第68話 変わってしまったもの

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 あの日。 あの時から。 沢山の安堵の声を聞いた。


 みんな、私のことを支えようとしてくれる。


 でも、出来るのなら。 ......出来るのなら、巻き込みたくはない。


 自分の力で勝たなければ。



 これは、私の戦いだから。


















 秋の朝は、冷たい空気が一気に地面に降りてくるようだ。
 静謐な空気の中、いつもとは少し違う、謎の緊張の中。 キラリが朝ご飯のモモンをかじって窓の外を見やる。

 「ユズ、散歩なのかぁ」

 横を向けば、そこにあるのは空っぽの藁布団。 ......この家の中に今ユズはいない。 というのも、キラリが起きた時にはいなかったのだ。 キラリが寝ぼけた目で周りを見回すと、ユズの布団の隣に小さな紙が置いてあった。

 『少し散歩に行ってきます。 役所行く時には合流できるよ』

 ......という、少し小さめな字で書かれた置き手紙。 確実にユズの字ではあるからそこは安心なのだけれど......。

 「......緊張するな」

 キラリはモモンをもう一口。 甘みが心を癒してくれるんじゃないかと思ったのに、意外にもその効果は薄かった。 寧ろ、満たされない何かをより感じてしまうばかり。
 昨日のなんとなく眠れずにいた夜。 ユズも不自然に動いているのを背後からでも感じられたから、彼女はふと声をかけようとしたのだ。 でも、出来なかった。
 「諦めるな」。 そんな言葉が、聴こえたから。


 残ったモモンが口に放り込まれる。 いつもなら味わうところだが、今回はそうともいかない。 昨夜のことが頭に浮かんでそれどころではない。
  あの時。 顔は見ていなかったけれど、その言葉にどれだけの決意がこもっていたのだろうか。
ユズの中の困惑や迷いは、きっととても大きい。 並のポケモンとは比べ物にならないくらい。 ......それでも彼女は、飲み込みながら進んで行こうとしている。
 それに比べて、自分はどうなのだろう。 そう、キラリは考える。

 『......どうなんでしょ。 私もちょっと模索中というか......でも、元々の夢の原型は保ちたいなっていうのは確かで......ん〜〜ほんっとなんだろ!! ずっと考えてはいるんだけど......』

 アカガネの言葉にも、こんな風にあやふやでしか返せなかった。 前ならこんなことなかっただろうに。 ギラギラ目を光らせて即答できただろうに。
 味わった経験の無い感覚に、改めてキラリは震える。 足場が見つからないふわふわした感じの中で、最近はずっと留まってしまっている。 助けたと思った友達が覚悟を決めているというのに、自分はそんな強い決意を抱けない。 経験不足のせいか、はたまた思慮の深さの違いのせいか。 恐らくその両方だろう。
 ユズは昔から戦ってきて、今なお戦い続けようとしているのに。
 ......彼女に比べて、自分は迷ってばかり。

 「おじいちゃんには......まだ、顔向けできないな」

 自分の夢を考え直す手掛かりも見つからないまま、キラリの思考はくるくると空回りしていた。
 飲み込んだいつもは甘いはずのモモンに、苦味も感じてしまうくらい。














 「......遅いな、ユズ」

 集合時間。 レオンの家をひとまずの集合場所としていたのだが、キラリはユズが来ないことにどこかそわそわとした感情を抱く。 イリータやオロルやジュリも揃っているというのに。 あといないのは、アカガネくらいか。

 「まあユズはちょっと心配だが......散歩って書いてあったんだな?」
 「うん」
 「......本当にそうなんだろうな?」
 「え?」

 壁に寄りかかっていたジュリが険しい顔で続ける。

 「敵側の動向も掴めていないんだろう? 最悪の事態もあり得なくはない」
 「......縁起でもないこと言わないでよ」
 「まあまあ、何も無けりゃいいが......あいつもまだか?」

