【第014話】Discover

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読了時間目安:15分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 霞が関、警視庁本庁舎。
感染獣対策部会議。

 4名の職員が招集され、先週の豊洲市場の炎上事件についての話題を取り上げていた。
「……以上のことから、獣化した一般市民97体。契獣者1名とそのポケモン1体を殺処分いたしました。うち、契獣者・火ノ浦陽平の連れていたポケモンは完全な新種。ブーバーの進化系と推測されることから、コードネームを『ブーバーン』と仮称し、記録しました。」
淡々と手元の資料を読み上げ、昨日の事件を報告するのは魚川糸子。
昨日の現場にて最も積極的に後処理にあたった職員だ。
現在の獣対部でも最も成果を上げており、今日までに葬ったポケモン・契獣者の数は3桁では収まらない。

「(火ノ浦さん……本当に……)」
その横で、先週の事件を思い出して顔色を悪くしていたのは鎌倉だ。
眼の前で命を落とした人物を目にしたことで、その行為の重さをより強く認識することになってしまったのである。
事実、彼女はこの数日間は食事も取れぬほど精神的に摩耗していた。

「うむ……夜行と思しき人物の活動が活発になっている以上、炎系のポケモンについては入念にデータを見ておいたほうが良いな。それに先日の豊洲の事件は些か規模が大きすぎた。そろそろメディアへの隠蔽も限界が来る……抜本的な根絶が急がれるな。」
提出された資料を眺めつつ、深刻な表情を浮かべる壮年の男性。
白衣に付けられた胸のプレートには『感染獣対策部 部長 宍戸白鹿ししどはくしか』と書かれている。
つまり彼こそが、獣対部の元締めだ。
宍戸はあの後様々な機関に圧力をかけるべく奔走していたためか、非常に疲弊した様子である。

「……んで、前回の報告から1か月開いたわけだが……何か報告はないのかね、麒麟寺副部長。」
そう言いつつ宍戸は、自分から見て右側の席に座っているTシャツの大男に話しかける。
ネームプレートに記載されている名前は『感染獣対策部 副部長 麒麟寺紅蓮きりんじぐれん』。
一見すると科学者ではなくボディービルダーのような外見だが、れっきとした獣対部のサブリーダーである。
「……いんや、めぼしい成果は掴めとらんわ。せいぜいそこの報告書に書いてあることが関の山じゃ。」
ため息交じりに返答する。

「……麒麟寺さん。お言葉だけど、1か月以上船橋の研究室に滞在しておいて、何の成果も得られていないというのは……些か怠慢がすぎるというものではないかしら。」
強く麒麟寺を睨みつけ、冷たい口調で語りかけるのは魚川。
一切の進展がないことに、苛立ちを覚えたのだろう。
現場で動く人間である彼女は尚更、上層部の後手な対応が癪に障ったのかもしれない。
「んなこと言ったってしょうがないじゃろ。科学探究っちゅーもんは常に博打じゃ。望んだ成果が出ることもあれば、箸にも棒にも掛からないこともある。」
「しかし、あまりに……」
「待ちたまえ魚川くん。無いものは仕方ないだろう。……麒麟寺くん、次はよりいっそう励むように。」
「………。」
やや不満そうな表情ではあるが、魚川は視線を正面に戻す。
宍戸もまた、厳しい表情で麒麟寺のほうを見つめていた。
彼女と宍戸……そして麒麟寺の間には、どうにも不穏な空気が流れていた。

「……兎も角、ここから先はより激しい戦いになるだろう。契獣者およびポケモンは、発見次第被害が出る前に殺処分を心がけるように。余裕があれば検体の採取もだ。以上。」
宍戸のその一言で、その日の会議は解散となった。
何も大きな進展がないまま……。



