4.ライチとマオの写真

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 アーカラ島に到着し、カプ・テテフへの礼拝を済ませた後、ヨウとハウはコニコシティに向かっていた。
「ライチさんの大試練のこと、思い出してたよー。」
 命の遺跡からコニコシティへの道中、ハウが懐かしそうに言った。アーカラ島のしまクイーンライチの大試練は、命の遺跡前で行われた。彼女の愛する岩タイプのポケモンたちがいかに強く、迫力ある技を繰り出したかを、ハウは事細かに覚えていた。
「でー、ルガルガンに岩を落とされてさー。かなり危なかったけど、そこでオシャマリのバブル光線が決まったわけ!」
 当時の白熱を思い浮かべながらハウが拳を振るった時、ヨウがうなずくよりも先に、ハウの腹の虫が盛大に相づちを入れた。あ、と声をこぼした後、恥ずかしそうに笑って舌を出すハウ。
「バトルのこと話してたら、お腹空いちゃったー。コニコシティに着いたらレストランに行かない?」
「いいよ。じゃあライチさん家に行くのは、お昼ご飯の後だね。」
「うん。先にマオに会っちゃおー。今からは忙しい時間だろうから、写真を撮る約束だけでもできるといいなー。」
 コニコシティ名物のレストランは、アーカラ島のキャプテンの一人、マオの家族が経営していた。マオも普段は調理の手伝いをしているそうだから、きっと会えるはずだ。美味しいご飯のことを考えたら、なんだかヨウもお腹が空いてきた。
 空腹に手を引かれ、二人は道を急いだ。


 マオのレストランに着いたのは、まだランチタイムが始まったばかりの時刻だった。いらっしゃいませー! と元気な声で迎えてくれた女性ホールスタッフに、好きな席にかけるよう店内を示されたが、ほとんど選び放題だ。唯一埋まっていたのは、調理場にほど近い四人掛けのテーブル席で、
「あー、ライチさん!」
 そこに座っている女性の姿を見とめて、ハウは大声を出した。
 ライチが顔を上げ、あら、と笑みを広げた。
「ハウとヨウじゃない! アローラ! 食事? こっち来て一緒に食べようよ。」
 誘われるまま、二人はライチの向かいに並んで座った。
 テーブルの上には、氷水の入ったコップとスープ皿が一つ乗っているだけだった。ライチもまだ食事を始めたばかりらしい。ライチの隣に座る連れは、真夜中の姿のルガルガンだった。赤い毛並みに白い石灰岩を思わせるたてがみを生やした、ライチの相棒だ。ルガルガンはずいぶん落ち着かない様子できょろきょろ辺りを見回しては、ふんふん空気のにおいを嗅いでいた。
「今日はマオが岩タイプのポケモン向けの定食を開発したって言うから、その試食に呼ばれたんだ。この子ってば、さっきからわくわくしっぱなしでね。いつもはもう少し大人しいんだけど。」
 ほら心配しなくても今マオがあんたの分を用意してくれてるから、とライチはまるで母親のようにルガルガンに語りかける。ルガルガンはくぅんと喉を鳴らして、切なげにキッチンの奥を見つめていた。
 ホールスタッフが近づいて、ヨウとハウの注文を取りにきた。「今日のおすすめは、スペシャル定食ですよ」と、メニューを見せながらセールストークをしてくれる。ライチがうんうんとうなずいた。
「あたしもそれにしたんだ。ここのスペシャルは絶品だよ!」
「じゃあおれそれにするー。試練の時のマオスペシャルも美味しかったもんねー。」
 マオスペシャル、と聞いてヨウは言葉を詰まらせた。シェードジャングルの試練でぬしポケモンラランテスを呼びだした時、マオの指示で食材を集め、調理を手伝い、完成したのが「マオスペシャル」だった。甘いような酸っぱいような触れた粘膜がしびれるような、独特のにおいを思い出す。そういえばスイレンとカキはそれを一口食べた瞬間、水を求めて駆けだしていた。あまりいい予感はしない。
 しかしライチが世辞を言っているようにも見えないし、ハウは美味しかったと言っている。もしかしてヨウの試練のマオスペシャルが、たまたまハズレだったのだろうか。
「お客様はどれになさいますか?」
 スタッフに尋ねられたので、ヨウはうーんと悩んだ末、
「ぼくもスペシャル定食、お願いします。」
