第70話 凜として舞え

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 段々と、日が落ちる時刻も早くなっていく。 そのため夜を告げるドンカラスの声が鳴っていても、 役所のポケモン達は書類仕事や個別の対応にてんてこまい。 そんな中、ユズとキラリはいつもよくしてもらっているドレディアと朗らかに話していた。 いくつかの依頼の紙を携えているところと、ちょっとだけ身体が汚れているのを見るに、今日も2匹は依頼に勤しんだのだろう。 会議の後に依頼を久々にこなし始めて3日後。 果たして彼女らの現状はというと。

 「では、今回は報酬の方は後日郵便となりますので......」
 「はい!」
 「お疲れ様でした。 ......さて」

 示し合わせたかのように、一瞬3匹は無言になる。 それが、何を意味するのか......。





 「......ゴールドランク昇格、おめでとうございます!!」
 「よっし、ありがとうございます!!」
 「やっと行けた......」

 キラリは跳ねて喜び、ユズは肩を落とし安堵の息。 個性あふれる2匹の反応にドレディアは優しく微笑んだ。 こちらもまた子供を見守る母親の気持ちになっているのか、どこか嬉しそうだ。
 
 「にしてもあと少しだったとはいえ、ハイスピードでしたね。 最近探検まともにやってらっしゃらなかったらしいですけど......頑張ってますね、お二方」
 「本当ですか!?」
 「ええ。 依頼の難度も上げてきてましたし、何より初年度のこの時期でゴールドランクに上がったんですから。 自信持ってください」
 「......そんなに大変なんですか? 私達が言うのも変かもですが」
 「まあ、ランク上げに関してはシルバー以降から本格的に大変になってきますから。2年目の初めでまずゴールドを取るっていう探検隊が多いんですよ」
 「そうなんですか......」
 「ええ。 確か今のところ、同期だとゴールド行ったの探検隊コメットぐらいかなって。 確かライバル関係と伺ったことがあるのですが......手合わせでもしましたか?」
 『手合わせ?』

 ユズとキラリはきょとんとした顔になる。 少しフリーズした後、2匹の頭の中に浮かんだのは戦う探検隊ソレイユと探検隊コメットの構図。 ......浮かびはするけれど、手合わせというのは、何処か未知の言語に聞こえるような。

 「いや、手合わせはあんまり......」
 「そういえば、合同依頼はあったけどね。 最初に会った時も戦うって感じじゃなかったし」
 「なるほど」

 2匹はあははと頭を掻く。 どちらかというと、多分2匹の地力の向上は実戦からだったような。 死線を掻い潜って強くなった感じだったような。
 にしても、ライバルとの手合わせ。 探検隊としては心の躍るワードが頭の中を過ぎったところで。
 
 「まあ、これは私からのお祝いと言いますか」
 
 ドレディアが何やら取り出してユズへと手渡す。 大きめな葉っぱの包のようだったが、蔓で抱えてみると中々にずっしりしていた。 この辺りではそこまで見られないような形であったから、ユズは思わず質問してしまう。
 
 「これは?」
 「親戚がくれたギョウジャニンニクです。 私かなり遠くの大陸に実家があって、季節がほぼ真逆なんですよ。 丁度収穫時期だからってくれたんですけど、多すぎて食べきれないので......。 昔異世界から種が持ち込まれたって伝説があるくらい希少な作物ですから、よかったら」
 「すごい......ありがとうございます!!」
 「それでは日の沈みも早いですしこの辺りで。 改めてお疲れ様です」
 「はい、またよろしくお願いします!」

 互いに手を振り合い、2匹と1匹は離れていく。 ドレディアが笑顔で見送る姿を見ていた同僚は、彼女が手を振り終わるや否や声をかけてきた。

 「あんた好きだね、あの2匹」
 「そう? 他のポケモンさんへの対応を疎かにするつもりは無かったのだけど」
 「いや、そこは別に申し分ないのよ。 ただ、あの子達への思い入れ強いなぁって」
 「それもそうかな」
 「なんで? 結構いい子達ではあるけど」

