第69話 再び、ここから

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ......時間は、少し前へ遡る。




 ──ちりりん、ちりりん。

 「んにゃあ......」

 早朝の霧深い森の中で、アカガネの家の呼び鈴が突然鳴った。

 「......んー、何さこんな朝早く......」

 藁布団の魔力の虜だったアカガネだったが、なんとか寝床から抜け出す。 毛布を被ったまま、彼女はのそのそと玄関に向かい歩いていった。 布団をマントに見立てれば魔女のようだとも言えるけれど、こんなやる気もなく眠そうな魔女が物語で描かれたことは今までにあったろうか。
 眠さゆえにドアノブがつかめず何度か手を宙に泳がせた後、まどろんだ目のままゆっくり玄関を開ける。 こんな朝早くに来客などあり得ない。 どうせ郵便に紛れてやってくる怪しいセールスに違いない......。
 
 「だあれ〜、セールスはお断り......」
 「アカガネさん」

 ところが、自分の名を呼ぶのは、芯の通った子供の声。 怪しいセールスにありがちなねちっこい声ではない。 というか、つい前聞いたような。
 アカガネは改めて目を擦り訪問者を見やる。すると、「えっ」と間の抜けた声が漏れる。



 「ユズちゃん、なんで......?」

 そこに立っていた小さなチコリータは、ぺこりと一礼をして苦笑した。

 「おはようございます。 ......朝から、すいません」












 「はい紅茶」
 「すいません、昨日の今日なのに」
 「気にしないで、どうせ朝食で飲むつもりだったし」

 昨日と同じように2匹はテーブルにつく。 日が昇りきっていないために部屋は若干青みがかっている。 紅茶の湯気を前にして、アカガネは問うた。

 「......キラリちゃんには言ってきたの?」
 「はい。 ......散歩に行くって」
 「散歩でわざわざここにってことは......まあ、なんかあるよね」
 「......そう、ですね」

 ユズが俯く。 何か、後ろめたいところでもあるのだろうか。 アカガネは穏やかな表情で語りかける。

 「何か悩み事?」
 「はい」
 「どうしたの? 役所関連?」
 「それもそうなんですけど......あの」
 「別に遠慮しなくていいよ。 レオンちゃんあたしには結構酷いし、正直無理難題は慣れてるもん」
 「......」

 一呼吸したのちに、ユズは続ける。

 「......唐突なんですけど、アカガネさんの夢って、なんだったんですか?」
 「あたし? そうねぇ......まあ文字通りだけど、こういう森とかでさ、自給自足して静かに楽しく暮らしたかったんだよね。 元々ポケモンとの付き合い得意じゃないし、オニユリタウンも都会だし、両親は言ってしまうとうざったらしいし......喧騒から逃れた自由な生活、してみたいなって思って」
 「自由な......」
 「ま、レオンちゃんには迷惑かけたけどね......勝手に振り回しちゃってさ」

 アカガネは一瞬心残りがありそうな顔をするが、ユズが「え?」と問い直す前にその表情は消えてしまった。
 そして、彼女はそのまま続ける。 核心に迫る言葉を、いきなりぶつける。

 「聞かれたから敢えてこっちも聞くね。 ユズちゃんの夢って、なあに?」
 「アカガネさん勘いいなぁ......えっと」

 少し躊躇った後に返ってきたのは。

 「──それが、無いんです」

 それはとても、飾り気のないシンプルな一言だった。










 アカガネは少し面食らった表情になる。 まさか何の補足もなく無いと言われるとは思っていなかったのだ。
 ......子供には、やっぱりキラキラした夢を持ってほしいもの。 そんな軽々しく言っていい言葉ではないと感じ、彼女はしどろもどろで道を見出そうとする。

 「......ほんとにちっちゃい頃に、とかはない? お姫様とかそういうのでもいいんだよ?」
 「私、ちょっとぼんやりした子供で、あんまりそういうことを考えていなくて......。
 魔狼の件も、スクールに入学してすぐだったし」
 
 ユズは苦笑いをするが、その笑いにはどこか中身が無いような。 ......人間時代のことを話す時は、いつもより顔が虚ろなような。
 これは多分、ただごとではない。 そうアカガネは察する。

 「......本当に余裕なかったの?」

 恐る恐る彼女は聞くが、ユズは迷わず頷く。 ......迷いなく頷くべき話題は、本来こんなところじゃないだろうに。

 「はい。 何せ、毎日ずっと怖くて......将来のこと考えてみようって授業はあったんですけど、そのたびに魔狼のことがよぎって。 『将来』なんてほんとに来るのかって思いがどんどん強くなっていって、適当なことしか書けなくて」

