第67話 絆のかたち

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 「......相棒って......」

 レオンの言葉の後に、数秒間の沈黙が流れる。 キラリが若干ぽかんとしている間に、ユズは2匹に向かい問うた。
 
 「......アカガネさんが、レオンおじさんの元相棒?」

 その言葉にキラリはハッとし、もう一度アカガネの顔を見る。
 レオンの「相棒」という言葉。 アカガネの満更でも無さそうな顔。 レオンから聞いた、夢を追い探検隊から離れたポケモン。 ......恐らく、間違いない。
  
 「ん。 ほら前に言ったやつ」
 「うんうん。 いやー凄いもんだよねぇ」

 アカガネはけらけらと笑うが、ユズとキラリにとっては案外重要な事実だ。 なんせ、探検隊として1つの憧れとも言えるポケモンの元パートナーであるわけだから。 ......どうりでさっきの言葉に凄みを感じたものだと、驚くと同時に納得もする。

 「まあまあ席つきなよ。 話したいこと山の如しでしょ?」
 「......それもそうだよな。 アカガネ、俺はお茶いいよ」
 「えーいいじゃん遠慮しないで! 折角いい木の実取れたんだから! レオンちゃんこの紅茶好きでしょ?」
 「俺の気遣い無視かい......まあ飲むけどさ」

 改めて全員が席につく。 レオンの分の紅茶も足され(流石にモモンは無理だったらしい)、お茶会メンバーは気付けば4匹に。さっきと同じように優雅ではあれど、喋る内容は急に重要味を帯びてくる。
 
 「で、ユズちゃんごめんね。 さっき遮っちゃったけど......うんまあ、何だっけ? その対象の名前」
 「え? あのえっと......」

 ユズとキラリは少し口籠る。 出会ったばかりのポケモンに真実をべらべら喋るのはやはり抵抗がある。 ケイジュのこともあった訳だから、尚更だ。 無条件に誰かを信じることにここまで躊躇うとは、ほんの半年前までは思わなかったろうに。
 だが、そこにレオンの助け舟が入った。

 「大丈夫だ。 確かに口軽そうな顔してるけど、意外と真面目な奴だし。 なんせ俺の長年の友達だぜ? 信じてやってくれや」
 「口軽そうって何さ。 あたしのどこがそう見えるのよう」
 「まんまなんだよその感じが」

 ため息の音にアカガネは若干不服そうだ。 レオンはそれには構わず続けていく。

 「まあユズの中にいるらしいそれの名前、魔狼っていうらしい。 由来は俺もよく知らん」
 「えっと、虹色聖山にある壁画だと......昔、世界で暴れ回ったからだって」
 「うわあ物騒な名前。 そんなのがこんなかわいい子に憑いてるなんて世界って残酷......ん?」

 おもむろに嫌そうな顔を浮かべるアカガネだったが、言葉を言い終わる前にその表情に変化があった。 眉間にしわを寄せて、一言、こう続けた。

 「......なんで?」
 
 彼女の口から飛び出した、素直な疑問。 その真意が読み取れず、ユズ達が首を傾げる。
 すると、彼女は机に腕を置きこう言い出した。
 
 「ユズちゃん。 ちょっと前足いい?」
 「は、はい?」
 「触れた方が分かりやすいの。 魔狼、ぽいのはいるにはいるけどちょっと違和感というか。 許してくれる?」
 「......分かりました」

 ユズはそっと前足を差し出し、アカガネの両手がそれをそっと包む。 前足をふわふわした感覚が覆う。 しかし、ふわふわといっても手の毛が触れていることによるものではなかった。 これはアカガネの力なのだろうか。 手が宙に浮いているような、微妙な違和感に頭の葉っぱが逆立つような......でも何処か落ち着くような。 気づいたら、前足の方にユズの意識は引き付けられていた。
 当のアカガネの方は、暫く目を瞑って考えていた。 その後、「んん〜?」と急に唸り声を上げる。 暫く悶々とした後、限界を迎えた顔の緊張が一気にほぐれた。 ふっと、ユズの前足を包んでいた不思議な力が消える。

