8-5 香気の空間と十字切り

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください


 スタジアムの会場に向かう最中の通路で、あの人の大事な人とすれ違った。
 彼女は駆け足で手持ちのドーブルと一緒にあたしの隣を通り抜けて行こうとする。
 出来心、とでもいえばいいのか。はたまた、興味本位とでもいえばいいのか。
 あたしはあたしの力で、彼女の思考を覗き見た。


(……ユウヅキ、どこにいるの……?)


 そこから先は、読み取るのを止めた。
 飽きたからってわけではなく。呆れたからだ。
 彼女に対してもだけど、あたしはあたし自身に対して、呆れていた。
 なんでわかり切っているのに、覗こうなんてマネをしたのか。
 埋まらない決定的な差を見せつけられたようで、嫌気がさす。

「ばか、そうじゃないでしょ」

 何、嫌気なんて感じているあたしは。
 あたしはあの人の、サク様に忠誠を誓っているのでしょ?
 なら、あたしのやることは、決まっている。
 サク様の望む道を切り開く手伝いをすること。

 それが、あたしの、すべきことだ。


(……メイ。そちらの準備は)

 サク様からの念話が来る。一呼吸おいてから、あたしは応える。

(……問題ない。もう少しで定位置につくから。あの、サク様)
(なんだ)
(えっと、うまくいくといいね、今回)
(どうだかな)

 その言葉には、うまくいってほしくないような感情が込められていた気がした。
 優しいなあと思いつつ、あたしは発破をかける。

(あたしはサク様がどうしようが別に構わないけど、退けないんでしょ?)
(……ああ、そうだな)
(じゃ、やるしかないね)
(その通りだ。すまない、世話をかける。頼んだぞ、メイ)

 珍しい言葉に、思わず口元がにやけるのを感じた。
 それから、力強く私は任せてと念じた。


***************************


 優勝賞品の隕石を巡った大会の予選が終わり、いよいよ本選に入った。
 試合をするフィールドはリングから変わり、バトルコートとなる。
 バトルコートは障害物の類のない、シンプルなコートだった。
 本選第一試合。
 入場の際、俺たちの対戦相手である緑のスカートの女性、フラガンシアに一つ質問された。

「あなたの好きな香りは?」

 予想外の質問だったが、俺の返事はすんなり口から出ていた。

「俺の名前の由来になった、花の香りだ」

 少なくとも今、好きな香りで思い浮かべるのは、あの心地よい香りの小さな星の花しかなかった。その花が浮かんで、少々複雑な気持ちにもなったが。

「あら、素敵ですね」
「どうも」

 ふと、予選で相対したクロガネのことを思い出す。あんまり下の名前は名乗りたくはなかったが、彼を思い出して俺はフルネームを名乗っていた。

「俺の名前はオリヴィエ。ビドー・オリヴィエだ。できれば名字のビドーと呼んでください」
「その花でしたか。そしてこれはご丁寧に――あたくしはフラガンシア・セゾンフィールド。フランと呼んでくださいね。ビドーさん」
「わかった。それとよろしくお願いします。フラン」
「こちらこそ。仇討ちよろしくお願いいたします」

 ……そういえば、クロガネの知り合いみたいだったなフラン。

「素直には、させないぞ」
「ええ、全力で戦わせていただきます。楽しいひと時を」

 アナウンスに促され、俺たちはそれぞれコートの端に向かう。
 フランが一礼をしたので、つられて俺も一礼する。
 それからそれぞれ、ポケモンを出した。


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 <義賊団シザークロス>のアジト。
 自分のスペースでパソコンを使って動画を見ていたあたしに、テリーが青いバンダナで前髪を上げながら話しかけてくる。

「何を見ているんだ? アプリコット」
「テリー……いやあの、なんか<エレメンツ>主催のバトル大会ですごいビッパ使いのトレーナーがいるってネットで話題になっていて、ちらっと覗いてみたら……配達屋ビドーが大会に出ていた」
「なに」