 言いながらユズは思い出していく。 学校で、夢について文を書けと言われた日のことを。








 『俺ポケモンリーグのチャンピオンになりたい!』
 『私はジョーイさんかなぁ〜』
 『ポケモン博士とかも楽しそうだよなぁ、毎日ポケモンと触れ合えるし!』
 『みんな夢いっぱいだなぁ〜、ねえノバラは!?』
 『えっ、私?』

 周りが笑って自分の夢を高らかに唱える中、聞かれたところで即答なんて出来なかった。 何か夢見たところで、魔狼はいつか自分を蝕む。 内側から、自分自身の何かを変えていってしまう。 そんな心配が強すぎるあまり、未来なんて思考出来なかった。

 『......まあ、私は追々かな』

 いつも、ユイに対しても、そんな適当な言葉ではぐらかしていた。 追々なんて言うけれど、考える気自体も湧かなかった。


 ......今思えば、そんな考えすらも心が魔狼に蝕まれている証拠だったのだろうけれど。







 「──私」

 ユズは自分の前足を見やる。 それを通して、自分の心を見つめるかのように。
 多分そこにあるのは、例えるならばただの透明な箱。

 そう、本格的な症状は誘拐事件の直前になってからでも、幼い頃から蝕まれてはいたのだ。 ずっと、気付かぬうちに心を喰われていた。
 ──だって。

 「空っぽなのかもしれません。 もしくは、魔狼に既に心を殺されているのかもしれません。 現に、2回私は呑まれてます。 擬似的な人格......なんてものもあるかもしれない。 そんなことを考えてしまうぐらい、自分を保てるものが薄いんです」
 
 キラキラした感情も抱けないまま育って、のらりくらりと生きてきて。
 ......そんな者が、果たして確固たる自分像を形成できるんだろうか。 この困難に未だ打ち勝てたこともないのに。 寧ろ負けてばかりなのに。

 「......それで?」

 アカガネが結論を迫る。 ユズは若干言いづらそうにした後、もどかしい様子で続けた。

 「キラリには、真っ直ぐな夢がある」
 
 ......そんなユズの心の中には、キラリの存在があった。

 「だから私は応援したいと思ったし、これからもそうしたい。 ......だったら、逆も然りですよね。 何も無い人間を、余所者を、本当にみんなは背負ってしまうんでしょうか。 本当は私がやらなきゃいけない話なのに、またみんなに頼らなきゃいけない。 ......そうやってユイも兄さんも、私の側からいなくなったのに?
 情けないですよね、優柔不断だし、弱いし」
 
 今思えば、ユズはキラリほど純粋に夢を追う子には出会ったことはなかったのだ。 ユイですらそこの辺りはだいぶ適当だったから。 キラキラした笑顔で夢を語る健気な姿は、眩しすぎる。

 「......アカガネさん。 夢を持つポケモンが好きだというのなら」
 
 ──眩しすぎて、自分が惨めになる。

 「アカガネさんは、今の私が嫌いですか?」
 











 アカガネの目には、ユズの姿はどう映っていたのだろうか。
 頭に過ぎるのはいつも若者を支えている自分の相棒の姿。 正直、あのようなかっこいい事は言えないというのは火を見るよりも明らかだ。
 でも今は彼はいない。 ポケモンとの関わりから逃げてきたツケが、遂に回ってきたのかもしれない。

 「ユズちゃん」

 ひとまず名前だけは呼ぶ。 後は、アドリブでどうにかするしかない。 自分の勘に頼るしかない。

 「今はわかんなくていい。 流してくれていい。
 でも、でもね。 『実感した時』には、もう一度思い出して欲しいの」
 「......?」

 怪訝そうな顔を浮かべるユズ。 アカガネは自分の直感を頼りに続けた。

 「あなた、本当はそんな子じゃないでしょ?」
 「えっ」
 「きっともっと頑固でしょ? 確かに大人しくはあると思うけど、今みたいに萎縮してる子じゃないでしょ?」
 「なんでそんな......」
 「顔見ればわかる。 ......ユズちゃん、やっぱギャップとかあるんじゃない? 人間としての自分と、ポケモンとしての自分と。 多分頼るのきつい理由それもあるんじゃない? 色々自分も変わってるだろうに、本当に今まで通り頼っていいのって。
 多分、ポケモンとしてのあなたは凄い純粋だよ。 何も汚れなんてない、綺麗な蒸留水みたい」

 そう彼女が言うや否や、ユズの表情が更に強ばる。
 予想通りだ。  そう思ったアカガネはそのまま彼女に迫る。
 
 「おっ、図星?」
 「......はい」
 「どうしてそのギャップが嫌なの?」
 「それは......」

 ユズはすんでのところで声が出なくなる。
 元々、そう抱える事も多くはないだろう悩みだ。 急にポケモンの性格が変貌するなんて事は多くは起こらない。 というより、本来そうなるような悲しい出来事は起こってほしくはないものである。 ユズが抱えているのは、そういう類の悩みなのだ。 出会って2日目のポケモンに言いにくいのは当然だし、でもだからといって他のポケモンに言えるわけでもないだろう。 そうでなければ、朝からこんな森まで来ない。 言えなくたって仕方ない。

