第71話 離れていても
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
(こりゃ、荒れてるな)
戦いの様子を端から見ていたレオンは、頬に1粒の冷や汗を垂らしていた。
凍った地面から放たれる氷槍にオーロラの壁。 イリータとオロルは守りを固めた上でユズ達をとにかく攻めたてる。 最早殺す気と言われてもおかしくはない。 それでいてレベルもきっと上がっているから、技の選択肢も広がっているだろう。 吹雪なりサイコキネシスなりで、もしもの時は強行突破も効く。
......凄いものだと、レオンは感心を隠せない。 流石は探検隊コメット、ほぼ自分達の知恵と実力でここまでのし上がってきただけのことはある。 レオンにアドバイスを乞いに来る事もあるにはあったが、その前に案をちゃんと用意してくることが常だったから。 こういうタイプは味方としては本当に心強い。 だが、敵に回すと厄介が過ぎる。 才能だけで突っ走ってきた者達より、よっぽど。
(......さて、あいつらはどう来るんだろうな)
でも、お前達もここで詰むような奴らではないだろう? 言葉自体は発さずとも、彼の目がそう語りかける。 一筋の期待が、そこには宿っていた。
ユズ達の姿が見えなくなって少し経った時。 白い雪の粉塵で覆われた世界に、一筋の光が差した。
「......! なんだ?」
冷たく肺を刺すような空気が少しだけ和らいだ。 氷タイプにとっては一種の不快感にもなるその感覚が、オロルの目線を空へと誘う。 白い霧がまだ残っているから見づらいが、少しその向こう側に綺麗な青が見える。 寧ろ、霧の向こうにある陽光がいつもより激しく輝いているような。
──自分のあられが、破られた。 そう確信すると同時に、イリータがテレパシーで声をかける。
(オロル! 天気が......)
どうやら彼女も同じことを思っていたらしい。 その勘の良さに感心すると同時に、オロルは苦悩した。 周りに手合わせしようとするポケモンは確かいなかったし、当然ながらこんなことをするのはユズ達しかいない。
......でも、今まで彼女らがこんな芸当をしてくることなんてあったか?
(......書き換えられたね。 ただオーロラベールは一応残ってるから、完全に不利ではないよ)
(そう。 でも書き換えは......?)
(こっちがやってもまたきっと変えてくるさ。 天候の変え合いはいつか限界が来るよ。 ここまずダンジョンじゃないし、体力もだいぶ辛い)
(......無闇には使えない。 半分禁じ手、ということね。 分かった。 一度機会を伺いましょう)
(そうなるね。 さあ、どう来る?)
自分達の予想のしない何かが、きっとすぐそばまで迫って来ているのだ。 2匹はその場で身構える。 霧が少し晴れ、日差しも丁度顔を覗いてくる。 光がやっと地表に届いた、その時。
「[マジカルシャイン]!」
その日差しを上回るほどの閃光が、突然辺りを包みこんだ。
「眩っ......!」
思わず目を閉じる2匹。 もろに食らわずに済んだのは良いのだが、それでも目の前はちかちかとする。 光をじっと見すぎると目にその跡がぼんやり残る。 そんな経験は生きていれば何回かあるだろうが、その跡が一気に視界全部を覆ったかのような感覚に陥る。 これでは満足に周りの状況を見ることが出来ない。 何か、手を打たなくては。
「ようせ......」
「させない、[マジカルリーフ]!!」
イリータが妖精の風で中和を試みるが、それより前にユズの技が2匹に襲いかかる。 さっきのマジカルシャインほどではないが、ちらちらと舞う紫の光が視界を攪乱させてくる。
「ぐっ......[こおりのいぶき]!!」
「[ソーラービーム]!!」
オロルはお返しとばかりにユズに氷を放つ。 だが冷たいものが来るのなら、暖かいもので相殺すればいい。 咄嗟だったがために低射程のビームだったが、息吹を遮るのには十分だった。
もっとも、こんな芸当が出来るのも天気の主導権をユズ達が握っているから。 2匹に隙が生まれた時に取り戻したいところだが、しっかりしたチャンスは未だつかめそうにない。 オロルは歯を食いしばる。
「まだまだ、[スピードスター]!」
キラリもまた攻めることを止めない。 頑張って避け続ける2匹だが、やはり1発は身体をかすってしまう。 痛みに軽く顔を歪めた後、イリータは思考する。 さっきまでとは違う技選びには、どうしても違和感を禁じ得なかったのだ。 何も無いなんて事は無い。 絶対に裏がある。
そういえば。 今まで出してきた技には、どこか共通点があったような。
(......そうだ、あの2匹......)