 テリーの声に反応したドクロの仮面をつけたようなゴーストタイプのポケモン、ヨマワルのヨルが彼と一緒にパソコンを覗き見てくる。

「ちょ、狭い」
「最近はそうでもないが、前にちょくちょくオレらの邪魔してきたやつだよな、あいつ」
「まあ、そうだけど……」

 ふと、イナサ遊園地でのことを思い出してしまい、なぜか顔が火照る。いやいや、あの時はめちゃくちゃ怖かったけど、いざ思い返してみればああいう壁ドンってあんまりされたことないし……いやでもないから! 今見ているのだって、きょ、興味があるからとかじゃなくあのリオル出ないかなーとか気になっているだけだから!

「? 風邪か? そういう時はあんまり画面見ないほうがいいぜアプリコット」
「違う違う違う……」

 唸っていると、対戦相手の女性は大きな口の草タイプのポケモンウツボットを出して、ビドーがよろいをまとったような虫ポケモンアーマルドを出していた。
 リオルじゃないんだ、と思ったそのあと私は……彼の技の指示に驚いていた。

 それは以前のビドーだったら絶対に指示しない技だったから。

『――アーマルド、『シザークロス』!!』


『シザークロス』

 その技の名前が彼の口から出た。
 彼のその一言が、なんだかんだあたしたち<義賊団シザークロス>を認めてくれた。そんなサインに見えて。
 不思議と、彼らの大会を見届けようと決めたあたしがいた。


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 以前の俺なら、アーマルドにこの技を意地でも使わせたくなかったんだろうな。
 だけど、いつまでも気に入らないからとかは言ってはいられない。
 それに、この技はアーマルドがずっと出したがっていた技だった。
 負けられない理由が増えた今……使える手は、使う!

「――アーマルド、『シザークロス』!!」
「『あまいかおり』を、シアロン」

 シアロンと呼ばれたウツボットが、その大きな口から、甘い香りを放つ。
 突撃していたアーマルドがその香りを浴びた。射程圏に入っていたアーマルドの動きが止まり、『シザークロス』が、失敗に終わる。

「アーマルド?」

 アーマルドが、一歩、また一歩と自分を抑えられないようにウツボットに向かって歩いていく。
 急いでアーマルドの様子を見る。アーマルドは、甘い香りの誘惑に、負けまいと踏ん張っていた。
 フランとウツボットが笑みを見せる。

「ようこそ、香気の空間へ」

 近づいたアーマルドをウツボットが『リーフブレード』で斬り飛ばす。
 少し離れたことにより、アーマルドが一瞬我に返る。慌てるアーマルドに、俺は声をかける。

「いったん『つめとぎ』で落ち着こう、アーマルド」

 アーマルドの好きな『つめとぎ』をさせて、冷静さを取り戻させる。しかし、香りの魔の手はどんどん迫ってくる。

「香りという物は奥が深いのです」

 「『ようかいえき』をばら撒いて」と指示を出すフラン。ウツボットはそれに従い、周囲の地面に臭いの元凶の甘い溶解液を展開した。
 甘ったるい臭いが広がり、なかなか平静を保つには厳しい空間になる。

「魅了、誘惑、動揺などなど。香り1つで気分もかわるのです。ほら、あなたのアーマルドもね」

 アーマルドがまた苦しそうに香りの誘惑に誘われていく。そのまま進むと『ようかいえき』を踏んでしまう。好きな『つめとぎ』の技でさえ、思うようにいかない。

「アーマルド!」

 アーマルドが俺の声にぴくりと反応する。その反応を見て、俺はとにかくアーマルドに声をかけ続けるべきだと判断した。

「踏ん張れアーマルド! 『アクアジェット』!!」

 水流を身にまとわせ、溶解液を一部吹き飛ばして体当たりをするアーマルド。しかしウツボットに当たりはしたものの、ダメージが軽い。再びリーフブレードで斬り上げられ、距離が離れる。