 「無理なら良いよ。 ごめんね」
 「......ごめんなさい」
 「急に聞いたあたしがあれなんだって......むぅ」

 少し悪手だったとアカガネは軽く後悔する。 こういう湿っぽい空気は、どうしたらいいのか分からなくなる。 そして彼女も大人ではあるから、無責任に多くのアドバイスをあげられるわけではないことも知っている。
 ......でも、だからといって、自分の本音を封印すべきなのだろうか。
 いや多分違う。 少しずつでも言うべきだ。 アカガネはそう考えて、

 「......別にいいと思うけどなぁ」

 疑問そうな顔で、そう呟く。

 「ちょっと汚れてるぐらいでもいいんじゃない? 沢の水だってそうじゃない。 綺麗なように見えるけど、実はそのまま飲みこめるようなものじゃないじゃん。 水の大陸とかなら話は変わるのは別にして。 あと、絶対みんなもそれ承知してるはずだし。
 ......そうじゃん、ユズちゃん水じゃん。 色々な顔を持ってるし、なろうと思えばなんにでもなれる。 透明だから何色にでも染まれる」
 「水?」
 「水。 ......思わない?」

 ユズは一瞬考える。 そういえば夢で草原ならぬ水原なら見たのだけれど。 空色を映し出した水はどこか自分自身のスカーフにも共通点を覚える......だが。

 「......でも私、草タイプですよ? 水なら兄さんとか、なんならレオンさんとか」
 「えーー。 レオンちゃんは水じゃない。 絶対違う」
 「断言できちゃうものですか?」
 「だったらあたしじゅって消えちゃうじゃん。 それはもう音立ててじゅって」
 「......はは」

 ユズがくすりと笑みをこぼす。 ずっと遠慮しがちなようだった顔が、やっと年相応の柔らかいものへと変わった。 それを見たアカガネは明るい声で、

 「笑えるじゃん。 それでいいんだよ」

 そう言ってにんまり笑う。 ユズはハッとして口を抑えるが、それもアカガネは可愛いなぁという様子で見つめる。

 「ははは、気負いすぎずゆっくりでいいよ。 色々あったとはいえ、違う世界に来るなんてまたとない経験だよ? 自分探しにはぴったりよ。 寧ろこの状況利用しちゃえばいいよ」
 「利用?」

 アカガネはうんうんと頷いた。

 「そ。 真剣なところは真剣に、楽しいところはおちゃらけて。 あなたはそれが出来る。 そういう特権がある。 周りから見て泥臭くたっていいんだし、頼りたいなら頼っていい。 貪欲に生きなさい。 いつまでも、綺麗なだけの御伽噺のお姫様ではいられないんだから。
 ......どう? 納得できそう?」
 「正直、あんまり」
 「まあそうだよねぇ。 まあすぐわかるでしょ」
 「どうしてそう思うんですか?」
 「勘! かっこ悪いかもだけど、そんなもんだよ。 そろそろ時間かな......? いこっか」
 「......はい」

 アカガネはテキパキと紅茶のカップを洗い、掃除やらなんやらの準備を進める。 当然、ユズも少しは手伝うのだが。

 (......わかるのかな、いずれ)

 未だ彼女の真意を実感として掴めないまま、集合時間だけが着々と近づいてきていた。
 

 




 



 ──そして、今。 この場で、ユズは立っている。
 そしてその横に立つのは、何が何でもついて行く気満々の友達。 心配事もぶっ壊していきそうな勢いで、大人に声を荒らげた友達。




 







 アカガネの方を見た後、ユズはうつむく。 「泣いたところで」なんて声が吐き捨てられたけれど、動じない。 なぜなら、事実と違うものに動揺する理由はないんだから。 確かにさっきは泣きかけたけども、今はもう平気だった。

 「......はは」

 ここまで来ると、自分の思う常識がいとも簡単に破られるのに、最早笑みすらもこぼれ出る。
 
 ああ、本当に。 考えてみればそうじゃないか。 彼女らは端から見れば変わり者だろう。
 ......わかっているくせに、面倒なことだって。
 もうあんな素直な姿ではいられないのに。
 こんな重荷を、一緒に背負うなんて。
 この、お人好しめ。

