第72話 会稽の恥

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ──自分の頬に触れると、どうしても思い出す。

 あの日、父親に頬を打たれた。 色々なダンジョンに行ってきたけれど、鼓膜が破れるんじゃないかと思ったのはあの時だけだった。 母親もそれを止めるわけでもなく、身体をワナワナと震わせていた。
 その自分勝手で傲慢な姿に、半ば絶望もした。 だからあたしは炎を放った。 実力行使で見返すという建前はあった。 でも本当は、いっそのこと全部焼き尽くしたかった。
 でも、心残りはあった。 それはあたしにとって「枷」であり、「救い」でもあった。





 ──血を見ると、どうしても思い出す。

 鉄の匂いを纏わせながら近づく声が、「後を追う」ように促す。 甘美な福音とでも思わせたいのか、怖いくらい優しい声で。 感情も思考も追いつかなかったからか、その時の自分の「選択」までは虹色聖山の一件の後も思い出すことはなかった。
 でも、その状態の方が実際まだマシだったのかもしれない。 考え続ければキリはない。 「ある1つの結論」は、シンプルかつ誰も傷つけない。 だから飛び込みたいのは当然。
 だって、今ですら。








 「あまり遠く行かないでよー!」
 『はーい!!』

 街外れで遊ぶ子供達に、その中の1匹の親が声をかける。 注意を受けた直後は手を高く挙げてその場に留まっていた子供達だが、親が安心して買い物のために姿を消したのと同時にうろうろと動き出した。
 少しここから南に行けば、ソヨカゼの森の入り口がある。 「かつての」初心者用ダンジョンの入り口が。

 「......なぁ、行ってみない? ソヨカゼの森」

 子供の1匹が、悪戯な笑みを浮かべて言う。

 「えっ? でも今あそこ凄い『ひずみ』が起きてるって......」
 「大人も立ち入っちゃだめだって聞いたよ?」
 「分かってないなぁ、そういうところが面白いんだよ」
 「でも......」
 「でもってなんだよ。 世の中の天才はこういうところで一歩踏み出したんだぜ?」
 「......だな。 行ってみよう! 俺あなぬけのたま持ってるんだ!」
 「ええ......?」

 もう1匹がその言葉にやる気を出し、あなぬけのたまをお宝のように掲げる。 だが最後の1匹は、まだ躊躇いを隠せない。

 「でもだめだよう......。 迷ったらこわいし、やめようよ。 別の場所で鬼ごっこしようよ」
 
 半ば懇願するような口調。 声が震えているのが端から見ても分かるが、気持ちを決めた2匹は動じることなどなかった。

 「何甘えたこと言ってるんだよ!」
 「ひえっ!?」
 「行きたくないならおいてくぞ! ここ薄暗いしおばけが出るかも」
 「ひええっ!? それはやだ......」
 「じゃあついてこい! 先に行くぜ~!」
 「ま、待ってよー!!」

 最後の1匹の足も、渋々とではあるが動き出した。

 ──そこが、最早「ソヨカゼの森」ではないとは知らずに。

 














 
 「アカガネー、今いるかー?」
 
 レオンがアカガネの家の玄関のベルを勢いよく鳴らす。 「なあにー」と気怠そうな声が聞こえてきたところで、レオンは本題を早速言い出した。

 「ちょっと街一緒にk」
 「やだー!!」

 もしかしたらテッカニンより速いかもしれないレベルの即答。 レオンは笑みを保ったまま(目は笑ってないが)家の中へと突入。 優雅に紅茶を飲んでいたところに響く轟音。 その圧にアカガネは思わず吹き出してしまう。

 「げほがはっ......ってはあ!? なんで入ってくるの!?」
 「いつでも遊び来いって合鍵持たせたのお前じゃねーか!」
 「えーやだもう用無いでしょ街とか出たくない!!」
 「頼むさ色々調べたいんだよ! お前の助けあった方がやりやすいんだよ!」
 「ユズちゃんとかキラリちゃんとか頼ればいいじゃん当事者コンビに」
 「あいつらにもあいつらの予定があるんだよ! 依頼もあるだろうし! だったらお前になっちゃうだろ頼むとしたら」
 「やだったらやだー! 今日は12時間ティータイムって決めてるの!」
 「普通に紅茶冷めるし絶対とってつけたやつだろそれ!!」

 まったくもうとレオンはうなだれるが、1つ思いついたのか脳内のランターンの明かりがつく。
 こうなったら最終手段。 調べるとかその前に、まずは街へと出てもらおう。

 「アカガネ、メブキジカの店覚えてるか?」
 「覚えてるも何も、探検隊時代何回行ったと思ってるの? メブちゃんのスイーツすっごい美味しくてフォークが止まらないんだよ......てかそうかぁ。 あたしより5つぐらい年上のメブちゃんも、今や立派な女将さんかぁ」
 「それを言うな悲しくなるから」

