第八節 グローウィングアップ・キャナイン! / 牙を剥け

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 場所は戻ってウラウラ島市街。ヌクレア四天王と亞人器官がぶつかり合うそこは、先程までの拮抗関係が崩れていた。
 フキは家屋に取り戻された子供を小脇に抱えて防戦一方。襲いくる『ヘドロばくだん』や『あくのはどう』を紙一重で躱しつつ、接近戦を狙う怪物たちを、ヒヒダルマとクレベースで牽制。
 しかしあくまで牽制は牽制、彼らは攻勢には転じられない。エーデルワイスは無闇に炎を発せられず、フキは前線を張れるポケモンがヒヒダルマしか居ないので無闇に飛び込めない。
 それでも相手に攻め切らせないのは四天王のなせる技か。
 アクジキングが瓦礫を飛ばせば、ヒヒダルマが拳でワンツー、細かく砕く。ナイフもへし折れ、子供を抱えた彼女は動こうにも動けない。
 じわじわと真綿で首を絞められるような戦局の中、少しづつフキの頬を掠める瓦礫の数が増えていき、滲む赤色も増えていく。

「おいエデ公! この程度捌ききれねえのかこのポンコツドクター!」
「このようなことは業務外だ。そも私が炎を全力で扱えば町が甚大な被害を被るのは理解しているのだろう?」
「小粋なトークだよマジで返すんじゃねえ!」

 クレベースが巨大な瓦礫をその身で砕き、ヒヒダルマの拳とアーゴヨンが幾度となく衝突する。そんな中最初に限界を迎えたのは、四天王たちに保護された子供だった。力なく項垂れるその姿に、エーデルワイスはいち早くその容態を理解した。

「お姉さん……熱いよぅ……痛いよぅ……」
「っまずい! 氷の、その子供、低温火傷に加えて脱水症状を併発している! 下手に揺らすな!」
「そいつは無茶な注文だぜエーデルワイスッ!」

 一瞬動きを止めたフキに、ウルとラービーストたちは猛追する。アクジキングの口腔から放たれた鉄骨をエーデルワイスのマグマが溶断、クレベースが体を回転させて弾き飛ばし、それでも防ぎきれない破片が少女の脳天を襲う。
 しかし類まれなる反射神経で背中を反らせた彼女は、次いで自身の目の前まで肉薄していた紫蜂に咄嗟に蹴り。
 自分自身が地面に打ち付けられようとも強引に距離を取り、それでも子供はしっかりと抱えて衝撃を殺す。
 だが無常。そんなフキの行動は読まれていた。アクジキングが地団駄を踏んだ衝撃で跳ね飛ばされた瓦建物の鉄扉が、弧を描いて彼女を襲う。
 フキの体勢が戻されるまでの一瞬の間隙、その刹那を縫うように指された一手。
 万事休すか、フキは強く下唇を噛んだそのとき。遠くから一条の声が耳朶を打つ。

「フキさぁぁぁぁぁぁぁん! お待たせしへぶっ!」

 その声の主はオレア。彼はベイリーフとミミロップに刀を担がせ、戦果の坩堝たるこの場まで急いで戻ってきたのだ。
 そして転んだ彼に構わずミミロップに指示を出すとは刀を蹴り飛ばし、フキの元へと送り出す。
 そこまでしてから、少年は先ほどの大声を上げたのだ。無謀な叫びではない。自信に注目を集めるための、咄嗟の判断。ほんのわずかな時間稼ぎ。
 しかしそれはこの場において最も効果的であり、亞人器官の注意が一瞬逸れる。

「マンディブラ!」
「おと、落とせ! アクジキング!」

 しかし彼らもすぐさま判断を下すと、刀を撃ち落とそうと瓦礫を無造作に打ち付ける。そのうちの一つがあわや、刀にぶつかりそうなその瞬間。投げられた刀の鞘尻に引っ付いていた白い影が、身を挺してその瓦礫から刀を守る。

「んみっ!」

 ぽてりと地面に落ちるユキハミ。それをすんでのところでベイリーフの伸ばしたツルがキャッチするのと同時。
 降り注ぐ鉄扉と刀、二つのものが同時にフキの元へと収束する。
 一瞬の静寂。少女が居た場所には巨大な鉄扉が突き刺さり、そのまま音の一切が発されない。
 誰もがごくりと固唾を飲む中、突如として鉄扉に幾条もの銀線が走り、そしてバラバラと崩れ落ちる。