 「みんな、お人好しだなぁ......」

 ヒサメに問い返したくてたまらない。 なんで、あんなにこの世界を嫌うのか。 どうしようもない存在がいたことだって事実ではあるけれど。

 自分を光の方に連れ戻してくれた、優しいポケモンだっていたというのに。









 「ユズ?」

 ユズの変化に真っ先に気づいたのはキラリだった。 目をこすりながら、心配そうな顔で見つめてくる。
 そういえば、キラリがユズに対して迷惑そうな顔をするようなことは、今まで一度もなかったような。
 
 「キラリ、ありがとう。 ......あとは大丈夫」

 ユズはそう言うと同時に、落ち着けと、心の中で自分に語りかける。
 心はやけに静かだった。 丁度、あの夢の水原みたいに。 きっと、それは悪いものではない。 魔狼が横槍を入れることは、今はない。



 ......大丈夫。 みんなが沢山、これまでも助けてくれていたのだ。 今はそれを信じるしかない。 これが終わったら、自分でちゃんと聞いてみよう。 話は多分そこからだ。
 だから今は怯えることなどない。
 魔狼に頼らず、「自分自身」の力で、自分だからこその力で。

 (いくぞ、私)

 水は変幻自在。 涼しいせせらぎも生むが、物を突き破れる潜在性も秘めている。
 ......だったら、残酷な未来など、見事に潰してみせようじゃないか。
 



 

 





 ユズがもう一歩前に出る。 全員の顔が彼女の方に向けられるが、彼女はもう怯えない。

 「1つ、発言したいことがあります」

 いつものユズの声よりも、少しトーンが低い。 キラリはそんな彼女をただただ腫れた目で見つめていた。

 「なんだね?」
 「兄さん......いや、今回の事件の首謀者についてです」
 「今更話したところで」
 「待て」

 横槍を制止したのはバクオングだった。 さっきまではこちらへの疑念に溢れている様子だったのに、なぜ? そうユズは軽く警戒したが、彼は真顔のまま話し続ける。

 「ここで止めたら、せっかく彼女を呼んだ意味がないだろう。 話す意思があるなら、まずは聞いてやるべきだ。 ......失礼。 続けてくれ」
 
 その言葉から、ユズは1つ彼の変化を感じ取る。 真顔なのは変わらないものの、声の感じが少し柔らかくなったような。 単純に聞きたいのか、最後の足掻きぐらいはとでも思っているのかはわからないのだけれど。

 「......ありがとうございます」

 彼の厚意に一礼し、ユズはまた全体の方に向き直る。

 「私が暴走した時の彼の言葉、レオンさん達から一部始終は聞きました。 彼は他の人間の苦しみも終わらせるとか、大義名分をベラベラと話していたんです。記憶は曖昧なんですけど、私をポケモン世界に連れて行く時もそんなことを言っていました。 ですが、実態は違うと言っていい」
 「じゃあ何だと言うんだ」
 「......これは恐らくなんですけど、私のためです」

 キラリ達含め、全員の目が見開かれる。

 「これは、私が魔狼を身に宿したことで起こった悲劇への報復です。 他の人間は、きっとおまけに過ぎないでしょう。 行動を正当化するための道具に過ぎないでしょう。
 言ってしまえば、今回の件は私という人間が原因となり、それに過剰な憎悪を抱いた人間が引き起こした......いわば、人災というものなんです」

 場が一気にざわつく。 当然、キラリ達の表情も各々驚きに染まった。 なるべくケイジュ達に責任を投げるよう警告されたにも関わらず、元は自分のせいだと真っ直ぐな声で言ってのける。
 
 「......じゃあやっぱり、全部図星ってことか?」

 放たれた1つの波紋が、更に騒めきを大きくした。 「だから言わんこっちゃない」というレオンの小声をキラリは聞くが、不思議と彼女の中に心配感は無かった。
 これもきっと、ユズの策なのだろう。 キラリはそう信じてただ待つ。

 「自分の命も惜しまず、よくそんなことが言えるものだな」
 「おっしゃる通りです。 ですがよく考えてみてください。 彼は私が原因であんなことをしでかそうとしているんです」
 
 ユズは強気な姿勢を崩さない。 今までは質問に答えることしかできなかったが、やっと自発的に発言できるのだ。 ここでへばる訳にはいかなかった。
 
 (兄さん、ごめんなさい)

 そう心の中で唱える。 ......例え黒幕といえど、彼女にとっては頼れる兄のような存在なのに変わりはないのだ。 彼を思い切り利用することになってしまうが、彼だって自分の事を利用しようとしたのだ。 他の方法もあったろうに、無理矢理記憶も呼び覚まして。
 ......正直な話、ユズも大分それには怒っている。
 
 「もしもですよ、私がここで耐えきれず自害するとしましょう。 もしくは、あなた達が私を地下にでも閉じ込めるとしましょう。 そうすれば魔狼の脅威は確かに薄れるはずです。 ですが、だからと言って彼が人間世界に放逐されるわけじゃない。
 逆に、更に彼の憎悪を煽ることに繋がってくるんじゃないですか? 私を消したこの世界が憎いってね」

