【第016話】True

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください




 夕方17時。
この日はロゼットの定休日だ。
久々に店を閉めているので、明日の朝方までは暇が出来ている。
そしてその時間を使って、私とクマちゃんはゆりっぺさんの動物病院へ訪れていた。

「いやー、マジごめんねー。コンテナへの搬入がマジでキャパくてさ……」
そう言いつつ、ゆりっぺさんは荷台に載せた檻を運んでいく。
中には根々子さんの眠り粉で眠らされたポケモンたちが入っている。
その檻をポケモンたちが持ち上げ、上階に運んでいった。

 そう、あの豊洲での一件依頼、この病院に保護されているポケモンの収容量は遂に限界を迎えた。
だからゆりっぺさんはとある知り合いに連絡をつけ、ようやくこのポケモンたちの移送先を見つけたのだ。
『しかしインドネシアまで密輸だなんて……生きた気がしないわね。』
「まぁ、しょうがないっしょ。国内じゃあどうせ足がつくし。どうせいずれはあの男に頼むことになってたよ。」
オニちゃんとゆりっぺさんはそんな会話そんな交わしながら、檻を次々と受け渡していく。
インドネシア……そんな遠い海外まで逃げなくてはいけないとは、ポケモンたちはつくづく気の毒である。

 ……が、それでも。
彼らはまだ完全に死んだわけじゃない。
逃げ切れずに獣対部に殺処分されたポケモンが大勢いることを考えれば、彼らはまだ救われたほうなのである。
いつか元通りの人間に戻るため……それまでの辛抱なのだ。
少なくとも、私はそう信じたい。

 だが、信じるだけでは駄目だ。
私が動かなくてはいけない。
特別な力があるわけではないが、それでも。
まずは私の家に……忌々しいあの家に踏み込み、真相を確かめなくてはいけないのだ。
少なくともそこに、私にしか出来ないことがある。

 檻の中で眠っている子猿の女の子に、私は語りかける。
「……待っててね。すぐお母さんのところに返してあげるから。」
本当は、自分への鼓舞だったのかもしれない。
私は彼女の姿を浮かべていないと、前を向けないのかもしれない。
縋るように、私は彼女の背負うことを決めたのだ。


『あの……熊野さん?どうかなさいました?』
私の後方で、クマちゃんにそう問いかけるのは根々子さんだ。
「いや……いつも通りッスよ。」
そうそっけなく返事をするクマちゃんは、檻を外の方へと運んでいく。
『そうでしょうか……?先程から顔色が優れないようですが?』
彼女の疑問は最もだ。
昨日の外出以来、クマちゃんはどうにも様子がおかしい。
私やオニちゃんとどういうわけか目を合わせないし、返答も数テンポ遅い。
やはり根々子さんでも、そういった違和感は感じるのだろう。

「まぁ、気にしないでください。俺は大丈夫ッスから。」
クマちゃんはそれだけ言い残し、逃げ去るように根々子さんから離れていった。
『そうですか……何かあれば遠慮なく言ってくださいね?』

 彼女らの様子を不審に思ったのか、ゆりっぺさんがガチグマに語りかける。
「なぁガチグマっち。何かあったん?」
『あ……お、オデ……クマに、余計なことを言うなって……あう……』
ガチグマの答えも、どうにも釈然としない。
……一体、彼らに何があったというのだろう。



ーーーーー翌日、午前10時。
墨田区、吾妻橋。
全13階のマンションの8階。
エレベーターを降りてすぐ隣、『804 梅咲』と書かれた扉。
そう、私の家だった場所だ。

 今、私はリュックに詰め込まれたオニちゃんとふたりだけでこの場所に来ている。
例の麒麟寺さんが嗅ぎつけた情報……私の母さんとポケモンの関連性に纏わる情報の裏付けを取るためだ。
厳密には完全に一人というわけではなく、マンションの周囲には麒麟寺さんと鎌倉、更にはクマちゃんと狐崎さんにも待機してもらっている。
この態勢になったのには理由があった。

 まず、いきなり警察の人間が押し寄せてしまうと、情報がスカだったときに機密情報が漏洩する危険がある。
かといってアポを取って行くと、自宅内の情報源を何者かに隠されてしまう危険性もある。
だから現場には、梅咲家の身内である私が単独で出向くことになったのだ。