イリータが2匹の戦術のヒントをつかむ。 ひとまず体勢を立て直すために、今度こそ妖精の風で光から身を守った。
──そう、光だ。 こちらが霧や吹雪を使ったなら、あちらは光を使ってこちらの視界を遮る。 長期的なものである程度「動ける」保証はある前者と違って、光は突発的なものだから防戦一方になりやすい。
光、か。 彼女達らしい結論だと、イリータは内心嬉しくなっていた。 草タイプのユズなら日光をうまく活用できるだろうし、ノーマルタイプのキラリはそれに柔軟に対応できる。 何より、単純にあの2匹にはぴったりだ。
まあ、感心している暇もない。 この状況を早く打破しないといけないのは事実なのだから。
「オロル!!」
覇気のこもった大声がこだまする。 気を引き締めるべく、名前だけはテレパシーを使わずに呼びかけた。
(どうした? 何か浮かんだのかい?)
(天気の書き換えのチャンスがないなら、今できることをする。 氷も、まだ融けてない。 ......正面から一度、行ってみましょう)
(了解!!)
言葉通り、正面から2匹はユズ達と相対する。 その空気を感じ取ったのか、ユズとキラリも一瞬アイコンタクト。 4匹とも、今すべきことは固まったようだった。 互いの力は測れた。 なら......
あとは、何が何でも超える!!
「[ぜったいれいど]!」
「[ねんりき]!」
オロルが地面に氷を補給し、イリータの先ほどの技が苛烈を極める。 地面を走る冷気を念力が伝い、何本もの槍が一気に形成されていく。
「[はっぱカッター]!!」
ユズは葉の刃でその氷槍を切り裂きながら、先陣を切って駆けた。 キラリもその後を追い、4匹が至近距離に立ったところで、彼女の尻尾が強くうなる。
「[スイープビンタ]っ!」
1発目は逆方向に逃げられてしまう。 しかしだ。
「そっちに行くなら......2回目っ!!」
「ぐっ!?」
元々連続攻撃なゆえに、連発も出来やすいのがこの技の強みだ。 俊敏なイリータにもちゃんと攻撃が当たる。 そのまま畳みかけたかったが、当然オロルがそんなことを許す気は無く。
「[じんつうりき]!」
「ひええっ!!」
キラリが技の効果で怯ませられたところで、イリータもまた反撃の用意をする。 2匹の目線が完全にキラリに向いていた。 守りに向かない彼女が狙われるのは、正直かなりまずい。
(......そう来るならっ......、閃いた!)
ユズの心のランターンが、提灯をきらきらさせて小躍りを始める。 ただ、キラリに全容を伝える時間も無い。 彼女は咄嗟に声を張り上げた。
「キラリ! イリータのところに行って!! ここは私が!」
「えっ!?」
一瞬キラリはためらうが、その表情はすぐに真剣なものに変わった。 ユズの顔は、その場しのぎの焦ったものではなかったから。
「......いや、了解!」
キラリがイリータのところに猛進する。 その姿をユズが見届けたところで、オロルの冷たい刃が彼女へと向けられる。
「よそ見はいけないなぁ、[れいとうビーム]だ!!」
「っ! ......[ソーラービーム]!!」
それぞれのタイプの花形とも言える技が弾ける。 威力的にはどちらも申し分なく、相手に道を譲る気など毛頭なさそうだった。 力のぶつかり合いとも言える状況の中、オロルはにやりと笑う。 ──正直、意外だったのだ。 ユズの行動が。
「いいんだ、キラリ1匹でも。 もしもの時、守れなくなるよ?」
「そうだね。 でも大丈夫。 今のキラリなら、自力でやれるよ」
「たいした信頼だね。 もっとも、託した君が潰れても終わりだけど!?」
その言葉に呼応して、オロルは冷気を強めていく。 ユズの頬に残り滓の氷がかすって痛みも感じるが、ここで退くわけにはいかなかった。 人間時代に発作的に来ていた魔狼の気配に気をつけないといけないのも厄介なところだけども。
ひりひりとした氷の感覚と、それを止める暖かい陽光の力。 2つの感覚に板挟みにされながらも、ユズは力を振り絞る。
「[エナジーボール]っ!」
一か八か、ビームの出力を保ちながら生命の力を放つ。 ふよふよと舞うボールは、オロルの元へとまっすぐ向かう。
(陽動? ボールの防御に集中させた隙に潰す気か?)