 キラリははっとし改めて考える。 ......確かに、彼の言葉は「ポケモン世界がユズを殺す」というニュアンスのものばかりだったような。
 それがもし現実となってしまったなら、彼はどう動くのだろうか。 寧ろ、彼が自分の行動を更に正当化する要素を得るだけなんじゃないのか?
 もしもそうなったのなら、本当に彼は容赦しないだろう。 そしてもう歯止めが効かなくなるだろう。 少なくとも、この世界で彼を止められるのはきっとユズだけだろうから。
 
 「私は彼の底知れなさを知っています。 彼は温厚な人ですが、所々でひやりと恐怖を感じる場面もありました。 彼はきっと、私が死んだところで止まらない。 寧ろ加速してしまう。 ......私を殺しても、禍根は消えないはずなんです。
 それに、魔狼が本当に消えるかも正直分からないんです。 危険だからこそ、私の中に収めておいた方が安全かもしれませんよ? 裏切る気なんて毛頭ない。 催眠術で真意を吐かせようとしても構いませんよ」

 ......会議の雰囲気が大きく変わる。 多くのポケモンがユズの言葉に対して不安を抱き始めた。 隣のポケモンと一緒に考え込む者もいた。 脅威を利用しようとするポケモンと、脅威を抱えながらこちらに味方してくれると語るポケモン。 どちらにより焦点を当てるかということに彼らの思考のハンドルは切られる。

 「もう1つ!」

 ここからが本番。 昨日得た事実をフル活用する。 あの後、ユズは必死に考えたのだ。 だから眠れなかったというのもある。
 ユズはアカガネの方をちらりと振り向き、その思考の成果を披露する。

 「......アカガネさんが、魔狼について1つ教えてくれたんです。 外部は負の感情で包まれているけれど、中身は空っぽだって。
 それ、私と少し似ているんです。 私には何も無かった。 夢なんて持ってないし、得意なこともないし、夢中になれるような趣味も持ってなかった。 ......何か、意味があるかもしれないんです。 この世界で私が何か光るものを見つけられれば、状況も変わるかもしれない!」
 
 キラリはユズを尊敬の目で見つめていた。 ユズの堂々とした姿はとても眩しく思え、目の前がどこかチカチカもした。 何もないなんて事ないじゃないかという文句も生まれた。
 そして1つ考える。
 ユイが捕まった際に、誘拐犯に殴りかかろうとした時も。 ユイに逃げる手段について切り出した時も。
 黒曜の岩場で励ましてくれた時も、遠征の時に咄嗟の判断で村から退いた時も。 しょうもないものだと、望みとは裏腹にキラリの兄が依頼書でやっほいしていたことによるキラリの爆発をモモンで防いだ時も。
 普段自分の意思をあまり出さない分、いざ勇気を出せた時の彼女の行動力は、よくも悪くも高いのだ。

 それがきっと、『ノバラ』という人間。 ユズの、欠くことのできないもう1つの面。


 「......お願いです。 探検隊として、この危機に立ち向かわせてください。 私はこの世界が好きなんです。 自然が豊かで、謎が沢山あって、多くの出会いのあるこの世界が! 大好きな存在がいる、この世界が!」

 『この場所はいいところですね。』 これは、知らない場所に来た者が地元民に対して真っ先に使うであろう常套句。 外目だけに囚われ中身を考えていない場合がほとんどだ。
 だがユズは違う。 それは間違いない。 少なくとも、半年はこの世界と真正面から向き合ってきたのだ。 それは反論のしようのない事実だ。 それだけは文句を言わせない。 隣で世界を見てきた存在がここにいるんだから。
 キラリはこくりと1つ頷く。
 やはり、「彼女」は「彼女」なのだと再確認する。
 共に戦いたいと思える、相棒であり、友達なのだと。

 「尻拭いを求められているのはハナからわかっています。 これは元々私の問題です。 私の戦いです。 だからここで自由を縛られて何もしないなんてまっぴらごめんなんです。 なんとしてでも私が」
 「私達が!」

 言葉の途中で訂正が覆いかぶさる。 当然その声の主はキラリだ。 彼女は1歩踏み出て「でしょ?」と悪戯な笑みを見せる。 ユズは全員の顔を見るが、そこに否定の意思などなく。 決意のこもった表情で、それぞれが頷く。
 ユズは一瞬目を閉じ微笑んだ。 ......助け求めて良いかなんてもう一度聞く必要、本当にあるのだろうか。 一応聞くけれど。