 レオンは周りを見渡すが、未だ何も兆しはない。 キラリがしぼんと俯いて少し経った後。
 
 「おっ、遅いぞアカガネ......って、ユズもか! よかった......」
 「ごめんごめん!」
 「うっ、5分過ぎてる......ごめんなさい、遅れて」
 「まあ時間余裕持たせたからいいけど、流石に当事者いないと心配なんだからな」
 「すいません......」

 聞き慣れた声に、はっとキラリの意識が現実に戻る。 勿論、真っ先に声をかけたいのはユズの方だ。

 「あれっユズ......アカガネさんと一緒だった?」
 「......うん、ちょっとね」
 「偶然会ったから一緒に来たって感じだね」
 
 アカガネがわざとらしく「ね?」と笑う中、ユズは苦笑いで頷いた。 イリータとオロルが少し怪訝な顔を浮かべるが、アカガネはまあまあまあとレオンの方に主導権を渡そうとする。 何か察したのか、レオンもそれをあっさり受け入れたようだった。
 
 「まあ、全員揃ったしよしとするか」
 「レオンさん、まだ行かなくて平気ですか?」
 「まあ待て、まずは色々確認からだな」

 咳払いの音が1つ。 そこからレオンは話し始めた。

 「基本その場で話すのは俺かユズ。 キラリ達はただそこにいてくれればいい。 意味ないように見えて実はこれはでかい。 とにかく、味方は多い方がいいんだ。 その方がユズも多分話しやすいだろ?」

 ユズがこくりと頷く。 確かに、隣に誰かがいるということは孤立無縁よりはよっぽどマシな状況なのだろう。

 「で、方針だが......正直全責任あの4匹に俺は擦りつけたい。 ユズの暴走も元々ケイジュのせいだし嘘ではないはずだ。 まあ尻拭いは求められるだろうが、元々そのつもりだし問題無いだろ。 とにかく、役所のバックアップもついた状態で事件解決に奔走出来る状態が理想だ。 普通の探検活動にも支障がない状態にする必要もあるよな。
 ここからはユズ向けだ。 ユズ、一つ確認な」
 「はい」
 「まあ色々これ言えって求められるだろうけど......俺としては、お前に不利になることは言わないでほしい。 魔狼に憑かれた経緯なりな。 うまく誤魔化せるところは誤魔化せ」
 「えっ」
 「そりゃ正直に言いたい気持ちはわかる。 でもまずはお前が無事なのが第一なんだ。 努力はしてほしい。 俺もフォローはするから」
 「......分かり、ました」

 ユズがゆっくりと頷く。 念を押したいのか「頼むぞ」とだけ言って、レオンは改めて役所の方に振り向いた。
 街のシンボルともいえる大きな建物。 この街の活気も、熱意ある探検隊も、ここがなければ生まれない。 それを考えると、ここはポケモン達に未来への希望を与える存在ともいえるだろう。

 だが、レオンにはどうも全てがそうとは思えなかった。 あそこは良くも悪くも大人の世界なのだ。 上層部になるほどその風潮が根強い。 粘りつくように、きっと彼らはユズへと迫るだろう。 確かにユズは人間だ。 この世界では異質でイレギュラーな存在だ。
 ......でも、それ以前に。


 「......ほんっと、嫌になるよな。 でかい事態防ぎたいのは分かるけどさ。
 ......それも、子供相手に」


 レオンがぼそっと言った言葉が、ユズの心を揺さぶった。
 

 
 
 




 役所に向かい歩き出す。 時間的にまだポケモンの数も少ないので、その時間はとても静かに流れていった。 晩秋の涼しい風が、どこか不思議な緊張感を誘ってくる。
 そんな中、ふとユズがあくびをする。 それに気づいたキラリが、心配そうな顔で彼女に尋ねた。

 「ユズ、平気? 眠れた?」
 「......正直分からない。 夜1回起きてまた寝たんだけど、なんかよくわからない夢見て......」
 「夢って、誰かの声?」
 「うん。 でもユイのものじゃないのは確かだし、言葉が途切れ途切れで......なんだったんだろうなって」

 キラリは「えっ」と声を上げ驚く。 新しいタイプの夢まで来るとは、どこまで謎は深まっていってしまうのか。
 
 (......記憶が戻ってもやることが沢山あるとは、思わなかったなぁ)

