第11話 夢を潰さないでくれ

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 街の外れにある住宅街に、周囲のものと比べて一回り大きめの家が1軒建っている。そこは警察署に勤めており、かつ一定以上の階級を有する者が利用できる宿舎である。
 警視の階級であるニドキングはもともとバンギラスと同じ、アイランドのナランハ島出身であるが、警察署での勤務が多いことからこの宿舎を割り当てられている。

「ひろーい! パーティできるくらい!」
「一般向けの宿舎と全然違ぇ……」

 ヒトカゲ達はもちろん、今日初めてお邪魔したバンギラスもその広さに驚いている。

「まぁ、物あんまり置いてないからな。ナランハの家の方が散らかってるよ」

 そう言いつつも、部屋の隅には酒や調理済みの食材、雑誌や新聞が積み上がっているあたり、1人暮らしの部屋らしさが漂っている。ニドキングはその中からいくつか取り出し、部屋の中央にあるテーブルに並べていく。

「ほらほら、準備手伝ってくれ。始めるぞ〜」

 彼に指示されるままにみんなは準備を進めていく。とはいえ近くにあるものを並べていくだけなのでそれほど時間かけずに宴会の準備は完了した。
 各々のコップに酒が注がれていくが、ただ1人、ヒトカゲだけは割りもの用のジュースを入れていた。

「あれ、お前酒飲めなかったっけ?」
「この体だと飲めないのー」

 退化しても嗜好が変わることはないが、さすがに体の耐性はリザードンのままとはいかない。酒を飲みたくてもヒトカゲの体ではアルコールを十分に分解できないようだ。それゆえ、彼だけきのみジュースで乾杯となった。


 しばらく経過して全員がほろ酔いとなった頃、一旦酒瓶を片付けるためにニドキングが立ち上がる。その時ふと隣の部屋に置いてあったあるものに目が止まり、おもむろにそれを取りに行く。
 戻ってきた彼の手に握られていたのは、薄みどり色をした小さなぬいぐるみだ。どのポケモンの形にも似ておらず、少し汚れと糸のほつれが目立っている。

「かいじゅうにんぎょうだ。知ってるか?」

 その場にいた全員が、かいじゅうにんぎょうを物珍しそうに見ている。人形自体はどこにでも大量に売られているが、ニドキングが持っているそれが特別な人形だとは思えず、何に関連しているのだろうと首を傾げている。

「おじさん、それがどうかしたんですか?」
「これはお前のぬいぐるみだよ」

 バンギラスは自分の物だと言われ、余計に首を傾げた。彼の記憶の中では1度もぬいぐるみを購入した記憶もなく、何故この家にあるのかもわからずにいる。覚えてないか、とニドキングが小声で言うと、このぬいぐるみについて語り始めた。

「みんな知らないかもしれないが、バンちゃん、親がいなくなってからはしばらく私が引き取ったんだ」

 20年以上前、バンギラスの父・ラルフは自身に関わる事件の調査中に殉職してしまい、1人残された息子をラルフの同僚かつ親友であるニドキングが世話することにしたのだ。当時、息子はまだ小さい小さいヨーギラスであった。
 急に父親がいなくなったことに動揺し、ヨーギラスは毎日のように泣くしかできなかった。それを何とかニドキングは落ち着かせようとするが、親を失うということの悲しみは計り知れないものがあることを知っている。ましてや子供だ、現実を受け入れる整理などできようがない。

「そんとき、なだめる用に買ってやったのがこのぬいぐるみだ」
「そっか、なんか思い出してきたかも……」

 ニドキングが話を続ける。これが気に入ったのか、与えてからヨーギラスは泣く頻度も少なくなり、徐々に元気を取り戻していったという。

「バンちゃん、これ抱えないと寝てくれなかったんだ」
「い、いーだろ! 俺だってガキだったんだし!」

 今の容姿からは想像がつかないほど可愛い一面があったことを知り、一同ニヤつきながらバンギラスを見ている。
 ただ、彼はこれまでの話でこのぬいぐるみのことを完全に思い出しており、このぬいぐるみを好きになった理由が、父親の手のひらと同じ感触がしたからだということは敢えて喋らずにいた。これ以上暗い雰囲気に持っていきたくないという彼の現れだ。

「しかし、大変だったんではないですかい? 1人で警察官やりながら子供の世話するって」

 ニドキングの空になったコップに酒を注ぎながら、カメックスは話しかける。この時、普段敬語らしい敬語を使わない彼の発言に驚いたのか、ヒトカゲとルカリオはおもわずコップを落としかけた。ちなみに特段意味があるわけではなく、酔ったときに敬語になったりならなかったりすると、後に本人から伝えられる。

「あぁ、そこは大丈夫だった。彼女が同棲してたからな」
『彼女?』

 バンギラス以外の全員がその事実に興味津々だ。それもそのはず、今のニドキングは独身で、ヒトカゲが初めて出逢ってから1度も♀の気配があったことはない。みんな、彼のことを仕事熱中タイプと思っていたからだ。