 思いきって決断した。おすすめが成功して嬉しそうなスタッフが、スペシャル二丁追加ー! と叫んだ声に、あいよ! とこれまた威勢のいい男性の声が返事をした。きっと調理場を切り盛りしているマオの父か兄だろう。
「ところで、あんたたちがこっちで食事なんて珍しいね。何か用事?」
 ライチが質問したので、ヨウとハウはリーリエに送ろうと思っている手紙のことを説明した。話を聞いたライチは、目を輝かせた。
「すごい! あんたたち偉いわ! リーリエもいい友達ができて、きっと本当にずっとアローラのことを好きでいてくれるだろうねえ……。なんだかあたしまで嬉しいよ。」
「それで、ライチさんにも写真と寄せ書きをお願いしたいんだけど……。」
「もちろん! こっちからお願いするところだよ。さ、じゃんじゃん撮っちゃって!」
 と、ライチが早速ピースサインを掲げてみせたので、ヨウは慌ててロトム図鑑を取りだした。急にスリープモードを解除されたロトムが、ンビッと寝ぼけた声を出した。えー、今?! とハウもちょっとびっくりしている。
「場所とか選ばなくていいのー?」
「うーん、それもそうね……。いや、やっぱりここでいいわ。ここがいいの。」
 ここはね、とライチはレストランをぐるり見渡す。
「あたしの大好きな場所だから。アローラの恵みと人の優しさがいっぱい詰まったご飯のこと、リーリエに思い出してもらいたいからさ。ああ、そうだ。食べてるところってのもいいかも! さあ、ライチさん、とびっきり美味しそうな顔しちゃうからね。ばっちり撮ってよ!」
 言ってライチはスプーンを手に取った。ヨウとハウは、そういうことなら、と納得して席を立ち、ロトム図鑑を構えて一番いい構図を探した。
 ライチがスープをひとすくい、ぱくっと口に運ぶ。
「んー、美味しい。体に染みわたるわ。」
 微笑んだところをパシャリ。ロトムがまだ眠いのだろうか、少しピンぼけしてしまった。
 ライチが何か食べたことに気が付いたルガルガンが、はっと彼女の口元に視線を向け、ねだるような声を出した。ライチは少し手を止めてルガルガンをなだめる。
「はいはい、ちょっと待って。今写真を撮ってるんだからね。」
「もう一枚撮りますよ、ライチさん。」
 ヨウは再度ロトム図鑑を構えた。「ロトム目は覚めた?」と手元に向かってささやくと、「起動率百パーセントロト!」といつも通りの声が返ってきた。ロトム図鑑の調子はもう大丈夫だろう。なんだかルガルガンに申し訳ないので、早く終わらせなきゃ。ファインダー越しのルガルガンは、もうよだれで口周りがべとべとだった。「ライチさんだけずるい!」と言わんばかりのうなり声も、だんだん大きくなってくる。
「撮りまーす。はい、アローラ!」
 ヨウが急ぎ気味にシャッターボタンを押した直後。
 シャッター音の上に、ルガルガンの興奮した吠え声と、「ごめんねルガルガン、もうすぐできるから!」という慌てた声が重なった。マオがレードルを持ったまま、キッチンから客席に身を乗りだしていた。アママイコも一緒にいる。
「マオー! アローラ!」
 ハウが手で円を描き、挨拶した。予想していなかった客人の姿を見とめ、マオはおおっと目を丸くした。
「アローラ! ハウとヨウ、来てくれてたんだ! まいどどーも!」
 ちょっと今立てこんでて、すぐそっち行くっすから! と言葉を残し、マオはキッチンに引っこんでしまった。
「ほら、もうすぐだって、ルガルガン。いい子いい子。」
 ライチがスプーンを置き、視線でマオを追いかけるルガルガンの頭をなでてやった。それから、写真撮れた? とヨウに尋ねた。
「はい。見てもらえますか?」
 ヨウとハウはテーブルに戻ると、ライチにロトム図鑑の画面を差しだした。みんなで画面をのぞきこみ、わあっいいねこれ! と歓声を上げる。
「ライチさんすっごく幸せそうな顔ー。」
「見て、マオとアママイコもちょうど写ったよ。」
「あははー、ルガルガンはよだれでべっとべとだー。」
「笑われちゃってるよルガルガン。でも、あたしもこれすごくいい写真だと思う。素敵に撮ってくれてありがとう、ヨウ、ハウ、それからロトムも。」
 写真と同じくらい満足そうな表情のライチに誉められ、ヨウとハウは照れて微笑んだ。ロトム図鑑はビビビとご機嫌に口ずさみながら、くるっと宙で一回転した。
「お待たせしましたー!」
