第66話 もういっぴきの相棒
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
......ある日のことだ。 オニユリタウンの役所の最上階にて、町長バクオングの元に勢いのあるノックが届く。
「失礼しますバクオングさん、ソヨカゼの森についての調査結果をお持ちしました」
「入れ」
ぺこりと礼をして職員は部屋に入り、手早く書類をバクオングに手渡した。 彼はそれを見つめた後、安堵の表情を浮かべる。
「ポケモンの幻影の変化、並びに難易度の大幅上昇。 見るに影響はこれだけか」
「はい。 もっとも、ソヨカゼの森は初心者には適切なダンジョンでありましたから、難易度の上昇は探検隊育成に際し惜しいものですが」
「別に他にダンジョンが無いわけではない。 寧ろ被害は軽微な方だよ。 森がポケモンを喰らう監獄にでもなる程恐ろしいものはない。 危険を犯して調べてくれた探検隊達には相応の謝礼を」
「了解しました。 そういえば、会議は明日でしたか? 『当事者』が来るという」
「ああ、果たしてどうなるかな。 ......今度こそだ。 もしかしたら最後のチャンスかもしれない。 大事を未然に防いでみせる」
バクオングの目には、1つの決意が滲んでいた。
時の流れの感触は、早くなったり遅くなったり割と忙しい。
──今回は遅くなっている方。 ユズが目覚めてから、1週間は経っただろうか。
この1週間、キラリはユズを1匹にしないように出来る限り家に残るよう努めていた。 そんな彼女にとって、ユズの行動は以前と少し変わっているように見えた。 別に急に辛辣になったりとかはなかったのだが、行動の節々に人間としての彼女が顔を出してきたのだ。
まず1つ。 料理の味が少し変わった。 少ししょっぱさが強くなったというか、味付けが多くなったのだ。 基本的に素材の味を味わうことが多い彼女にはこれは新鮮だった。 人間世界の料理はこんなにこの世界と違うのか、と。 そしてしょっぱいものを食べると甘いものを食べたくなるものなので、キラリのモモンの実の消費量が増えていく。 正直そろそろ枯渇する。
2つ目。 ユズが急に家の前で花を育て始めた。 どうやら人間時代に自分の家のベランダで軽くガーデニングというのをやっていたから、朝の水やりという習慣が無いと落ち着かないらしい。 ただ晩秋という季節になった今、そう花の種類が多くなる訳でもなかったから、なんということでしょうという劇的な変化が起きるわけでもなく。 変化といえば、いくつかの花の種が芽を出したくらいのささやかなものだった。
今回ユズの植えた花は、スノードロップ。 冬場に咲く白い花らしい。
「ふああ......おはようユズ」
「おはよう......ちょっと寝過ぎたかな」
「今日はまだいいでしょ。 明日さえ寝坊しなけりゃ」
「まあそれもそうだけど......」
今日も今日とて朝が来る。暫くはそんな平和な日常だったのだ。 心と身体の回復を図るための。
しかし、流石にそれが1ヶ月以上も続く訳ではなかった。
茨の城が現れた件に関しては、レオンが敵側に全部押しつけて有耶無耶にしようとしたらしい。 ユズ達が直接呼び出されることがないように。 ダンジョン内自体も街に影響を及ぼす程のひずみが残った訳ではなかったから、どうにかなるのではないか......そう彼はしきりに言っていた。
しかし敵側の目的も分かってしまったので、隠そうとすると逆に疑われて相手側からの圧も強くなる。 そうなると、どうしても魔狼の事を伝えざるをえなくなる。 極め付けとしては、号外新聞を配達途中だったペリッパーに、消えた城から落ちていく「4匹以上」のポケモンらしき影が遠くからではあるが目撃されてしまっていた。 そのため、茨の城の騒動に敵側以外の全員は無関係であると断言することが出来なくなってしまった。
結果的に、ユズの承諾を得た上でレオンは魔狼に関してのこちらの知りうる大体の事実を役所側に告げたとか。 当然会議室内の驚きも大きいものになったらしく、結局は当事者から直接話を聞くしかないという結論に至ったという。 ......要するに、あの日ソヨカゼの森に行った奴全員一旦役所来いということだ。 予想はしていたものの1番困る事態になってしまったので、レオンには物凄く謝られた。 しかし正直これは大人1匹で有耶無耶に出来る問題とはいえない。 寧ろレオンに対して一瞬でも解決を丸投げしてしまったことが彼女らには申し訳なくも思えた。 どうせ一緒に行きたいと頼んでも断られるしかないだろうと分かっていても。
......そんな重要な日が、すぐ明日まで迫ってきていたのだ。
急にひゅうと強い風が吹く。 あの日を越えて以来、一気に寒さが牙を剥いてきた。 美しかった紅葉ももう見納め。 きっと、あと少し経てば軽く雪が降り出す頃。 オニユリタウンの雪景色を知るキラリは、少ししみじみと灰色の空を見上げる。
桜も散った。 梅雨も越えた。 遠征の夏も終わった。 様々なものが揺れ動いた秋ももうすぐ過ぎていく。 では次は何が来る?
