3.イリマの写真

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 ヨウとハウが二枚目に写す人物として決めたのは、メレメレ島のキャプテン、イリマだった。二人は一番道路を並んで進み、ハウオリシティにあるイリマの自宅を目指した。
「こうして一緒に歩いてると、本当にまた島巡りしてるみたいだねー。」
 覚えてるー? とハウは旅立ってすぐの頃のことを楽しそうに話す。じーちゃんのケンタロスが道をふさいでて、通るのが大変だったこと。リーリエと三人でハウオリシティに入って、観光案内所やマラサダショップを見て回ったこと。
「ヨウはトレーナーズスクールでいろいろ勉強した後だったよねー。」
 と、ちょうど通りがかったスクールの建物に顔を向けたハウが、あー! と大きな声を出した。
「イリマさんいたー!」
 トレーナーズスクールの校庭に設置されたバトルフィールドに、イリマとスクールの生徒が向き合って立っていた。バトルフィールドは一番道路に面しているので、ここからでも様子がよく見える。イリマと生徒の間にいるのはドーブルとトランセルだった。ポケモンバトルの真っ最中だ。
 ヨウとハウは顔を見合わせてうなずくと、スクールの入口へ向かった。
 建物の中から回りこんでバトル場に顔を出すと、ポケモンバトルはちょうど大詰めだった。
「トランセル、糸を吐く!」
「糸に向かって火の粉を出してください、ドーブル!」
「ええっ、火の粉!? ドーブル炎タイプじゃないのになんで、わあああ。」
 生徒が慌てているうちに、ドーブルが散らしたしっぽの分泌液が燃えあがり、糸を伝ってトランセルを焼いた。倒れたトランセルに、審判役の先生から戦闘不能の判定が下される。生徒は残念そうにトランセルをボールに戻した。
「ありがとうございました。やっぱりイリマさんには敵わないなあ。」
「こちらこそ、ありがとうですよ。良いバトルでした。しっかり守りを固めて勝利に向かう戦略は上手く練られていましたね。ドーブルの特異性についてですが……」
 イリマの解説をバトル相手の生徒はもちろん、周りで見ていた他の生徒も、審判役の先生でさえ、興味深く聞き入っていた。イリマは頼りになるみんなのキャプテン、そしてトレーナーズスクールの先輩だ。
 人とポケモンが共に輝くための一つの技術、ポケモンバトルの手法と神髄が次世代に受け継がれる瞬間を、ヨウとハウはにこにこと見守った。
「イリマさん、アローラ。」
 話が一段落したのを見計らって、ハウがバトルフィールドに近づいた。ヨウもそれに続く。二人の姿を目にしたイリマは、ぱっと表情に暖かな色の花を咲かせて「アローラ」を返した。
「ハウさん、それにヨウさんも。どうしたんです? 初心のおさらいですか?」
「それもいいけどー、イリマさんの家に行こうと思ったら、バトルしてるのが見えてねー。会いにきたんだー。」
「ボクにですか? それは嬉しいですね。何かご用事でしょうか。」
 ヨウとハウはリーリエへの手紙を送ろうと考えていること、その手紙にアローラのみんなの写真と寄せ書きを同封しようとしていることを説明した。
「だから、イリマさんのコーチングが終わるまでおれたち待ってるからー、後で写真を撮らせてくれると嬉しいなー。」
「なるほど、そういう訳でしたか。素晴らしいアイデアですね。しかし待っていただくには及びません。」
 ヨウさん、と突然イリマがヨウの方に向き直った。
「ボクとポケモンバトルしていただけませんか。練習ではなく、一対一の真剣勝負です。」
 うわあっイリマさんの真剣勝負! と歓声をあげたのは周りにいた生徒たちだった。それは授業としてもかなり価値がありますねと、先生も乗り気だ。