ならばとオロルも応戦し、さっきイリータと話した「禁じ手」を繰り出す。
......今の彼女に、戻す余裕はきっと無い!
「[あられ]、[オーロラベール]!!」
願いを運ぶ流星のように、再び灰色に染まった空から氷の粒が落ちてきた。 即席のオーロラベールでぎりぎりエナジーボールを防ぎきる。 残り滓が頭に当たった気がしなくもなかったのだが、別に痛みがあるわけでもなく、大したものではなかった。 そして、オロルの狙いはこれだけではない。
「ぐっ......これじゃ......」
ユズの口から、苦悶の声が漏れる。 青空に雲がかかるだけでも、地表に届く太陽の力は大幅に下がる。 それによりユズ側のビームの力が弱まったところで、オロルはまた冷気を強める。 それに従い、陽光の熱はまたどんどん冷めていく。 悟らずにはいられない。 流石にこれは、止めきれないと。
「っ! しまっ......」
轟音が響く。 ユズの立っていた場所に、大きな氷の柱が幾本も立った。
「ユズっ!?」
その異常音は、当然2匹だけの世界で巻き起こっているわけではなかった。 キラリはその音からユズの身に起こった危機を察する。 だが、大きな氷柱の中は冷気に覆われていてよく見えない。 嗅覚も氷の凍てつく感覚に邪魔される。 そして、何が起こったのかを考える時間も無い。
「[マジカルフレイム]!」
「ちょっ......[トリプルアクセル]!」
イリータの炎が容赦なく迫り来る中、キラリはなんとかトリプルアクセルの氷で大ダメージは防いだ。 「ちょっと待って」と言おうとしたわけなのだが、実際言ったところで待ってくれるわけないだろう。
彼女はイリータの方に向き直り、再び尻尾で攻撃を仕掛ける。 身体を動かしていく中で、少しずつ思考も落ち着きを取り戻していく。 そして浮かぶのは、さっきのユズの表情。
(いや、落ち着け。 ユズはイリータとの戦いを自分に託してくれたんだ)
あの表情を見れば分かる。 ユズは意味の無いことはしない。 彼女の考えには何かしらの筋があった。 筋があるからこそ、大事な時に行動できるのだ。
......自分の弱点となる氷を、彼女が本当に咄嗟に呼ぶことはない。
(ユズなら、絶対大丈夫!!)
不安ではあるが、ここで無闇に動いてはいけない。 彼女の無事を信じて、今はすべき事をする。
「[にほんばれ]!!」
そのために、まずはユズの真似事から。 氷も少しは溶けるだろうし、いいこと尽くめのはずだ。 書き換えもきっと大丈夫。 イリータがあられを覚えなければ、そしてユズが無事ならば、手数としてはこちら側の方が多いと示せるのだから。
「[マジカルシャイン]!!」
「つっ......!!」
もう一度、陽光の力を借りた強い閃光を放つ。 イリータが目を閉じた隙を、オロルがまた補いに来る。 同じミスはしない。 ここは守れとキラリは自分に言い聞かせる。
「[こおりのいぶき]!」
「[タネばくだん]!」
爆弾の弾幕で息吹を防ぎきる。 防御技をあまり持たない故の苦肉の策ではあるが、一応耐えはしたようだ。
(大丈夫......いける!)