 リュックの中には盗聴器を仕掛けているので、何かがあればオニちゃんからの合図で彼らが駆けつけてくる算段だ。
だから、問題はないし、危険も最小限……な、はずだ。
はずなのだ。
しかし……

『やっぱりあの家に戻るのは怖いかしら、小枝ちゃん。全身震えてるわよ。』
オニちゃんの言う通り。
私は元々、この家に居場所を見いだせなかったから逃げてきたのだ。
母さんも父さんも、ずっと神童の弟にかかりっきりだった。
持て囃され、褒められ、贔屓される弟と……空気同然の私。
だからせめて邪魔にならないよう、独りで生きていくことにしたのだ。

 それを今更……理由はあれど、私は家に戻ってきた。
何を言われるかなんてわかったもんじゃない。
あの空気は……怖いし、思い出したくもない。
でも……
「怖いし嫌ですよ。それでも……この家に自然に上がれるのは私しか居ないんです。」

 そうだ。
私にしか出来ない仕事が、ようやく与えられたのだ。
今日の夜にインドネシアに旅立つあの子猿の女の子のためにも……私はここで動かなくちゃいけない。
「……行きますよ。オニちゃん、準備はいいですか?」
『モチのロンよ。キリンちゃん、しっかり待機しておきなさい。』
『(あぁ、いつでも大丈夫じゃ。梅咲、頼むぞ!)』
スマホ越しに聞こえる麒麟寺さんの声を合図に、私は804号室のインターホンを押す。

 そこからしばらくの沈黙………そして小さなノイズが走り、何者かが応答する。
『(……姉さん?姉さんなのか?)』
インターホン越しに返答をしたのは、聞き覚えのある声。

 ……1つ下の弟の実紀。
梅咲実紀うめさきみのりだ。
「み、実紀、急にごめんね。ちょっと用事があってさ……」
『(ハハッ、帰ってきてくれたのか!嬉しいなぁ……今すぐ開けるよ、ちょっと待ってて!)』
低くよく通る声で返事をする実紀。
私と真反対の活発な性格は、相変わらずのようだ。

 実紀は玄関に来ると、すぐに扉を開ける。
「やぁ姉さん、久しぶり。」
「ひ、久しぶり……」
扉から現れた実紀は、私の知ってる時からだいぶ外見が変わっていた。
髪はやたらと伸び、ほぼロングヘアも良いところだ。
右目に至っては前髪で隠れてしまっている。
心なしか、肌もやや白くなっている気がするが……何があったのだろう。

「ささ、上がって上がって。お茶でも飲んでゆっくりしていきなよ。」
そう言って彼は、にこやかにキッチンの方へと向かっていった。

 ……そうだ、彼だけは家族で唯一、私に親しかったんだ。
しかし私にとっては、それすらも要らぬ哀れみのように感じられた。
家庭の居場所が狭く感じた一端は、きっと彼にもあった。
無論、そんな本音は誰にも話したことはないが。

 
 私は靴を脱ぎ、家に上がる。
「………!!?」
そこですぐさま、私は違和感を感じた。

 まず玄関を抜け、リビングに行くまでの道のり……ちょうどトイレのすぐ隣の部屋だ。
ここは父さんの部屋だった筈だ。
扉の入り口には、『騒音注意』の張り紙が貼ってある。
確かに父さんは繊細な人だったかもしれないが、こんな露骨な張り紙なんか貼る人だったか……?

 そして次、リビングだ。
ソファーの正面にあるテーブルには、灰皿が置かれている。
ウチは誰も喫煙なんかしないはずだ。
実紀が未成年喫煙なんかやるわけないし……これは誰のものだ?