 同僚から見てユズとキラリは素直な女の子に過ぎないだろう。 ドレディアは少し清々しい顔で答える。

 「なんだろうな。 あの子達面白いの。 最近は特に。 ......会えなかった間に、何か変わったというか」
 「ふうん......でも分かるかも。 表情がちょっと違った」
 「うん。 でも、それだけじゃなくて......言葉加えると、素直なまま変わっていってる、かな。 ああいう子あんまり見ないから......楽しみだなって」
 「そっか」

 互いの顔に微笑みが浮かぶくらいの、取り留めのない会話。 その後2匹はそれぞれの仕事に戻っていった。 書類を片付けるドレディアの手の動きが少しリズミカルになったというのは、ここだけの話である。










 「いやあやっときたね! イリータ達に追いつけた!」
 「そうだね......これで、行ける範囲が広がれば」
 「うん、何か手掛かりあるといいなぁ」

 スキップで役所の中を歩いていくキラリ。 転ばないといいなという微笑ましげな目でユズは見つめるが、あるものにふと彼女の目が向いた。

 「ん? どしたのユズ」
 「いや......そういえばあそこのラウンジ、いつも騒がしいなって」
 「ああ、確かにそうだね。 普段あんま気にしないけど......」

 開いている扉の先にある広めのラウンジ。 夜でも明るい広間の中での活発な会話は、普段から廊下にまで響いてくるほどの盛況ぶりを見せている。 普段はキラリの家が街外れにあるというのもあり、急いで帰りたいというのを言い訳にして通り過ぎていた場所だった。

 「まあ今日も遅くなりそうだし、明日とか行ってみるのもいいかな」
 「それもそうだね。 ギョウジャニンニク使って何か作る?」
 「いいね作って!」

 そして今日もいつも通りその喧騒から離れようとした、その時だった。









 「あの......」
 「ん?」
 
 2匹は背後から突然ポケモンに声をかけられる。 振り向いているとそこにいたのはミミロルとパチリスの2匹組。 そんな厳つい雰囲気もないが、役所にいるということは......もしかして、探検隊だろうか?
 すると、彼らからユズ達にとって驚きの言葉が発せられる。

 「もしかして、探検隊ソレイユ?」
 「えっ、そうですけど......なんで?」
 「やっぱり! あの、あたし達同期で......ちょこちょこ話聞くから、もしかしたらって」
 『同期!?』

 ユズとキラリは一様に驚く。 確かに2匹の背丈はユズ達と同じくらいだし、少し初々しさの残る雰囲気も併せ持っている。 今までイリータとオロル以外の同期の探検隊とはあまり関わりを持つ機会がなかったがために、嬉しくなったキラリはぴょんぴょんその場で跳ねる。

 「待ってこういう感じで声かけられたの初めて!なんていうのお名前!」
 「私がミミでこの子がパリ。 探検隊ブレッドよ」
 「ブレッド......なんでパン?」
 「外はぱりぱり、中はふわふわってよく言うじゃん、それ。 あとパンって発酵するし、じっくり育っていけたらいいなぁっていう」
 「なるほど......」

 ミミロルの毛のふわふわと、パチリスの電気のパリパリ。 ユズがふむふむと頷いていると、相手側はどこか不思議そうな顔をする。

 「にしても初めてなんだね。 君達なんか凄いし、声ぐらい何度もかけられてるかと」
 「凄い?」
 「あの探検隊コメットとライバルなんでしょ? ソヨカゼの森の騒動にも触れてるらしいし。 そろそろゴールドランク上がるっていう風の噂もあったし」
 「う、うん」
 「だから、最近ちょっと同期内でも話題に上りやすいんだって」
 「へぇ......」