 「......ありがとユズちゃん、もういいよ」
 「どうも......あの、何か分かりました?」
 「まあ分かったっていうか......なんだろ、こっちの想像の斜め上をきたっていうか」
 「?」
 「えっと、単刀直入に聞くとね......」

 少しきまりが悪そうに彼女は問いただす。
 

 「ユズちゃん、魔狼って本当に怖い?」
 

 その口から飛び出したのは、ユズが想像していなかった疑問だった。
 

  






 

  
  
 

 「怖い......って?」

 ユズの身体が震える。 魔狼に対して抱く感情に、怖い以外の何があるというのか。 数年間、何もせずともこちらの心をずっとすり減らしてきたというのに。 ......最近も、振り回されたばかりだというのに。

 「その名の通り。 ユズちゃん的に魔狼に対して不安だなーとか、何が起こるか分からないの恐怖感じるなーとか」
 「それは勿論! ......でもなんで」
 「アカガネ、勿体ぶらずに言ってやれ。 知らない時が1番不安になるものなんだから」

 アカガネはぶんぶんと首を振る。 その顔の必死さは、確かにこちらを焦らしているようなものではなかった。

 「勿体ぶるとかそんなんじゃないの! ......ただちょっとどういうことなのか分かんないから頑張って考えてから言いたいだけで......。
 その、あんま凶悪っていうものじゃないなぁって」
 「えっ!? どういうことですか?」

 キラリが思わず身を乗り出す。 それに対して、アカガネがジェスチャーを交えながら答えようとした。 まるで、何かを手で包んでいるかのように。
 
 「魔狼って、名前聞くと凄い悪そうじゃん。 でも違うんだよ。 そりゃあ外側の違和感は凄い。 負の感情が渦巻いているって考えても納得できるぐらい。
 でも本質は空っぽ。 別に力自体に意思があるわけでもなく、本当に空っぽ」
 「空っぽ......」

 その言葉の意味は、アカガネのジェスチャーにもちゃんと現れていた。 何かの球体の周りで腕をおどろおどろしくぐるぐるさせていたと思えば、急にパッと開いてその中身を見せつけてくる。 ──当然ながら、中身は無だ。
 ユズ達の中に広がる静かな動揺。 今までずっと邪悪の権化のように感じてきたものをそんな風に言われるとは思わず、ユズは黙りこくってしまう。 アカガネもそれを察したのか、少しやばいとでも思ったのか。 きまりが悪そうに口を手で押さえる。 返しをどうするか暫く思考した後、彼女はため息をついて肘を机につけた。

 「......ごめん。 うまく言語化出来ないや。 こういうのよくあるんだよねー。
 でも、なんか名前に合わないなーって感じだった。 まあ名前なんてポケモンが勝手につけるものだけど」
 「いや、それがわかっただけで充分だろ。 更に謎深まったけどな」
 
 その言葉を皮切りに、うーんと考え込む4匹。 真実に至る道は、舗装されていない上に濃い霧に覆われている。 更に、アプローチの仕方によっては分かれ道が多くなる。 当然霧があるわけだから、どれが近道でどれが遠回りなのかもわからないのだ。

 「......ちょっとお手上げだなー、でもここから色々情報漁らないとなんでしょ? 大変だねぇ、まあ精々頑張れー」
 
 仕事は終わったんだと言いたげにうーんと背伸びするアカガネ。 しかしレオンが冷めた目で見つめていることに気付いたのか、苦笑してこう続けた。

 「......なんてね。 レオンちゃん。 何か頼みたい事あるんじゃないの? そんな機会を待つみたいな顔して」
 「......ははっ、分かっちまうんだなぁ」
 
 レオンが笑う。 ......そういえば、彼がわざわざここまで来て話を求めた理由を直接聞けたわけではなかったのだ。
 ユズ達3匹はレオンの方を見て、彼の訪問の真の本題を待つ。
 