 記憶が戻れば全て解決だと信じきっていたのもあり、キラリにとってはその事実もまた驚きだった。 寧ろここは終わりでもなんでもなく、真の戦いの始まりに過ぎなかったのだから。 彼女はふとユズの方を見つめる。

 「......ねぇ、ユズ」
 「何?」

 辛かったろう。 悲しかったろう。 いっそ消えたかったろう。 そう言ってキラリはユズの心に寄り添おうと努力し続けた。 彼女が目覚めた後も。 けれど、それでもキラリは感じるのだ。
 ......自分がユズに出来ている事は、まだほんのちっぽけなものに過ぎないのではないかと。

 「私に何か出来る事ある? ......そりゃ、今回の件に関しては正直ほぼ部外者だけど。 でも、友達であることは変わらないし......何か、私でも力になれれば......!」

 まだ足りない。 まだ、何かできることがある。 そんな思いで、キラリはユズに言葉を投げかける。
 ユズは少し考えてひとつ頷く。 そして、首から伸びる蔓1本を、キラリの右手に巻き付けた。 少し、巻き付ける力は強いようにも感じられる。

 「ユズ?」
 「......このままで、行っていい?」
 「え?」
 「お願い」
 「......分かった」

 ユズは詳細を言わない。 そう言ったのを最後に、彼女は黙って歩き出す。 どうしてと聞く隙も与えてくれないような表情に、キラリは少し不安も覚える。 だけど。

 (......私も、大概だけどな)

 キラリも、ユズにまだはっきり言えていないことがあった。 ラケナの件についてだ。 あれやこれやの末に言うタイミングを完全に逃してしまったのだ。
 自分の夢の具体的なゴールは、まだ宙に浮いて揺らいだまま。 まず、ゴールがあるのかすらも、今は分からない。 本当なら相談すべきだった。
 だけど、何故か言えなかった。 ユズの方がきっと大変なのに、こっちの都合で振り回していいのかと。 駄目なんじゃないかと。 そんな思考が、どうしても言葉を阻んでしまうのだ。
 それでいて、ユズには振り回して欲しいのだ。 頼って欲しいのだ。
 ......あまりにも自分勝手。
 
 (......でも、言ってくれればいいのに)
 
 
 頼りたいのに頼りきれない。
 頼って欲しいのに自分は頼れない。
 前はこんなこと無かったはずなのに。

 ──あの1日で、何が歪んでしまったのだろうか。
 一体、何が変わってしまったのだろうか。
 












 
 「どうぞ、こちらが会議室です」

 役所に入ってレオンが受付に話すや否や、すぐにユズ達は普段は行けないようなところまで連れて行かれる。 見慣れないものや嗅ぎ慣れない香り。 遂に来たのだと、全員が気を引き締める。
 通路を通り抜けた先のドアを開くと、10匹ぐらいのポケモンが1つの大きな机を囲み椅子に座っていた。 彼らは一斉にこちらの方を振り向く。 誰も彼も険しい顔で、キラリは少し怖気つき、イリータとオロルは少し面食らった表情。
 
 (イリータ、聞こえる?)
 (ええ。 ......予想はしてたけど)
 (......厳ついね、中々に)

 2匹はテレパシーで会話する。 入るだけで感覚が麻痺してしまいそうなツンとした空気には、戦いの空気ともまた違う恐ろしさがあった。

 (......あれが、この街の)

 ジュリが見ていた先は、1番奥の席にいたバクオング。 無論、街の長である彼こそが全員のまとめ役であろう。 となると、彼から賛同を得ることがまずは重要になるのだろうか。 バクオングは全員いることを確認し、立ち上がり礼をする。

 「今年からの探検隊2組と、こんな形で直接話すことになろうとはな。 それに、街の外のポケモンまで赴いてくれるとは。 改めて、よく来てくれたものだ。 尻尾を巻いて逃げ出す手もあったろうに......これなら、オニユリタウンも安泰だな」