「立てるかアーマルドっ」

 なんとか踏ん張って立ち上がってくれるアーマルド。ここまで立ち回ってくれたからこそ見えてきたものがあった。

 失敗した『シザークロス』、誘い込まれるアーマルド。魅了、誘惑、動揺。それらが当てはまる状態は、

「その香りは、『メロメロ』を含んでいるなフラン」
「ご名答」

 相手を魅了して、技を思うように出させない。それが『メロメロ』状態。
 攻撃は半分くらい、失敗すると考えてもいい。

「アーマルド作戦がある」

 残された手で思いつく手はあった。しかし、うまくいくかはわからなかった。
 でも、このままじゃだめだ。このままやられっぱなしじゃ、まずい。
 それに、一矢報いなきゃ悔しすぎる。そう念じるアーマルドの想いの波動が見えた。
 だからこそ俺はアーマルドにこう言っていた。

「次の技は失敗してもいい。思い切りやってくれ」

 戸惑うアーマルドに、俺はその目をしっかり見据えながら頼む。

「信じてくれ」

 アーマルドの目つきが、変わった。
 狙いを定めるようにアーマルドが研がれた爪を、ウツボットに向けた。
 俺とアーマルドの想いが重なる。

 覚悟しろ、ウツボット!

「いくぞ『アクアジェット』!!!」

 流れる水の中をくぐりながら突進するアーマルド。その『アクアジェット』は、上に外れ失敗に終わる。
 アーマルドの『アクアジェット』がウツボットの上空で解ける。
 落下するアーマルド。

 ……待っていた。
 これを、待っていた!

「『いとをはく』で口を塞げ!」

 俺の指示を待ち構えていたようにアーマルドはすぐに反応し理解してくれる。

「……して、やられました」

 ウツボットが『あまいかおり』を放っていた口を糸でがんじがらめにしてつぐませる。
 あいつの香りは、口の中に溜めている溶解液とそこに誘うための蜜がその発生源。
 つまり口さえ開けなきゃ、もう『あまいかおり』は使えない!

「よく耐えたアーマルド! 一気に決めるぞ『シザークロス』!!!」
「シアロン『リーフブレード』!」

 そのまま近接戦の斬り合いになる。先にダメージを食らっているけど、アーマルドは、硬い。
 口を塞がれ、バランスを取れないウツボットをどんどん押していく。

「とどめだ!」

 決定的な一撃が入り、ウツボットが倒れる。
 戦闘不能のジャッジが下され俺とアーマルドはフランとウツボットを破り、初戦を突破した。

「よくやった、アーマルド」
「ありがとうございます、シアロン」

 フランがウツボットにねぎらいの言葉をかけて、俺とアーマルドに近づく。

「お見事です。流石はアサヒさんの相棒ですね」
「どうも……ってヨアケを知っているってことは、やっぱりあんたがヨアケの言っていた香り戦法の人だったか。でも俺がヨアケの相棒って一言も言っていないよな。なんでだ?」

 その質問にフランは、笑みを浮かべながら俺を軽く指さした。

「あなたたちの香りが教えてくれたのです」



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 本選第一試合目でビドーさんたちが勝ち上がって、観客席で見ていたリッカちゃんとカツミ君は喜んでいた。でもその次の試合、第二試合目の選手が入場すると、予選の時もだけどリッカちゃんの様子が変わる。カツミ君のコダックのコックもその異変に気付いていた。
 まあ、なんていいますか、リッカちゃんはむくれちゃっていた。

「ハジメさんの応援をしなくていいの?」
「……だって、ココ姉ちゃん。わたしハジメ兄ちゃんがマツと一緒に出るって聞いてない。聞いてないからあそこにいるのはハジメ兄ちゃんたちじゃない」

 リッカちゃんのお兄さん、ハジメさん。
 彼はリッカちゃんを心配するあまり、いろいろと内緒にしすぎていた。いやあたしもトウに内緒にしているから、他人のこと全然言えないんだけどね。
 リッカちゃんはハジメさんにあんまり問い詰めないように気を使っていたのよね。
 普段溜まっていたのが、ここにきて出ちゃったんだよね。

