憑き者(アスタ視点)

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読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 どうしてこうなったのだろう。

 私はすっかり沈んでしまったイツキの意識の行方を追いながら、ない頭を抱えていた。目的地の直前にまで来たのだから、頑張った方だと思う。ただ、ゴール寸前で何かの糸が切れてしまった。それだけのことだ。
 問題は切れた糸によって支えられていたものがあまりにも重く、ちょっとやそっとでは戻せないところにまで行ってしまった、ということくらいか。
『いや、そのくらいの問題じゃないよ! 問題も問題、大問題だよ!? このままイツキが目覚めなかったらワタシ達どうなると思っているの!?』
 一旦落ち着こうと深呼吸をしかけた時、イリアが焦りからかところどころ裏返った声で叫んできた。実体があるのならエリスは耳を塞ぎ、私もそれに倣っていただろう。
『一生このまま、もしくは私達の誰かがイツキを演じることになるわね』
 できるとは思えないけれど、と言いたげな音でエリスが告げる。それは私も同感だった。私も彼女も、イツキとは性格が違いすぎる。何とか演じたとしても、どこかに異変が生じてしまうだろう。
 このままだとよくないのは誰が見てもわかるので、とりあえず私は彼女達にイツキの意識を引き上げるよう頼んでみた。本当は私も向かった方が効率は上がるのだが、それだと彼の体は完全に空っぽとなってしまう。
 イリアは肯定の言葉とほぼ同時に、エリスは仕方がないわねとため息を吐いてから気配を消す。私は彼女達が戻るのを待ちながら、外の様子を探ることにする。……ほぼ、音というか声しかわからない。
 それもそうか。音やイツキの考えは何もしなくても勝手に入ってくるが、映像だけは彼の意識を通して入ってくる。やろうと思えば今の状態でもわかるが、それは彼の体を操るのと同じ意味を指す。混乱を避けるため、それは控えたいところだ。
 聞き取れる範囲で状況を整理すると、現在彼らは焔の町に入るための方法はどういうものなのか、情報を出し合っているらしい。まるで嘘のような話ばかりだが、残念なことに本当のことばかりだ。
 私がこういう状態でなければ、と思うが私は焔の町出身でも関係者でもない。関係者の関係者も範囲内であれば私だけではなく彼らも行けるが、それでは通用しないだろう。普通であればこの先はただ「当たり」を信じて協力者を探すしかなくなる。
 しかし、そういうことにはならないと私は知っていた。あの方は、この事態も想定して動いている。恐らく、もう既に町の前あたりにいて私達を待っていることだろう。イツキに頼んで伝えたらスムーズに動くだろうが、未だにエリス達が戻る気配はない。
 理想が実現するまで待っていたら、何日もここに足止めを喰らってしまうだろう。それはあの方に申し訳がないし、イツキもそれを知ったら自分を責めるに違いない。本当はやりたくなかったが、これしかないか。
 私は短く息を吐くと、イツキの体を操る。暗闇の奥から一気に映像が広がり、私はすぐにそれを伝えようとして――固まった。目の前にエミリオらしき何かが躍っている。何の踊りかわからないうえ、その目はどこか死んでいる。一体何があったというんだ。
 理解が追いつかない光景に少しフリーズしていたが、私の心境を察したクレアの言動からそうだと思い口を開く。もう、目の前の光景はスルーしておくしかないだろう。というよりも、深入りしたらダメだと私の勘が告げている。
 私の言葉に返ってきたのは、感謝ではなく敵意に近いものだった。アランの言葉からしても、私だと思われていない。てっきり雰囲気や話し方で気付かれると思っていたのだが、期待しすぎたようだ。
 やや悲しい気持ちに襲われながらも、自己紹介のためまた口を開く。