「そしてボクたちがバトルしている姿を、写真に収めていただきたいのです。どうでしょうか、ヨウさん、ハウさん。」
 ヨウはハウを見た。ハウはスクールの生徒たちと同じわくわくした表情で、うなずいた。
「おれー、ヨウとイリマさんのゼンリョクバトル、見たいなー!」
 ハウの賛成が確認できたので、ヨウはイリマのほうに向き直り、ぺこりとお辞儀した。
「よろしくお願いします、イリマさん。」
 イリマがにっこりと微笑んだ。
 ロトム図鑑をハウに預け、ヨウとイリマはバトルフィールドの両端で対峙した。審判は先生が買って出てくれた。生徒たちは思い思いの場所に席を取り、バトルの開始を待っている。いつの間に情報が伝わったのか、校舎の窓にも二人の試合を観覧しようとするいくつかの顔が見えた。
 イリマは対戦相手にジュナイパーを指名した。
「以前からずっとお手合わせ願いたかったんです。キミの島巡りのパートナーがどこまで強くなったのか、この目で確かめたくて。お受けいただけるなら、ボクはデカグースを出します。」
 ボクだけ対戦ポケモンを知っているのは不公平ですからね、とイリマはウィンクした。
「相手にとって不足ありません。」
 ヨウは答え、ジュナイパーのモンスターボールを握りしめた。
「出番だよ、ジュナイパー!」
「デカグース、よろしくお願いします!」
 深緑の葉と堅牢な樹皮の色をした羽毛を逆立てるやばねポケモンと、金色のたてがみの奥から鋭い眼を光らせるはりこみポケモンが、向かい合って吠えた。
「イリマさん、手加減しませんからね。」
「望むところですよ、ヨウさん。」
 二人の闘志がばちっと交差したところで、審判が試合開始を宣言した。
「行くよジュナイパー、リーフブレード!」
「刃を捕まえて噛み砕いて、デカグース!」
 植物の生命力をまとわせ斬りかかったジュナイパーの風切り羽を、デカグースが大あごで受け止めた。両者、その場から一歩も動かないつばぜり合い。うなり、にらみ、互いの力を相手に見せつけた後、同時に跳びしさって距離を取った。おおおっ、と観衆がどよめく。
「力は互角のようですね。しかし長くは持ちませんよ。デカグース、今度は脚を狙って!」
 イリマの言う通りだ。悪タイプの技はジュナイパーにとって効果抜群。すでに猛スピードでジュナイパーに突進してきているあの攻撃をかわし、牙を奪うには。
「フェザーダンス!」
 数多の羽毛が宙を舞い、ジュナイパーとデカグースの間に散った。ジュナイパーが踊るように脚や翼を動かすと羽毛はさらに量を増し、デカグースの視界から狙いを隠し、開けた大口からのぞく牙に貼りついた。たまらずデカグースはジュナイパーに食らいついたのも早々に、不愉快そうに咳きこみながらイリマの元へ戻る。
 逃がさない! とはいえリーフブレードではまた刃を取られる危険がある。一瞬ためらったヨウの不安を、ジュナイパーが振り向いてすくいあげた。覚悟はできてる。相棒の目が告げていた。ヨウは口角を上げた。
「デカグースを追いかけて、ジュナイパー! ブレイブバード!」
 勇気のオーラをまとったジュナイパーが、弾丸のように低空飛行してデカグースに迫った。
「後ろから来ています、避けて!」
 叫んだイリマの指示がデカグースに届くよりも早く、ジュナイパーの突進がデカグースを捕えた。
 吹き飛んで倒れたデカグース。ジュナイパーも反動でひっくり返った。どよめく生徒たちの声。誰の一指も動かない静止したバトルフィールド。
 ぴくり、と止まった時を動かしたのはヨウのジュナイパーだった。翼で大地を押し、頭をもたげ、ジュナイパーはわずかに繋ぎとめた体力でゆっくりと起き上がった。
 審判が倒れたままのデカグースに駆け寄り、その様子を観察した。
「デカグース戦闘不能! ヨウさんの勝ちです!」