 話の腰を折られてしまったが、気を取り直してレオンは話し出す。 彼のにやつきは最早悪者のそれのようにも思えた。

 「......まあ、話を戻すんだけどな......お前多分3年以上は街完全に回ってないよな? そして、多分メブキジカの店は探検隊辞めてからずっと行ってない」
 「うん」
 「メブキジカの愚直さを考えれば想像できるだろ。 一体その間に新作何個出たんだろうなぁ? オボンにチーゴにブリーにズリに。 そういや今日は1日100個限定のビアーの実のスイーツの新作が初登場する日って聞いたぜ?」
 「ううっ」
 「いいのか来なくて? お前がここで1匹寂しくぽつんとしている間、俺は美味しいスイーツに舌鼓だ。 このタイミングを逃したらもう2度と食べることが出来ないかも......」
 「ううううううううっ......」
 「そんな泣きそうなフォッコみたいな顔しなくても」
 「だってぇ......」

 アカガネはこれ以上の悲しみはないと言わんばかりに目をうるうるさせている。 ここまで来ればあとはレオンの独壇場だ。

 「それが嫌だったら俺について来い。 最初にメブキジカの店行ってやるし、一緒に行けば大丈夫だろ? 眠ったカビゴン、みんなで避ければ怖くない。 な?」
 「......よくわかんないし、性悪」
 「何か言ったか?」
 「なんでも」

 アカガネはそうやって、半ばずりずりとレオンに引き摺られていったのであった。













 場所は変わってオニユリタウン。 メブキジカの店は新作のスイーツを求めるポケモンでごった返している。 レオンがドアを開くと、そこには忙しそうに、だが楽しそうに働くメブキジカの姿があった。

 「メブキジカ、新作のスイーツってまだあるか?」
 「いらっしゃい......ってレオン、あんたがスイーツ食いに来るなんて珍し......おっと?」
  
 メブキジカの視線は、レオンの後ろへと移る。 それもそのはず。身長差を考えると、いくらしゃがんでいたとしてもレオンが隠れ蓑としてちゃんと機能するわけがないのだ。

 「俺じゃない。 食いたいのはこっちの方、な?」
 「......」

 少し気まずそうな顔で、アカガネがメブキジカの方を見やる。 メブキジカは少しぽかんとした後、躊躇いなどなくすぐにアカガネに飛びついた。

 「あっ......えと」
 「アカガネ、久しぶり~!! もう本当何年ぶり!? 来なくなっちゃったから心配したんだよ!? レオンから話は聞いてたけど」
 「レオンちゃんから?」

 何も情報なんて無いと思っていたのに。 アカガネが驚いていると、メブキジカは嬉しそうに強く頷く。

 「そ。 木の実自分で育ててるとか、家の模様替え凝ってるとか......都会の喧噪から離れた生活、エンジョイしてる?」
 「う、うん! それは本当にもう!!」
 「いいねぇ、あたしも引退したらそういう生活したいもんだよ」
 「......意外! メブちゃんは生涯現役とか言い出すかと」
 「言うねぇ、でも本当にそうなりそうで怖いなー」
 「だったら予言しようか? 30年後とかにメブちゃんが引退してないって」
 「酷いな~、まあ立ち話も何だし席つきなよ、注文新作でいいじゃんね?」
 「うん!」
 「はいよー!」

 メブキジカはキッチンの方へそそくさと向かっていった。 残された2匹は適当な席に腰掛けたが、それと同時にアカガネはほっとしたように1つ息を吐く。 一方レオンは忙しそうに働くメブキジカをまったりと見つめていた。

 「中々珍しい光景だなぁ」
 「え?」
 「お前俺には容赦なく色々言うのに、メブキジカに対しては最初びくついてた」
 「仕方ないじゃん、久々だし」
 
 恥ずかしいところを見られてしまった。 アカガネはふいと顔を背けるが、レオンは微笑みながら続ける。

 「でも、すぐ元に戻っただろ?」
 「!!」

 アカガネの目線が下に向く。 メブキジカが飛びついてきた時触れた感覚が、今なお鮮明に残っている。 今でも心臓がばくばくしている。 それくらいには衝撃だったのだ。
 元に戻った? それは分からない。 でも、気の置けない友達だった時の気持ちが戻ってきたのは事実だった。

 「まあ、少しは......?」
 「うんうん。 とまあこのように、お前がみんなのところからいなくなったとしても、よき思い出として覚えてる奴はちゃんといるわけさ。 それに、お前の感情はどうか知らないけど......別に、お前はそんな悪印象持たれてないぜ? それ気にしてるのかもしれないけど。
 そんなもんだよ、世界なんて」

 アカガネは、思わず面食らった表情に。 端から見れば軽い言葉だろう。 でも、それを受け入れるのがどれだけ難しいことか。
 周りの声が聞こえなくなる。 近くの時計の秒針だけが聞こえる。

