鳩、求愛を受ける

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 ふと眩しさを感じて目を開けると、もう朝になっていました。昨日はどうやらあのまま眠ってしまったようで、硬い床に押しつけたお尻が痛いです。縮こまっていた背中と足を伸ばすとバキバキと骨の鳴る音がしました。相当凝り固まってしまっています。
 意識がはっきりしてくると空気に触れる右腕がヒリヒリするのが感じられます。見ると赤く腫れていました。昨日の行いのせいでしょうか。顔を上げると丁度太陽の光が射し込む所に沢山の羽根が散らばっているのが目に映ります。私は咄嗟に顔を背け、身仕度を始めました。
 タンスを開けて服を選びます。一番上にあった淡い山吹色のお気に入りのワンピース──お店のお掃除の時に小鳥遊さんがくれたものです──を手に取りかけて、考え直します。長袖の方がいいですよね、だって……この腕を見られたくありません。私はそれを押し退け下の方から服を取り出すのでした。

 その日もいつも通り朝は鳥ポケモン達の毛繕いをし、昼は素材集めに森へ向かい、あたかもそこで集めてきたように昨日抜き散らかした羽根を持って帰りました。
「わぁ! もうこんなにも集めてくれたんだね。大変だったでしょ?」
 机に置かれたかごにもっさりと詰め込まれた黄金色にも見える黄土色の羽根を見て、小鳥遊さんは嬉しそうに言いました。私も小鳥遊さんに喜んでもらえて嬉しくなって、それに応えようと口を開きかけましたが。
「んーでも、あとこれの倍は欲しいな……というわけで明日もこの調子でよろしく!」
 小鳥遊さんのその一言で私はなんと応えたらいいのか分からなくなりました。右翼だけでは足りませんか──思わずそう言ってしまいそうでした。それを右腕をぎゅっと強く握って我慢します。私は喜んでもらえて嬉しいはずなのに、その笑顔が今はとても、とても辛かったです。私は曖昧に笑うしかありませんでした。その間にも小鳥遊さんは羽根を夢中になって数えています。今日はもう休もう、そう思って私は彼に声をかけます。
「小鳥遊さん、今日は少し疲れたのでもう寝ますね……おやすみなさい」
「あ! ちょっと待って! ……話があるんだ」
 呼び止められたので私は小鳥遊さんの前の席に着きました。何の話でしょうか? 私は小首を傾げ彼の言葉を待ちますが、彼は羽根を数える手を止め、非常に言いにくそうに目線をあちこちに漂わせています。顔も少し赤いような。一体何を言い出そうとしているのでしょう……私も身構えてしまいます。ようやく小鳥遊さんが言葉を口にした時には、握りしめた拳は手汗で湿っていました。
「あの、ね。今日、両親に依頼の事を言ったんだ」
「はい……」
「二人とも、すごい喜んでくれてね」
「それは、良かったですね」
 会話は至って普通なのですが何と言いますか、お互いぎこちないです。私の一言で一時の沈黙が流れます。こ、これは私がもう少し話を広げなければならなかったのでしょうか……? 居心地が悪くなって視線を巡らします。すると小鳥遊さんが徐に口を開きます。
「……そろそろ身を固めないのかって聞かれたんだ、職も定まった事だし」
「身を固める?」
「結婚するって事だよ」
「結婚……番いになるということですか?」
「まあ、そういうことになるね」
 小鳥遊さんがパートナーを作る……その事に私はただただ衝撃を受け何も答えられず、そこでまた沈黙が訪れます。私は何と言えばいいのでしょうか? どうして私にこの話をするのでしょうか? お相手はもう決まっているのでしょうか? ……この焦燥のような不安のような、もやもやした感じは何でしょうか? 強く握り締め過ぎて爪が食い込む掌は手汗でびっしょりです。
「……俺は……俺は、ね……」
 聞きたくありません。小鳥遊さんの口から他の女性の方の名前を聞くのが怖いです。でもここで逃げ出す事もできませんでした。怖いですがそれでも、そのお相手を知らずにはいられなかったからです。私はひたすら震える拳を押さえつけて、小鳥遊さんの口を凝視していました。一度生唾を飲み込んで、そして意を決して私の目を見据えた彼の口が紡いだのは────

「あの時言ってた事、まだ有効なのかな。
 クレアさん、いや──クレア。俺の番いのパートナーになってくれませんかっ?」

 ──────え? 小鳥遊さんの言葉を一瞬では理解できず、顔を真っ赤にしてそう言った小鳥遊さんを私はただ呆然と見つめていました。
 あの時──私が人間として初めて小鳥遊さんに会った時──私は恩返しがしたいが為に「番いのパートナーにしてください」と頼みました。でもあの時は曖昧に断られて……そして、今、その彼から求愛を受けている? 頭がその答えを叩き出すと、顔だけと言わず全身が熱く火照りました。まるで火を付けられたみたいです。息が詰まって苦しいぐらい、それでも飛び上がる程に嬉しいです。私は先程までの疲れも焦りも恐れも何もかも吹き飛ばして、押さえきれない頬を上げて満面の笑みを咲かせました。
「覚えていてくれたんですね……私なんかで良いんですか?」
「当たり前だよ、だって君以外に考えられない」
「……ありがとうございます。とても嬉しいです」
 私がそう言うと小鳥遊さんもこれでもかと言うくらい嬉しそうに笑います。暫くそうして見つめ合っていた私達ですが、段々恥ずかしくなってきます。恥ずかしくて逃げ出したいですが、この空間を壊してしまうのも嫌でした。小鳥遊さんもそこから動く事はなく、まだ頬を赤く染めながら「良かった、本当に良かった」と繰り返していました。それに私が微笑み返します。照れ臭そうに笑う彼に込み上げてきた想いが溢れ出して、伝えたくなって。
「小鳥遊さん、大好きです」
 言ってからすごく照れ臭くなって私は笑って誤魔化します。顔が熱くてたまりません。熱に浮かされているようです。そんな私を暫し見つめて、小鳥遊さんは泣き出しそうな、それでいて笑い出しそうな、そんな複雑な顔をして答えてくれました。
「俺も、クレアの事、愛してます」
 その言葉だけで、私は嬉しくなって、にやけてしまって──その夜は羽根をむしる事に寧ろ喜びを覚えていました。両翼の羽根が無くなって、剥き出しになった肌色の地肌を見て、更に人間に近付けた気にさえなっていました。
 その日は腕の痛みも気にならないほど、沸き上がる幸せな気持ちに頬を緩ませながら布団に潜ったのでした。
















 貴方に愛してもらえるなら、こんな羽根なんていくらでも差し上げます。それで貴方が喜ぶなら私も嬉しいです────だけど。
 欲を言うなら私の痛みも頑張りも知ってほしいです。でもそれを知られては私は貴方の傍にいる事さえ許されません。だから、私は独りでも耐えてみせます。
 本当はこんな羽なんていらないと思うんです。だってこれは私と貴方が違うと証明するようなもの。これがある限り私は一生貴方に秘密にしていなければなりません。


 私は、本当の人間になって、貴方に愛されたい。

 じゃないと、いつか、恐ろしい事になりそうで。

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