呼吸を整える。 2匹の前に毅然と立つ。 嗅覚はちゃんと研ぎ澄ましたまま。
2匹が成長しているのなら、自分も追いつかなくては。 寧ろ、追い越す勢いでいかなければ。
(......危なかった)
その隙に、氷の陰に隠れてユズは光合成で体力を回復させる。 心の声の通り、正直危なかったのだ。 まさかあられをこのタイミングで使ってくるとは。 そのせいでダメージも深かったのだけれど、なんとかギリギリ耐えられた。 この時点でもう奇跡だろう。 それにキラリが空を晴らしてくれたお陰で、回復も短時間でどうにかなりそうだった。 彼女に一瞬とはいえ負担を強いることは誤算だったので、それは終わったら謝るしかない。
だが目的は果たせた。 「作戦」としては失敗ではない。 結果オーライと、いうものだろうか。
「......ソーラービーム、こうやっても使えるかな」
2匹の視線がキラリに向いているせいか、ユズの心に芽生える小さな悪戯心。 まだ太陽の光は強いままだ。 それを確認した後、彼女は頭の葉っぱに日光の力を強く込めた。
「[くさむすび]!!」
「[こおりのつぶて]!!」
「[サイコショック]!!」
その間にも、3匹の攻撃が交錯していく。 時には跳ねて時にはしゃがんで、キラリはなんとか2匹の攻撃をかわしていく。 ただ、2対1の状況下で永遠にそれが続くわけがないのだ。 イリータが急に立ち止まり、キラリに向けて何かを念じる。 そこに向かおうとしたキラリの足取りに現れた隙を、オロルが見逃す事などない。
「[れいとうビーム]!」
「あだっ!?」
丁度片足が地面についたところで、オロルのビームが当たってしまう。 イリータから攻撃を受けた感触もなかったから、フェイントだったのだろうか。
片足が凍てつく氷で覆われるのを見て、咄嗟に遠征の時にモスノウから受けた攻撃を思い出す。
あの時はどうしただろうか。 記憶を遡る。
確か慌てるしか手段がなくて......大人達が相づちを打って......。
「[ねんりき]!」
「[ふぶき]......っ!!」
──ああ、そうだった。
罠にかかった獲物にとどめを刺すべく、大技の準備を進めていたっけ。
念力は何度か技強化のために使われたのをキラリは覚えていた。 現に自分もそれに助けられたわけだから。 そうなると、大人達からの集中砲火とは状況が違うとはいえ、これはかなりまずい。 さあ果たしてどうしたものか。 足が奇跡的にすっぽ抜ける......なんてことも無いだろうし。
(どうする......)
[まもる]でも使うか? それとも、溜め時間はあるわけだから別の対策を考えるか? 思考回路をフル回転させる中、キラリの五感の中で最も敏感な部分が反応する。
(......おや?)
嗅ぎ慣れた香りが、キラリの鼻をかすめる。
木漏れ日を浴びた枝葉。
そこに咲いている小さな白い花々。
そこから漂う、甘くて少し酸っぱい香り。
──間違いない!!
だが、イリータとオロルの目は自分に向いている。 そう考えると、2匹はこの香りには気づいていないんだろう。 これは使えるんじゃないだろうか。 自分の特技を生かせる舞台は、ここなんじゃなかろうか。 そんな風にキラリの気持ちが高ぶっていく。 顔に出てはいないかと心配になるぐらい。 ポケ生経験が周りより豊かなレオンに至っては何か企んでいるなと察してしまうぐらい。
いけるかもしれない。 というよりやるしかない。 ......当たって砕けろ、やってみよう!
