第134話 真っ赤なジャージに誓いを

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 湯呑みに茶を継ぎ足してからキワメは口を開いた。マイも湯呑みを差し出してついでに注いでもらった。

「まず、ヒトとは分かるな? ヒトは人。ポケモンは友人と同じ、そういう感覚」
「うん。ポケモンは家族だもん!」
「それはいい事じゃ。しかし、トレーナーとなると別じゃろう? 共に戦うんじゃからな」

 その言葉に偽りはない。リーグの予選でもそうやって解答したくらいだ。
 マイの返答に良い笑顔でキワメも同意。それから本題に入って、説明をしてやるとマイの顔が難しいと訴える。

「うーん?」
「難しいか。なら、視点を変えよう。ポケモンばかりが頑張るのはどう思う?」
「良くないと思う! 一緒に強くなりたい! 一緒に戦いたい!」
「うむ、その心がトレーナーじゃ!」

 腕を組んで唸る子供にどうしたものかと婆は少し首をひねって悩む。
 何か上手い言い回しを思いついたのか手を叩いてからウィンクしてマイに尋ねると、ガッツポーズで返す。

「えーっ! でもでもっその考え方だとわたしの想いが足りないって事?」
「想いは充分。身体がついていけてない。これで分かるかの? 家族としては懐いているがトレーナーとしては未熟なんじゃ」

 褒めてから落とすスタイルのキワメ。だがしかし、マイを必要最低限のどん底には叩き落とさないように慎重に言葉を選んでいる。

「んー……。なんとなく分かりました。わたし、昔から身体弱いって言われてたし」
「ほほう、それは誰から?」

 ぽっかり開けた口元に指を当てて天井を見上げる。悔しい顔を隠したいのか、それとも悔しさが行動に出ているのか。
 キワメに尋ねられると顔を戻してから、両手を握ってテーブルに叩きつけ、立ち上がる。

「もーっそれはそれは会う人会う人! 孤児院で世話してくれた先生、そこにいるお兄さん、お姉さん。あとこっちに来てからお父さんにゴールド、クリスさんにシルバーさん……」
「おーおー。これはこれは……。完全に洗脳されて育って来たわけじゃな。よし、ワシが言おう。マイは強い、強い子じゃ」

 興奮して鼻息が荒い。言い切ると勢いよく椅子に座って、長いため息をついた。
 出会う人みんなに「弱い」と言われ続けてきたマイを哀れに思い、杖で頭を撫でてやる。

「わ~、なんか新鮮です! 強い! わたしは強い子!」

 杖で撫でられたのに「強い」と言われた事に感動して、左手をグーにして上に突き上げた。

「そのイキじゃ。気持ちが大切じゃからな。ならさっさく修行と行こう」
「分かった! みんな出てき――」

 その様子に満足気に頷く。善は急げとキワメも席から食器を持って立ち上がる。
 マイはやる気満々で、パーカーを腕まくりしてからモンスターボールを手のひらいっぱいに乗せて、全員をこの部屋に出そうとする。

「待て待て。ポケモンはいい。お主の修行じゃ」

 勿論キワメに止められた。いくらカイリューが二体いても平気な平屋でも六体は無理だ。
 そう言う意味で止めたわけでもないようだがーー。

「へ? だって、海岸にいたカイリュー達とバトルするんじゃないんですか?」
「海岸にいたカイリュー? まさか襲われたんじゃ!?」

 修行と言えばポケモンバトルとレッドから教えられていたのにどうしてだろう、マイは首を傾げながら、今朝2の島に着いたばかりの事を脳裏に浮かべながら話す。
 それを聞いたキワメの顔はどんどん青ざめて行き、食器を派手に落としてマイの肩を揺さぶった。食器は幸い、プラスチックや木製だったので壊れることはない。

「そうですよー! 大変だったんだから~!」
「やはり暴走ポケモンはまだいたか」
「ん? ん? 暴走ポケモン?」

 頬を膨らませて講義するマイの肩から手を離して、その手をキワメはアゴに持って行き考えるポーズをする。
 突然の事にマイはまた頭の上にハテナマークを大量に浮かべる。

「実は最近、この島でポケモン達が急に暴れる事があってな。普段は大人しいカイリュー達も急にワシらを襲って来る原因不明の自体が多々あって」
「へえ。でもなんとか乗り越えたから!」

 顔を曇らせる、キワメにしては珍しい表情だ。そんな顔は似合わないと、持ち前の明るい笑顔でマイは両手を強く握る。

「まあ、そんな危険があるからこその修行じゃ! 気合いいれるぞ! まずは島を十週! ほれ、行け!」
「えーっ!?」

 元気付けられたようにキワメはマイの横まで歩き、頭を叩いて笑う。
 変なテンションになってしまいマイは、慣れない事をするもんではないと学習した。

「しかし、うーむ。その格好は修行には不向きじゃな。よし、待っとれ! お主、SかMっていったらSじゃな?」
「え、え、なに!?  急に変な事聞かないでください!」

 ジロジロとマイを見てから、食器を片付けるついでに別の部屋に行く。マイは待っている間に自分の食器をキッチンに持って行き、蛇口の下に置いた。昔からウツギ博士の手伝いで食器を洗うの事は慣れていたのでちゃちゃっと洗ってしまう。

「ほーれ、お待たせ……お? なんじゃこっちか。なんだなんだ。食器洗っておいてくれたのか。気がきくの」
「えへへー。あ、どっちかっていうとってこの服の事かぁー!」
「そうじゃ! これならいくらでも汚していいからのぅ!」

 居間に戻ってもマイがいなかったため、辺りをキョロキョロ見渡す。
 洗い物を終えたマイを見つけると、驚いた顔でお礼を述べる。そして、その手には真っ赤なジャージが握られていた。

「ゲッ! ジャージかぁ。わたし、これ可愛くないから好きじゃないんですよねー」
「わがまま言わん! そのプリティなワンピースが汚れても構わないならワシは一向に構わんぞ! ホホホ!」

 受け取ったジャージを見るなり苦い虫を潰したみたいな顔になるマイ。長袖長ズボンの真っ赤なジャージ。
 お気に入りのワンピースが汚れるよりはマシか……、マイは肩を落とす。

「ゴールドに見られるわけじゃないし。いっか! ありがとう、キワメお婆ちゃん!」
「お嬢ちゃんじゃ! ほれ、着替えた着替えた! ポケモンは置いて行け。ズルでもされたら困るからな!」

 考えがまとまった、と言うよりは諦めがついたマイはジャージに着替える事にした。これから何日か世話になるし、気合いを入れてのお着替えタイム。

「はぁー。やっぱりダサいよ、この格好!」

 腕捲りをしてマイは準備満タン。肌着用にと用意された白いTシャツを隠すようにチャックを上まで完全に締めて登場。

「あーうるさいうるさい。文句を言わない! ほれ、これが地図じゃ! この通りに走って来い!」

 これ以上は話を聞いてられないとキワメに背中を押されてマイは小走りに走り出す。
 いつも走らないマイにとって、マラソンは未知への恐怖でしかない。どこまで走れるのかは自分でも分からない。

「ヒィー! しんどいー!」

 明るくなった空にマイの悲鳴がこだました。

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