ーーーーー「はぁ……。」

 桜田門駅前の牛丼チェーン店、壁際の席にてため息をつく鎌倉。
ここ数日、ずっと彼女はこの調子だ。
『……おい鎌倉ァ、テメェ流石に少しは飯を食ったほうが良いぞォ。テメェ画素の調子だと、俺まで弱っちまう。』
後ろから透明化状態のストライクが囁くも、鎌倉は相変わらずため息で返事をする。
「すみません……わかってはいるんですけどね……。」
しかしやはり、火ノ浦の一件がよほど堪えているのだろう。

 ……彼女は思う。
ここまで彼女は、獣対部の責務から逃げるように……ポケモンたちの命を奪うことを避けてきた。
しかしこのままでは、獣対部の「人の生活を守る」職務を全うしているとはいえない。
だがその手を汚すことを、彼女の心が許してくれない。
それはただの甘えか、怯えか、はたまた最後の良心か。

 羽ばたき方を忘れた鳥は鳥ではない。
同じように、ポケモンを殺せない獣対部の人間に、果たして何の価値があるというのか。
自分は『獣対部』の名前を笠に、安全圏に居座っているだけの卑怯な人間ではないだろうか。
狐崎のように理不尽に抗って生きることもせず、魚川のように覚悟も決められず……此処に居る一体自分は何なのだろうか。

 そんな考えが、彼女の頭の中をずっと巡っていた。

「……。」
ずっと味噌汁のお椀を持ったまま固まっている彼女に、ついにストライクが痺れを切らした。
『……ったくよォ!!いつまでシケてやがんだテメェはッ!!悪いニュースばかりじゃねぇだろ!!?』

 そしてその声に続き、もう一つ大きな声が響く。
「そうじゃ鎌倉!せっかくの美人が台無しじゃぞ!!」
「……!?き、麒麟寺先生!?」
鎌倉が隣の席を見ると、いつの間にか無精髭の大男……麒麟寺が鎮座していた。

「ったく……牛丼屋で味噌汁だけ啜っとる奴が何処に居るんじゃ。ほれ、奢るから食え。」
そう言うと麒麟寺は、自分のトレイの上に乗っていた丼を鎌倉のテーブルに乗せる。

「……麒麟児先生、一体何故?」
「あ?まだ24の若いのが数日飲まず食わずなのはイカンからじゃ……」
「いえ、そうではなく……今日の会議ですよ!」
見上げるようにして、鎌倉は麒麟寺の顔を睨む。

「『めぼしい成果は掴めて無い』なんて嘘、どうして吐いたんですか!?あれだけの画期的な発見を、何故……!?」
『そうだ麒麟寺ィ……!!先週の船橋で俺らに教えたアレがあれば……!!』
ストライクと鎌倉は、同時に麒麟寺に迫っていく。
そのふたりを、麒麟寺は両手で宥めながら説得する。

「まぁまぁ……確かに、ワシの発見はポケモンの謎を解く重要な鍵じゃ。ポケモンの根本的な根絶も、あと数手まで差し迫っている。」
「では何故……!!」
「……ワシが信用してないからじゃ。獣対部をな。」
「………!?」
呆気にとられた鎌倉を横目に、麒麟寺は牛丼をかきこみ始める。
そして食べながら、器用に彼は喋り続けた。

「ワシはそもそも、ポケモンや契獣者を皆殺しにするのは断固反対じゃ。そりゃあ夜行のような凶悪犯がとっさに襲って来て正当防衛……とかなら話は別だろうがな。まぁ、その点で宍戸や魚川とは反りが合わんのじゃ。」
そう……獣対部も、死神の責務を無情に全うできる冷血漢ばかりというわけではない。
麒麟寺のような、良心的な者もまたいるのである。
「確かに、契獣者は時間の経過と共に思考が好戦的・暴力になる傾向はあるという予測は出ている。しかし、だからといって殺しまでせんでもなぁ。」
「……。」
牛丼を食べ終わった麒麟寺は、丼をトレイの上に置く。
そして、自分の瘤だらけの両手を見つめて呟く。

