冠の雪原

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【……このように、労基法改正によって企業側には年休取得が義務づけられたわけですね。労働者の権利を守るという点では……】
 
「あたしには年休ないよ!? 権利ないの!?」
 
 液晶画面の向こうで、専門家とコメンテーターが労働者の権利について語っている。それに対し、マスターは毒づいていた。
 最近旬な改正労基法を持ち出し、一度は年休の申請をしたのだが、大臣たちに突っぱねられたのであった。
 すなわち、「ガラル王」は労働者にあらず。人にあらず。

「フッ……我が主よ。貴女様はお忙しい身だ。たまの休息と捉えれば良いのです」

「ペルはそう言うけどさ、これいつまで続くの? このままだと一生だよ。他人事だと思ってるだろうけど、あなたもあたしの手持ちポケモン扱いなんだからね? あたしがここに居るうちはあなたもずーっとここよ! 甘い美味しいポフィンなんて、貰えっこないわ。現にここに来てから、そういうの食べた? 食べてないでしょ? それが答えよ。あたしたちに自由なんて無いんだわ……」

「言われてみると確かに……!? 由々しき事態である!! なんとか現状を打開する手立てを考えねば!!」

 言われてペルは焦燥の色を浅黒い顔に滲ませた。
 
「自由がほしいよ! テレビだって、アニメとかドラマとか観たいよ! 好きなものを好きなときに食べたいよ! 君の作った料理食べたいよ西も東も大迷惑!? あたしには人権がないの!? ねえ、サナたん!?」
 
 わけもわからず自分を殴ってしまいそうな程の錯乱状態である。
 テレビは民間放送は映らず、GHK(ガラル放送協会)のみ閲覧が許可されていた。それが王室の決まりだ。
 食事にしてもそうだった。マスターは、出された食事を眺める。決して貧しくはなく、むしろ上品に彩られ、並べられた食の数々はさぞお金のかかっていることだろうと思う。
 しかし、国家資格である管理栄養士によって完璧なまでにコントロールされた栄養バランスは身体には良いが、薄口であるが故にジャンクフード好きのマスターにとっては拷問そのものであった。
 
 室内は豪華絢爛だ。シャンデラを模したシャンデリアが天井にはかかり、壁面にはいずれ名のある画家の絵画が飾られている。
 ガラル王となったマスターは、ナックルシティの古城の一室を間借りしていた。間借りというより、ほぼ軟禁に近い。
 
「自由がほしいよ……ガラル王だなんて言うんじゃなかったよ……」

「王など所詮は傀儡。籠の中の鳥! 我は何という愚かな存在になろうとしていたのだ……」

 意図せずガラル王に即位したマスターも、ガラル王の座を狙っていたペルもうなだれている。
 ガラル国憲法第一条には、「ガラル王は、ガラル国の象徴でありガラル国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存するガラル国民の総意に基く」と謳われており、基本的人権の保障されたガラル国民とは異なり、その行動にもいくつかの制限が設けられている。
 
「外出禁止。スマホ没収。って、あたしはJKかっての!」
 
 部屋を出て外に行こうにも理由を尋ねられ、その外出一つにしても政治的な意味が付き纏うため、会合が開かれる。その会合が終わる頃には日が暮れている。
 テレビは制限され、スマホロトムも管理されている。まるで、スクールの高校生のような生活だ。
 今まで自由に生きてきたマスターにとっては飼い殺しに近い。前回、デモ騒動の際に調子に乗った報いとは言え、これが一週間も続いているのである。
 マスターだけでなく、私もそろそろ退屈の限界だった。
 