「ココ姉ちゃんも、知っていたのなら教えてくれてもいいのに……」
「あはは……ドッキリさせようとしたのかもよ?」
「そういってココ姉ちゃんも、何か隠しているんでしょ」

 カツミ君が困ったようにこちらを見ている。事実その通りだからねえ……。
 ハジメさんには悪いけど、隠しきるのは難しい。潮時かな。

「あたしも隠しているわよ、いっぱい。カツミ君とハジメさんと、一緒に、リッカちゃんに秘密にしてきたこと、いっぱいあるわ」
「……なんで? なんでわたしだけ仲間外れなの?」

 メガネの奥の瞳を潤ませるリッカちゃん。カツミ君は絶句した。ごめんて。

「ごめんね。いくらでも責めてもいい。納得できなくてもいい……内緒にしていたのは、みんなリッカちゃんが大好きだからよ」
「……それでもわたしは、何にも知らないで待つのはもう嫌だ……」

 そのリッカちゃんの言葉に誰よりも反応したのは、カツミ君だった。

「リッちゃん……ゴメン。ココ姉ちゃん、いいよね、もう言っても?」
「いいわよ。でもちょっと待って」

 あたしはカツミ君にうなずいた。ゴーサインを出した。
 リッカちゃんは毎日毎日何も聞かずにハジメさんを見送って、帰りを待って、待って、待ち続けてきた。
 この子には、聞く権利がある。

 だからあたしは念じた。

(メイさん。ちょっと手伝って)
(……何? ヒマじゃないんだけど。それにガキどもの相手は嫌)

 テレパシーを管理しているメイさんは、そう毒づく。聞いていたんじゃん。
 あとメイさん、もう自分の力のことあんまり隠す気ないわね。

(お願い。今度何でも好きなメニュー作るから)
(じゃあピザ)
(オーケー)

 リッカちゃんが無言で首を縦に振るあたしを不思議そうにみる。
 カツミ君は意図に気づいてくれた。
 テレパシーのチャンネルが、あたしたちの頭に 共有される。

(じゃ、アンタたちも手伝いなさいよ)
(えっ……え、なにこれテレパシー?)
(テレパシー。やり方は慣れて)
(誰……?)
(あたしはメイ。<ダスク>のメイ。そこでアンタを仲間外れにしているカツミとココチヨと、今必死に戦っているアンタの兄貴と一緒の集団に参加しているメンバーの一人)

 リッカちゃんが思わずバトルコートに視線を戻す。
 対戦相手の深紅のポニーテルの女性が従える赤茶の毛並みと大きな尻尾のポケモン、フォクスライに、ハジメさんはゲコガシラのマツと一緒に応戦していた。

(アイツについては、あたしもあんまり詳しくない。ただ、いつもアンタのことばっかり考えている。ウソをつくとき、何かしら理由を持ってつくやつだったとは思う。ってそのくらいアンタたちの方が知っているんじゃないの?)
(まあまあ)
(メイ姉ちゃんって、よく見ているんだなーみんなのこと)
(……それでも何か聞きたいことはあるなら、あとはコイツらから聞け。テレパシーは使えるようにして仲間に入れてあげるから。ただしハジメとは、大会が終わったら直に話すこと)
(うん……ありがとう……ございますメイさん)

 メイさんから引き継いだあと、ハジメさんについて、あたしとカツミ君が知る限りをリッカちゃんに伝えた。
 リッカちゃんは、あたしたちの話を、じっくりと最後まで聞いてくれた。

 その間にも試合は続き、マツがフォクスライのみぞおちに決定打の『アクロバット』を決めて、勝利をつかんでいた。

 わっと周囲に歓声が上がる。その中でリッカちゃんは静かにエールを零した。

「あとで聞くからね……がんばれ、ハジメ兄ちゃん、マツ……!」


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ゲストキャラ
フランさん:キャラ親 仙桃朱鷺さん
テリー君:キャラ親 仙桃朱鷺さん
カツミ君:キャラ親 なまさん

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