「......ユズ、今だ!!」
『なっ!?』
2匹は咄嗟に振り向く。 特にオロルの場合は、さっき倒したはずではと酷く狼狽していた。 氷の粉塵の中でも、この目はしっかり倒れたチコリータの姿を捉えていたのに。
その背後から、強い光がほとばしった。
「スピードッ......!」
当然その技の主はキラリ。 手に1つ星を持ち、神経を研ぎ澄ます。あの時の感覚を探りながら。 大事なポケモン達の顔を思い出しながら、手に強く力を込める。
最後の一押しというには少し弱いかもしれない。 でも、「ここ」こそがユズが言っていた明確な隙である。
......だったら、全部たたき込む!!
「......スター!!!」
飛び上がり、成長した星を投げつける。 辺りを一閃する薄桃色の星の刃が、2匹を背後から襲った。 散る光の色を見て、キラリは一種の安堵を覚える。
(やった!)
再びこれを使えた。 その事実がキラリを果てしなく高揚させる。 時間が、いつもより遅く流れているようだった。
だがそれも通常速に戻る時が来る。 柚子の匂いがまた動くと同時に、今度は黄緑の光の粒が視界に現れる。 目線を移す暇は無かったけれど......
「......ありがとう!」
感謝の声が、すぐ横から聞こえてきた。
陽の光を帯びた、葉の刃と共に。
「[はっぱカッター]!!」
葉っぱが帯びていた光は、どこかソーラービームのそれに似ていた。
勢いのある葉っぱの一撃により、土煙が舞い上がる。 光が止んだところで、急に意識が現実に戻ってきたようにも感じられた。 きょとんとした顔でキラリはユズを見るが、ユズの顔は少し満更でもなさそうだった。 半分夢うつつのような表情で、キラリは正直な感想を呟く。
「ユズすごっ......凄い考えてる」
「えっ......いや、キラリが思ってるよりは私も考えてないよ。 というか、キラリがにほんばれ撃ってくれたのありがたかった。 草タイプってすごいね......晴れてるとこんなに動ける......ふーー」
「......大丈夫? なんかしんどそう」
(......これは小声で言うけど、しんりょく発動できるかなってとこまでしか回復してなくて)
(なるほど......)
まとまった会話時間の間に、少しずつ土煙が退いていく。 ユズとキラリはそちらに視線を移すが、すると茶色の膜をくぐり抜けるかのような白い光が見えてきた。 倒れているのならこのようなことは起きるわけがない。 つまり。
(ユズ、やばくないかな、大丈夫かな)
2匹はあの2連撃を、辛うじて耐えきっているということになる。 これからどんな反撃が来るのか。 キラリの顔に一瞬恐怖が宿るが、ユズは動じなかった。
(大丈夫、キラリ)
何かを確信している口調。 彼女は一片の迷いもなく、土煙の向こうを見つめた。
(──オロルなら、倒せてる)
「......やってくれるじゃない」
土煙が晴れた後。 イリータが立ち上がる。 身体自体はぼろぼろではあるが、その眼光は歪むことは無かった。 その時にさっきの白い光も止んだ。 回復技だったのだろうか。
一方、隣でオロルはぐったりと倒れ伏していた。 頭のふわふわした白い毛のあたりから、ぽとりと芽の生えた種が落ちる。 強い生気を感じる、端から見れば福音をもたらすもののようにも見えるその種。 しかしそれは、イリータからすれば脅威でしかない。
「ユズでしょう、これ仕掛けたの。 ......宿り木」
悔しそうなイリータの声に、ユズはこくりと頷く。