 「そんなもん?」

 アカガネは問う。

 「そんなもんだよ」

 レオンは答えた。 時計の秒針は、心の機微などにかまわず進む。

 「......そう」

 アカガネは答え、沈黙する。
 時は容赦なく流れるし、だからといって周りの楽しそうな顔が変わるわけでもなかった。
 


 






 

 「はーいお待たせ、ビアーのムースだよー」
 「はっ! ......ってうわあ美味しそう! いただきます!」

 一気に周りの喧噪が戻ってくる。 テーブルを見れば、シンプルながらもきらきらとしたオーラを放つ白いムースがあった。 アカガネの全力リアクションを見て、メブキジカは素直な嬉しさをこぼす。

 「でしょー? 簡単なものだけど、だからこそ奥深いのよね」
 「そうだねぇ......ああ美味しい......やっぱメブちゃんの美味しい」
 「えへへ......やっぱりアカガネいいね。 凄い美味しそうに食べてくれるし。 ねぇレオン?」
 「そうだよな。 で、話の腰折るようで悪いんだけど......」

 レオンはスイーツ分の代金を机に置いて立ち上がった。

 「俺ちょっと店出るわ。 代金俺払うからアカガネはゆっくり食べてろよ」
 「はあっ!? 本題は!? 調べ物は!?」
 「あーー今思ったんだけど家の書庫何も整理してねぇんだよナー、あんな汚部屋にポケモン招くのもナー」
 「......レオンちゃん、もしや」

 無理矢理にでも街に引きずり出すのが目的だったのでは──? そうアカガネが言う前に、彼はそそくさとドアの前へと向かってしまう。

 「ちょっと待ってよレオンちゃん騙した!? あたし騙された!?」
 「完全にではないだろ店連れてったし。 正直これからやだやだ言われながら街行かせたくないんだよ。 訓練だと思え!」
 「おのれい......あたしの12時間ティータイムを......」
 「えっアカガネそれマジ?」

 メブキジカが軽く引くが、それにもかまわずアカガネの心はヒートアップ。 怒りの形相で彼女は思いきり叫んだ。

 「うわあああレオンちゃんの馬鹿!! でべそ!! このアヒル!! 御伽噺の生き物~!!」
 「へ?」

 どんなものがくるのかと思ったが、結構小学生でも言えそうなレベル。 これがアカガネのできる最大限の罵倒なのだろう。 だが彼女の努力もむなしく、というか逆効果だったようで、レオンはむっとした後「うっせえ!!」と叫んで勢いよく出て行ってしまった。 結果的に取り残されてしまったアカガネは、その場に立ち尽くすばかり。 見かねたメブキジカは、「ちょっと落ち着こうか、ここ店だし。 どうどう」となだめるように声をかける。

 「......でも、レオンの言いたいことも分からんでもないよ。 いいんじゃないの? たまにはこういうのも」
 「メブちゃん!!」
 「意外と平気かもだよ? それに知ってる嫌な奴に出会ったとしても一目散に逃げればいいじゃないか」
 「そうなのかなぁ......」
 「そんなもんだよ世界って。 大丈夫、どうにかなるって」
 「レオンちゃんと同じ事言ってる......まあ、メブちゃんがそう言うなら」

 食べ終わった後、アカガネはレオンとは逆に渋々とドアを開ける。 メブキジカが「またいつでも来なよ」と言ってくれたことだけが癒やしだった。
 











 (とは言ったものの)
 
 アカガネは仏頂面で道の隅っこの方を歩いて行く。 いざ何の目的もなく街を歩くとなると、どこか恥じらいも生じてきてしまう。 というかレオンは何処にいるのか。 当初の目的は一体何処に飛んで行ってしまったのか。

 (改めて見てみると......)

 今の街並みと自分が知ってる街並み。 軽く比べてみると、中々に面白い光景もあるものだった。 世代交代をしているであろう店もあったり、かつて老ポケが住んでいた家には4匹家族がいたりする。 嫌な奴に話しかけられる不安は尽きなかったが、それ以外の面では楽しさも見えてきたような。 そんな事を考えながら歩いていると。

 「焼き木の実串?」

 全くもって見慣れない、でも興味をそそる屋台が1つ。 折角の機会だというメブキジカの言葉を信じて、アカガネは少し寄ってみることにした。

 「すいません、この店って......」
 「おお、見ない方だねぇ。 見ての通り、ここは炭火で焼いた木の実を串にぶっ刺して売ってる店だよ。 始めたのは去年の春とかなんだが、好評でありがたいこった。 木の実だけじゃなくて、塩にも拘ってるからね。 良かったら食ってくかい?」
 「あ、じゃあ1本」
 「あいよ!」

 あの会話の流れで「いや結構です」とは言えなかった。 素早い手つきで差し出されたそれは確かに熱々ほくほくで、人気が出るのも納得なレベルで美味しそうな見た目。 これからどんどん寒くなるから、きっと売り上げもうなぎ登りになるだろう。 一口ぱくりと食べてみる。