「滑り込みセーフって所だな。良くやったぞ、オレア」

 土煙の奥深く、声だけがはっきりとその場に木霊する。力強い、体を強く打つようなその言葉。少年が訳もわからず感極まって泣きそうになる中、M・Mモンロー・モンローはいつになく真剣な口調で自身の使役する生物ウルトラビーストへ指示を飛ばした。

「不味いぜアーゴヨン! 『とどめばり』っ!」

 最高速で突貫する紫の弾丸は、しかしてすぐさま火花を散らす。
 鎬を削る金属音とともに真正面からその存在を受け止めたのはクレベースでもヒヒダルマでも、もちろんバクーダでも無い。
 少女は止めた。たった一介の人の身で、大太刀を振りかざし。
 衝撃で一歩後ろに後退するが、ただそれだけ。動きの止まった相手にヒヒダルマは拳をめり込ませると、相手の背後まで吹き飛ばす。
 そんな衝撃などどこ吹く風。フキは背後に降ろした子供を一瞥すると、振り抜いた刀を肩に担いだ。豪華な装飾のなされた鞘はもちろん地面に投げ捨てる。

「エデ公、テメエが心置きなく炎ぶっ放せる瞬間をあたしが作ってやる。だからそれまで面倒は全部任せたぞ」
「了解した」

 その言葉を聞き遂げた少女は、獰猛に牙を剥いて笑みを浮かべる。さあ、お礼参りだと小声で呟くと、彼女は自身のポケモンたちに先んじて走り出した。
 顎が地面に触れそうなほど上半身を前屈させると、地面すれすれを這うような姿勢。
 それでも一切亞人器官の二人から視線を外さないその姿に、マンディブラはヒッと短く悲鳴をあげる。
 そんな青年に反応するかの如く、アクジキングの触腕が伸び、フキを上から叩き潰そうと振り下ろされた。
 しかし少女は進む。体を独楽のようにくるりと翻すと、彼女のすぐ真横を攻撃が空振った。
 否、それだけではない。さらに体をくるりと投げ飛ばしつつ前宙し、大食らいの怪物の腕を踏みつける。そのまま綱渡りのように彼女は全速力で駆け出すと、思いっきり踏み込み、跳躍。
 空中で大太刀を逆手に持ち替えたフキは、天高くから全てを見下ろす。

「さぁ、くたばれや」

 重力に引かれて、少女は剣を突き立てた。
 アクジキングの口腔内がぜつの上。縫いとめるように刀を深々と刺した彼女は、黒ずんだ返り血を一身に浴びる。
 それでもなお表情は獰猛、笑顔。さらに深部へ刃を突き刺そうと力を込める姿は、血に酔った獣のそれ。

「狂犬とは、よく言ったものだな……」

 その姿を見て、エーデルワイスはしみじみとそう呟いた。そんな彼のことを知ってか知らずか、暴れたアクジキングから刀を引き抜き口に咥えると、大きく後ろに跳躍。四つ足で地面へと着地する。
 そのまま彼女は乱雑に顔を拭って、顔面にこびりついた血を払った。
 着地の硬直の瞬間を狙ってM・Mは『ヘドロばくだん』を放つが、少女に覆いかぶさるようにクレベースが立ち塞がり攻撃を受け止める。
 その影からヒュッと身を躍らせて飛び出したフキは、刀を鞘に収めて疾走。
 かつて亞人器官の二人、その首元まで迫った超音速斬撃、その予備動作。彼らはその姿を見ただけで思わず息を呑む。

「体制を崩すぞマンディブラ!」
「う、うん!」

 次の瞬間にはアクジキングが建物の残骸を礫とし、その中央を極太の『あくのはどう』が貫いた。さらにはその隙間を縫うように、アーゴヨンの毒の弾丸が打ち出される。
 それを見てなお、少女は足を強く踏み込み加速。
 彼女が走ったその後方、一拍遅れて白銀の線が走った。二人の敵が最初に知覚したのは抜き身の刀。彼女は走りにながら抜刀、向かい来る攻撃を真正面から切り伏せていた。
 火花が散り、雫がフキのすぐ横を跳ねる。彼女の世界はとても緩やかだ。