 「まあ、今の話を聞いて状況は読めたと思う。 俺達は世界存亡の危機とやらに巻き込まれてる。 鍵となるユズがこっちにいるだけまだマシだが、何か準備される可能性もある。 こちらの予想を超えたり、こちらの知らない手に踏み切る手も充分あり得る。 だったら、俺達も俺達で策を打つ必要がある。
 ......まあそうはいっても、現時点だとあいつらは結局魔狼頼りなんだ。 そうじゃなきゃ、あんな必死にユズを奪いにいったりしない。
 それなら魔狼の真実をどうにか掴めればいい。 それさえ出来れば充分勝機のある戦いになったんだ。 キラリ達が踏ん張ってくれたからな」

 キラリの表情がえっと言いたそうなものに変わる。 おじさんだって踏ん張ってくれたじゃない。 それを伝えようとしたが、無理だった。 彼の表情を見るに、そこに関しては訂正を許してはくれないだろう。「達」という言葉にちゃんと彼が含まれているのを信じるしかない。
 アカガネは黙って聞いている。 レオンは息をもう一度吸い言葉を続けた。

 「だけど俺達だけというのも限界がある。 ダンジョン調べたりというだけじゃ足りない。 現にお前の得た感覚は俺達じゃ絶対に浮かばなかったものだ。 その情報の価値は計り知れない。 ......そして。 俺が誰かに頼ろうかと思う時に、1番最初に頭に浮かぶのがお前なんだよ、アカガネ」

 ユズとキラリが顔を見合わせる。 そういえばそうだ。レオンがパートナーについて語るときは。
 どこか、誰に対してよりも強い信頼にあふれていたような。


 「頼む。 力を貸してほしい。 探検隊の元パートナーのよしみとかあるだろ。 ......俺を、こいつらを、どうか助けてほしい」









 レオンはその場で頭を下げた。 深々と。 普段の彼がとてもそんなことをするとは思えないくらいに。

 「ちょっ......おじさん!?」
 「レオンさん......?」

ユズとキラリがあたふたするが、彼の態勢は変わることはなく。 そうなると、反応を伺うべきはアカガネの方だ。 アカガネは真剣な顔でレオンの話を聞いて、少し腕組みをする。

 「......守りたいんだね。 レオンちゃん」
 「えっ」
 「レオンちゃんももう大人なんだねえ、責任感の塊じゃん。 正直あたしなくても大丈夫なように思うけど......。 それでもなんだね」
 「......アカガネ、それじゃあ!」
 
 レオンが嬉しそうに顔を上げる。 アカガネはそれに応えるようににっこりと微笑んだ。
 ──満面の笑みで、答える。




 「んー......お断りします!!」
 「「「は!?」」」













 3匹は一斉にガタっと音をたてて立ち上がる。 こちらの切羽詰まった顔とは違い、あちらの顔はどこか面白がっているような。......そんなテンションで流せる話だったろうか?
 今にもアカガネに殴りかかろうとするレオンをユズとキラリが必死に制止する。
 
 「おまっ......てめっ......!」
 「レオンさんしっかり......!」
 「アカガネさんなんで!? 私からもお願いするから!」
 「だーーって協力する=探検隊完全復帰しろってことでしょパートナーって言ったってことはさあ!!レオンちゃんはわかってるだろうけどいい!? 私探検隊は大っ嫌いなの!!
 大体あの役所の探検隊連盟関係者に会うの嫌なんだけど!高い地位にいるポケモンは大体腐敗してくし、探検隊なんて育てば育つほど私利私欲に塗れた集団になってくよ!? そういやこの街探検隊ギルド無いけど、世の中のギルドには探検隊が貰った報酬のうち9割をぶん取っていくところもあるんだよ!? あんな黒い欲の塊みたいな職場環境なくない!?
 あっユズキラちゃんは気にしないでね! 2匹は多分そういうのには染まってないし、暫くの間はまだ無縁でいてほしいかな、うん!」

