第五節 グッドバイ・ナッピング

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読了時間目安:14分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 時刻はエーデルワイスがM・Mモンロー・モンローと邂逅した時刻より、少し前。
 多くの人が詰め込まれた、アローラ国際競技場での開会式まで遡る。


◆◇◆◇◆◇◆


『――ですから、この大会は単なる協賛ではなく、アローラとヌクレアの友好を表すものであります。それでは、ここでボクのスピーチを終えさせて頂きたく存じます』

 リリーの奴が壇上で堅苦しいスピーチをしている中、アタシは舞台裏で間伸びした空気に暇を持て余した。こんな平和ボケした場所で警備もしっかりしているというのに、ここまで突っ込んでこれる馬鹿もそうそう居ないのはヌオーでもわかる。

「ふわ〜ぁ」
「はみぃ」

 アタシもユキハミも思わず欠伸を隠し切れず、目尻に涙を浮かべてしまう。しかし運が悪いことに、ちょうど一番大きく口を開け切ったところでリリーの奴がお立ち台から戻ってきた。

「まったくもう……緊張感ってものはないの? 一応これでもV.I.P.なんですけど?」
「へーへー。なんかありゃ10mやそこらなんて一歩で十分だよ」

 タイミング悪く現れたリリーになじられるが、いつものようにテキトーに流して返す。そうすれば言っても無駄だと悟ったのか、リリーはアタシの格好を爪先から頭のてっぺんまでまじまじと見回した。

「フキちゃん、暑くないの? 冬でも元気にヘソだしファッションなのに、こんな太陽の下で着込んじゃってさ」
「そのためのハミさ。1時間あたりオボンの実10個で冷房として働いてんだ」
「はんみみ!」
「へぇー、でもよくハミちゃんを服に入れられたね」
「ま、サラシで胸を抑えりゃユキハミが入るスペースだって作れるぜ」

 そう言ってリリーの奴はアタシの胸元に視線を向ける。そう、ユキハミは今、アタシの胸元にムギュっと詰められる形で、接触小型冷房と化している。
 そうやって和気藹々と話をしつつ、大会側から用意されている関係者席に向かっている最中のことだった。
 突如、大会の空気がズンと重苦しいものに変わる。アタシの野生の勘が、ビリビリと警鐘を鳴らす。対するリリーは普段と変わらぬ顔だが、だからこそ状況は、もうすぐそこまで逼迫しているのだと理解した。
 ――この大量の警備に気づかれず、何かがすぐそこまでやって来ている。
 根拠はない。だが、その直感のみが、アタシの手をモンスターボールまで伸ばさせた。杞憂ならいい。
 だが現実は非常だ。いつだって事実は小説より奇なり、青空が落っこちるようなことだってあるのだ。

「リリー、アタシのそばを離れるなよ」
「えっフキちゃんどういう……?」

 はじめは唐突に、雲ひとつないアローラの空へ墨を垂らしたように、黒点が一つ、現れた。
 黒点は無音で現れたが、次第にピキン、ピキン、と周囲の空間へヒビを入る。そしてひび割れが網の目のように細かく入り、限界を迎えたところでパリンと割れた。
 そして、割れた空間から押し出されるように姿を現したのは、アタシがリーグで見た黒い怪物。
 そして、怪物の上には線の細い青年が乗っていた。白黒ボーダーの服を羽織り、エデ公とは違う目に不健康なクマをこさえた、どこか地に足ついていない青年。
 彼は掠れるような細い声で、こう、呟いた。

「僕を見る人なんて、みんな、死んじゃえばいいんだ」


◆◇◆◇◆◇◆


 彼がそう呟くのと同時、アクジキングと名前がつけられた生物は、腹部に刻まれた大きな口をガパリと開く。
 
 そこから胃酸が込み上げて来たかのように口が膨らむと、一気呵成に大量の鉄柱を吐き出した。
 晴天の霹靂。いや、それ以上か。降り出した鉄柱は初めは緩やかに、やがて重力に惹かれてぐんぐんとその速度を上げていく。

「っこんなところでそんな事したらっ!」

 フキは荒々しく叫ぶと、リリーを抱き込みながら、手にとっていたボールを荒々しく地面に叩きつける。
 そして繰り出されたのは、綺麗ら空色を一身に背負った巨躯。氷気をその身に纏ったポケモンは、決して倒れぬ不撓の盾。

「くろおおおおぉぉぉぉっ!」

 その名はクレベース。氷山ポケモンに違わぬその体は、フキとリリーを庇い立てても余りある。
 巨大な影が二人を覆うのとほぼ同時、鉄柱が大量に着弾した。
 響く轟音、そして巻き上がる土煙。
 狙われたのは、要人が集中して着席している観客席、つまりはフキのいる所。ガンガンと客席にぶつかる鉄柱は、地面に着弾しては何度もバウンドし方々に散らかっていく。
 グラグラと地面が激しく揺れる中、周囲の人間たちは訳もわからずただただ悲鳴を上げた。リリーもその一人、絹を裂いたような叫び声で頭を抱える。
 そんな中、フキだけはアクジキングを真っ直ぐに見据えていた。
 時間にしてはおよそ10秒。たったそれだけの時間で、さっきまでの競技場の光景とは、大きく変わってしまっていた。