 私も“ガラル王”という役職を少々勘違いしていた。単なる呼称だと考えていたが全く違う。
 ガラルの実質的な政権は、リーグ委員会にあり、その委員長がガラル地方の総意を束ねている。他の地方も同様にリーグ委員会を通じ、国政は行われる。
 他の地方とガラルが大きく異なるのは、リーグ委員会の他にガラル王が存在していることである。
 ガラル国民の象徴であるガラル王は、政治的な事案に対し、最終の承認を下す権限を有している。実質的にガラル国の権力の頂点に位置しているのだ。
 もっともガラル王のもとに回ってくる時点で、如何なる案件も根回しは済み、反論のしようがない精度にまで昇華されているため、単に右から左へハンコをついていく流れ作業のようなものである。このため、ガラル王はお飾りのような存在とも揶揄されることもあるが、これが対外交となると話が違ってくる。
 通常、他の地方が外交をする際は、必ずリーグ委員会を通じて行うものである。しかし、ここガラルにおいては、リーグ委員会も応じることができるし、それを上回る最高権力であるガラル王が対応することもできる。外交力で言えば二倍になる。そうやって強かに、ガラルは世界に対して、優位を築いてきた。あのカントーにさえ引けを取らない。ガラルこそ世界の中心だと言わしめる所以である。
 
「ん……?」

 廊下に人が向かってくる気配を感じ、マスターが扉へ視線を注ぐ。
 何やら騒々しい声が聞こえ、扉が開かれた。

「ご機嫌うるわしく。ガラル王」

 そこに立っていたのはリーグ委員長であるダンデだ。

「もう、その呼び方やめてよー!」

「はっはっは! すまない! ところで。ガラル王の力を貸してほしい。文字どおり、ポケモントレーナーとしてのその力を」

「ふっ……あたしは“絶対に勝つ戦”以外興味はないわよ?」

 ダンデの言葉にマスターは頷き、席に座るよう促した。

「もちろんだ。食事中、おじゃまして申し訳ない」

 テレビを消し、私とマスター、そしてペルはダンデの言葉に耳を傾けた。
 
「この一週間、色々と調査を進めていた。先般の騒動……このナックル城の地下プラントを謎の組織“レインボーロケット団”が掌握しようとしていたことについては、これを阻止し、セキュリティを厳重にすることで現在問題なく進められている。だが、根本的な解決にはならない。あの男……カイトが言っていただろう? 世界の破滅が近づいていると。カイトの話を、多くの者は作り話だと鼻で笑っていたが、オレはこの目で、別の世界のオレが存在しているのを見たからわかる。あれは作り話なんかじゃない」
 
 ダンデは断言し、その上でやるべきことを決めたと述べた。
 マスターは料理を残さないように、もぐもぐ食べ続けながらも、話をしっかりと聞いているようだった。
 
「これから、雪原にいってほしい」
「雪原?」

「ああ。マッシュというエースバーンの恰好をした男が、交通の便を確立した“カンムリ雪原”と言われる場所だ。ソニアが言うには、ガラル粒子の量が異常らしい。ウルトラなんとかが影響していると言っていたが、オレはよくわからん。だが、とにかく、ソニアが言うから間違いないぜ」
 
 ともすれば、丸投げに聞こえる発言だが、ダンデは完全にソニアを信頼している。

「なぜ、そのカンムリ雪原に行く必要があるの?」

「カイトが言っていただろ。ブラックナイトがこれから先の未来で起きるんだ。それを打開できるとすれば、遥か古の昔に、最強の剣と盾を携え、秘伝の鎧を身にまとったとされる、ムゲンダイナを退けた“ガラルの王”」

 マスターとペルがその単語に真剣な表情を見せる。目つきが別人だ。
 
「古い神話が関連しているらしい。ザシアンとザマゼンタは、剣の王と盾の王と呼ばれる存在であることが、ソニアの著書の中でも描かれていたが……その剣と盾を有する“王”が存在するらしい。その王がカンムリ雪原に居るそうだ」

「王ね?」
 王というワードに、マスターはまたもや反応する。

「そうだ。我々、人間が言う“ガラル王”ではない。かつて、このガラルの地を統べ、豊穣の王と呼ばれたらしい。人間もポケモンも自然でさえも、その者を“王”と認めた」

 マスターは驚きのあまり立ち上がった。
 ダンデのこの発言は、聞く者が聞けば「不敬罪」として処刑対象となる。道端で呟こうものなら、国歌を流しながら走っている街宣車に取り囲まれ、ボコボコにされていてもおかしくない。
 