 わあっと生徒たちが沸き立った。称賛と拍手がバトル場の周りや、校舎の窓から降り注ぐ。イリマびいきの子のちょっぴり残念そうな声も聞こえた。
 ヨウはジュナイパーの側へ行くと、負傷を恐れず戦ってくれた相棒を抱きしめ、羽毛に顔を埋めて頬ずりした。
「ありがとう、ジュナイパー! よく頑張ったね。」
 ジュナイパーはくるくると喉の奥で声を鳴らして、ヨウに体を預けた。
 デカグースを労い、ボールに戻し終えたイリマがヨウとジュナイパーに近づいた。
「参りましたよ。素晴らしいバトルでした。キミもジュナイパーも、本当に強くなった。」
「イリマさんとデカグースもとても強かったです。ぎりぎりでした。ありがとうございました。」
 二人は互いの健闘を称え、がっちりと固い握手を交わした。
 ハウとロトムが駆け寄って、お疲れ様ー、写真ばっちり撮れたロト! と二人に声をかけた。
「はい、ハウさんたちもありがとうございました。どうですか、もしこの後お時間があれば、ボクの家でティーでもいかがでしょう。撮れた写真をゆっくり拝見したいですし、寄せ書きも書きたい。」
「わー、いいのー?」
「イリマさんさえ良ければ、ぜひ。」
 そういったわけで、イリマがスクールのみんなに先の試合の簡単なレクチャーと挨拶を終えた後、三人は連れだってイリマの家へと向かった。


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 イリマの家は、街全体が賑やかなハウオリシティの中でも一等目を引く豪邸だ。スタイリッシュな白い外壁。海に臨むプール付きの庭。どことなくカロス地方の雰囲気を感じるのは、彼の母親がカロスで人気の女優だったことを聞けばうなずける。このセンスの高さとそれを実現できる財力は、間違いなくトップスターのものだった。
 ダイニングに通されて椅子にかけたヨウとハウは、外装からの予想違わず洗練されたイリマ邸の内装を、しばらくきょろきょろと見回していた。
 天井で回っているシーリングファンライトは、おしゃれなカフェに設置されていそうなデザインだ。ソファもカーテンも、王冠のルビーから色を出して染めたような深い赤でまとめられていて、部屋内に上品かつ明るい雰囲気を醸しだしている。
「どうぞ。特製ブレンドのアフタヌーンティーです。」
 出された紅茶も、茶器からしてとてもおしゃれだった。様々な種類の花と共にカップに描かれたフラージェスの絵が、華やかにテーブルを彩る。しかもヨウのティーカップは青色、ハウのは黄色、イリマのはオレンジ色のフラージェスと、細部にまでこだわった絵柄だった。「うわー、きれいなティーカップだねー」とハウもちょっと感動していた。
「フラージェスの柄って、おれ結構好きだよー。」
「それは良かったです。中身もお気に召すといいのですが。」
 勧められて口を付けた紅茶から広がったのはバラの香り、それからモモンの実を思わせる甘い匂い。ちょっぴり隠れていた柑橘系の味わいが、全体をすっきりと整えている。カップの絵柄に負けないくらいの華やかさが、口中を潤した。
「とても美味しいです。」
 ヨウの賛辞に、イリマは良かった、と笑みを見せた。
 さらにイリマは、お茶請けにどうぞとバスケットを一つ持ってくる。
「あー、ミアレガレット?」
 中身を見る前にハウが言った。当たりです、とイリマが開けたバスケットの中には、クッキーのような丸い焼き菓子が山盛り入っていた。
「ボクの好物なんです。」
「美味しいよねー。おれは前にたくさんもらったから、ヨウいっぱい食べなよー。」
 とハウがバスケットをこちらに寄せてくれたので、ヨウはお言葉に甘えてガレットを一つ手に取った。いただきますと口に入れれば、さくっとした歯触りの後、バターの風味がふわっと広がる。強めに効かせた塩が甘味を引き立て、舌に心地よかった。
「ねー、美味しいでしょー。」