 「......うんまっ!」

 思わず声が出るうまさ。 炭火の力で木の実は更に旨味を増すし、何よりこのしょっぱい塩気がたまらないと、アカガネは満ち足りた顔を見せた。 これは人気になるのも納得パート2。 この店とメブキジカの店がコラボしてしまったらどうなるんだろう......なんてことを考えたりも。
 美味しいものはあっという間に胃袋に。 お腹の辺りがぽかぽかしたところで、今度こそレオンを探そうとすると。


 「......おやや?」


 少し離れたところに、アカガネは自分が知っているかもしれないポケモンの影を見る。 といっても自分の家族ではないだろう。 もし家族なら、多分道の真ん中を堂々とスターアサルトを使うかのように歩いて行くから。 姿を改めて確認しようとつま先歩き。

 ......自分と同じように、いや、自分よりも隅っこに縮こまった民が、ここに1匹。














 屋台で1本軽く買ってみた焼き木の実串は、塩気が少し強めなような。
建物と建物の間に居座りながら、ジュリはぼーっと時間を潰していた。 前と違うのは、レオンに食わされたものを自分で買ったことぐらいだろうか。
......にしても、と彼は考える。 焼き木の実。 昔、親が作っていたような。 わざわざ串に刺しはしなかったけれど、こんな味をしていたのだろうか。 記憶は中々に曖昧で、思い出すことは叶わない。

 「......懐かしい、か」

 道ばたで遊んでいる子供に目は向く。 自分もかつてはこうだったのだろうかと考える。 自分の全てをかなぐり捨てるつもりで生きてきたから、そこの記憶もまばらだった。 懐かしさに心を躍らせるのにも、ずっと抵抗があったから。 悲しくなるからと半分忘れようともしていたくらいだ。

 そういう暖かいものに浸るときは、いつも胸に痛みを感じる。








 「......こんにちは」

 そこにひょっこりと現れたポケモンの影。 ちょうどそれはアカガネのもので、にっこりと彼女は微笑んでみる。 が、ジュリは別に笑うことなどなく。 でも当然かもしれない。 役所でも言葉を交わしたことはなかったし、実質初対面にはなるのだから。

 「ジュリちゃん......だっけ? ごめん、まだ役所一緒に行った面子の名前覚え切れてなくて」
 「......覚えたところで何になる」
 「行ったってことは、一部始終を大体知ってるってことじゃない。 協力関係築きたくない? あと普通に友達になりたくなるじゃん」
 「別に築いたところで」
 「......つれないなぁ」

 会話が硬直状態に入る。 アカガネは気まずい表情をしながら話題を探るが、答えは割とすぐに見つかった。

 「焼き木の実串、好きなの? あたしもさっき食べたんだけど美味しくてさぁ。 誰かに勧められたりした?」
 「......これは」

 あのお節介が。 と言い出そうとしたが、よく考えればアカガネはレオンの相棒の立ち位置である。 そこから話を広げられるのが面倒だったので、「貴様には関係ない」と言いとどめる事しか出来なかった。
 嫌な予感が伝わってくる。 別に相性的には炎と草、ゴーストとエスパーでおあいこだというのに。 ......離れた方がいい。 そう、彼の本能が告げていた。 それに従い、彼は奥の方へと振り向いた。

 「......もういいだろう、貴様と話すことなど」
 「ちょっ、待って!」

 アカガネがジュリを呼び止める。 それでも歩みを止める気配が無かったので、少し強引に羽をつかんだ。 彼の表情が一変する。

 「離せ!」
 「あっ......ごめん」

 流石にやり過ぎたと、アカガネはすぐに手を引いた。 でも、それはここで疑問を吐かずにいる理由にはならない。 少しの沈黙を挟んだ後、彼女は思いきって聞いてみる。
 自分が「この感情」を抱いたのは周りの目に対して。 では、彼は果たしてどうなのか?







 「──ジュリちゃん、何か怖いものでもあるの?」















 「誰かっ!!」

 その時。 道の方で甲高い叫びがした。 どこか悲鳴にも聞こえるその切羽詰まった声の方に、2匹は同時に振り向いた。 街のポケモン達もそれは同じだった。 大勢の視線を浴びながら、その声の主であるジャローダはまた叫ぶ。

 「探検隊の方......いらっしゃいますか......!? ソヨカゼの森に、娘と友達が入っていってしまって......! 今危ないんでしょうあそこ! 役所に届け出る暇もないの! 誰か、誰か助けて!!」

 ざわざわと動揺の声が上がる。 路地裏から出たアカガネとジュリも、驚きの表情をもって聞いていた。 一部のポケモンは、ジャローダに向けて怒号を飛ばしもする。 ここだけで考えれば、無責任な大人と捉えられかねないだろう。

 「入っていったって......あんた止められなかったのか!?」
 「ソヨカゼの森の近くで遊んでいたので注意したんだけど、聞かなくて......力づくでも止められればよかったけど、動けなくて......ごめんなさい、でも誰か......!!」
 「参ったね......」
 「今もう昼だし、大体の探検隊は街の外だぞ? 何せ、ソヨカゼの森って歪みで難易度凄い上がったって......」
 「ひとまず役所に届け出くらいはしようぜ。 時間は無いとはいえしないよりは」