「ただ身体を拘束することが、宿り木の使い方ではないよ。 エナジーボールに乗せて、オロルの頭に種を落としただけ。 ただうまくいく保証も無かった。 今回は、奇跡的にどうにかなっただけだよ。 あられとオーロラベール撃ってくるとは思わなかったけど」
こちらも少し悔しそうな表情で、ユズは答え合わせをする。 オロルの頭に当たった残り滓だと思われたもの。 あれこそが宿り木の種本体だったのだ。 身体に巻き付けはしないものの、立派なポケモンの技。 意味がありませんでしたで終わるわけがないのだ。
それを聞いたイリータの蹄に、より一層力が入る。
「......そこから、オロルの体力を吸っていったって魂胆ね。 分かりづらいようにゆっくりと。 さっきも思ったけれど、お見事よ。
記憶が戻ってしおらしくなったと思ったら、随分......」
イリータは、オロルをテレポートで戦場の隅っこまで移動させる。 そしてオロルの思いを継ぐかのように踵を返した。 ......今はまず、勝たなければ。
「捻くれたこと、考えるじゃない!!」
イリータは全力で、[けたぐり]をユズに向かって放つ。
「[リフレクター]!」
ぎりぎりの攻防、といったところだろうか。 ユズの顔に余裕はない。 だが、力を振り絞り彼女はその場で飛び上がる。
「......そうだね。 私も思う。 前より絶対捻くれたし......それに」
ユズは葉っぱでそのまま殴りかかる、がイリータの防壁にあえなく防がれる。 音がきしんでいるのは葉っぱなのか、それともユズの歯なのか。
「戦うんだったら、負けるのは嫌だ!」
「そう。......なら、残念ね!!」
一瞬息を吸い、[マジカルフレイム]が放たれる。 避ける暇も無いまま風圧でユズは吹き飛ばされ、地面に身体を打ち付けてしまう。 鈍い音が響く。
......当然だ。 挑戦することが多ければ、体力もその分多く削られる。 イリータにとっても、そこは何度も通った道だ。
「......もう攻撃を与える必要もなさそうね。 限界なのは分かってるのよ。 無理する癖だけは直らないのね」
「っ......!」
ユズは立とうと試みるが、足に力が入らない。 恐らく、審判からは確実にストップがかけられるだろう。 これ以上自分は動けない。 同時に異なる技を出すなど慣れないマネもしたから、多分反撃できる気力も残っていない。
「......いいや、大丈夫」
それでも、その目から闘気は消えていない。 こうしてまじまじと見ると、イリータも大分疲れているのだ。 息切れもするし、何よりも。 オロルの仇討ちもあるにせよ。
いつもの彼女だったら、果たしてユズだけを必死に追いかけるだろうか?
(私は、作戦なら考えられる。 でもそれだけじゃいけない。 それだけじゃ勝てない。 こういうピンチを打開できるのは......)
ユズがぼろぼろながらも笑ったのと同時に、イリータの後ろから影が迫った。 鋭い気配をイリータは感じ取るが、技と普通の動きとではスピードの格が違う。
「[トリプルアクセル]!!」
「っ!?」
キラリの美麗な氷の3連撃が、イリータを吹き飛ばす。 大分力を蓄えていたのか、尻尾はいつもより強くしなっていたような。 その後ザッという鋭い音をたて、彼女はその場に着地する。 「ふーっ」と肩を落とし、へなへなと座り込んだ。
身体から力が抜けていく中、ユズは納得したように、こくりと頷く。
──やっぱり、キラリなんだよな。
「ふーっ......」
キラリも息絶え絶えな状況だった。 立てる気力が戻ってきたところで、辺りを時計回りで見回してみる。 オロルが倒れていて、レオンが見物していて、ユズが倒れていて、イリータもさっき吹っ飛ばしたばかりだから倒れていて。 ということは、立っているのは自分だけ?