 マオが客席に勢いよく入ってきた。四角いトレーを両手に持ち、その上には数種類の椀が乗っている。ルガルガンが歓喜の遠吠えをした。きっとあれが試作中という、ポケモン用の定食なのだろう。ルガルガンが今にも飛びつきそうだったが、ライチが「待て」と言うので、トレーをテーブルに置くマオの安全がぎりぎり保たれている感じだった。
「岩タイプポケモン用の特製定食でっす! 召し上がれ!」
 あおんと発した声を最後に、ルガルガンが静かになった。お待ちかねの食事を口いっぱいに頬張って、声を出す隙間がなくなったからだ。ルガルガンはとろけるような表情をして、夢中で椀にがっついていた。
「わあ、すごい食べっぷり。」
「とっても気に入ったみたいだね。」
 感嘆する一同に、マオは研究に研究を重ねたから、と胸を張った。きのみの食べ合わせがどうとか、岩タイプのポケモンに好ましい水は、とか解説してくれる。
「確かヨウも真昼の姿のルガルガン、連れてたよね。どう? もし良かったらあたしの特製定食、試食してくれない?」
「え、いいの。そりゃあルガルガン、喜ぶと思うけど……。」
「もちろん! せっかく来てくれたんだしサービスするよ。それに、真昼と真夜中で反応が変わるかどうかも見てみたいし。」
 マオがそう言うなら、とヨウはボールからルガルガンを出した。ルガルガンは早速美味しそうな匂いをかぎつけて、きらきらした目をライチのルガルガンに向けると、がるるとうなられてしまった。
「ルガルガンの分も用意してくれるってさ。良かったね。大人しく待つんだよ。」
 ヨウに頭をなでられると、ルガルガンはわんと了解しお座りした。
「みんなのスペシャル定食もあと少しで出来上がるからね。もう少々お待ちください。」
「あー、そうだ。おれたちもお腹ぺこぺこなの、写真撮ってたらすっかり忘れてたよー。」
「写真?」
 そうそう、と二人はマオにリーリエへ送る手紙のことを説明した。二人のアイデアに、マオもライチと同じように目を輝かせた。自分もぜひ撮った写真を見たいと申しでたので、ヨウはマオにロトム図鑑を手渡した。
「すごーい、よく撮れてる! ヨウとハウはポケモンバトルだけじゃなく、写真でも素材の良さを引きだすのが上手なんだね!」
「いやいやー、シャッター押したのはヨウだからー。」
「構図はハウのアドバイスが大きいし、ロトムの力もかなり借りてるよ。」
「ビビッ! えっへんロト!」
「ふふっ、じゃあ三人ともありがとうだね。あたしとアママイコもいい感じに入れてくれて嬉しいよ! リーリエに見てもらうのが楽しみだな。」
 マオはロトム図鑑をヨウに返し、じゃあ急いで料理用意してくるね、とキッチンへ去っていった。
「スペシャル定食、楽しみだねー。」
 ハウがにこにこと言い、ヨウのルガルガンもゆさゆさしっぽを振っていた。


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 料理を待つ間、ライチは寄せ書きを書いてくれた。ククイ博士が助手を取ったと聞いた時は驚いたとか、大試練を観戦するリーリエの眼差しにはあたしも感じるものがあったとか、いろいろ思い出しながらたっぷり文字をつづってくれたライチが筆を置いた頃、マオとアママイコが注文した料理を運んできた。
 まずはルガルガン用の特製定食が床に置かれる。あおんと発した声を最後に静かになったのは、ライチのルガルガンと同じだった。
 続いて人間用の定食の番。
「お待たせしました! Z定食スペシャルでございます!」
 ででんと自信たっぷりに各々の前へ置かれた定食は、見た目はそれほど不味くなかった。いやそれどころか、緑のサラダに茶色い蒸し肉、赤白黄色のピクルスなど、視覚で食べることを計算された配置に見える。
「わあーっ、美味しそう!」
 ふわりと漂う旨味の香りに、ハウが思わずそう言った。ヨウもごくりとつばを飲む。
「美味しいよー。さあどうぞ、スペシャル定食召し上がれ!」
「いただきまーす!」
「いただきます。」
 意気揚々とフォークを手に取り、ヨウとハウとライチは食事を開始した。
 まずは無難にグリーンサラダ。シンプルなオイルドレッシングがほどよくかかっていて、しゃきしゃきの食感が一口目として心地よい。二口目はどれにしようかと手元を見渡して、ヨウが気になったのは手前の椀に入っている薄紫色のピュレのような物だった。
「これは何?」