 ポケモン達が各々動こうとする。 焼き木の実串の屋台の店主もジャローダのところに駆け寄り、顔を真っ青にした彼女を落ち着かせようとしていた。
 それを傍観していたアカガネも、遂に重い腰を上げる。

 「ジュリちゃん」
 「......何だ」
 「行こう。 レオンちゃんも呼んで。 難易度がどうとか言ってたけど、3匹だったらいけるでしょ。
 ......子供の一大事。 探検隊かどうかだなんて、関係無いよ」
 
 アカガネの声には、ふつふつと燃え上がっているようだった。 探検隊は嫌いだということと、こういうところで何もせずに黙っていることは全く別の話なのだ。 見逃すことなんて出来やしない。
 そしてそれは、ジュリの方も同じだった。

 「......いいだろう」

 








 チリンチリンチリンチリン!!!
 レオンを探すとなると、最初に思い当たるのは彼の家だ。一歩引いて待つジュリを尻目に、アカガネは紐がちぎれそうな勢いで玄関のベルを鳴らす。

 「レオンちゃんいる!? レオンちゃん!! いるなら開けて!!」
 「ああ? ってアカガネ! お前街巡りは」
 「正直それ今死ぬほどどうでもいい!! とにかくかくかくしかじか!!!」

 レオンの不機嫌ぶりに負けじと、本当に心の余裕が無いと言わんばかりにアカガネは早口でまくしたてる。 内容を聞いたレオンは、信じられないという顔で絶句した。

 「......えっまじか! 今立ち入り禁止じゃ」
 「そうなの探検隊の監視って本当にザル!! 助けるの手伝ってあと終わったらもうちょい厳重にやってもらって!!」
 「......ああ、分かってる! ジュリも来るんだな!?」
 「そう!! いいって言ったから連れてく!!」
 「うっし助かる! 少しだけ待ってろ道具揃える!!」

 レオンはばたばたと家の中に戻っていく。 それと同時にジュリは1つため息をついた。 こうもあちらのテンションに振り回されると、どうも気が狂う。 今こんな事を思うのはお門違いかもしれないけれど。
 そんな事を思っていると、レオンは大荷物を背負って玄関から飛び出してくる。 それと同時に合図も無いまま、3匹は森まで走り出した。








 
 「......ねぇ、レオンちゃん。 ソヨカゼの森って今、詳しくはどうなってるの?」

 道中、アカガネが素直な疑問をレオンにぶつけた。 彼はこれまた深刻そうな顔で答える。

 「難易度上がったとは言うが、正直一言で済ましちゃいけないレベルだ。 オニユリタウンは優れた探検隊が多く集う街。 役所はその中でも手練れの探検隊に調査を依頼してたんだ。 結果としては突破した。 だが、それも大分ぎりぎりだったらしい。復活の種は結構消費するし、何より周りの幻影倒して強くなる敵がわんさかいやがる。 ダンジョンの中でも割と厄介な部類になっちまったんだ」
 「......そういや、ヌケニンいるダンジョンだとそれ結構起きてたよね」
 「だな。 それが他のポケモン相手で起こってると考えた方がいい」
 「......こわ」

 自分の経験から、アカガネは恐怖の念を抱く。 普通のポケモンなら炎を放てば倒せるものなのだが、そういうポケモンは話が違うのだ。 どういう原理なのかは彼女もつかめていないのだけれど。
 そこにジュリの疑問も続く。 彼も鍛錬のために村の近場のダンジョンなら使ったことはあるのだ。 完全に無知なわけではない。

 「ダンジョンでは傷は負いにくいと本で読んだことがあるが」
 「そうだな。 普通ならそうだ。 ダンジョンでは、ポケモンは切り傷とかの直接的な傷は負いにくい。 ただ痛みは当然でかい時はでかいし、精神的なダメージについては安心出来ない。 何より......」

 レオンの顔が強ばる。

 「実力差があまりにもでかいと、その原則も通じないことがある。 特に、ダンジョン内での実戦経験が皆無の子供が高難易度のダンジョンに入ってしまった時は......」

 アカガネとジュリは、「まさか」という表情を浮かべる。 レオンは頷き、敢えて言葉は選ばず続けた。


 「そうだ、だから急がないといけない。 救助隊や探検隊の活動のお陰で数は少ないわけだが、世界で毎年に1回は起きるんだよ。

 ──ダンジョン内で、子供が殺されている事件」


















 

 「......ねぇ、なんか暗いよ、ここ」
 「おかしいな。 前お父さんと行った時はそんなこと......」
 「やっぱほんとに今はダメだったんだよ、帰ろうよう......」
 「なに言ってんだよ、階数変わってないって聞いたぜ? だったら......」