 文字通り、ユズとキラリの目が点になる。 レオンが自分の元パートナーには探検隊とは別の夢があると言ったのは覚えていた。 彼女の親の圧が強すぎることも。 親を技で圧倒してまで探検隊をやめたことも。 ......だからといって、ここまで探検隊に対する私怨が強いとは。
 もっとも、大真面目で頼んだレオンにとっては、そんな言い訳は意味を成さないが。

 「お前っ......、ポケモンが折角真面目に!!」
 「レオンちゃん、まだ分かんない? あたし探検隊のことは嫌いだけど、レオンちゃんのことは好きなんだよ?」
 「あ゛っ!?」

 不信感たっぷりでレオンはアカガネを睨んでみせる。 アカガネはそれに動じることなく、笑みも絶やすことはない。

 「レオンちゃんにとってあたしはパートナーっていうだけの存在? ちょっとそれだと心外なのよ。 パートナーっていう前に友達なの。 探検隊とか関係なく、1対1のポケモンとして。 それじゃダメ?」

 レオンの怒りの震えがようやく止まる。 そこに追い討ちをかけるように、アカガネの言葉は続いた。
 彼女は、こんな真摯な顔をするのか。 そうユズとキラリは思う。

 「お願いレオンちゃん。 向き合うんだったら、正々堂々。 肩書きとか全部投げ捨てさせてよ。
 あたしは、もう探検隊じゃない。 レオンちゃんみたいに前途有望な子達を支える側にもなれない。 1匹で暮らすことを求めた、側から見れば世界から逃げ出した奴なの。 要するに、あたしがみんなに与えられるものは、レオンちゃんが思うほど多くないから。 申し訳ないけどね。
 ......それでもいい? レオンちゃんがあたしのこと凄い信頼してくれるのはわかったけど、そこは汲み取ってほしいの」

また少しの沈黙。レオンは頭を掻き、申し訳のなさそうな表情をする。

 「あー......すまん、地雷そこか」
 「分かった?」
 「ん。 だよなぁお前、過大評価死ぬ程嫌ってたしな。 悪かった。 ずっと会ってないと色々配慮忘れちまうな」
 「ならいいよ。 んじゃはい、それでもいいんだったら正式版どうぞ!」
 「さっきの仮と思われたくねえんだけど......へいへい。 ......頼む、友達として助けてくれ!」
 「よしきた!!」

 アカガネは指を鳴らし笑顔で応答。 レオンはようやく胸を撫で下ろした。 ユズとキラリは一連の流れを見つめることしかできなかったわけだけれど。 しかし彼女らにとっても、レオンとアカガネがここまでどんな風に関わってきたのかは、火を見るよりも明らかだった。
 君はこれが嫌いだから。
 君はこういうポケモンだから。
 君はこういう事が好きだから。
 そんな言葉が、随所で聞こえてきたのだから。

 ──これが、この2匹の繋がりの形。 長年途切れることのなかった、絆の形なのだろう。














 その後、紅茶のおかわりを注ぎながらアカガネは笑う。

 「というか、レオンちゃん最初から頼ってくれたらよかったのにー」
 「頼りづらかったんだよ。 お前にもお前の生活あるだろ?」
 「ふーん。 そんな理由でリーサルウェポンほっとくんだ」
 「リーサルウェポンて......お前過大評価すんなって言ったばっかじゃ」
 「まあそれはそうなんだけどさ。 でもレオンちゃんがエスパー技得意になったのあたしのそばでずーっと戦ってたからじゃないの? じゃあ分からない? さいつよエスパーパワー持ってるあたしなら、ユズちゃんの中にある魔狼について見破れるって。 そりゃさっき空っぽとは言ったけどさ、でも外部なんかどろどろしてるわけだから、色々分かりやすかったんじゃないの?」
 「え?」
 「あたしの考察もあればもっと色々できたんじゃないの〜?」
 