 だが、マスターとダンデの仲である。
 ガラル王とリーグ委員長である二人の関係は、今までの歴代就任者のそれとは大きく異なる。二人は古い慣習にとらわれず、その役職に固執しているわけでもない。
 ただ、人々が求めるからこそ、その役割を果たそうとしているだけなのだ。
 
「神話にある王だ」
 ダンデは言い切った。
「めっちゃガラル王じゃん……」
「ああ。めっちゃガラル王だ」

 マスターは呟き、ダンデも言い返す。ついでに話が難しすぎてついていけていなかったペルもわかったような顔をして「めっちゃガラル王か」と呟いた。

「あるべき場所へ王座を返さないといけないよね?」

 笑みを浮かべるマスターの真意を私は受け取った。
 これは、ババ抜きのババを押し付けるときのそれに酷似していた。マスターはもめることなく、合法的にガラル王を退位する方法を思いついたのだ。

「否! 我が主よ。貴女様を差し置いて、王の器に相応しい者などおらぬ! 軟禁は嫌だが、何処の馬の骨かも分からぬ者がガラル王などと、我は認めぬ!!  我ら世界の中心のガラルにおいて――」
「ハイハイ」

 マスターはペルのセリフを聞き終わる前に、ハイパーボールの格納スイッチを押した。赤い光の筋に導かれ、ペルはボールの中に入っていく。その刹那、ペルは何とも言えぬ切なそうな眼をしていたことを私は忘れない。

「いざというときのために、サナたんが持ってて?」

 マスターはペルの入ったハイパーボールを私に差し出す。先のシアター開幕と銘打った、げきりんの湖での悪ダンデとの闘い。あれと似たような展開になったときに、イレギュラーなペルの存在は敵を欺くのに役立つという判断かもしれない。
 ポケモンである私が、人間であるぺルの入ったボールを持つことに抵抗があったが、持ち物の一つとして身につけておくことにした。

「本件についてはガラル王である君自らが動けるよう既に各署には手を回している。この城の屋上のヘリポートにアーマーガアタクシーも手配しておいた。ブラッシータウンのガラル鉄道のステーションに向かえ。そこでパスがあるかチェックされるそうだ」

「ダンデさんは行かないの?」

「オレはここのプラントを見張っておきたい。あんな事件があったんだ。しばらくは油断できない。有事の際に頼めるのは君を置いてほかに居ないんだ」

 ダンデはここに残るといい、マスターに何やら手渡した。

「マッシュの友人の警官……コウタローから預かったものだ。カンムリパスというらしい。これがあれば、ガラル鉄道の延びた終点に行ける」

 鎧島の出現したときに、同じように冠雪原も出現していたのだと思う。
 前回はヨロイパス。今回はカンムリパス。相変わらず安直なネーミングのパスカードをマスターは裏返した。そこには、『エキスパンションパス第二弾弾“冠の雪原”、10月23日配信開始』と書かれている。
 ガラル鉄道経由であることも、このチケットも前回と同じだ。マッシュがこのインフラ整備に噛んでいることは間違いない。

「腕が鳴るわ!」

 今回は前回の孤島のような道場はあるのだろうか。あったとして、またマスターが道場破りへと目標を見失わないか一抹の不安を覚えた。
 こうして、私はマスターと、マッシュの開拓したという“カンムリ雪原”へ旅立つこととなったのである。

――――――――――
【補足】「めっちゃガラル王」とは?
 先代ガラル王の頃、ガラル王陛下が乗ったお召列車が駅を通過する様子を撮影した動画がPoketubeに投稿された。
 女子高生たちが、「どこにいる!?」、「どこどこ!?」と興奮しながら叫んでいる様が映像に収められていたが、車内に立つお姿が確認された瞬間、周囲からは、キャアという歓声があがり、「やばいやばい!」と騒然とし、極めつけに女子高生から出た発言パワーワードが「めっちゃガラル王!」だった。
 一昔前であれば、不敬罪とも取られ、ネット上で炎上、住所を特定され、右翼に襲撃されるような事態が生じたかもしれない。
しかし、この平和な時代、そのようなこともなく、ただ「ほのぼの動画」として取り上げられていた。
――――――――――