 ツタージャの制止も聞かないまま、他の2匹はずんずんと進んでいく。 このまま進むのも怖いが、取り残されるのはもっと怖い。 だから彼女も進み続ける他は無かった。 2匹は後ろなど見ずにまっすぐ、ツタージャは周りをキョロキョロして泣きそうになりながら進んでいく。 そんな道中、後ろから。


 がさり。 がさがさり。

 ──草を踏む、重い音。


 「え?」

 1番最初に気づいたのは、やはり周りに神経を尖らせていたツタージャだった。 空耳かと一瞬疑ったが、どうやらそうでもないらしい。 足音はどんどん大きくなっていく。 ある程度その音が重みを増してきたところで、やっと2匹も足を止め振り向いた。

 「な、なんだ?」

 そう2匹が言った途端、ぬっと3匹全体に影がかかる。 丁度2匹は後ろを向いていたから、その姿をはっきりと捉えてしまった。

 『う、うわあああっっ!?』

 そう叫びはするけども、彼らは怯えて動けない。 前を見ていたツタージャは姿は見ていないものの、がくがくと震えて動けない。 逃げなきゃ。 でもどうやって。 大きい影。 怖い。 お母さん。 助け──。

 そんな感情に呑まれていると、また草の音。 今度は明確な殺気も一緒に感じられた。 影を見ると、何か振り上げられているような。 寒気を覚えたツタージャはがばっとその場で振り向く。
 実際にその姿を目の当たりにし、入り組んでいた思考が、一瞬で真っ白になった。

 「ひっ......!!」













 「ツタージャちゃーん!! ......あと種族わかんないけど他の2匹ーー!! どこーー!!」
  
 アカガネの声が響き渡る。 しかし子供らしき声が返ってくることはなく、ポケモンの幻影が見境なく襲いかかってくるばかり。 流石の難易度と言うべきか、敵は進化後のものがほとんどだった。 内部にはユズの茨の城の名残が残っていて、魔女でも住み着いているかのような異質さがあった。 子供達にとっては恐怖にしかならないだろう。

 「これ、別れて探したがいいんじゃないか!?」
 「そうだね......じゃああたしこっち」
 「なら俺は右に行く。 ジュリは左側頼む!」
 「......言われなくとも!」

 3匹は別れて走り出す。 フロアを隅から隅まで回る必要があったので、普段のダンジョン探索よりも神経を使う必要があった。 敵を倒すのに必要以上に手間取ることはそんなに無かったが、探索の方に神経を使わないといけないのは中々にしんどいものがある。 特に、救助活動の経験が皆無なジュリに関しては。

 「くっそ......」

 ジュリの口からは苛立ちも漏れた。 だが、子供の命がかかっている状況下だ。 疲れていたとしても、視覚や聴覚を研ぎ澄ませるほかは無かった。
 そして、その彼の努力は、丁度次の階に進んだところで報われることになる。

 「っ!?」

 全体をまず見ようと走っていた時、急に土煙と共に立ち止まる。 耳を澄ませてみると、聞こえるのは子供の泣き声だった。 ポケモンがかろうじて隠れられそうな茂みを探し、顔を覗かせてみる。 そんなことを3箇所ぐらいで繰り返していると。

 「ひえっ!?」
 「あっ......」

 そこにうずくまっていたのはツタージャの女の子。 丁度あのジャローダの娘だろうか。 そう思って彼は近寄ろうとするが、彼女はより後ろへと下がってしまう。

 「や、やめて、こないで!!」
 「はっ!?」
 「悪いことしてないから......お願い、見逃してよう」

 ......完全に敵だと思われている。「落ち着いて」? 「味方だよ」? そんなことをすぐに彼が言ってあげられるわけがなく。 対応を考えている間に聞こえるのは、「助けて」という譫言ばかり。 耐えかねたジュリは思わず叫んでしまう。

 「......まずは落ち着け!」
 「ひえっ!?」

 ツタージャはびくりとその場で震える。 一応、譫言自体はこれで止んだ。 少々強引だったが仕方ない。 声のトーンは落として、言葉を続ける。

 「俺は幻影でも何でもない。 お前達を助けに来たんだ」
 「ほ、ほんとうに......」
 「ああ。 ......他に2匹いると言っていたな......そいつらは」
 「え、えっと......つっ!!」

 見たところ、他の2匹がいた形跡はどこにもなかった。 ツタージャが焦って立ち上がり説明しようとすると、急に痛みに顔を歪めた。 どうやら足を怪我しているらしく、重傷ではないが血も出ている。
 ......既に何か事が起こった。 そう考えるには充分すぎる。

 「確かえっと、左の方に逃げていって......あのポケモンは、2匹の方を追っていって......この怪我は、草結びで転んで......」
 「あのポケモン......? 襲われでも?」
 「う、うん」
 「見た目は」
 「凄くおっきくて、背中に花があって......。 それで、大きい足でこっちを踏み潰そうとしてきて。 だから咄嗟に逃げたんだけど、追いかけてきて、それで」
 (......まずいな)