 にやつくアカガネ。 それを尻目に、レオンの顔が急にさーっと青くなる。
 確かにアカガネの意見さえあれば、疑いなく魔狼イコール世界を救った何かとは考えることは無かっただろう。 ......そういえば、この考えを導き出した発端もレオンなわけだ。 まず山にあったという壁画自体当時の信心深いであろうポケモンの主観が盛り沢山なのだから、信用できるかと言われると微妙ではあったけれど、あの時は成り立つものとして考える他なかったわけで。

 ああ、悲しきかな結果論。 深夜に便箋出そうとして手が宙を泳いでいたり、風邪治った後に店行ったら友達に乙女みたいな顔しやがってと言われたり。
 ......今思えばもう恥でしかない。 女々しいと言われても120パーセント納得できてしまう。

 「だああああああもう!!!結果論だけど頼ればよかった恥ずかしい!!!」
 「わかればよろしい!! うっし、そんじゃ力になるよ! レオンちゃん!ユズちゃんキラリちゃん!」
 「助かる! いやあ一時はどうなることかと」
 「レオンちゃんが気の利かない発言するのが悪いんだよー」
 「にゃろう......ちなみに明日役所来てくんね?」
 「うげっ!?」
 
 アカガネの露骨に嫌そうな声。 レオンに加え、ユズとキラリも懇願の態勢に入る。
 
 「言ったろお前の証言役立つって!」
 「やーーだよなんであんな汚い大人の世界に!」
 「その汚いらしい大人の世界を乗り切るのに助けがいるんですよう!!」
 「アカガネさん、お願いします......!!」
 「うえーんもうやだー! この子達に嫌な一面見せるのもやだー! 純粋無垢な子供の心汚されるの見たくない!」
 「それは俺が全面的に悪いけど今回ばかりは折れてくれ!!」
 「レオンちゃんのばかっ!!」
 
 そんな口論が、夕方あたりまで続いたとか。
 
 
 

  





 



 「......疲れた......」
 「あたしだってメンタル無敵じゃないんだからねもう......あーやだやだほんとやだ、レオンちゃんやる気出すからそこのクラボの実取って」
 「生で食うのか?」
 「......辛い方が身が引き締まるの」

 レオンは机の上の籠に入っていたクラボをアカガネに投げてパスする。 ふと時計を見ると、針はもう午後の6時を指していた。 ユズとキラリには先に帰ってもらったので、レオンは遠慮せずぐったりと机に倒れている。
 そんなレオンに、紅茶のおかわりが差し出された。 出来立て熱々の湯気に目を向け、彼は一言礼を言う。
 
 「......ありがとうな」
 「いいってことよ。 というか、レオンちゃん寝不足じゃない? おじさんって呼ばれる年齢になったとはいえちゃんと寝ないと」
 「そういうお前は? 飯もちゃんと食ってるんだろうな?」
 「この自給自足ぶりを見てもそんなこと聞ける? ちなみに睡眠時間はいつもばっちり7時間半。 どうよ?」
 「健康的で羨ましいこった......」

 レオンがあくびをするのを、アカガネは窓に寄りかかりながら眺める。 窓に差す夕焼けの橙色が、その黄色と赤の体毛を染めていく。レオンはその方向を見て、感慨深そうにこう言った。

 「......いいよなその窓。 庭も見えるし、だからといって森が見えないわけじゃない。 お前好きだろ、そこ」
 「うん。 事あるごとにここで風浴びたくなる。 森の音とか聴いてると落ち着くの。 あー、あたし、もう自由なんだなって」
 「そっか。 ......じゃあごめんな。 暫くはその感慨消えちまうな」
 「ふふっ、一生恨もうか? ......冗談だけど。 ま、友達が大切に思ってる子達のためなら一肌脱ぐって。
 いい子達だね、あの2匹」