 ヨウの表情を見て、ハウがにこにこした。イリマも満足そうだった。
 ヨウとハウがお茶とお菓子に舌鼓を打っている間、イリマはリーリエへの寄せ書きをしたためてくれた。イリマはロトムにも図鑑から出てきてガレットを食べるよう勧めてくれたが、ロトム本人は「ありがとうロト! でもボクはもっと写真撮りたいロ!」と言って、また写真を撮り始めてしまった。ロトムが楽しそうならいいか、とヨウたちは笑って、したいようにさせておいた。

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 そうして何度かロトム図鑑のシャッター音が響いて、イリマも筆を置いた頃には、ヨウとハウがミアレガレットに伸ばす手もだいぶお腹いっぱいの動きになっていた。
「それでは、リーリエさんに送る写真を選びましょうか。」
 イリマが言ったので、ヨウはロトム図鑑を呼び寄せた。
 ジュナイパーとデカグースのバトルの場面だけを見ても、写真の枚数は相当なものだった。しかも、どれも二人の熱いバトルを思い起こさせるに十分な、いい構図のものばかりだ。今ロトムが撮った三人のお茶会も、和やかで優しい雰囲気にあふれていて捨てがたい。
 悩んだ末に三人が選んだのは、バトル中にイリマの指示を受けたデカグースが、今まさに相手をその牙に捕らえんとしている瞬間の写真だった。
「本当にいいんですか? ボクもこの写真はとてもナイスだと思いますが、せっかくですからヨウさんたちも写っているほうがいいのでは。」
「でもこのイリマさんとデカグース、すごくいい顔してるしー。何よりヨウが気に入ったって言うからー。」
 ハウの言葉に続けて、ヨウはこくこくとうなずいてみせた。
「この写真が一番、イリマさんとデカグースの良さを表せてると思うんです。」
「ボクもこれはとびっきりの写真だと思うロ! イリマさんもデカグースも、とってもかっこいいロトー!」
 ロトムもヨウの意見を後押ししてくれる。
「そうですか……。皆さんがそう仰るのなら。この写真を選んでいただけて光栄です。」
 イリマは改めてロトム図鑑の画面を眺め、自分と呼吸を合わせてバトルする凛々しいデカグースの姿に目を細めた。
 それから三人は残りの紅茶をゆっくりと飲みながら、しばらく談笑した。イリマの試練を終えた後、ヨウとハウがそれぞれどんな島巡りを経験したのか。各キャプテンたちの課したユニークな試練のこと、出会った人やポケモンのこと、印象に残った町の風景……。
 ひとしきり今までの話に花を咲かせた後は、これからのことに話題は移る。
「次は誰の写真を撮りに行くんですか?」
「そうだなー。アーカラ島に行って、ライチさんやキャプテンみんなの写真を撮るのはどうー?」
 ね、とこちらを見たハウに、ヨウはもちろん異論ないことを示して首を縦に振った。
「まさしく島巡りと同じ順序、というわけですね。それでは今回もボクはキャプテンとして祈りましょう。キミたちの島巡りに、未来に幸ありますように! ……そうそう、スカル団もまだうろついているようですから、十分お気をつけて。」
 少し声を落としたイリマに、ハウはスカル団、と眉根を寄せた。はい、とうなずくイリマ。
「最近この辺りでもまた目撃報告がありました。でもまあキミたちのことですから、心配は無用でしょう。応援していますよ。いつでもティーを飲みに来てください。」
 イリマの厚い信頼と激励に、ヨウとハウは深い感謝の気持ちを返した。
 それから二人は、イリマの優しい言葉と撮った写真、空白が一つ埋まった寄せ書き用紙を胸に抱いて、イリマの家を後にした。
 次に目指すは、アーカラ島だ。

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