「うぅ……痛い……痛いよぉ……ママぁ……」
「コヒュッ……カッ……アッ……!」
「僕の、僕の腕は一体どこに行ってしまったんだい? ふふ、はは、あはははははっ」

 辺りにはツンと鼻奥を刺激する血臭が漂っており、じくじくとした被害者たちのうめき声が会場へと木霊する。
 そんな惨状にフキは眉を顰めながら、腕の中で細かく震えているリリーをより強く抱き抱えた。

「ッチ……キュウコンを里帰りさせんじゃなかったぜ……前見たはずなのに、何もねえ所から来る可能性をなんで考えていなかった……!」

 唇を噛みながら強く吐き捨てた彼女は、辺りの惨状を見回してから、リリーが周囲の惨状を見る前にそっと目を手で覆う。一番攻撃が激しい箇所がどうなっているか、考えるまでもないだろう。

「クレベース、無事か」
「……くれ」

 クレベースは短く鳴くと、後ろを軽く振り返る。彼の巨体は鉄骨を受けたとは思えないほどツルリと輝いており、傷ひとつ付いていない。
 物理的な攻撃に対して滅法強い頑健な体と書かれている、生体論文に違わない強固さだった。

「これやったバケモンは空中で静止中……不気味なほど動かねえな。逃げるなら今しかねえ。リリー、大丈夫か?」
「う、うん。一体周りはどうってるの……?」

 フキはその言葉に応える事なく、クレベースをボールに戻すと、バシャバシャと水を弾きながら素早く駆け抜け、競技場に併設された建物の中まで移動する。
 建物には開会式にやってきた家族連れの客も多く、そこに返り血をまぶしたフキが駆け込んできたものだから、辺りは軽いパニックとなった。
 だが、それを気にする余裕もなくフキはリリーを地面に下ろす。

留めず、ラッキーだったな、二人とも無傷だ。これ以上面倒な事になる前におさらばするぞ
「はみょみ……はみ……」

 彼女は汗ばんだ髪をかき上げながら、ぴるぴると震えるユキハミの頭を軽くさする。
 ところが粗だった呼吸が整いきれない彼女と違い、リリーは不破気味なほど静けさを保っていた。

「……おいリリー、お前耳ついてんのか? さっさとこんなやべえ所から逃げるぞって言ってんだ」
「……宙に浮かんでるあの人と生き物、フキちゃんなら、倒せる?」

 少女のその言葉に、フキは深く目を瞑り、次いで重く重く息を吐いた。
 そのまま腰を落として小さな上司と目線を合わせると、強い意志をもった瞳を睨み返す。

「お前、目ん玉まで腐ったのか? アタシらが生き残った、それで良いじゃねえか。何もこれ以上面倒ごとに首突っ込む理由もねえ。ここにいる島キングやらなんやらに任せておけば良いじゃねえか」
「あいにく、フキちゃんに目隠しされたから何も見ちゃいないよ。でもね、何があったかは想像がつくよ。その上で、まだまだ怪我人が出るっていうなら、それを防ぐべきなんじゃないの」

 しかしそれで怯むリリーではない。小さくともリーグ委員長、胆は一人前以上に据わっていた。
 二人の剣呑な雰囲気にユキハミはオロオロとしているが、フキはそんなものお構いなしに唾を飛ばす。

「自惚れるんじゃねえぞチビ。お前は確かに委員長をしっかりやってるし、爺さんだって市長だった。それは確かだ。でもな、お前が負うべき命じゃねえ。今逃げたって誰も責めねえし、下手に首突っ込めば事が終わってから外野が騒ぎ立てる事だってままある」
「……それでも、助かる命があるじゃないか。もしフキちゃんがついてこなくても、僕はいくよ」

 その様子を見たフキは諦めたように天井を見ると、強く強く、髪の毛を掻きむしる。ついでスーツのネクタイを緩めると第一ボタンをピンと弾いた。

「分かったよ、降参だ。アタシはお前の護衛、お前が行くってんならアタシが前に出るしかねえじゃねえか。ったくお人好しがすぎるんだよお前は」


◆◇◆◇◆◇◆


「リーグの上空20mでピッタリ静止中、さっきから動きは無しだな。おいリリー」

 移動した彼ら建物の影に隠れつつ、相手の様子をこっそり伺っていた。そしてフキは胸元にしまっていたユキハミを取り出すと、ぽむとリリーの胸に押しつける。
「本当に、全力で行っていいんだな?」

 その言葉に、こくりとリリーは頷く。それを見たフキは重々しく頷く。だが、それに反して彼女の顔にはどこか、三日月が裂けたような喜色も滲んでいた。
 片手に握ったボールをコツンと壁にぶつけ、呼び出したのはヒヒダルマ。
 言葉は不要、長年戦い抜いた相棒同士で目線を合わせると、すぐさま競技場の真ん中まで駆け出した。