 「......そうだったね」

 ひとりじゃない。 後ろには、味方がいる。 今も、きっと未来も、変わらない。
 その事実の大きさを噛み締め、ユズは高らかに叫んだ。

 「失礼しました。 ......私達が、兄さんを止めてみせます!!」


 

















 「......無罪放免って、とこかな」

 そこから少し時間が流れ、会議室のドアが閉まる音。 会話の喧騒も消え静かになったと同時に、ユズとキラリとレオンが大きく息をつく。 あの後も少々面倒くさい場面もあったものの根性でなんとかやり過ごし、結果的に今は結論を急ぐべきではないということになった。 要するに、バックアップを得るとまではいけなかったものの、ユズの身体的自由という最低限必要だったものは確保したことになる。
 もっとも、これからの状況で十分変わってくるだろうから、手放しで喜べるわけではないのだが。

 「でもよかったぁ......正直ヒヤヒヤしたもん」
 「まあでも、どうにかなったしいいんじゃない? ありがとうねキラリちゃん、怒ってくれて。 あれで状況一気に変わったし、あたしもざまあみやがれって気持ちになれたし」
 「......まあ気持ちはわからんでもないかな」

 レオン達が軽い雑談をし歩く中、ユズだけが急にその場に立ち止まる。 キラリが軽く振り向いた直後だった。


 「......みんな、頼みがあります」


 神妙なユズの声に全員が足を止める。 彼女はまっすぐな目で、全員の顔を見ていた。
 ──そう、今はあの日とは違う。よく考えもせず、ヒサメの顔もまともに見ず、手だけいたずらに伸ばしてつかむだけだったあの日とは違う。

 「これから多分、みんなを本当に大変なことに巻き込みます。 兄さんがどうしてくるかもわからないし、正直未知数です。 本来なら、私だけで戦うべきだった。 だけど、それはこんなちっぽけな奴じゃ難しそうだから」

 全てを精算するための戦い。 自力だけでは勝てないとしても、共にみんなと走って行けるように。 しっかり立って、前を見据えて。
 

 「......兄さんを、止めたいんです。 もう誰も失いたくないんです。
 お願いです。 私を助けてください」











 「......当然!」
 「分かってる」
 
 キラリとレオンの声に、ユズは顔を上げる。 全員、首を横に振ることはなかった。 安堵すると同時に、ユズは少し心配そうに言う。 念押ししたって、どうせあなた達は来るんだろう? そんな信頼も声に乗せる。

 「後悔、しないでくださいね」

 ......しかしその言葉に、イリータが露骨に嫌そうな顔を浮かべた。 ずんずんと彼女はユズに近づき、ジト目でユズの弱々しい顔を覗く。
 
 「はあ? 誰が後悔するとでも? ここにいるポケモン達、少なくとも貴方よりは図太いわよ」
 「確かにそうかも。 勝手に後悔するの、ユズの方がありそう」
 「寧ろ、これからの事より貴様の頼りない姿に嫌気がさすくらいだ」
 「うっっ」

 正論3連撃にユズは思わず軽くのけぞってしまう。 確かに自分だけが本気でこの件で悩んでたというのは当たりなんだけれども。 イリータは1つ深めのため息をつき、踵を返す。

 「そんなこと言うなら、貴方も後悔させないくらいには強くなりなさいよ。 今日ちゃんと出来たくせにぶれたら許さない。 これからもライバルなのには変わりないんだから」
 「......努力はするね」

 イリータの圧に気落とされたか、まだまだ難しそうなのか、へにゃりと苦笑するユズ。 でも、そのやりとりを見るアカガネの顔はどこか安心しているようだった。

 (よかったねぇ、ユズちゃん)

 ユズの顔に浮かんでいた重いもやは、さっぱりとはいえずとも晴れてきている。
 アカガネの夕焼け色の目に映ったのは、そんな少女の姿だった。
















 「すっかり夜になっちゃったね」
 「うん......まあ作り置きはあるからいいか」
 「そういやなんか作ってた! 凄いなぁ」
 「親がやってたのを見よう見真似で、ね」
 「ほおう......」

 ユズとキラリはレオン達と別れ、ゆっくり家へと歩き出す。 日はもう既に暮れていて、星達がその顔を出していた。 夜空は澄み渡っていて、夏よりも星がよく見える。 青い一等星はいつもよりどこか清々しく見える。

 ユズはキラリの後を追うが、キラリの後ろ姿が心なしか大きいような。 夜空とそよ風。 何度も帰り道に見てきた光景。 でも、どこか今までとは違った。 彼女の夢いっぱいな純粋さは変わらない。 でも、でも。

 (......キラリ、変わったな)