「......てことは」
その後の言葉は続かなかった。 いつものようにきゃっきゃとは喜べない。 正直それぐらい疲れているし、呆然ともしている。 強敵を破る時の感情というのはこんなものなのだろうか。 ケイジュの時はどうだったろうか......。 そう考えようとするが、そこの思考も途切れ途切れ。 それだけではなく、少し頭痛もしてきたような。
でも、何故だろう。 周りが静かすぎる。 誰もなにもいわないし、だれもやめっていわないし。 だれかがおわらせてもいいんじゃ──。
「......い゛っ!!」
突然、キラリの頭に鈍器で殴られたような痛みが走る。 静寂がその痛々しい声によって破られた。
「な......これ......」
何が起こった。 目の前が揺れる。 それもただ殴られた痛みじゃなくて、脳が直接殴られたような痛み。 既に限界なところに追い打ちをかけられ、最早立ってなんていられない。 キラリはその場で倒れ伏す。 にしても誰が。 もう一度時計回りで見てみる。 ユズとレオンは論外として、オロルは倒れている。 イリータも......。
(......いや)
かろうじて残っているぼやけた意識の中で、キラリは自分の勘違いを自覚する。
......あれはフェイントではなかったのか、と。
なにせ、イリータが[あさのひざし]を浴びて立ち上がりながら、「うまくいった」と言わんばかりにほくそ笑むのだ。 なぜなら、ちゃんと届いてくれたんだから。 3匹が技を出し合っている間だったから、もう少し遅かったら危なかったかもしれない。
──もしもの時のため、最後の足掻き用に残していた、強敵への置き土産。
「──[みらいよち]」
「ストップ!!」
ここで、遂に審判の制止が入る。
「勝負はついたと見なさせていただきます! よって勝者は、探検隊コメット!!」
甲高い声が勝敗を告げる。 その後忍者のような速さで、イリータ以外の3匹のところに復活の種、イリータのところにオレンの実が配布された。 キラリは種を咀嚼して飲み込み、頭痛が落ち着いたところでよいしょと立ち上がり言う。
「......負けたあああああっ!!!!」
「危なかった......イリータありがとう、あれなかったら負けてたかもね。 というか、ユズの宿り木上手すぎ。 どうりで疲れやすいなと......」
「正直私も苦し紛れよ......。 だから、そういう意味では凄い悔しい」
「そっか。 でもな~、あそこまでいったら勝ちたかったよ。 ねぇユズ?」
「そうだね......だけどあれは完敗だった。 そういえばスクールの先生、エスパータイプが対戦で覇権を握っていた時代があるって言ってたなぁ」
「ふうん......。 ところでユズ、ちょっと色々詳しくなってね? 日差し強い時に限ってソーラービーム撃ってたし」
「ポケモンは持ってなかったんだけど、一応そういう授業は受けていたから」
「なるほどなぁ」
帰り道、身体中の痛みを訴えながらも5匹はのんびり夕日の下を歩く。 悔しさを訴えるのとは裏腹に、茜色に照らされた顔はどこか清々しいものだった。
オロルはそんな顔のまま、ゆったりとした声で続ける。
「でも、楽しかったよ。 なんというか、それだけで言い切っちゃうのもおかしいかもとは思うんだけど」
「あっそれ分かる! 一言じゃ言い表せない高揚感っていうか」
キラリが強い賛成の意を示し飛び跳ねる。 イリータやユズは頷くだけだったが、気持ちは同じであるようだった。
暖かい陽光と、流星のように降り注ぐあられ。 その入れ替わりの中で全力を尽くす時間。 ひとときの緊迫感と、心臓がばくばくになる感覚。 うまく作戦や連携が決まった時の爽快感。 そして、一連の流れの中で溢れる心。
こういう時間を過ごせたのも、よき出会いがあったから。 ここまで白熱したのも、互いに高めあえてこれたから。 まだ改善点は山のようにあるけれど、それでも、この爽やかな感覚は事実なのだ。
沢山のことが起こりすぎて忘れかけていた感情。 ユズはふと、幸せそうな顔で言った。
「──やっぱりいいね。 探検隊」
黙って聞いていたイリータが、その言葉に微笑む。 普段あまりそんなことを言わなさそうなユズがそれを言ってくれた。その事実が、余計に嬉しさを誘うようだった。
「......そうね。 面白いものよ、本当に」
「そんじゃ、私達こっちだから」
「そうね、私とオロルはこっち」
「俺役所に用あるから逆方向だな」
