサクに協力しています。ちなみにサクは、その責任をとる者、という意味での<ダスク>の責任者です」
責任、という言葉に「責任なら、私にもある!」とヨアケが強く反応した。しかしレインは彼女の言葉を退ける。
「いえ、貴女に責任を取る資格はありません。だって貴女は、放棄して逃げ出したのですから」
レインの言葉の意味は俺にはわからなかった。ただ、身動きが取れそうにないヨアケを庇ったまま戦うには、現状が限りなく最悪に近いということだけは分かった。
「……今は見逃す。その代わりにソテツと引き換えに隕石の本体を要求すると<自警団エレメンツ>に伝えろ」
そう言い立ち去ろうとする彼らを、俺たちはじっと見ていることしかできない。
でも、たとえジャミングの機械を使われ意味がないかもしれなくても、俺とルカリオは彼らの波導と姿を目に焼き付けた。
複雑な波導を、しっかりと記憶した。
ヨアケが、すれ違いざまにヤミナベの腕を掴む。
ヤミナベはかがんでヨアケに目線を合わせ、もう片方の手でヨアケの手を外す。
「お前はもう関わらなくていい。俺一人でやる」
「ダメだよ……ダメだよ、ユウヅキ!!」
夕闇の中去っていく彼を、ヤミナベ・ユウヅキの名前を彼女は、ヨアケは呼び続けた。
声がかれるまで、呼び続け、そして打ちひしがれた。
うずくまる彼女を、俺とルカリオはただ見ているしかできなかった。
でも、彼女のポケモンたちは違った。
まず初めに、ドーブルのドルが勝手にボールから出てきた。
次に、デリバードのリバ、グレイシアのレイが続いて出てくる。
ラプラスのララ、ギャラドスのドッスー、そしてパラセクトのセツ。
皆が狭そうにしつつも、ヨアケのそばに寄り添った。
ドルは髪が切られたことによって現れた彼女の背中をさすった。
本当はもっと早く飛び出たかっただろうに、彼らはそれができなかったのだろう。
ヨアケの大事な人と敵対したくなかったのかもしれない。
その代わりにドルたちは、泣きじゃくる彼女のそばに、彼らは日が沈むまで寄り添った。
悲しみを分かち合おうと、寄り添い続けた。
***************************
日が暮れ、泣き止んだ彼女の頭はぼさぼさだった。
ひどい頭のまま、彼女はこの先の心配をしていた。
「レイン所長が<ダスク>だったなんて。アキラ君、大丈夫かな。<エレメンツ>の皆にも伝えないとね。色々」
「ヨアケ」
「何、ビー君? ここから色々と忙しくなるよ」
「今は、少し休もう。アキラ君ならなんとか大丈夫だろ。<エレメンツ>にも俺が連絡しておく。だから、いったんアパートに帰ろう」
呆けるヨアケに「いいから」と言い聞かす。
俺もルカリオにも見えていた。今の彼女が、見た目も心もいろんな意味でボロボロなのが、彼女のポケモンたちが不安がっているのが見えていたから。俺は彼女を説得する。
「焦るな……少し休め。どうせスタジアムの件からあんまり眠れてないんだろ? そんなんじゃ、体壊すぞ。追いかけることさえ、できなくなるぞ」
「そうだね……私ももう二度と自分を投げ出したくないし。わかった」
「よし。じゃあ……バイク持ってきているからサイドカー、乗れ。そして少し寝ろ」
「うん」
渋るポケモンたちをなだめ、ボールに戻し、俺たちは【暁の館】を後にする。
夜風に吹かれて、俺たちは来た道をバイクで戻る。サイドカーのゆりかごの中、ヘルメットを着けた彼女はとても静かに、目をつむっていた。
ライトで照らす闇の中、彼女が俺の名前をささやく。
「ビー君」
「なんだヨアケ」
「ううん。なんでもない」
「わかった」
深い夜の中。
ヤミナベとヨアケのやりとりが、交わされた言葉が俺の頭の中で反すうしていた。
「わかってる」
俺は、彼女が何も言わなくても、味方のつもりだ。
そう自分に言い聞かせて、帰路を走る。
そして自分に誓う。
彼女を送り届けるまで、俺は走り続けると、俺は誓った……。
第九話 断ち切られる想い 終。
第十話に続く。
第十話に続く。