 雪の舞う道を、私たちは村があると言われる方角へと歩いていた。
 マスターは雪国の寒さに合わせて、ボルドーのセーターの上にボアコートを羽織り、暖かそうな格好をしていた。雪の上に相応しい、ボアブーツは歩くと、その足跡を雪の上に目立たせた。
 マスターの頭の上には可愛らしく、深緑のニットベレーが載っているが、実は私の頭の上にも載っている。今の私は、帽子つきサーナイトである。
 渡す際に、「この帽子をお前に預ける。おれの大切な帽子だ。いつか返しに来い。立派な海賊になってな」とか何とかよく分からないことを言っており、またいつものモノマネだなと思いながら、たまには良いかとこうして被ってみている。

「そろそろフリーズ村だね、サナたん」

 こんな寒い中、マスターは楽しそうな様子である。何せ、ずっと城の中に軟禁状態だったのだ。
 また、先のバトルも旅を楽しくさせた理由のひとつだろう。

「ピオニーさん、ローズさんに似てたな……ダイオウドウ使うところも一緒だった」

 ガラル鉄道を降りてすぐに現れた、元ジムリーダーだというピオニーという男。浅黒い肌に逞しい身体付きが印象に残っている。
 使ってきたポケモンはダイオウドウにボスコドラだ。いずれもレベルは高く、フェアリータイプの私には少々荷が重い相手であり、マスターは初手からザマゼンタに交代し、キョジュウダンで2体とも一撃で葬り去っていた。

 そこに若干の違和感がある。ガラル神話にある盾の王。だが、所詮は私と同じポケモンだ。あまりに都合良く、強すぎる気がして否めない。
 頭の中で行ったダメージ計算では、ダイオウドウにしてもボスコドラにしても、一撃で落ちないはずなのだ。
 が、そういうこともあるのかもしれない。私だって一撃で落ちるべきところを、耐えたこともある。トレーナーのためを思えばこそ、悲しませまいと持ち堪えることもあれば、火事場の馬鹿力を出すことだってあるだろう、と、深紅の盾に黄金で装飾された真実の眼を思い出しながら、そんな感想を抱いた。
 ワイルドエリアでカイトと話していたとき以来、マスターも原因がわからないままフォルムが変わっていたが、マスター自身は「千年の盾フォルム、まさにミレニアムエディション!!」などと浮かれていた。相変わらずあまり気にしない性格である。

「なつかしいな、ローズさん」
『ローズ……ダンデがよく口にする前リーグ委員長のことですね』

 私が来る前の物語だ。大団円でエンディングを迎えたはずの。
 ムゲンダイナを呼び出し、いずれ枯渇するインフラのエネルギー問題を、ガラルの未来を、ローズは解決しようとしたと聞いている。それは同時に大きな誤りであったらしいとも。いずれにしても断片的なストーリーのピースだけでは正しく判断はできない。
 だが、ダンデの語り方や、以前マグノリア博士が話してくれた時の様子を思い返しても、悪人というわけでは無さそうだというのが私の感想だった。

「さっきのダイマックスアドベンチャーも楽しかったなー。スイクンの色違いは熱かった! それにしても、あの巣穴の中、どうなってるんだろうね?」

 話が飛ぶのは、マスターの癖だ。年相応の少女のそれかもしれなかったが、こういう時のマスターは本当に楽しそうだ。
 その笑顔に、私はずきんと何故か胸が痛み、同時に脳裏に、似た顔の少女が思い浮かんだ。活発な、常夏の島アローラの少女。前のマスター。
 名前は何だっけ。君の名は――。