 キラリは少し気のない返事。 なんせ、本ポケにとってはそんな凄いことをしている自覚もないのだ。 周りのポケモンに対しての「凄い」という言葉には簡単に頷けるのに。 ソヨカゼの森では確かに色々あったけれど、越えられたのはみんなの力があったからこそで、助けがなければなぶり殺し同然だったわけでもあるから。
 
 ......そうやって謙遜したいと思っているからだろうか。 彼らの言葉に、こちらとの距離も感じるような。

 「でも、なんか安心したな」

 唐突なミミロルの言葉に、ユズ達は『え?』と同時に唱える。

 「ちょっと探検隊ソレイユって怖そうなイメージあってさ、実は」
 「えっ!? 怖くないよ!? ユズはすっごい優しいし」
 「いやそれはキラリも......でもなんで?」

 パチリスは少し照れ笑い。 少し申し訳なさそうな表情で彼は続ける。
 
 「やっぱり、イリータさん達ちょっと怖いのが大きいのかなって。 その2匹がライバルって言ってるんだから、なんかこう......超ストイックで周り寄せ付けない感じなのかなって。 現に、他の同期とあまり関わりなかったわけだし」
 「うんうん。 イリータさんやオロルさんも来ないもんねぇ。 ちょっと世界が違うのかなっていうか、なんというか」

 ミミロルとパチリスは苦笑い。 そこには微塵の悪意もないし、寧ろ距離を縮めてみたいのにという願望に溢れていた。 少し、諦観もみられるけども。

 「......あの」

 キラリが1つ問い直そうとすると、それに覆い被さる勢いでラウンジからモウカザルが顔だけ出してきた。

 「おーいミミ、パリ! 先輩呼んでっぞ!」

 廊下に響く甲高い声。 2匹は「いけない!」と叫び、大慌てでその場を離れようとする。

 「ごめんね足止めして、じゃあね! 今度ゆっくり話そう!」
 「う、うんありがとう! それじゃあ!」

 小走りで去っていく2匹を、ユズとキラリは大きく手を振って見送る。 しかし、彼らが見えなくなった後の手の下げ方は、どこか力が無かった。
 とても優しい子達だし、素敵な出会いだ。 そこは単純に幸せなはずだ。
 でも、彼女らには1つだけ引っかかったことがあった。
 
 「世界が違う......か」

 

















 「......にしても、手合わせかぁ」

 一日の癒やしはやはりお風呂にある。 キラリは湯船に浸かりそこから立ち上る湯気を見ながら、ふとぼんやりとした口調で言った。 ユズは葉っぱの水分を搾り取りながら答える。

 「正直、あの2匹の言葉もわからなくはないんだよなぁ。 やったところで敵わないって思うんだよね、あの2匹は」
 「それは分かる! 全員公認の同期中最強だし」
 
 キラリは思わず湯船から乗り出してしまう。確かにイリータとオロルの頼れ具合は異常だった。 ユズとキラリが大人とペアを組みながら戦う中、彼女らは2匹だけでトリッキーな戦術を仕掛けるヨヒラに対処できていたのだから。 そしてあの2匹は努力を怠らない。 寧ろそれで強くなってきた探検隊とも言えるから尚更だ。
 イリータとオロルは、探検隊ソレイユのことをライバルとは言ってくれているけれど。 そして、今まであまり意識もしてこなかったけれど。
 ......果たして、自分達はそんな器なのだろうか。 あの2匹が揃って言うようなイメージに、そぐうものであるのだろうか。 もしくは、また違うところにライバルとして強い力量があるのだろうか。 分からないことは、こんなところでも多すぎる。

 「世界、かぁ」

 2匹の言葉を思い出したキラリは、首まで湯船に浸かり呟く。 世界の違い。 さっき問い直すことが叶わなかった言葉が、頭の中でぐるぐると回る。

 「イリータ達の見る世界と、私達の見る世界は、違うのかなぁ」

 ユズとキラリでさえ、世界の見方が異なっているのだ。 だったら、イリータやオロルも? 彼らは、そんなところでも異次元にいるのだろうか。こんなにも世界は広いのに、自分達は彼女らにとっての最高のライバルでいられるだろうか。
 そんなことを悶々とキラリが考えていると、ユズが一言。