「私はアスタ。かつてあの村に住んでいた、ブースター『だった』者だ」



 私達がいる部屋を支配するのは、耳が痛くなるほどの静けさと停止。僅かに聞こえる呼吸の音だけが、時が止まっていないことを証明している。目の前にいる彼らの顔に浮かぶのは、二つの意味で信じたくないという思いだった。
 一つは、私が既にまともなデータとして存在していないこと。話の一部から、エリス達も同様だと気付いていることだろう。これは事実だから訂正の必要はない。
 だが、もう一つはもし当たりであれば若干の訂正をする必要がある。それは私達がいなくなった時期とイツキが現れた時期、そしてこの状況からして、彼が悪い意味で関与しているのではと思われていることだ。
 純粋な意味で関与しているかどうか、と聞かれたら私達が「こうなった」原因は間違いなく彼にあるのだから、していると答えるしかない。しかしアレは必要なことであり、あの方法以外ではどこかに欠損が生じるところだった。
 当事者そのものである私から話せば、彼らもむやみに疑うことはしないだろう。仮に疑うとしても、イツキが私達を脅すメリットは何もない。イツキとはこうなる前にあそこで会っているが、その時彼は既に意識を失っていたからそれを知ることはないだろう。
 時間が長引けば長引くほど、彼らの心にまとわりつく疑いのツタは太く丈夫なものになる。あまり面倒は起こしたくないので、私は一つ咳払いをしてからなるべく短く必要な事実と訂正を述べることにした。
「察している通り、私達三匹はもうこの世界にいないも同然の存在だ。しかし、これは避けることができない運命だった。仮に君達があの時私達を村に留めたとしても、近いうちに同じことが起きていただろう。
 あと、君達が想像しているようなことをイツキはしていない。私の知らない間にやっていたとしても、彼の性格からして隠し通せると思えない」
 私の言葉に彼らは一応納得の声を上げたものの、全員が全員その目に疑問を張り付かせている。その中で、ディアナがすっと切れ長の目を合わせてきた。
「……イツキが悪くないことはわかったわ。理由はわからないけど、こうなるのが避けられないことだったのも。でも、それだとどうして彼の中にあなた達がいるのかしら。そんな現象聞いたことがないし、偶然が重なったにしては出来すぎていると思うのだけれど」
 少し想像はしていたが、やはりそこを突いてくるか。私やエリス、イリアでさえも、こうなることは全く想像していなかった。彼女の言う通り偶然にしてはやや出来すぎているとも思うが、事実そうなってしまったのだから仕方がない。
 それをそのまま伝えようとすると、芋づる式にイツキがここに来る直前何をしていたのか。なぜ私達が彼の前に現れたのか。そもそもどうしてそのようなことをしたのかまでも話さなくてはいけなくなる。
 それは今の段階ではまだ早すぎる。勿体つけずに早く話せばいいではと思われるかもしれないが、この段階で話してももたらされるのは純粋な混乱だけだと私は考える。少々心苦しいが、嘘も方便。更に、嘘に本当を混ぜると信憑性も増すという。
 ここは、彼らにちょっとしたつくり話を信じて貰うことにしよう。
「君達は知らないかもしれないが、何らかの原因でデータが消える時、完全に消える前に他のポケモンの中へと入ることがあるんだ。それでそのポケモンに入り込んだポケモンの能力や技、意識などが宿ってしまうことがある。私はその者を『憑き者』と呼んでいる」
 どれもこれもが初耳だったのか、皆目を丸くして話を聞いている。話の最中で意識を取り戻したエミリオは何が何だか、といった表情をしながらもこの場の雰囲気からか静かに話を聞いている。
「宿るのは普通だとせいぜい一匹くらいのものだが、まれにイツキのように複数宿すことがある。どうして彼だったのかは……、たまたま近くにいたのが原因だろう。憑き者になるかどうかなんて、それこそ偶然が重なるしかないのだから」
 私が答えたのはあくまでも「どうしてこの状態になったか」であって、「その原因は一体何だったのか」ではない。そもそも聞かれていないのだから、答えに入らなくていいのかもしれない。
 あちらとしては聞きたい気持ちで山々なのだろうが、先ほどのやり取りでもし聞いたとしてもハッキリと答えないことを察したのだろう。または目覚めたばかりで単に状況を理解できていないか。後者は現在クレアに教えて貰っているから、じきに前者となるだろう。
 一つ目の大きな疑問を乗り越えたところで、アランが二つ目の大きな疑問を口に出してくる。
「話が少し変わるけど、どうしてアスタさんはこのまま進めば協力者が現れると知っていたんだい? その状態じゃ、サプライズでそのヒトと連絡を取るにしても面倒だろうに」
 これは特に隠す必要もないから、そのまま答えても問題はないだろう。
「ああ、それは――」
 続きを紡ごうとした途端、脳内に疲労が混じった大声が響く。