 バクオングは大きめな声で笑うが、周りからは白い目が。 そうなるのを元々分かっていたのか、その笑いはすぐに止んだ。 ユズの方に視線は向けられる。
 
 「......まあ、そう素直に言える機会なら良かったんだけどな」

 バクオングの目は明らかに笑っていない。 それを感じたのか、ユズの目つきが厳しくなる。

 「人間の話は聞いたことがあるし、その力の恩恵を受けたこともある。 人間は何度もこの世界を危機から救ってくれた。 私達ポケモンにとって、感謝すべき存在だ。 ......しかし、今回のようなことが起こるとはな。
 君にとっては酷な話かもしれない。 だが、これも過去の誤ちを繰り返さないためだ。 君を生かすべきなら生かすし、もしそうでないのなら......。
 前置きはここまでだ。 君の処遇について、今回は議論させてもらう」

 どこかから、息を呑む音がした。 キラリはいよいよだと、ユズの蔓を握る力を強めた。
 議論の火蓋が切って落とされる。











 すると突然、手を挙げるポケモンが。

 「どうしました、ムウマージさん?」
 「......嫌なものを感じるわ......読めば読むほど分かる、気持ちが悪くなるぐらい......。 ......あなた、どうして立っていられるの?」
 「えっ......」
 「答えられないの? あなた、苦しくはないというの?」
 「......前はたまに、吐き気がすることはありました。 今は......」
  
 ユズが言葉に詰まる。 ......そういえば、最近はその手のものは無かった記憶が。 人間時代は吐き気が起こったこともちゃんとあったのに。 魔狼が目覚めたと言うなら、ずっと怠いとかでもいいはずなのに。
 
 「今は......」
 「今は違うと?」
 「......っ、ムウマージさん、あんたが感じ取りやすいだけじゃないのか? あんたはゴーストタイプだし、そういうところで名を馳せた奴なんだろ? 敏感で当然だ。 ユズが全く同じように感じるとは限らないだろ」

 すかさずレオンがフォローに入る。 ムウマージは引き下がるが、他のポケモンがまた手を挙げた。

 「あなたはこの他に、魔狼とやらの力に呑まれたことはあったのか?」
 「......あります。 でも一時的です。 友達が、止めてくれて......」
 「止められなければ、暴走していたのか」
 「それに関しては俺達がいる。 それに、こいつも抑えようとする意志はあるんだ。最初と今と比べれば、今の方が安全に決まってる」
 「こっちからも質問ですけど......あなたの存在がポケモン達の安全を揺らがしている可能性についてはどう考えてますの?」
 「おっしゃる通りです......。 それでも、真実さえ見つけられる環境があれば、これを根本から取り除けるかも」
 「その環境を与えたところで、あなたは本当に真実とやらを見つけられると?」
 「こいつらは遠征も経験してる。 俺もサポートは出来るし、戦闘に関して不安要素がある奴も幸運なことにいない。 十分可能だと俺は考えているが」
 「私も、言いたいことがあるんですが」

 矢継ぎ早に飛んでくる質問。 今しがた手を挙げたポケモンの方を見たレオンは、露骨に嫌そうな目つきになる。

 (うげっ、むかつく奴......)

 レオンは心の中で思い切り相手を睨みつけてやる。 丁度、この前彼に遠回しに「お前も前線に出ろ」と言ったポケモン......ヤドキングそのものだったからだ。

 「1つ聞きたい。 あなたは何故この世界に? 世界に仇なす気が本気でないのなら、力づくでそのケイジュという奴とやらを振り払うことは出来なかったのか? それとも、逃げられない手でも講じられたのか? 例えば、眠らされたり」
 「っ!」

 ここまで必死に答えを編み出そうとしてきたユズだったが、遂に完全に止まってしまう。
 ユズの脳裏に、あの雨の日の記憶が過ぎる。 自分の手を取った、あの冷たい手。 白い筋のように落ちてくる雨。
 自分の地獄が何なのか。 それを誤認してしまった、あの日。

 ユズの記憶を見ていたがゆえに、レオンも少し戸惑う。 だが、ここで止まるわけにはいかなかった。

 「だから、振り払おうとした時には遅くて......!」
 「あなたは黙ってください。 大体いちいち横槍入れて......それで危険分子を庇ったつもりですか? 子供を守りたいやら言っておいて、この子供のために他の子供を殺したいのか? ......意味が分からない」
 「......はぁっ!?」

 レオンは今すぐにでも技を放ってやりたい衝動をなんとか抑える。 こうなってしまうと、ユズに言ってもらうしか手は無い。 でも。

 (何て言えば......)