 極めつけに、ダイニングにはコーヒーメーカーまで置いてある。
梅咲家は、誰もコーヒーを飲まない。
……明らかに、誰か別の人間が出入りしている。

「ねぇ実紀。これ……」
「あぁ、これね。父さんがタバコを始めてね。母さんも最近はコーヒーにハマりだしたんだ。」
私がみなまで言うこともなく、実紀は全てを説明してくれる。
やたらと被せるようなその口調……早口気味なのも相変わらずらしい。

「と、父さんと母さんは……?」
「今は出かけているよ。しばらく帰ってこないと思うから、ゆっくりしてなよ。」
そう言うと実紀はインスタントの紅茶を入れ、私の前に差し出す。

「しかし姉さん……随分急じゃないか。何度俺が連絡を寄越しても、一切返事がなかったから心配したんだぜ?」
「あ……はは……」
私は愛想笑いで、目をそらす。
無論、それは弟と離れたかったからに他ならない。
きっと彼が私を気にかけてくれるのは親切心からなのかもしれないが、私はそれがどうにも受け入れられなかった。

 ……否、ヘラヘラと笑っている場合か?
違う。
もっと聞くべきことがあるだろう。

「……ねぇ実紀、母さんは何処?」
「え?何だよ姉さん。だから、出かけてるって言ったじゃないか。」
そうだ……彼は『このスタンス』なんだ。
この質問は違う。
もっと、端的に……要点を聞かなくてはいけない。


「質問を変えるね。……実紀は、『ポケモン』って知ってる?」
「え……?」
『(ちょ、小枝ちゃん……!?)』
あぁ、分かっている。
言葉が急ぎ過ぎなことくらい。
だが、この弟相手に心理戦は分が悪すぎる。
出るなら直球勝負しかないのだ。





ーーーーー同時刻、吾妻橋マンション周辺。
盗聴器から聞こえてくる会話を耳にしつつ、4人が待機している。
狐崎さんが持っているスマホには、オニちゃんがブラインドタッチで入力した内部の様子が伝えられている。
これらの情報を耳にしていく内に、鎌倉と麒麟寺の表情は徐々に険しくなっていく。
「麒麟寺先生、これは……」
「あぁ、ウソじゃな。」
確信を得た麒麟寺は、小さく頷く。
「ウソって、どういうことですか?」
そんな彼に問いかける狐崎。

「……梅咲花子の口座はな、既に2年以上出納が止まっているんじゃ。」
「……!?」
そう、彼女はこの2年……連絡もつかなければ、彼女の所有するクレジットカードや公的書類も動いていないのである。
「彼女が行方を晦ましているのはほぼ確定……そして、そこをボカしている弟も怪しいってワケじゃ。」
「それじゃあ、彼のこれから話す内容次第では……」
「あぁ、任意同行……下手すりゃ強制連行もあり得るじゃろ。」

 状況は不穏な方に流れてきている。
いざとなれば、狐崎やクマの武力行使も辞さない構えなのだ。
彼らの間に、緊張が走る。


……と、
その直後。

「……伏せてッ!!」
鎌倉が突如、短く叫ぶ。
「!!?」
次の瞬間……4人の頭上を、紫の熱光線が駆け抜けていった。

「な……何!?」
光線が飛んできた方向へ振り向くと……そこには見知った人物が居た。

「ひぃふぅみぃよぉ……クク、契獣者共が4人も揃ってんじゃねぇか!」
『ふふ、獲物が……いっぱい……!』
「や、夜行ッ……!!」
そこに表れたのは、夜行とバクフーンだ。
白昼堂々、かの指名手配犯が背後から襲ってきたのである。

「タバコを取りに戻ってきたが……カマキリ女に麒麟寺までいやがる。」
「も、戻ってきた……!?」
その言葉から……鎌倉はある事実に気づいてしまう。
「よくもまぁ、アタシらの根城にノコノコとやってきたもんだ。」
「(ま、不味い……梅咲さんが……危ないッ!!)」

「『例の力』の試し打ちだ……丁度いい、テメェら、ここで死ね。」
「ッ……来るぞお前ら!!」
にじり寄る鎌倉に、4人は一斉に迎撃のポーズを取る。
数の利は圧倒的にこちら側にある……が、しかし。
その不利を一切感じさせないほど、夜行は不敵な笑みを浮かべている。

戦いの火蓋が今……切って落とされた。



ーーーーー私が実紀を問い詰めたその瞬間……
「ふ……フフフフッ!いやぁ、もうそこまで知っていたか姉さん……!!」
「ッ……!?」
実紀は高笑いをし、そして私の方に向き直る。
「あぁ、知ってるさ……!だってポケモンを生み出したのは、この俺なんだからな!!」
「ッ……!!!?」

私は思わず、腰を抜かす。
藪をつついて出た蛇が……すべての解答だったのだから。

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