『アスタ、やっとイツキを連れ戻したわよ! 全く、一体どこまで探しに潜ったかわからないわ。イリスなんか戻る際、焦りからか迷子になるし……』
『え!? それを言ったらエリスだって、イツキを見つけた時勢い余って更に先へ行って迷子になりそうに――』

 静かだった脳内が一気に賑やかになる中、イツキが今にも消えそうな声で謝ってくる。声の原因は申し訳なさと糸が切れた影響の残りが半分、エリス達の賑やかさに押されてが半分といったところか。
 さっさと質問に答えて戻った方が流れとしては自然だろうが、イツキが戻ってきた以上これ以上長居するのはよくないだろう。ただでさえ、私達は一部の脳内空間を支配しているのだから。ますます思考などに影響を及ぼしては戻った時が大変だ。
「――突然だが、イツキに体の主導権を戻さなくてはいけなくなった。申し訳ないが、続きはイツキから聞いて欲しい」
 状況をほとんど理解していないであろうイツキの素っ頓狂な声が脳内に響くのを感じながら、彼に体を戻す。慌てる彼に手短に状況を伝えると、恐らく頭上に大量のクエスチョンマークを浮かべながら言葉を並べた。
「え~と、その協力者? は俺達の事情や目的地を事前に知っていた。だからある程度先回りができた……らしい。それが誰かはここで話すより直接会った方が早いとか何とか」
 ……私の言葉が手短すぎたのかもしれないが、果たしてそれをそのまま信じていいのかどうか迷う言い方だ。現に、誰かの呆れたような溜め息が聞こえてくる。
「いきなり話の続きを奪ったにしては、酷く頼りないものだね。まだ魂の一部が戻ってきていないんじゃないのかい?」
 泣きそう、というより半分ほど泣いているイツキの声が辺りに響いた。彼が置かれていた状況を考えると、この返しはアランにとってはいつものことでも少し可哀そうだと思ったのだろう。少し怒りが滲んだエミリオの声が聞こえてくる。
「アラン、気持ちはわかるけど多分イツキもさっきの僕みたいに状況を理解できていないんだよ。そこではい、しっかりと続きを言って下さいとなってもなかなかできないんじゃないのかな?」
「まあ、確かにアスタさんが来るまであの状態だったことを考えると、そうとも言えるかもね。だとしたら、どうして彼の話が終わる前に出てきたんだい? 今陥っている状況のように、メリットなんか何もないじゃないか」
「アンタ達、少し落ち着きな。他のポケモンに迷惑がかかるよ」
「クレアの言う通りね。このままだと最悪宿を追い出される可能性もあるわ」
 二匹の声が落ち着かせようとするも、効果はほとんどないようだ。……これはまずい。私の行動が原因で、さっきまででも決してよくなかった空気を更によくないものへと変えてしまった。このままではエミリオとアランが戦い始めてしまうかもしれない。
 再び私が出て場を治めようにも、クレア達に対する反応を考えるとちゃんと聞いて貰えるかどうかわからない。新たな手としてエリスかイリアに出て貰う、というのもあるが彼女達は自分で蒔いた種なのだから、と傍観者を決め込んでいるようだった。
 時間を巻き戻して結果から見ると愚かだった私の考えを変えられるのなら、すぐにでも実行したい。もう誰でもいいから、この場の空気を明るいものにして欲しい。そう思っていると、近くの扉が勢いよく開く音が聞こえた。
 ……もしや、隙間から流れ出た空気から問題が起こる前にと行動を開始した宿のポケモンだろうか。だとしたら、ディアナの言葉が早速現実となってしまう。説明という名前の言い訳をするためか、誰かが扉の近くに行こうとしているのが音でわかった、その時。

「……ここまで来たかと思い訪ねてみたら、何だか物騒なことになっておるのう?」

 あの方――デューク、さんの声が聞こえてきた。

 続く

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