 「......でも、誘ってみたいな」

 お湯で濡れないように葉っぱを丸めながら、彼女は小さい願望を口にする。 不安とかを全部覗いた、好奇心だけが引き出した言葉。 その願望を持つのはキラリも同じなのか、こくりと1つ頷く。

 「誘うだけ、誘ってみる?」
 「そうだねぇ......」

 少しためらいながらの返事。 だが、この湯気のようなもやを晴らすためにはいずれはやらなければならないのだろう。 なぜなら今までの疑問の理由は、確実にある一点に集約されるのだから。

 ──イリータ達と今の自分達の距離を、未だにいまいちつかみ切れていないのだ。


 














 「イリータ達来ないかなぁ」
 「今日依頼受けないとかあるんじゃないの......?」
 「いや絶対来る! 待つ!」
 「妙な自信だなぁ」

 そしてその翌日。 快晴の空の下、ユズ達は依頼板のそばでイリータとオロルが来るのを待っていた。 今まで結構依頼板の前で出くわす事が多かったからという単純な理由からだが......依頼に目もくれずただ仁王立ちしている姿は、正直不審者同然かもしれない。

 「......何やってるんだお前ら」

 その不審者ぶりを呆れた顔で見ていたのは、会いたいと望んでいたポケモンではなく、今日も今日とて依頼の追加にやってきたレオンだった。

 「あ、おじさんおはよう」
 「おはよう。 どうしたんだ? さっさと依頼選べばいいのに」
 「依頼選ぶために来たんじゃないの」
 「ん? どういうことだ?」
 「イリータとオロルに会いたくて......いつも会うの、依頼板の前だったから」
 「ふうん......と思ったら」

 レオンがちらりと右を見やる。 2匹もそれにつられてそちらを見る。 そこには今度こそ見慣れた綺麗な立髪と尻尾があり......。

 「いたああああ!!!」

 すると、キラリは猛ダッシュでその方向に走り出す。 当然全員が後ろに仰け反るわけだが、彼女はそんなこと気にせずイリータとオロルに詰め寄った。

 「イリータオロル!! 暇!? 今日暇!?」
 「な、何よ急に!」
 「依頼やろうと思ってたんだけど......」
 「待ってよキラリ! えっと、事情を説明すると......」
 「手合わせしたいの! 2匹と!!」
 「手、手合わせ?」

 突然の提案に彼らは驚きを隠せない。 しかし、キラリのやる気たっぷりな目を見てもただのジョークでないことは明らかだった。

 「......どうしたのよ急に。 今までそんなこと言わなかったじゃない」
 「イリータ達と自分達の距離を知りたい。 そう言えばわかる?」
 「どういうことだい? 今まで何度か一緒に戦ったことあるし、お互いに関して無知であることはないと思うんだけど」
 「確かにそれはそうなんだけど、その」

 一気に言うと言葉が詰まりそうになる。 ユズは改めて息を吸い、落ち着いて言い直した。

 「......今まで依頼とかでは競ってきたけど、直接戦うこともなかったし。 キラリは私と戦う時に2匹と共闘したことあるけど、当然私はその経験無いし。 2匹がとても強いのは承知してる。 でも、私達折角ライバルなんだもん。 私は互いの実力を戦いの中で見てみたいし、直で体感したい」

 冷静な口調で、これまた真っ直ぐな目でユズは言う。 2匹は少し互いの顔を見合わせ考えた上で、頷いた。 強気な笑顔が彼らの顔に浮かぶ。

 「──いいわ。 面白そうじゃない」
 「ほんと!?」
 「にしても、2匹がそんなことを言うとは。 挑戦状ってことだよね。 腕がなるよ。 ......見せてやろうか? 格の違い」
 「......望むところ!」