 分かっているのだ、頭では。 レオンに同調して、間に合わなかったと言えばいいのだ。 それか、ヒサメが何かしたのだとでっち上げればいいのだ。 でも、でも。
 彼は、そんな無理矢理眠らせたりはしない。 これから敵対する状況になっていっていまうとしても、それだけは信じたかった。 だから嘘なんてつけない。

 (あんの野郎......)
 (ユズ、答えない......)
 (イリータ、これ、やばいんじゃ)
 (ええ。 でも私達は何も出来ない......ユズが答えないと、打開は無理よ)
 (あちゃー、これは......)
 (......違うならさっさと反論しないか、馬鹿者が)

 全員の焦りが募っていく。 しかしユズは黙ったまま。
 
 「......何か言ったらどうなんだい!?」

 耐えかねたのか、違うポケモンの怒号が飛ぶ。 キラリから見て、ユズの身体は少し縮こまったような。

 「ちょっと落ち着けって......! どんどん聞いたって萎縮するだけだろ!?」
 「何変な心配してるんだい!? 私達はこの人間と話さないといけないんだよ!? ......やっぱりあんたは変なところでうるさくていけ好かないねぇ。 元々こんなじゃなかっただろあんた、やっぱりあの小悪魔にでも毒されたかい」
 「小悪魔ってのは......」
 「ああもうレオンちゃん一旦ストップ! 収拾つかない!」
 「......にしても、こんなちっぽけな人間のためにわざわざ集まるなんてね」
 「何匹集まったって、結論は同じだろうに」

 ざわつく中、呆れの声も段々聞こえ始める。 その声を一身に受けるユズは、俯いて目を強く閉じていた。
 
 (ユズ......)

 ユズの顔をのぞき込むと、何かぶつぶつ言っている。 きっとこの素振りからして、諦める気はないのだろう。 策を見つけたいのだろう。
 それなのに、話は勝手に進んでいく。

 「人間だからといって、そう無闇に信用したら痛い目を見るぞ!」
 「何考えているかも分かりやしない!」

 ......好き勝手言って。
 ユズの言葉も待たずに、全部決めつけるのか。
 魔狼を宿した人間だからって。 怖いからって。
 
 何故、黙っていなければならないのか。

 「大体ねぇ〜」

 
 ──もう、限界だ。














 「......なんなんですか」











 ユズが顔を上げる。 彼女の蔓を握っていたキラリの手は、強く震えていた。

 「なんなんですかっ!!あなた達!!」

 キラリの声がびりびりと響く。 ユズが驚いた顔で彼女を見つめる。

 「好き勝手にユズのこと悪く言って、なんなんですか、本当何様なんですか!!」
 「キ、キラリ......」

 キラリの怒りは止まない。 彼女は声を大にしてまた叫ぶ。 声が狭い会議室にこだまする。

 「あなた達はユズのことを悪者のようにしか言わないけど、何も知らないからそんなことが言えるんだよ!!
 ユズの言葉も確かに遅いけど、それでもなんで勝手に進めちゃうの!? なんで!?」
 「......何なのあなた偉そうに」
 
 複数のギンとした鋭い眼差しがキラリに向くが、彼女は強気の姿勢を崩さない。
 その今までの彼女にはあまり見られないような姿に、ユズはただたじろぐばかりだった。

 「君......そうか、この子の相棒か」

 バクオングがそこに口を挟む。 こくりと頷くキラリに対し、彼は続ける。

 「......君には、今回口を出して欲しくはないな。 なんせ、この子とずっと今まで一緒にいたのだ。 情念は湧くに決まっているし、君がそう言うのもなんら不思議ではない。
 でもね、今は第三者の目がいるんだよ。 君はどうしても、彼女の事を色眼鏡でしか見られないだろう?」
 「色眼鏡......?」
 「共にいたがゆえに、彼女を特別視している。 批判の目を持てないということさ。 第一、君がよく知るのは記憶を失った状態の彼女だ。 本ポケ以外には、記憶のある彼女の姿なんて誰にも分からないんだよ。 その彼女が黙りこくっている......なら、図星ということだろう?」