 アカガネがへにゃりと笑う。 親のように見守ってきたレオンにとってはこれ以上嬉しいことなどないようで、こちらもまた嬉しそうに頷く。 だが、少しその顔に影が宿った。

 「.....ああ。 素直だと思う。 これからも見守ってはいきたいし、あいつらの行く先は見届けたい。 ......だけど」
 「だけど?」

 はっとしてレオンは口を塞ぐ。 だがアカガネはそれを見逃す気はないようで、レオンの顔を覗いてきた。 ......これは、黙っていることはできない。 アカガネの性格をよく知るゆえか、レオンはそんな感覚を覚えた。 言わなければ、多分家までついてくるだろう。
 
 「いや......なんだろうな......これから俺出る幕あるかなっていうか......これ、単に子離れきついってやつか?」
 「あたしに聞かないでよ。 というか子離れねぇ......ま、ちゃんと出来るようにしとくに越したことないでしょ〜? 過保護だって技向けられても知らないよ」
 「はは、お前の家じゃあるまいし」

 レオンは一瞬笑い、少し顔を綻ばせた。
 
 「なんというか、あいつらな......」



















 時計は12時を回っただろうか。 街は静まり返っており、ユズとキラリの家も例外では無い。 そんな中、寝室のポケモンの影が何度も動いたり静まったりを繰り返していた。

 「......眠れない......」

 その影はユズのもの。 眠ることが出来ないのか、とうとう彼女はむくりと起き上がった。

 「遂に明日か......」

 見上げる先は窓の外の月。 ふうと息を吐くと白い煙が漏れ出る。 初冬の澄み切った夜空を見上げると、気はどこか楽になるものだ。
 そういえば、人間世界でもよくこんなことがあっただろうか。 親の帰りが遅いのをいいことにベランダでのんびりしたり。 .......明日はどうなるのだろうか。 もしかしたら、こんな夜空を見上げられないなんてこともあり得る。 無いとは信じたいが、命すらも奪われるかもしれない。 そんなことを思うと、寒気が急に強くなるような。
 茨の城に閉ざされた時と似た感情が、襲ってくるような。

 「落ち着け......落ち着け......」

 言葉を連呼することで、気持ちを落ち着けようとする。 震える身体をなんとか鎮め、もう一度月を見上げる。
 月を見上げるのは好きだった。 暗い中でほんのり光るその姿を見ると、どこか落ち着くものがあるから。

 ふっと息を吸った時、ユズはふと1つのことを思い出した。 満月の下での1つの思い出を。

 あの人も今、同じ月を見上げているのだろうか、と。

 


 ......彼の感情は、あの雨の日からもう読めない。 記憶が暴かれた日でさえ、対話をすることは叶わなかった。 一方的に話され続けただけだったから。 キラリから彼がその後何を言っていたのかを聞いたが、それでも分からないことが沢山ある。
 
 何故そんなにポケモン世界に恨みを持つのか。

 魔狼が世界を一度荒らしたといえど、それは彼が私的にポケモン世界を恨む理由として成立するのか。

 ポケモン世界に呼ばれた他の人間が、本当に不幸な目に遭ったという確証はあるのか。
 
 もう一度会わなければ、彼の真意は分からない。
  そしてそれはきっと、彼にしても同じだろう。 やめてやめてと否定するだけで、具体的な考えを共有した訳ではない。 ......互いの心が分からないまま世界を壊すなんてしたくないはず。 生きてさえいれば、キラリ達と自由に行動出来る状況にあれば、いずれは。

 ──そうだ。それなら尚更、こんなところでめげるのは許されない。
 



 折れるな、諦めるな。 ......彼なら、ユイなら、キラリなら、絶対諦めない。

 「諦めるな......」

 ユズはもう一度呪文のように唱え、藁布団へと戻った。 ......キラリの身体が、寝てるにしては不自然にもぞりと動いたのには気づかずに。
 



 
 ──明日が、1つ目の勝負である。


























......づい......て......

......たの......ほう......ゆ......れいな......ま......

そこ......し......が......る......

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