 キラリのポケ見知り気質はユズも元々承知していた。 昔よりよくなったと春にレオンから聞いてはいたものの、やはりその顔は色々な場面で顔を出していたのだ。 役所で手続きしたり、別の大人の探検隊に話しかけられたりする時に。 だけど今回はそれが無かった。 寧ろ、声を荒らげてまでフォローに回ってくれた。
 知らないうちに、どうしてそこまで。

 「ねぇユズ」
 「えっ......何?」

 物思いに耽っていた中、キラリの声が唐突に届く。

 「言えてなかったことあって......言っていい?」
 「え?」
 「おじいちゃんにやられて倒れてた時のこと。 あの時、私おじいちゃんに指摘されちゃって......このまま無闇に夢追っても、未来なんて無いんだなって思っちゃって。
 だから、ちょっと自分の夢について考え直したいんだけど......中々、どうしたもんかなってなっちゃって。
 これすっごいかっこ悪いんだけど......その、ユズは一生懸命色々向き合おうとしてたのに、置いてかれちゃったのかなってなっちゃって。 記憶取り戻したユズにとっては、私って少し頼りなくなっちゃったのかなって。 言葉じゃ全然何も言ってくれないし」
 「......あっ、だからアカガネさんが聞いた時自信無さそうだったの?」
 「うん。 ......勘付かれてた!?」
 「そりゃそうだよ。 なんか前と違ったもん」

 ユズはじとーとした目でキラリを見つめる。 キラリは「そっかぁ......」と頭を掻いて、1つ伸びをした。 そして、ユズからもまた声も漏れる。

 「......そうなのか、キラリが」
 「ん?」
 「ごめんキラリ。 確かに悩んではいた。 でも、ちょっとどうしても言えなくて、だけどそれはキラリが頼りないからとかそんなんじゃなくて......えっと」
 「えっ、じゃあ何!?」

 キラリは首をかしげるばかり。 このままだと心のもやが溜まっていってしまう。 ユズは深呼吸して、アカガネにも言えなかった思いを吐き出す。
 どうして言えなかったというと......。

 「どうしようもないんだけど......嫌われるの、嫌で」
 「えっなんで、そんな事?」
 「前ならそう言えたんだけど......いざ自分がなるとなって。 前のキラリの二の舞みたいになっちゃったから更に言いづらくて。 私もう、あんな朗らかではいられないから」
 「別にいいよう。 今のユズも私好きだよ? なんかかっこよくなった」
 「かっこよくはないよ......」
 「かっこいいって! さっきとか凄かったし!」
 「かっこいいのはキラリだよ。 キラリの言葉無かったら動けなかった。
 ......ちなみに言えなかった理由、もう1個あってね」

 そう。 どうしても言う勇気が出なかったこと。 悲しさとはまた違う負の感情が渦巻いたこと。 キラリのような優しく元気な子に言うには、憚られると思ったこと。 アカガネには軽く話したけれど、一番大事なところは言えていない。

 ──でも、まさか悩みが揃ってしまうとは。


 「私も実はそう。 大事なこと言うと......置いて行かれたような、気がしてたの。 私、夢も目標も何も無いし、ただこの世界に生きてるってだけで。 でもキラリは自分の未来を真っ直ぐ切り開こうとしてるって。
 そう思うと、申し訳なくなった。 隣で本当に歩いて良いのかって気持ちになった。 だから、思い切り寄り掛かることも出来なかった」

 互いを尊敬しすぎている。 その言葉は、ちょうど梅雨にレオンにも言われたことでもある。 でもやっぱり難しい。 互いに経験したことのない事態が同時に起きたのもあって、その前提も崩れかけてきていたのだ。

 「......そっか。 同じだね、今の私達」
 「不思議だなぁ、キラリがそこで迷うとは思わなかった」
 「私だって思わなかったよ!」

 互いにくすりと笑い合う。 そんなこんなで家の前まで来てしまった。 キラリが鍵を取り出そうとしたところで、ふと何か思い出したような顔をする。

 「そういや、ここら辺でユズのポケ陰見たんだよ。 あの時はなんだろうって思ったんだけだけど......。 もう、半年も経つんだ」
 「半年! そうだね......」

 昔を思い出すお婆さんではないが、今思えばあっという間であったような。 パンパンの果実のように、短い間に色々なものが詰まっていたような。 春から秋の、季節の流れの中に。

 「......色々あったね、半年」
 「イリータ達に会ったり」
 「遠征行ったら殺されかけたり」
 「虹色の水晶見つけたり」
 「キラリのお兄さんから謎の依頼きたり」
 「ケイジュさんが黒幕だったり」
 「私の記憶が戻ってきたり」
 「私は役所のポケモンに怒っちゃったり」
 「色々あったけど......お互い変わったけど」
 「でも」