「あ、ダンデさん……?」

 マスターの声で思考が途切れる。
 雪の降る中、視界が開け、ひっそりと木々に守られるように村が見える。フリーズ村である。そして、その手前には、ダンデが居た。

「お、チャンプか」
「ダンデさん。何でここに? 来ないって言ってたのに」
「ちょっと状況が変わってな。オレ自ら出張ることになったわけだ。リーグ委員長はツラいぜ」

 ダンデはそう言うと肩をすくめてみせた。

「そうかあ、大変だね。あ、そうだ。あのさ、ダンデさんなら知ってるかもしれないけど、ピオニーって人のこと知ってる?」

「ああ? そうだな、会ったことは無いが。ローズさんの実の弟で、元・鋼タイプのジムリーダーということは知ってるぞ。ピオニーさんがどうかしたのか?」

 意外な情報に驚いた。確かにあれだけ育て上げられたポケモンは野良バトルではなかなか珍しい。手持ちポケモンの数が増えれば、ジムリーダーとしても、堂々と挑戦者と向き合えるだけの実力もあるだろう。

「さっき会ったんだ。なんかバカンスでここに来てるって」

「バカンス……? こんな妙なところに元ジムリーダーが? ううむ、なるほど。そういうことか。何か知っているのかもしれないな」

 ダンデは一人でぶつぶつと呟いた。その横顔に何か違和感を覚える。往々にしてこの勘は当たるものだ。

「どうしたの、ダンデさん?」

「ん、ああ。ここの村人はどうも言っていることがおかしいんだ。ガラル神話にあるという豊穣の王について尋ねても、誰も知らないという。人々に完全に忘れられているみたいなんだ。どうも困っちまったぜ。なんとか情報がありゃいいんだけどよ。なあ、チャンプ。キミからも村人に話を聞いてもらえないだろうか」

 私の第六感が告げる。この男は、この世界のダンデでは無い。そして、私の頭の中で、ガラル城でのダンデとの会話、彼の行動パターンなどと組み合わせ、いくつかのシミュレーションを行う。が、やっぱり怪しいのだ。

『白々しい演技。やめてはどうですか?』

 私はマスターの前に立ち、ダンデの前に割って入る。

「何を言っているんだ、サナ?」
『貴方は、この世界のダンデではない。そうでしょう?』
「おいおい。証拠はあるのか? なあ、ガラルチャンプ。キミからも何とか言ってもらえないか……」
「黙りなさい、偽物」

 マスターはそう言って一蹴した。唖然とした様子のダンデだったが額に手を当て、肩を震わせ笑い始める。

「くくく、見事だな、何故わかったんだ?」

「本物のダンデさんは、困ったときにモミアゲをさわる……ような気がする。あと、貴方の目付きが何か怪しい、ような気がする。あと、サナたんが怪しんでるから、とりあえず怪しい気がする。これだけの判断材料があれば十分よ!」

「ふははは! さすがだぜ!」

 全くもって、さすがでも何でもなかった。全て推測で、どれも「気がする」で締め括られており、適当以外の何物でもなかったが、偽ダンデは納得したらしい。

「さて、バレたからには容赦しねえ」

 一触即発――マスターのアイコンタクトを受け、私もいつでも戦闘に入れるように気持ちを切り替える。

「……ソニア?」

 瞬間、偽ダンデの視線が一点を見つめ、静止する。その視線の先を追うと、木陰にソニアの姿が見えた。そういえば、このカンムリ雪原に居るという話を聞いたような気がする。

「チッ、今日のところは勘弁してやる」
「なんで?」
「いいから! 勘弁してやるっつってんだよ」
「なんでさ? ここで何するつもりだったの?」
「ああ、もう! こっちは忙しいんだよ、オレは豊穣の王をこの手にしてこの世界のガラルを制圧して、同時並行でサカキ様がダイマックス巣穴のウルトラホールを――あ」

 ベラベラ喋った。
 私はこれをよく知っている。いつの時代、いつの世界にも。どの悪の組織にも必ず存在するやつである。そして、偽ダンデは今、レインボーロケット団に所属している。