 意気投合した4匹の間には、既にばちばちと火花が散っていた。 もうこの場からでも始められるんじゃないかという気迫の中、レオンの声が静かに割り込んでくる。

 「あの、盛り上がってるとこ非常に申し訳ないんだが......その手合わせの場所のあては?」
 「ダンジョンとかは?」
 「前突風にあったばかりだろ? ダンジョンだと時間制限に縛られちまう。 長期戦になっても決着はつけたいだろうしダンジョンは微妙。 当然こんな街中でやるのは論外」
 「うぐっ......考えてなかった」
 「いや、いい場所あるんじゃない?」

 オロルはそういうと共に、鞄から1枚のチラシを取り出した。 「新装開店!」とでかでかと書かれた文字に、4匹は引きつけられる。

 「丁度今日行きがけにもらったチラシなんだ。 この施設、使えない?」

 オロル以外の全員がそのチラシをまじまじと見る。 一番目立つ文字列の下にあった言葉に、キラリは反応する。


 「......道場?」

 彼女の目の輝きは、まさに知らないものに触れる時のそれだった。














 
 「......ここよね」
 「あーーこれか! 前友達が言ってたの」

 チラシにあった地図に従い歩いてみると、個人の店と言うにはあまりにも立派な建物にたどり着いた。 その出で立ちを見たレオンが思い出したかのように声をあげる。
 オニユリタウンの建物はどちらかというと洋風よりで、大きい建物になると石造りなことが多い。 しかし今回のこれは街の建物とは違う作りのようだった。 木がふんだんに使われ、屋根には瓦まで付いている。 両端にガーディの像があしらわれていたり、なんならギャラドスの木の彫刻もある。 文化的建造物のよう、という言い方が正しいように思われる。

 「『ダンジョンに行かずとも実力は上げられる! 静謐かつ熱い空間の中で、探検隊達と高め合いませんか?』......だって」

 チラシの言葉がキラリによって復唱される。 道場、探検隊達と高め合う......この言葉を聞くに、この場所は今の4匹にはあまりにうってつけである。

 「話した時酒入ってたから忘れてたんだけど、友達が言ってたんだよ。 東の島国にもこういう道場があるっぽくて、そこから技術輸入してきたらしいって。 新しい施設だし、中々いい場所なんじゃないか? いい木の匂いもするし」
 「あーっ、確かに教科書でこんな感じの建物見たことある!」
 「中々に荘厳ね......」
 「道場だもんね。 にしても、気が引き締まるなぁ」
 「......ジョウトみたいだ」

 ユズの口からするりと出た知らない単語に、キラリの耳が反応する。 建物に釘付けになっているユズの目は、彼女にしては珍しくとてもきらきらと輝いていた。 その目に映るものから生まれるイメージは、多分他の4匹が抱くものとは異なるのだろう。 どこか懐かしんでいる。 キラリの目にはそんな風に映った。
 そういえば、ユズの記憶の中の建物は、教科書に載っていた東の島国の建物と少し似ているような。

 (......色々なところで、繋がってるのかな)

 人間とポケモンの繋がりについては、歴史の授業で何回も触れていた。 その度に先生が少し人間を偉大なものとして捉えていたのもキラリは覚えているし、そういう意味で少し遠い異次元のもの、言ってしまえば会うべきポケモンのもとに現れる救世主、または御伽噺の存在のように思えていた。 でも、隣には等身大の人間が立っている。 そしてその人間が、ポケモン世界の建造物を見て望郷の念を抱いている。 そんな彼女と、いざその場に存在している世界の繋がりを感じられるような建物を見ていると......どこか、幼い頃の考えが取っ払われるような。 身近さも覚えてくるような。 キラリは少し暖かい気持ちになった。
 だからといって、その繋がりをまるごと否定してきた人間がいるという事実が、頭から消える事なんてないのだけれど。