「若いモンには未来がある。奪う必要がない命なら、奪わなくてもいいんじゃ。」
「先生……。」
麒麟寺のその目は……まるで何かを思い出しているかのようだった。
「……まぁ、奴らにワシの成果を渡したら、何をしでかすかわからんからな。特に宍戸は、ワシが何を持ってきても渋い顔しかせんからの……」
実際、宍戸はかなり厳しい性格で有名だ。
しかしそれを加味しても尚、麒麟寺に対して当たりが強いのである。

「その点、お前はワシに考えが似ているから信頼できる。……お前だって、こんな生活もう辞めたいんじゃろ?殺すか殺されるかの生活を。」
「………。」
鎌倉は黙ったまま、強く頷く。
彼女は一刻もはやく……この生き地獄を終わらせたかった。

「よし……まずは飯を食え。そしたらワシの知り合いのところに連れて行ってやる。頼れる仲間になるはずじゃ。」
「っ、はい……!」
そして鎌倉は、数日ぶりのまともな食事を摂る。
麒麟寺の言う協力者とやらに、僅かな希望を抱きつつ……




ーーーーー「……まぁ、そういう経緯でロゼットに来たわけじゃな。」
テーブル席にてテキーラショットを片手に、笑い上戸で言う麒麟寺さん。

 その直下で、オニちゃんとストライクが睨み合っていることには気づいていないようだ。
『……何よ。わざわざ実体化する必要ないじゃないの。』
『……ンだよ。こっちだってたまには外の空気吸わねぇと体が鈍ンだよ。』
『酒が不味くなんのよ!その仏頂面で席に居座られると!』
『あ゛ぁ?テメェこそ暑苦しくて鬱陶しいんだよ、ちっとも休まりやしねぇ!!』

 その間に挟まるようにして、仲裁をするポケモンも居る。
『こらこら、余計な火花を散らすんじゃないよ。俺らはこれから手を取り合う仲だぜ。仲良く過ごそうや。』
目元まで白い体毛に覆われた、虎のようなオレンジ色のポケモンだ。
麒麟寺さんは「ガーディ」と呼んでいた。
彼の説得は効いたようで、互いにそっぽを向きつつも彼らがこれ以上口論に発展することもなくなった。

 ……まぁ、その一方で私の方を怪訝そうに見つめてくる女も居るわけだが。
注文したカシオレに一切手を付けず、鎌倉は私の方を睨んでいる。
流石にこの場で戦うつもりはなさそうだが……それでも、決して良い気はしない。

「というか鎌倉、ロゼットの奴らと知り合いだったんじゃな。」
「いや、先生こそ……まさか彼らが先生の知り合いだったとは。」
この麒麟寺さんという人は、獣対部の人のようだが……いかんせん、鎌倉のような殺気は一切感じられない。
寧ろ友好的すぎるくらいだ。
……まぁ、比較対象の鎌倉だって、今は嘘のようにしおらしくなっているわけだが。

 私と鎌倉の間にヒリついた空気が流れていたのか、麒麟寺さんはそこから私達の関係性を察したようだ。
「あー……まぁ、そういうことか。悪かったな、ウチの鎌倉が。今後はロゼットの奴らには手出しはせん。許してくれ。」
そう言いつつ、麒麟寺さんは頭を下げる。
そしてそこに遅れて、鎌倉もゆっくりと頭を下げた。

 だが、コレに私は何と返したら良いかわからなかった。
私が彼らを許すべきなのか、それとも拒むべきなのか。
どちらも安直に返事をすべき問題ではない……そう思えてしまったのだ。

 そこへ口を挟んだのは、オニちゃんであった。
『……ま、どうせキリンちゃんのことだから部内でも顔が利いてないんでしょ?それに、そこのカマキリがアタシらを本気で殺そうとしてなかったのは知っていたわ。』
なるほど……?
オニちゃんからしてみれば、鎌倉はあれでも力半分だったということか……
私からしてみればイマイチ納得は出来ない……が、オニちゃんが許すというのであれば私の出る幕ではない。
それに警察の内部にもロゼットの味方が居るのであれば、こちらとしても心強い。