「ヒヒダルマ!」
「だるぁっ!」

 ヒヒダルマはフキを先回りすると振り返り、両手を組んで地面にドンと打ち付ける。一瞬遅れてやってきたフキはそのまま速度を落とす事なく真っ直ぐ突き進んだ。
 あわや衝突、しかしそうはならない。
 ヒヒダルマの組み合わされた拳にフキは足をかけると、ヒヒダルマはさながら投石機のように、地震の主人を空へ打ち上げる。
 マンタインを捕まえた時と同じ動作。前よりも圧倒的に洗練されたその動きで、彼女はアクジキングたちのさらに頭上を取った。

「――なん、で」
「さっきから見下しやがって。図が高え、地面に落ちろや、ヒョロガリが」

 フキはその言葉とともに、二つ目のボールをアクジキングの主人――白黒ボーダーのシャツを着た青年に向かって投げつけた。
 ボールから呼び出されるのはクレベース。空中で呼び出された、同じ生物の中でも群を抜いて大きい個体の彼は、真っ直ぐ重力に引かれていく。
 トンに近い老齢のクレベースの重さは流石に堪えたのか、グラリと体勢を崩すと、真っ逆さまに地面へと吸い込まれた。
 そして、ドンという地響きのような衝撃。今までで最も重い物体の着弾に、もぬけの殻となった競技場の外からでも、つんざくような悲鳴が聞こえてくる。
 アクジキングは地震の主人を守るように衝撃を殺そうとするが、それでもひょろりと細い青年は地面をバウンドしながら投げ出された。

「痛い……ど、どうして、僕がこんなひ、酷い目、に」
「……誰だって、同じだろうさ」

 その青年目掛けて空から降ってくるのは、鈍色に輝く凶刃。水色の髪をたなびかせ、真っ直ぐ首筋を狙って落ちてきた。
 間一髪、青年が体を半分横に転がすと、地面に深くナイフが突き立てられる。
 深々と刺さったナイフに思わず情けない悲鳴を上げた青年は、ゆらりと自身に目線を合わせる刃の主に睨まれ、再度引き攣った声を上げた。

「まぁそうビビるんじゃねえ、ちょっと痛いだけだからよ」

 フキはそう言うと、スーツの裏地から別のナイフを取り出す。全てチグハグな見た目で、安っぽい量産品。先日チンピラに絡まれた際に奪い取ったものだった。
 そのまま素早く逆手に構えると、リリーが止める間も無く振り下ろす。

「っ……アクジキング!」

 しかし、青年も咄嗟に自身と共にある生物の名を呼ぶ。黒い巨体は上に折り重なったクレベースを跳ね除けると、口腔から伸びる黒い触腕をフキ目掛けて突き出した。
 クチートの副口やナックラーの頭蓋のような、口の形をした巨大なそれは、ポケモンとは違いそれだけで人間大の大きさを誇る。
 しかしそれでもフキは怯まない。彼女が振り返ることのない後方から、猛追するは水色の弾丸たるヒヒダルマ。
 後方に大きく引かれた握り拳が放たれると、主人を襲った口腕を弾き飛ばす。

「な、なんで、お前、が、一番前で、向かってくるんだっ!」
「ボードゲームじゃ王将だって駒だぜ?」

 攻撃を掻い潜ったフキはワン、ツー量の腕を振るって男を攻撃。青年はたまらず頭を抱えるが、頬を薄皮一枚ナイフが裂いていく。
 青年は痛みに涙を浮かべながら、思わずといった体で痛そうに両の手で傷口を押さえた。

「アクジキングっ、僕もう嫌、だ! もう、かえ、ろう!」

 その言葉に、素早く黒い巨体は青年の元まで戻ると、突起のついた舌でペロリと青年を丸め込み、口腔の奥深くへと飲み込んでしまった。
 その行為に、フキははたと気付く。突然ここに現れたのなら、もちろん帰る手段もあるはずだ、と。

「おいミミ! お前リリー連れてこっちまで来い! すぐにだ!」
「みぃっ!?」

 フキは怒鳴り上げるように、自身の遥か後方に控えているミミロップへ向けてそう告げた。
ミミロップは目を白黒させていたが、フキの有無を言わさせない雰囲気に気圧されたのか、リリーを抱えて跳ね向かって来る。
 それを見たフキは素早くポケモンをボールへと再度戻した。
 巨大な口の中へ自身の体を吸い込み始めたアクジキングは、顔も口の中へと取り込まれつつある。

「フキちゃん!? どう言うこと!?」
「説明は後だ! アタシの後ろは一番安全なんだ、万が一が無えよう一緒に来い!」

 そう叫びながら、アクジキングの口角斜め上、人間であれば小頬筋のあるであろう場所へ深々とナイフを突き立てる。
 暗月のように黒ずんだ血が跳ね返る中、僅かに緩んだ口の隙間に、彼らは自身の体を捻じ込ませるのだった。

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