「目障りなんだよゴチャゴチャと!」

 フキがそう叫ぶと、太陽を背にしてヒヒダルマが空中からの奇襲。不意をついたその攻撃は、アーゴヨンの顔面にその拳を叩き込むと、慣性に任せて地面へそのままめり込ませる。

「――その首、寄越しやがれっ!」

 再び納刀しながら自身の指を切り、鞘の中へ血の滴を垂らしていく。
 そしてなお、彼女は突貫。姿勢を低く保ちながら、狙うは急所ただ一点。そのために強く強く大地を蹴る。
 それが仇となった。

「足元不注意、こういう乱戦ではこれが一番効くんだぜ?」

 M・Mは冷や汗を垂らしながらもそう告げる。
 フキが踏み抜いたのは、事前にアクジキングが吐き出した『ベノムショック』により道路が溶け、ぬかるんだ地面。
 それに足を取られたフキはその速度のまま体勢を崩し、器官の二人の前へ無防備な体を投げ出す。

「んだらぁぁぁぁああああ!!」

 否、フキの瞳の炎はまだ燃える。無茶な体勢でも、今度は確かな地面でさらに踏み込む。
 だが崩れた姿勢じゃまともな歩行もままならない。足が接地し、ぐにゃりと捻挫。まだ力を込める。
 みちみちと骨が撓む。まだだ。べきり、関節が砕ける。もっと。
 道路が蜘蛛の巣のように裂けるほど力を込め、さらにもう一歩、前へ。
 赤い閃光を伴い男二人を置き去りにして跳ね抜けると、宙を転じながら大地が天井になっていく。彼女が握るのは、紡がれた大太刀。

「まずっ!」
「――晴天せいてん恢醒かいせいっ!」

 瞬間、世界から音が消えた。
 フキは地面から掬い上げるように抜刀。血潮が沸騰し、爆発的な蒸血が鞘口から迸る。刀は重く射程は取れない。だが威力は十二分。分厚い鋼が大気を巻き込み、千切りさった。
 音を置き去りにした、神速の居合。人の域を超えた攻撃はようやく音を取り戻し、世界に斬られたことを思い出させる。

「だが無理な体勢でそんな無茶しちゃいけ無いと思うぜ?」

 しかし彼女の斬撃は、咄嗟に飛び上がった亞人器官二人の靴底を薄く削りながらも、彼らを討つには至らない。
 オレアは絶対だと思っていたその攻撃が不発に終わり、表情に暗い影がさす。だがそれを放った本人は、満足そうに口角を吊り上げる。

「後は任せたぜ、エデ公」
「――承知した。バクーダ」

 彼女が切り開いた剣閃は真っ直ぐ空へと向かっていき、エーデルワイスの頭上3mmを通過して、放物線を描くと空へ。
 剣圧に追って巻き上げられた建物は一時的に空へと巻き上げられ、医者の視界は開けていた。
 なれば、何も問題はない。炎をためらう理由がどこにある。
 今まで全力を制限されていたバクーダは、その鬱憤を晴らすように、ゴポゴポと背中の溶岩が沸騰。
 火の手が回った街の熱波を押し退け、灼熱がその顔をのぞかせる。

「施術を終わりにしよう。バクーダ、『オーバーヒート』」

 彼が眼鏡に手を当てながら、迷いなく命令を下す。橙色の背中に乗せられた噴火口を向け、極限まで圧縮された熱を吐いた。
 それは原初の地球の息吹。比喩抜きに喉の奥が焼け付きそうな極太の炎が、ただ純粋に全てを灰に変えていく。究極の滅菌とは、ただ純粋な熱であるかと物語るように。

「あ、あ、アク……」
「アクジキング! ドラゴンダイブで熱線を防げ!」

 M・Mはマンディブラの言葉を遮ってそう叫ぶ。アクジキングは指示する人間が変われど全く戸惑う様子も見せず、速やかに巨体は彗星となって熱線を防いだ。
 それはさながら大気圏に突入するようで、一種現実離れした光景はさながら絵画のよう。
 熱と巨体、盛大な我慢比べは、一瞬とも永遠とも思えるような緊迫感の中、ついぞ建物が落下し始めるのを見て、エーデルワイスが先に攻撃の手を緩めてしまう。
 ブスブスと黒い黒煙を鼻から吹き出したバクーダは、誰がどう見てもガス欠の様子。そんな千載一遇の好奇を見逃すような戦闘を、この場にいる人間たちは行っていない。