 ひとしきり施設の外観の凄さを味わったところで、レオンが話を本題に戻してくる。

 「さて、と! お前ら多分大っぴらにやるだろうし、屋外の方がいいか?」
 「うん!」
 「了解。 受付してくるからちょっと待ってろよ」
 「えっ私達で行くよ! それにチラシに前払いって書いてあるから、それだとおじさん払うことになっちゃう」
 「別にそんな高くなさそうだしいいよ。 寧ろ金の心配するべきなのお前らだろ? お前らはのんびりウォーミングアップでもしてればいいさ」
 「あっ、レオンさん......」

 ユズの制止の声も届かず、レオンは小走りで受付の方へと向かってしまった。 彼女達からは見えないが、その顔には若干のこそばゆさが潜んでいた。

 (......ちょっと、強引すぎたか?)

 流石にポケモンにおごる時のやり方としては突発的が過ぎる。 それを自分でも分かっているのか、彼は軽く首をかしげたりもした。 前の方がうまくやりとりが出来ただろうか。 確実にこれは自分が変だと彼は思った。 ユズもキラリもイリータもオロルも、元々何も考えずに奢られるような子供ではないはずだから。

 (俺が考えすぎなのか? ......わっかんねぇや)

 今もしここにアカガネがいたならば、彼女から冷たい視線が浴びせかけられてきていたあろう。 レオンは、彼女にはこの挙動を見られていないという事実に心から安堵していた。














 「......というわけで、2対2の勝負ですね。 ご存知かもしれませんが、天候技に関してはダンジョンと比べ効き具合が悪くなっていますので、そこはご了承ください。
 また、一応練習試合という形になります。 意識の有無に関わらず、まともに戦えないほど体力が削れましたらこちらで試合を止めさせていただきます」

 4匹は審判の言葉にこくりと頷く。 道場の屋外はダンジョンなわけではなく、戦いのための広場がいくつか用意されている。 彼女らは今そこに立っているというわけだ。 天気の影響の有無がどれだけ勝負に影響を生むのかは分からないけれども、だからといってどちらかが有利になることなんてないのだろう。

 ユズとキラリ。 イリータとオロル。 向かい合った2つのチームはいよいよ臨戦態勢に入り、互いに相手の動作を伺う。 最近は、知らない緊張感を覚える機会が多い。 普段は味方であるポケモンが、今は1つの大きな壁としてこちらの前に立ちはだかるのだ。 頼りになる力は、愚直にこちらを喰らう牙になる。 緊張の糸を一瞬でもほぐせば、一気に相手のペースに引き摺り込まれるだろう。 その予感に比例して、また緊張を張り詰める。 そんなループがそこには存在していた。
 そして、緊張感が最高まで高まったその時。

 「──では、始めっ!!」

 狙いすましたような審判の声が、開戦を告げた。










 『[まもる]!』
 『[でんこうせっか]!!』

 開戦と同時に、4匹は各々技を叫ぶ。 最初からイリータ達は攻めに出てきたが、それを見越していたユズとキラリの防壁がその奇襲をばっちり防いだ。 最初の判断はユズ達に分があったようだ。
 2匹は少し驚いた後、感心したような様子を見せる。

 「......やってくれるじゃない。 貴方達なら馬鹿正直に向かってくるんじゃないかと心配してたのよ。
 でも、流石なものね」
 「分かってきたもん、イリータ達の性格。 やっぱり最初から有利に進めたいでしょ?」
 「減らず口を!」

 2匹は跳ねて防壁から離れる。 間髪入れずに、ユズは技名を叫んだ。 空中から着地した隙を狙う。

 「来て欲しいならこっちから! [くさむすび]!!」

 その名の通り、地面から生えた草は2匹の足を引っ掛けようと襲い掛かる。 が、着地後に咄嗟に飛び上がったことで難は逃れる。
 しかし、そこにもキラリの追撃が被さった。

 「[スピードスター]!」
 「やばっ、[ひかりのかべ]!!」

 そこで、オロルが簡易的な光の壁でなんとかダメージを軽減する。 もう一度飛び上がったところを狙った奇襲だったのだが、キラリは少し悔しそうな表情だった。 もう少し威力が高ければ、よりダメージは与えられただろうに。

 (あの時は、どうしたんだっけ......)