『レインボーロケット団のしたっぱ』
「うるせー!!」

 口にすると、顔を真っ赤にした偽ダンデが激昂する。しかし、すぐに我に返り、慌ててリゾードンを繰り出すと、空を飛んで逃げ去った。

「どうしたんだろ……」

 マスターは不思議そうに呟く。その位置からはソニアが見えていなかったらしい。また、ソニアもいつの間にかどこかへ姿を消していた。何かの機器を手にしていたので、フィールドワークに夢中でこちらに気づかなかったのだろう。

「そんなことより、サナたん。さっきあのダンデさんが話してたのが本当だとしたら、このカンムリ雪原では、二つの悪だくみがあるってことだね。これは由々しき事態であると、現ガラル王のあたしは判断するのである」

『はい。豊穣の王については、私たちの目的と同じですが、それをあの人たちが使って何をしようとしているのかはわからない……けど、王座に繋がる存在なので、このガラルそのものを好きに操ろうと考えているのかもしれません。 豊穣の王の居場所については、ピオニーという人物が何か知っている可能性はありそうですが』

 それから、もうひとつ。これは、ガラル城でダンデが少し口にしていたが、この地はガラル粒子の量がおかしいらしく、そのことと関係しているかもしれない。

『あとひとつは、ウルトラホールという存在。恐らく、ダイマックスアドベンチャーをしたあの巣穴の奥に何かあるような気がします。ガラル粒子の量が異常だということを、あの巣穴にいた研究員も言っていたので、気にかかってはいたのです』

「豊穣の王の方は偽のダンデさん。ウルトラホールの方はサカキとかいう人がいるんだよね。サカキ……なんか名前に聞き覚えあるな、カントーの悪者だよね? いずれも先を越されるとまずそうだな。どっちを優先するかな……くそー、あたしがふたり居れば良いのに」

 私の脳裏に、ひとつのセリフが思い浮かんだ。ワイルドエリアで行方不明のメイちゃんを捜索していたコウタローがマッシュに向かって言い放ったセリフ。げきりんの湖に臨むポプラがクールに言った決めゼリフ。

『マスター』
「うん?」
『一人より二人のほうが仕事が早い』
「え?」
『え、あの。一人より二人のほうが仕事が早い……』
「え?」
 二度言ってしまった。

『あ、いやこれは、夕日のガンマンにインスパイアされたコウタローが、その、あ、ポプラさんが拳王恐怖の伝説で出て来たセリフを真似していて、その……』

 弁解する私の顔を見て、マスターはきょとんとしている。見事に滑った。滑ってしまった。コウタローやポプラはあんなに自然にセリフにしていたのに、慣れないことをするもんじゃない。

「ふふ。あははは。ごめんね、サナたん。なんだか、びっくりしちゃって」

 急にお腹を抱えて笑い出すマスター。

「人間味が出てきたよね。最初は機械のような感じだったのにさ」

『それは、マスターの影響です』

 目を合わせられず、思わず照れ笑い。

「笑えばいいと思うよ。サナたんはさ、いつも“アタシハヒトリデヘイキナノ”って顔してるでしょ? それをやめたらきっと、ホントになりたい自分に、ホントのサナたんになれるよ」

 マスターはそう言うと、自身の両頬をピシャリ。気合を入れた。

「一人より二人のほうが仕事が早い! サナたんは、ダイマックスアドベンチャーしてきて。あたしは、ピオニーさんを探す。偽ダンデさんより先に見つける! 初めてこの世界で会った頃のサナたんじゃないから大丈夫だよね。あの頃ワイルドエリアではぐれたサナたんじゃないね、あたしももう心配しないことにする!」

 そう言って、マスターはおもむろに、くるりと周り、右手を天高く掲げた。

「チャンピオンタイム! 今からは、あたしたちのターンだよ」

 雪原の寒さに負けぬ熱さがあった。
 マスターと私は、それぞれの使命を果たしに、それぞれの道をゆく。

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イラスト:ジェードさん

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