『あ゛……?んだテメェ、俺らが弱かったとでも言いてぇのか!?』
『そうじゃないわよ!!いいからすっこんでなさいこの脳筋!!』
『あーこらもう、やーめなさいってば……』
まぁ……彼らのあの口論も、見様に寄っては距離が縮まった証、と取れなくもない。
争わなくて済むのなら、それに越したことはないだろう。

「……わかりました。今までのことは、水に流します。」
「あぁ、助かる。……それにしてもオニの奴、相変わらず暑苦しいというかなんというか……」
ストライクやガーディともみくちゃになるオニちゃんを眺めつつ、麒麟寺さんは呟く。

「あ、そういえば……オニちゃんと麒麟寺さんはどういった関係なんですか?」
「昔の仕事仲間じゃ。ワシとオニは中央アフリカの方で医師団員をしていての……」
「え……!?」
私は思わず声を上げた。
なんと、オニちゃんは元医者だというのだ。
しかも海外で活動する、凄まじいエリートである。


 一体何故、そんな人がバーを経営しているのか。
……もしかして、彼が命に執着する理由って?
そう考えていたときに、またしてもオニちゃんが横から口を挟む。
『あーコラ、余計なこと喋るんじゃないわよこのヒゲオヤジ!!』
「ヒゲオヤジはお前もじゃろうが!……んで、ワシは帰国後、ポケモンの発生した数年前から科捜研のお抱えに。オニはこの店に居るってワケじゃ。お前さんの使っている部屋も、前はワシが借りてた場所じゃ。」
なるほど……そういえばオニちゃん、前にキリンちゃんがどうだこうだ言ってた気がする。
そうか、この人のことだったのか。

『というかアンタ、なんたって急にウチの店になんか来たのよ。しかも獣対部の部下まで連れて。』
「あぁ、それな。実は、この1ヶ月で重大な発見をしたんじゃが……それをロゼットの奴らにも伝えておきたくての。まぁ、今日はクマも狐崎もおらんようだが……」
そう言うと麒麟寺さんは、座席に負いていた革鞄からノートパソコンを取り出す。
画面には、なにやら小難しい図面や数式が並んでいた。
かろうじてポケモンの概形を模した図が在ることまでは分かるが……中学までしか教育を受けていない私には、その他の情報はまるでチンプンカンプンである。

 その画面を、オニちゃんは私の肩越しに覗き込む。
彼にはこの画面が意味するものが、分かるようだ。
『な、何よコレ!?マジなの!?』
「あぁ、大マジじゃ。ワシもにわかには信じられんのじゃがな。」
「しかし、何度サンプルデータを照合しても、結論は同じです。すべてのポケモンに共通するDNAのデータが……」
私を置き去りにして、会話は流れるように進んでいく。
本当はもっと難しいことを言っていた気もするが、私には聞き取ることすら叶わない。

「あ、あの……つまりどういうことでしょうか?」
耐えかねた私は、遂にオニちゃんに尋ねることにした。
『落ち着いて聞いて。まず、ポケモンの祖先がわかったわ。』
「そ、祖先……!?」

『……ポケモンという生命は、一人の人間を起源に生まれていることがわかったわ。』
「え……!?」
なんだって……!?
じゃあポケモンは、人間の身体から作られているということか!?

「数百体ほどポケモンの体細胞をサンプリングし、DNAを抽出した結果……ほぼ全てのポケモンに、ヒトゲノムと完全に同一の情報が含まれていたんじゃ。」
『そして……その人間も既に特定済みよ。名前は……



















………梅咲花子うめさきはなこ。聞き覚えがあるわね?』













「………は!?」
聞き覚えも何も、知らない訳がない。











 ……それは私の母親の名前なのだから。
□ガーディ
……対になりて縄張りを哨戒す。体毛に火成岩なる成分混ざるは、火山活動の影響と推測す。

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