 思い返すのはかつてユズの暴走を止めた渾身の一撃。 夢中なあまり本ポケは一切気にしていなかったのだが、オロルから聞いた話では、その星の色は薄い桃色だったとかなんとか。 しかし、今の星はいつも通りの黄色だ。 あの時は1つの星に力を込めて放ったのだけれど、そんな攻撃を連続で出せたのなら、戦いの幅も広がる。 もっとも、それの意識的なやり方なんて分からないのだけれど。

 (でも......出来ないなりに、やるしかない!)

 キラリはまた一歩踏み出し、手に力を込める。 いつもより強めに。

 「[スピード......]」
 「同じ手は効かない! [こおりのつぶて]!」

 キラリの星よりも素早くオロルの礫が襲いかかる。 鋭い氷が身体をかすり、痛み故に時間をかけて力を溜める暇すらも貰えない。


 「[サイケこうせん]!」
 「[げんしのちから]!!」

 動きの鈍ったキラリに向けイリータの攻撃が飛ぶが、ユズのフォローで事なきを得る。 岩技というのもありオロルも近くには迂闊に寄れないだろう。 キラリの隣に立ったユズは、自分の感じた違和感について問う。

 「どうしたのキラリ。 いつももっと素早くなかった?」
 「いや、それがごにょごにょ......」
 「......なるほど」

 キラリの耳打ちに納得したユズ。 魔狼に呑まれていたあの時の記憶はかなり曖昧ではある。 だがあの星をまとったビンタは、ユズの脳裏に他の記憶より鮮明に残っていた。 それほどの力を帯びていたというのを考えると、納得するのには十分すぎた。 なんせ、その技を受けたただ1匹の当事者なんだから。
 だがどう放つかについてじっくり考える暇も無い。 イリータとオロルは会話の間にもこちらに向かってくる。

 「......ひとまず、最後の1押しにとっておこう。 2匹素早いから」
 「了解! そんじゃあ[マジカルシャイン]!!」

 隙を打ち消すかのような閃光がほとばしる。 イリータ達が目を塞いだその時、ユズもキラリに続いた。

 「[マジカルリーフ]!」

 威力よりなにより、まずは技を当てること。 2匹の体力を少しでも削ぐこと。 それに重点を当てた技選択だった。 紫の光を帯びた葉っぱが、2匹の身体に的確に当たる。

 「っ!! ......いくわよオロル、[サイコキネシス]!!」
 「オッケー、[しろいきり]!」

 今までのイリータの技の中で、最も攻撃的な念力が2匹を襲う。 目の前が歪むと同時に起こる激しい頭痛は、他のいつもの技とはまた違う苦しみが伴った。

 「ぐっ!!」
 「っ......[10万ボルト]!!」

 キラリは頭痛をこらえながら電気技を放つ。 が、その稲光は霧によって行き場を失ってしまった。 技の効果が消えたのかふっと頭痛が治まるが、霧のせいで次の移動手段がつかめなくなる。
 その時だった。 辺りを見回していると、キラリの頭上に堅くて小さい物がぽつりと。

 「ん?」

 頭上に乗ったものを取ると、それは一瞬のうちに手の中で融けていく。 ......となると、これは氷?
 極めつけとしては、空を見上げてみると、そこは無彩色の天井のようだった。

 「......やっぱり」

 ユズが振り向き葉っぱで正面の霧を晴らすと、そこにはオーロラベールで守りを固めたオロル達の姿があった。 天気技はやりづらいと言われたはずなのに、そんな警告などものともしていない。 彼は悪どい笑みでこちらを見つめる。

 「凄いな君達、攻撃に隙が全然無かった。 やっぱり成長してるよね」

 オロルの言葉に嘘や皮肉はなかった。 寧ろその言葉を発することで、自らを奮い立たせているようだった。 気迫の高まり故か、白い毛並みが一気に逆立ち、妖狐のような様相を呈する。

 「でも、僕だって成長してるんだよ......反撃いくよ、[ふぶき]!!」

 オロルの周りに雪の粉が勢いよく舞い始める。 草タイプの本能なのか、ユズの頭の葉っぱがそれを察知しぶるりと震える。

 (あられだと......吹雪必中だから逃げ場ない!)