 ......2匹は互いの記憶を辿る。 そこには沢山の出会いがあって、沢山の困難があって。
 そして今。 未だ大きな難題を抱えながらも、2匹はここに立っている。
 多くの変わったことを引っ提げて。 ......そしてまた、変わらないことも引っ提げて。

 「だからこそ、きっともっと強くなれるし」
 「変わらないものも、すっごい大事になるよね! 友情とか!」
 「またベタなものを......」
 「えーいいじゃん! 駄目!?」
 「あはは......冗談。 駄目じゃないよ。 ......キラリらしいな」

 1つの壁は越えたのだ。 だったらもう、地に足をつけて、ずんずん進む他はない。

 「......よーーし!! もやもや晴れた!!」

 くるりと振り向くキラリの顔は、いつもの優しい元気な笑顔。 ......変わったことといえば、星明かりに照らされたそれから、少し強気さも感じられることだろうか。

 「ユズ、こっから頑張ろう! 私達で!」
 「......うん! 沢山探検しよう! 真実だって見つけよう!」
 「そうこなくっちゃ!」

 ──そして、その強気な目つきは、ユズの顔にも。

 キラリが右手を差し出し、ユズもそれに応え右前足を差し出す。 2つの手が軽くぶつかり、それと同時に2匹は言う。

 「探検隊ソレイユ......!」
 「再始動、だね!」

 どこか吹っ切れたその顔は、新たな始まりを予感させるようだった。



 ──2匹がゴールとしたのは、太陽のような探検隊。 その答えはきっと、まだ遠い。























 場所は変わり、3匹衆のいる屋敷の中。 ラケナがまったり新聞を読んでいると。

 「じじい」
 
 ラケナはその声にがばっと振り向く。 同じ屋敷にいれども、ずっと書庫に籠っていたポケモンの声はどこか新鮮なようだった。

 「フィニか、どうしたんじゃ? ずっと籠もってたからワシ軽く心配だったんじゃが」
 「......別に。 ヨヒラは?」
 「ヨヒラちゃんは外で変身の練習中じゃよ。 寝てたから鈍ったって言ってのう。 難儀じゃのあの子も」
 「ふーん」

 フィニは窓の外を見やる。 外ではヨヒラが変身の練習を繰り返していた。 何度も息を切らしながら、ちゃんと正しい姿になれるように汗を流し続ける。 まるで、自分の本来の姿を拒むように、何度も。

 「......鈍ったら上手くできないくらいなら、どうしてずっとピカチュウの姿を保ってるんだか」
 
 フィニが素朴な疑問を口にする。 ラケナもこれは分からないのか、横に首を振って「さあ」と答えるだけであった。
 そういえば、1番今重要なのは。

 「そうだじじい、ケイジュさんは?」
 「だからじじい呼びはやめんか......おらんよ、今は」
 「は? あのチコリータ狙ってるとか?」
 「少し違う。 多分お主が世界中探しても今は見つけられんぞ、諦めろ。 急にどうしたんじゃ?」
 「ちょっと話したかったんだけど......しゃーねぇ。 なぁ、じゃあ俺達はどうすればいい?」
 「好きに暴れといてもいいと思うぞい? お主があの子を味方につけさせれば、奴も喜ぶじゃろうし」

 フィニがその言葉に反応する。 浮かぶのは魔狼に呑まれた彼女の姿。 それを見るケイジュの顔はどんなものだっただろうか。 少しだけ、「喜ぶ」という言葉にはずれがあるような。

 「ほんとに、喜ぶのか?」

 ラケナはあっけらかんとした顔で、また首を横に振る。
 
 「さあ?」
 「......それしか言わねぇな。 もういい」

 フィニはさっさと立ち去ろうとするが、ラケナはそこに言葉を付け足した。
 
 「......どうなんじゃのう。 本当に。 奴ももうなりふり構ってはられんのじゃろう。 焦りは、あるじゃろうな」
 「そうなのか?」
 「何を言うんじゃ。 無論、我らもじゃろ? フィニ」

 フィニは軽く自分の爪を見下ろす。 握ろうとすると、きしりと鈍い音が鳴った。 ただ、それだけ。 その鋭い手を握ってくれる者も、もういない。
 何か変わったのだろうか。 この時間の中で、自分は。 世界を壊すのに本気になれるぐらい、狂うことはできているのだろうか。

 「ふん」

 それだけ言って、フィニは部屋を後にした。 ラケナの「つれないのう」という寂しげな声も無視して、ずんずん進み続けた。
 これからどうするのかなんて、分からない。 ただ、今は1匹になりたかった。


 「......俺は」

 


 どうかしている。 こんな事を考えるなんて。 あいつはもういないのに。
 
 ......奴さえ潰せば。 全て壊そうとすれば、何か変わってくれるのだろうか?
 全部、終わりにできるだろうか?

 なあ、──?

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