 その時、ユズの心臓が跳ね上がり、深い後悔の念が彼女を襲う。
 やってしまった。 やっぱり何か言い返すべきだった。 ......でも、図星なのは本当だから、無理なのだ。
 ......例え一瞬でも、この世界を滅亡させるということに疑問符を持たず、ヒサメの手を取ったのは事実なのだから。
 この世界を滅ぼすことが自分の地獄なのだと、理解してしまったのだから。
 ユズの顔に汗が垂れる。 目の前がぐらぐら揺れる。 だがユズはキラリの手をよすがに、なんとかその場に立ち続けた。
 それを見て、バクオングが一言。
 
 「......哀れな子供だな、本当に」

 これは皮肉でもなんでもなく、本当に悲しそうな声だった。

 「......このポケモン達の言葉が行き過ぎたものであったのは謝罪しよう。 だが、仕方がないんだよ。 私達は何度も世界の危機に直面してきた。 だから事前に防ぎ守りたいのだよ。
 例え何かを犠牲にする必要があってもな。 分かってほしい。 世界は、そうやってできているんだ」


















 

 「......だから? だから全部忘れろっていうんですか? 今は、ユズを犠牲にしないとどうしようもない時なんですか?」

 キラリは改めてバクオングと向き合い、言葉を紡ぐ。 真っ直ぐに、目を逸らさず。 その姿を見たユズ以外の全員が思い出すのは、あの話し合いの時。

 「この1週間ぐらい、私はユズとちゃんと話してきたつもりです。 変わったことも沢山あった。 料理急に味濃くなったし、庭にお花増えちゃうし......なんなら、ちょっとだけ前より顔色悪くなったし。
 悩みだって言ってほしいのに、吐いてくれないし。 そりゃ、私だって言えてないことあるけど」
 「キラリ......」

 キラリはユズの方を向く。 すると、ユズとキラリの双方が涙を潤ませていた。
 キラリが目をこすりながら、ユズに向かって言う。

 「変わったよ、確かにユズは。 ユズは私より数倍も大人だよ。 こんなに言われても、頑張って耐えようとするんだもん。 私はこんなに怒っちゃったのに」

 あらかた涙が拭けたところで、キラリはもう一度前を見据える。
 ......出来ることなんて、この程度だけど。 でも。
 今は、色眼鏡なんかよりも大事なものがある。

 「......でも、変わってないものもあるんですよ!? ユズは結局特別な何かってわけじゃないんだよ! 笑うし、泣くし、たまには怒るし、呆れるし! その姿は変わらなかった! 匂いだって、みずみずしい柚子の匂いのままだもん!!私の大好きな、友達の匂いのままだもん!!
 私だって、戦わせてよ。 ユズと一緒に戦わせてよ!!」
 「......!!」
 

















 ユズの体がぶるぶると震える。 そこにあったのは後悔と、溢れだした辛さと──感謝と。

 (キラリ......私......なんで......)

 なんで、忘れていたのか。 そんな思いがユズに過ぎる。
 キラリの思いを知りたいとかつて叫んだのは、自分なのに。 それなのに、今度は彼女に叫ばせてしまった。

 『......分からなくても、ゆっくり答え見つけてこ? 私も、頑張るから』

 ......この約束を、自分から無下にするなんて。

 なんで、なんで自分は──。

 「ユズちゃん」

 アカガネの声。 ユズが振り向くと、彼女は優しい微笑みを向けてくれていた。 ね?と言いたげなその目から、ユズは改めて思い出す。
 朝にもらった、「彼女」の言葉を。
















 
 ......ユズちゃん。 今はわかんなくていい。 流してくれていい。

 でも、でもね。 「実感した時」には、もう一度思い出して欲しいの。

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