「懐かしいな、ニド姉ちゃん。何してるんだろうなー」
「そうだな。今となってはどこにいるかも何してるかもわからないしな」

 2人で顔を綻ばせてしみじみと過去を思い出しながら、その話を聞きたがっているヒトカゲ達に当時の様子を語り始める。


 ニド姉ちゃんと呼ばれたニドクインは、ニドキングが警察学校に入る前から彼と交際していた。意外にも、惚れたのも告白したのもニドキングの方で、恋愛に不器用な一面が気に入られて交際が始まったという。
 それから数年後、同棲が始まってしばらくした頃にヨーギラスを引き取ることになったが、嫌な顔をするどころか暖かく受け入れ、本当の家族のように四六時中面倒を見てくれていたのだ。

「どんな方だったの?」
「俺にとったら、母親同然の存在だったな。いっつも一緒にいてくれて」
「バンちゃん、私よりべったりだったもんな」

 そんな生活を続け、サナギラスに進化した際に「そろそろ自立する」と言い出し、ニドキングの家を離れ1人暮らしを始めることになった。その際も本音ではニド姉ちゃんと別れるのが寂しく、結局週2回は一緒に食事を取っていた。

「どんだけテンプレツンデレなんだお前は」
「うるせぇ、悪ぃーかよ!」

 恥ずかしいからか、それとも酒のせいなのか、バンギラスの頬は赤らんでいる。みんなは前者としか思っておらず、カメックスのツッコミに対する彼の返しに笑いを堪えるので精一杯だ。

「で、それからどうしたんだ?」

 続きを聞きたがっているルカリオの言葉を受け、ニドキングはコップの酒を一口含み、ゆっくりと喉に流し込み終わると、空になったコップの底を覗き込みながら呟いた。

「1年くらいして別れたよ」

 これまでの話を受け、みんなはニド姉ちゃんに好印象しか持っていない。それ故サナギラスが自立してからすぐに破局したことが信じられず、なぜ、どうしてという顔をしている。

「私から別れを持ち出したんだ。仲違いではなく、むしろ結婚直前まで行っていた」
「なら、なおさら……」
「私は、彼女のために、諦めようと思ったんだ」

 彼女のために、というのが彼の理由だった。
 さらに聞くと、彼女はずっと昔から故郷でお店を開きたいと、たまにニドキングに語っていたようだ。自身の育った小さな町をもっと賑やかにしたいという夢を持ち、成功した将来を想像していた。

「私といたいと言ってくれたが、あいつは夢を諦められなくて……それを感じた時、胸が痛くなってな」

 当時の心境を思い出し、ニドキングは過去話をしている今も胸が苦しく感じている。

「私みたいな奴といるより、もっと充実した人生を送ってほしくて、別れたんだ」

 今でこそ警視という役職で、上司や部下からも信頼が厚いニドキングであるが、昔は採用ミスと呼ばれるほど仕事ができず、居残りで実技や座学をするなどして必死について行こうと苦労していた。
 その時心の支えとなっていたのは、警察学校へ入る前から付き合っていた彼女だった。なかなか努力が実らない彼を励ますために、手料理を振る舞ったり、プレゼントを贈ったり、ただ黙って寄り添ったりしていたことを彼はしっかり覚えている。

「夢を叶えるのに支えがいるのはわかってる。だけど、支えてる側の夢を潰してまで叶えるものかと、疑問に思ったよ」

 そう、ニドキングの当時の夢は立派な警察官になること。警察官になれば数年おきの転勤を余儀なくされるため、結婚しようものなら、故郷で店を開きたいという彼女の夢の犠牲の上に成り立つものになる。
 こんなどうしようもない自分のために夢を諦めて欲しくないと、悩みに悩み抜いて出した結論をもって、彼女に別れを切り出したのだ。それを受けた彼女は、ぐっと涙を堪えながら静かに笑顔を作り、「ありがとう」と言ってその場を後にしたという。



「……おじさん、ニド姉ちゃんのことそこまで考えてたんだ……」
「切ないですぜ、これは」

 ニドキングの深い恋愛話に、その場の全員がしんみりしている。特にバンギラスとカメックスに至っては、酒のせいもあってか途中から目にうっすらと涙を浮かべて話を聞いていた。それに気づいたニドキングは少々慌てた様子で彼らをなだめようとする。

「なんか酒がまずくなる話題になってしまったな、悪い悪い。さ、飲み直しだ!」

 そう言うと、ニドキングはすぐさまヒトカゲ以外のコップに並々になるほどの酒を注いだ。勢いをそのままに全員で乾杯し、その場の空気と一緒に一気にコップの酒を飲み干した。それでも、彼の胸の中には、ニドクインと一緒に過ごした時間がくれた温かい何かがしばらく残り続けた。
次回、「第12話 僕、クマ同盟です。」

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