 ジュリはその説明を聞いて嘴を強く食いしばる。 ポケモンの身体は脆い。 その事実を彼は身をもって知っている。 追われたポケモンは、無事でいるのだろうか。 逃げ切っているのだろうか。 いや。 単純な体力差もあるだろうし、厳しいかもしれない。 もし、全力の一撃なんて食らってしまえば......。
 さっきのレオンの言葉が、現実味を帯びてくる。 本当は考えたくもないのに。

 そうやってジュリが険しい顔をしていると、子供はやはり鋭敏なもので、ツタージャは力なくしゃがみこんでしまう。

 「っ! 痛いのか」
 「痛いけど、でも、それだけじゃなくて......どうしよう」

 震えた声。 そのままツタージャはしくしくと泣き出してしまう。 自分の足の事なんて構わず、涙を腕で拭い続けていた。

 「もっとわたしがちゃんと止められれば......どうしよう、2匹がいなくなったら」

 ......最早結果論だ。 だが、今の彼女にはそうすることしか出来ないのだろう。 どうしようもないのだ。 簡単に止められるものではない。 そう、ジュリもこの感情には覚えがあった。
 記憶を遡る。 きっと、そこにヒントがあるはずだから。 彼女の心を、闇へと向かわせないヒントが。





 泣くだけじゃなかった。 確か、何度か過呼吸にも陥ったような。
何度も悪夢を見て、生きている心地がしなくて。 そうやって、何度も自我が抜け落ちそうになった。 事件のほとぼりが冷めてからもしばらくは。

 そんな時、魂をこの場に留めてくれたのは。

 心を今に連れ戻してくれたのは。


 (大丈夫だ。 落ち着け。 敵はここにはいない。 今は眠れ、今は......)


──そうだ。 ヒントどころの話ではない。 手本は既に、自分の記憶の中にある。










 「大丈夫だ」

 ジュリはしゃがんで、ツタージャの目の高さに合わせて言う。 丁度そこには、村において子供達の前で見せていた優しい笑みが浮かんでいた。

 「大丈夫だ。 俺以外にも助けにきたポケモンはいる。 絶対に助ける。 安心しろ」
 「なんでそう言い切れるの......?」
 「まだ、全て終わったわけではない。 それに、お前から情報も貰えた」

 そう言って、鞄の中の不思議玉の1つを彼女に差し出す。

 「あなぬけのたま?」
 「お前は先に戻れ。 ここで待たれても危ないだけだ。 親も心配していたぞ」
 「お、お母さんが!? どうしよう......謝らないと」
 「そうだ。 だから先に出ろ。 大丈夫だ。 2匹を連れて俺も戻る。 ......急げ!」
 「あ、うん!」

 ツタージャは慣れない手つきであなぬけのたまを掲げようとする。
 だが、彼女は掲げる前に一瞬ジュリの方を見た。 ツタージャは真っ直ぐな目で、ジュリに一礼する。


 「──ありがとう、お兄ちゃん」


 それだけ言って、彼女は今度こそダンジョンを脱出していった。 やけに静かなダンジョンの中。 彼はほっと息を吐き、頬を2回程叩く。

 (......さあ)

 いつもの険しい顔へと戻り、彼はまた走り出した。














 「~~!!」
 
 丁度ツタージャがいたのと同じフロア。 アカガネの耳に、悲鳴のような叫びが響く。

 「えっ何......まさかっ!」

 アカガネはその場所へと直行する。 広い場所に出た時そこにいたのは、2匹の子供と......確か、フシギバナというポケモンだったか。

 「や、待ってよ、追ってこないでっ......ぐえっ!?」
 「エリキテルッ!!」

 エリキテルと呼ばれたポケモンが、石につまづき転んでしまう。 小さい足がぶるぶると震えている。 近づく恐怖を背にして逃げることは、これ以上は叶わなかった。

 「ウ、ウールー、助けっ......」
 
 エリキテルがウールーに震えた声で手を伸ばす。しかし、ウールーも近づくことは難しいようだった。
 ......状況はなんとなくつかめた。 アカガネは杖の照準をフシギバナに絞る。

 「[かえんほうしゃ]!!」

 まずは助けよう。 そんな強い意志を持って、彼女は炎を放った。 だが、これはあくまで足止め用。 子供のいる前で本気でやり合うわけにはいかないのだ。

 「そんでもって、睡眠の枝!!」

 フシギバナが怯んだところに、枝の睡眠効果が炸裂する。 うとうとと眠りに落ちたところで、彼女は思いきり叫ぶ。 ぽかんとする子供達の耳に、その声はやけに大きく響いた。
 
 「来なさい、こっちに! 早く!!」











 フシギバナから離れていて、他のポケモンもいなさそうな茂み。 そこに2匹を隠し、彼女はしゃがんで話しかける。

 「......大丈夫? 傷......」
 「おれたちは、まあ」
 「ずっと追いかけられてただけだからなぁ」
 「うん。 でもツタージャ、無事かな......」
 「......そうだ、ツタージャちゃん! 丁度良かった、あの子はどこにいるか分かる?」
 「わかんないんだよ。 フシギバナに追われて、はぐれて......」