探検隊2組と1匹は、それぞれの目的地に向かいてんで違う方向を指さす。 それぞれが手を振って別れた後、ぽつんと立つイリータとオロルの元には静寂だけが残る。 未だ夕日の名残がある空の下で、しばらく2匹は動かなかった。 少し風を浴びた後、オロルがその静けさを破る。
「じゃ、帰ろうか。 途中まで送っていくよ」
「いいの?」
「特に買う物もないし、途中にイリータの家あるからね」
「そう......なら、頼むわ」
そんな会話の後、2匹は明るい街へと歩き出す。
帰路を急ぐポケモン達の声ばかりが辺りにこだましていた。 右を向けば今日のご飯は何にする?と親に聞く無邪気な子供の声。 オロルにとって羨望を誘うものだった。 あんな風に手をつないで親と帰る日々は、得ようと思っても得られなかったのだ。 イリータのいる病室に入り浸りはしていたけれど、どうしても夜が近づけば追い出される。 1匹での帰路は慣れてても寂しい。 だから今日もイリータを送っていくのだ。 そうすれば、その間は寂しくないから。
そんな中、オロルは考える。 虹色の立髪を見つめながら、黙って考える。 今日の戦いの中であったユズの言葉を思い出す。
(そうだね。 でも大丈夫。 今のキラリなら、自力でやれるよ)
ユズの、キラリを心から信用しているからこそ出た言葉。 それは決して過信によるものではないことはわかりきっている。 役所での2匹の言葉を聞けば、文句を言う者なんて誰もいないだろう。
でも、自分がイリータに対してこれを言えるのか。 そして、彼女が自分に対してこれを言えるのか──。
「オロル」
「えっ? な、何!?」
唐突に声をかけられ、オロルは慌てながら反応する。
「......別になんとなくだけど、聞きたいことがあって」
「なんだい? 僕の心読んだりでもした? やだなぁそんなやましいこと」
「いいえ。 そういうことじゃなくて......」
オロルは少し戯けてみせるが、それはこの場に合わないとすぐに察した。
「ねぇ、もし私がいなくなったらあなたはどうする?」
......相棒が、急にこんなことを言い出したのだから。
「は?」
思わず声を上げてしまう。今のオロルの顔は酷い混乱に満ちているだろう。 急に、どうしてそんなことを言われるのか。 言われなければならないのか。 別に今その予兆があるわけでもないじゃないか。 体調がどうとかいうこともないし。 それも、探検隊として協力し合えた日に? 何も言わなければ、絆が深まったねって終わるはずの日に?
なんて余計なことを。 正直、少し怒りが募る。
「縁起でもないこと聞かないでよ。 君がいなくなったら、いなくなったら......」
言うところまで言ってオロルは口をつぐむ。 これ以上は言ってはいけない。 そう彼の本能は言葉を拒んでいた。
最後まで言ってくれないことにイリータの目元がつり上がる。 でも、彼女も無理に聞くことはしなかった。 首を振り、「なんでもないわ、ごめんなさい」と言い、少しだけ黙った。 その後。
「──そういう意味で言ったんじゃないんだけど」
そう吐き捨てて、彼女は「おやすみなさい」と微笑む。 聞き返す間も無いまま、彼女は家の中に吸い込まれていく。
「待って」とも言えないまま1匹残されたオロルは、とりあえず家への帰路を急いだ。 といっても、今日は仕事で家族はいないのだけれど。
「ただいま」
セオリー通りの言葉にも、反応の声は無く。 彼は自分の藁布団へと直行する。 月明かりしか光源がないと言っても過言ではない自宅は、どこか寂寥感を助長させてくる。
「いなくなったら......? なんだよ、そんな予定もないくせに」
イリータの言葉は偶然なのか。 それとも、心を読んでいたのか。
「一体なんなんだ?」
誰に聞いたわけでもないその質問。 答えが見つかる日は、果たして来るんだろうか。
「イリータ、今日は早く寝ろよ。 疲れてるだろ」
「分かってるわ、おやすみなさい」
父親に挨拶をして、足早にイリータは自室へと戻る。 物が少なく飾り気の無い部屋を彩っていたのは、窓辺の植木鉢に植えていた花だ。 丁度、遠征の時に持ち帰ってきたもの。 未だ散る気配のない花弁は、紫と緑の綺麗なコントラストを見せている。
「......難儀なものね。 私は彼の心が分かるのに」
蹄でちょんと茎に触れてみる。 花は文句も何も言わず、その場で揺れているだけ。
揺れてまた、元のように止まるだけ。
「彼が私の心を完全に分かるとは、いえないもの」