「それはポイ。カロって芋を蒸してペースト状にした食べ物だよ。アローラの伝統食なんだ。」
 マオが答えた。へえーとうなずきながら、スプーンでちょっとすくって食べてみると、とろっとした口当たりの中にほんのりと芋の甘みが広がった。
「それから、そっちの蒸し物は、カロの葉っぱに包んで調理したラウラウっていう食べ物。ラウラウも古くからアローラで親しまれてきた料理だよ。サラダやピクルスは、アーカラ島産の採れたて野菜をふんだんに使ってるの。」
 マオの説明の後、ポイとラウラウ一緒に食べるといいよとライチが教えてくれた。こうだよー、とハウが自分のラウラウをポイの椀の中にどさっと入れ、手本を示して見せた。ヨウもハウの真似をして食べてみる。すると、口の中でほろりとほぐれる蒸し肉の旨味をポイが優しく包んで、なるほど抜群の組み合わせだった。ねー、とハウはヨウの反応を見た後、自分も大きな口を開けて頬張った。
「あたし、アローラの料理が大好きなんだ。」
 食事する一行の様子をにこにこと見ながらマオが言う。
「伝統食って、アローラの大地で生きてきた人やポケモンの知恵と文化がつまってるの。ドロバンコが耕した土地で育てるとより良い野菜が育つとか、ブーバーが吐く炎のこの温度が蒸し物にいい、とかね。そういうのをきちんと継承しながら、変えられるところはより良く変えていく。そうやってまた新しい知恵と文化を生みだしていく。それがすっごく楽しくって。」
 なにより、とマオは自慢の定食を口に運ぶみんなの顔を順番に眺めてから、言った。
「食べると元気になるでしょ。元気になれば幸せでしょ。だから今も昔も変わらず、ご飯を作るってことは幸せを作るってこと! 父ちゃんや兄ちゃんに比べたらあたしまだまだだけど、いつかきっと二人を超えて、たくさんの人とポケモンの幸せを作れる料理人になりたい。このアローラっていう土地で、ポケモンたちと一緒に。」
 アママイコがマオの言葉に応えて高く鳴いた。マオはありがとう、と言いながらアママイコの頭をなでてやった。
「素敵ね!」
 ライチが目を細めて言った。
「マオの料理、すごく美味しいよ。ルガルガンも幸せそう。」
 夢中で皿を空けているルガルガンの様子を少し眺めてから、ヨウもライチに同意した。うんうん、とハウの言葉も続く。
「おれも今、すっげー幸せー!」
 マオは嬉しそうに頬を染め、感謝を述べた。アママイコも楽しそうな声を出した。
 今は仕込みも一段落し、ピークタイム前でマオに少し余裕があるということで、ヨウたちが食事をしている間、マオにリーリエ宛の寄せ書きをお願いすることにした。マオは喜んで筆をとり、ついでにおしゃべりにも加わってくれた。
「次は誰の写真を撮るの?」
「そうだなー。せっかくコニコシティに来たから、スイレンの家に寄ってみようかな。」
「スイレンなら今はいないよ。せせらぎの丘に釣りに行くって。今朝すれ違ったわ。」
「えっ、ライチさんほんとー? うーん、じゃあスイレンを追いかけて、せせらぎの丘に行ってみよっかー。大物が釣れる瞬間、撮れるかもしれないしー。どのみちカキにも会いたいから、北へ行こうと思ってたもんね。どうかな、ヨウー?」
「いいと思うよ。スイレンを探そう。」
「決まりー。ご飯食べたらせせらぎの丘ー!」
 それからヨウたちはアローラの伝統と革新の調和したスペシャルな定食を心ゆくまで楽しみながら、アーカラ島の試練の様子はどうだったとか、島巡り中に食べたマラサダの味の違いのこととか、話に花を咲かせた。途中、ライチのルガルガンがヨウのルガルガンの椀の中身を狙って小競り合いを始めそうになったので、慌てて止める場面もあったが、二頭のルガルガンがどの小鉢をより好むのか、マオには興味深い内容だったらしい。ポケットからメモ帳を取りだして、しきりに何かを書きつけていた。彼女の緑色の瞳がまるで宝石みたいにきらきらしていたのを見るに、きっと良いアイデアが浮かんだのだろう。
 マオの想いがこもったスペシャル定食が美味しいのはもちろんだけど、こうしてハウやルガルガンたちと一緒に食卓を囲んでいることが、きっと何よりの隠し味なんだろうな。そんなことをぼんやり感じながら、ヨウは幸福を舌に溶かした。

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