 アカガネはふむふむと頷く。 レオンとジュリのどちらかが見つけてくれるのを祈るしかないのだが、だったら自分も探さなければならないだろう。 この2匹は怪我も無さそうだったから、あなぬけのたまを渡そうとするが。

 「......ねばついてる」

 何故こんなピンポイントにねばつきのワナがこの球に作用するのか。 「おねえちゃんも......?」と言って、ウールーは同じように粘ついたあなぬけのたまを見せてきた。 これは確率操作があるとしか思えない。
 アカガネとジュリはレオンの道具を貸してもらったに過ぎず、2つ以上持っているのは鞄の本当の持ち主である彼だけなのだ。 仕方なく、この場で彼を待つことにする。 下手に動いても堂々巡りになるかもしれないから。
 といっても、その間に話すことがない。 出来るとしたら、この問いだけだろうか。
 
 「ごめん。 脱出ちょっと待ってね。 で、その間に聞きたいんだけど......なんでわざわざ、この森に来たの?」

 2匹は少しどきりとした。 だがアカガネが優しげに聞いたというのもあり、1つ頷いた後話し出す。

 「......ちょっとした、好奇心......だったんだ。 あなぬけのたまもあるし、いけるだろって」
 「なるほど......そうやって意気投合して、こんな無謀な真似をね」
 
 2匹はしょんぼりと俯くが、エリキテルが口を開いた。

 「ツタージャが最初に言ったこと、聞いときゃよかったのかな」
 「え?」

 アカガネの表情が変わった。 ウールーが補足で説明を挟もうとする。

 「あいつ、最初は乗り気じゃ無くて......やめようよって言ってて。 最後はもう付いてってたけど」
 「だよなぁ、やっと覚悟決めたかって思ったんだけどな」
 「......」

 アカガネは、言葉を飲み込んだ。 これを言ってはいけない気がした。 落ち着けと自分に語りかける。 ......これは、元は子供の遊びだったんだ。

 「......凄いもんだね。 どうやって覚悟を決めたの?」
 「いや、でもずっと怯えてた。 お化け出るかもなんてデマ言ったらついてくるくらいのびびりだし」
 「そうやって無理矢理、そのツタージャちゃんを巻き込んだって事?」
 「で、でもあいつ付いてきたし......だったら、さあ?」

 子供の遊び。 子供の我儘。 1年経てば忘れられるような些細な出来事。 だから彼らは笑みすら零せる。 寧ろトラウマなんて植え付けられない方がいい。
 落ち着け。 落ち着け。









 

 ......どうして、そんなことが出来るとでも?








 

 自分勝手。 傲慢。 2匹の子供の姿は自分の家族を想起させる。

 (どうしたのよ急に、今までずっとやってきたじゃない。 評価も得られているのに、何が不満なの?)
 (自分で選んだ道に文句をつけるなんて、根性なしめ)

 ......わかっているのだ。 最初から引っ張られた自分が悪いなんて事ぐらい。 でも、耐えられないものというのが、この世界にはあるのだ。 それを、世は「地雷」と呼んでいるのだ。
 子供達の酷さは家族ほどではない? ......いや、違う。 より性悪かもしれない。 1匹のポケモンの命を、こんな危ない場所に投げ込んだのだ。 その子の言うことを全部無視して。


 単なるこじつけかもしれない。 でも、一度芽生えた感情を消し去ることなど出来ないのだ。
 その時。 アカガネの中の何かが、ぶつりと燃え千切れた。

 「ふざけんな」














 「付いてきたからって、それがあの子の意思だと思わないでよ」
 
 心の炎がくすぶった。

 「どうしても逃げられないと思ったからじゃないの?」

 おかしいじゃないか。 お前らが敷いたレールのくせに。

 「断っても、あんた達が逃げ道を断つようなこと言ったんじゃないの!?」

 逃げださなかった方にも責任はある。 そう言うポケモンもいて然るべきかもしれない。 逃げ出さない理由には、きっと思考停止もあるだろうから。 でも、それでも。

 「あんた達の我儘で、あの子が酷い目に遭ったらどうする気なのよ!!」

 その我儘に付き合わされた者は、自分の本当の願望と誰かの願望の間に挟まれるのだ。 離れることのない黒い雲。 例えそれで心に雨が降っても、ただ進めと急かされる。
 だから。 いっそ消してしまおうと心から願った。 だから、杖は握られた。

 「そうなったら、あんた達が、あの子を......!!」

 そうやって、心の炎が爆裂した。 実体を持った。 ......ありったけの、怨嗟を込めて。












 アカガネが決定的な言葉を言い出す直前。

 「アカガネ!! いるのか!?」

 ──唯一の心残りが、こちらに向かって叫んできた。

 

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