 かつて学校の授業で実際くらったら怖いと感じた事実。 まさかこれを実際に受ける立場になるとは。
 ......ひやりとした寒気を、物理的にも精神的にも感じる。

 「ひとまず[まもる]!!」

 ぎりぎりのところでユズとキラリは大ダメージを回避した。 だがしかし、目の前はホワイトアウト同然の状況。 強い暴風が収まったところでユズは頭の葉っぱを一度回すが、それで視界が全回復するはずなどなかった。 それでいてあられも降っているし、気づけば地面も凍っている。 雪すらも積もっている。 視界と体力、そして移動において全く融通がきかなくなってしまっている。 でも氷タイプのオロルはともかくとして、エスパータイプのイリータは同じようにきついのでは?
 そう考えていると、足下の風が急に強くなる。 嫌な予感に従い、2匹はその場所から飛び退いた。

 「[ねんりき]!」

 噂をすればなんとやら。 イリータの力強い声と同時に、ユズとキラリの間に鋭い氷槍が生える。 ......一切の加減もない尖り具合。 当たれば致命傷は確実だろう。 出所は地面の氷雪からだった。
 2匹がそろりとイリータの方を見ると、最早懐かしい、冷酷な女王の顔があった。
 もっとも、そうだろうなとユズとキラリはすぐに納得する。 「この2匹」との戦いで、オロルの独断専行なんてことは絶対に有り得ない。

 「私が、オロルの力を生かせないとでも思って?」

 ユズとキラリの顔が険しくなるのと同時に、イリータの先ほどの攻撃が激化する。 地面を踏むたびに現れる槍は、なんせ1発1発がとても重いのだ。 ここは、回避する以外に手などない。

 「[ひかりのかべ]、[リフレクター]!!」

 ユズがひとまず守りの姿勢に入る。 あとは、オロル達に気づかれないようにするために、この視界の悪さを生かすほかない。

 「[トリプルアクセル]!!」

 キラリが回転で氷の粉を巻き上げる。 視界を白く覆ったところで、2匹は話し出した。

 (......小声でいこう、大丈夫かな)
 (2匹の匂いは動いてない。 時間はないけど......どうしよ)
 (やっぱり強いね、イリータも、オロルも)
 (うん。 あんな戦い方知らないもん)
 
 探検隊コメットは、工夫を凝らした戦術が持ち味。 それはユズもキラリも納得していたし、何かこちらの知らないものを持ち出してくるのではとも考えてはいた。 でも、実際くらってみると辛い。 今までだったら......例えば梅雨の時点だったら、ここでこっぴどくやられていただろう。

 (......ねぇ、キラリ。 1つ考えがあるんだけど)
 (えっ? 教えて!!)

 ユズがごにょにょと簡単に耳打ちする。 ふむふむと聞いていたキラリは、はっとした表情を見せる。

 (いけそう?)
 (分かんないけど......やってみよう!)
 (よし!)

 ......そう、梅雨の時なら、こっぴどくやられていた。だが、今は晩秋だ。 あの時より時間は経っている。
 探検隊ソレイユだからこその持ち味というのは、今までだと攻守の役割の分割ぐらいなものだった。 けれども、今ならば何か新しいものを導き出せる。 2匹は、そんな予感がしていた。
 さあ、ここからどこまで足掻けるだろう、喰らいつけるだろう。
 とんでもなく心が騒つく。 花が空を舞い上がるかのような、高揚感が身を覆う。


 「......まずは、[にほんばれ]っ!!」


 ──2匹の気合いは、最高潮に達していた。

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