「アーゴヨン! 真似させてもらおうとしましょうか、『クロスポイズン』!」

 先ほどのフキを真似するように、アーゴヨンはアクジキングの影から飛び出した。放たれた矢のように真っ直ぐ毒の腕を突き立てんとする。

「おいおい、アタシを忘れてくれてんじゃねえのか?」

 その背後から、気さくそうな声をかけたのは勿論フキ。だがそれに反して彼女の表情は獰猛に嗤ったまま。背後に控えるクレベースが、白い蒸気を帯びて控えているのが、非常に様になっている。

「ななな、なんでクレベースがあん、あんな所に!」

 フキは彼らの後方まで走り抜ける際に一度クレベースをボールに戻し再度繰り出していたのだ。そのために生じたのが、走る際に生じていた赤い光。

「アタシの脚は使いもんにならねえがよぉ、ポケモンだって居るんだぜ?」

 その時、はたと亞人器官の二人は気づいた。自身の後ろにいたはずの彼女は、果たしてどのように人の身にあまる熱波を防いだのか。
 だがそれだけでは説明のできない、本能的な危機感が彼らの警鐘をガンガンと鳴らす。そして、その直感は正しかった。
 クレベースの体は光を収束させ、彼のポケモンの顎へと集中する。

「さあ喰らわせてやれ、『ミラーコート』!」

 そして放たれる白銀の光線。自身がその身にうけた熱を力に変えて、アーゴヨンを背後から撃ち抜く。
 背後からの完全な不意打ち。バクーダの強力な一撃をバネにした攻撃は、ついに紫の蜂を堕とす。
 少女は空中で意識を失ったアーゴヨンを確実に摘み取ろうと、走れないならば刀を迷わず投擲した。
 何のことはない、ただ落下する巨体を刺し貫くだけ。彼女にとっては難しくないとどめの一撃。
 しかしそれはキィン、という甲高い金属音と共に防がれた。 
 空中を回転して後方へ突き刺さる大太刀。それを弾いたのは、アローラの燦々と降り注ぐ太陽の光を全て飲み込むような、黒いコートに身を包んだ男。
 黒く鈍色に光る短刀を振るうと黒い斬撃が飛び、少女の攻撃を防いだのだった。
 やや癖毛がかった黒髪の青年は、冷たい目つきで脚を紫色に腫らしたフキを一瞥すると、そのまま数度跳躍を繰り返して亞人器官の二人の元へ。
 エーデルワイスを始めこの場にいる3人だけでなく、亞人器官の二人までもが驚きで目を丸く見開く中、彼は手短に口を開く。

「貴様らがやられた以上、チャンピオンと島キングの足止めも不要だ。引くぞ」
「……おいおい、『皇帝』サマが直々にやって来てるなんて聞いちゃいませんぜ」
「それが必要だから、そうしたまでだ。無駄口を叩くな」
「おいおい、アタシらの存在は無視か!?」

 フキは強がるようにそう叫ぶが、『皇帝』と呼ばれた男はそれを気に留めず。短刀を振るうと、ゆらゆらと影が炎のように揺らめき立ち、亞人器官の面々とウルトラビーストたちを飲み込んでいった。

「さらばだ、『狂犬』の女」

 彼は最後にそう言い残すと、影めいた炎に完全に飲み込まれ、姿が完全に見えなくなる。
 それをフキは咄嗟に追おうとしたが、一歩足を動かそうとしたところで、ガクンと体が床に沈む。
 それは体を酷使し続けた上に、放った晴天恢醒のダメージ。エンドルフィン脳内麻薬が今まで化かしていたそれが、ついに無視できないレベルにまで到達したのだ。
 視界がぼやけ、徐々に平衡感覚が失われていく。
 視界の端に上半身裸に白衣を羽織った男と、黒いジャケットの下に赤いキーネックシャツを着ている草臥れた男、彼らが走ってくるのを捉えたところで、彼女は意識を投げ出した。
キャナインはcanineと綴ります。

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