......そうだ、冬が来るのだ。
探検隊になってから、キラリがユズと出会ってから初めての冬が。
「キラリ、まず買い物行こうか。 モモン、買わなきゃでしょ?」
「......うん!」
その冬を、こうして2匹で迎えられる。 キラリにとって、これほど単純に嬉しいことは無かった。
「モモンがないっ!?」
「ごめんね......この秋結構モモンが不作で、食料品としての供給が少ないのさ」
さて、先程までの喜びは何処へやら。
モモンはダンジョンでの毒対策に重宝される木の実だ。 だがキラリはどちらかというと、それを品種改良して食用に特化させたもの......要するに甘味が強い物の方を好むのだ。 それが不作だったとなると、キラリのショックはとても大きい。 ......1日食べないだけで恋しい恋しいと言い出すくらいだから、物凄く大きいに決まっている。
「......思うんだけど、ダンジョン用のじゃ駄目なの?」
「あれちょっと甘味控えめなんだよぅ......それに毒治すのに使うの大抵あれだし、ダンジョン用のいつものご飯で使うとちょっとあれだなってのもあるし。
ごめんね八百屋さん......またよろしく......」
はああとため息を吐きながら、キラリはとぼとぼ歩き出す。 ユズは八百屋さんに取り敢えず一礼して後に続いた。
「どうするの? モモンの代わりの甘い木の実とかない? あんまり知らないからあれだけど」
「代わりなぁ......どうなんだろ......ん?」
キラリが急に道の向こうに目を凝らす。 誰かを見つけたのかポケ混みの中を彼女はずんずん進んでいき、ユズは慌てながらそれについて行く。
暫く歩いていると、ユズはキラリが迷いなく歩んでいった理由を察する。 見知った顔がぺリッパーに地図を見せて話し込んでいたのだ。 ぺリッパーがこくりと頷き空に羽ばたいたのと同時に、キラリはそのポケモンに背後から声をかける。
「ジュリさんどうしたの?」
「っ!? ......なんだ貴様らか。 背後からとは不躾な」
「うっ......苦手だったらごめんなさい」
「......ふん」
見知った顔とはジュリのこと。 にしても、何故郵便屋であるぺリッパーと話していたのか。 ユズは率直に問う。
「ぺリッパーさんと話してたけど、何か知らせでも来ましたか?」
「......逆だ。 俺が手紙を出したんだ。 村の場所を教えるために話していたに過ぎない」
「なるほど......」
だから地図を持っている必要があったのかとユズは納得するが、疑問というのは矢継ぎ早に浮かんでくるもの。 ユズはもう1つ聞いてみる。
「......でもなんで急に? ジュリさんが手紙出すの見た事ないけど」
「それを貴様が聞くのか?」
すると、急にジュリの言葉の圧が強くなった。
「ケイジュの事、魔狼の事。 長老様に伝えないといけない事が山程あるのだ。 当然貴様の事もな」
「......!」
ユズはどきりとし後ずさった。 心の傷はきっとまだ癒えていないのだ。 不安定な土台の上に立たされているようなものなのに、そう言って睨んでくるのは少し酷ではないか。 明日の役所訪問も控えているのに。 キラリはユズとジュリの間に立つ。
「ジュリさん、約束破んないでよ? 結局ユズ何もしてない訳だし」
「そう言っている訳ではない。 一応私情は入らないように書いた。 それに、第一手紙を見た時にどう感じるかは長老様自体だ。 約束を破るどうこうの話ではないだろう?」
「でも睨みながら言われると勘違いするじゃん」
「......ああ、信用しきれないのは事実。 だが分かれ。 俺は、元々こういう奴だ。 朗らかになんて出来るわけがない」
「そうなのかな......」
少ししょんぼりとした素振りのキラリ。 それに対し、ユズは毅然とした態度でキラリの方を向く。
「......いいよキラリ。 大丈夫。 私が、これからの行動で示せばいい」
「それはそうなんだけど......その」
キラリの耳がまた下がる。 彼女は何か言いたげな素振りをするが、急にジュリはそっけなく後ろを向く。
「あっ、どこ行くの?」
「ソヨカゼの森だ」
「え? でも難易度凄い上がったって新聞で」
「だからこそだ。 奴らも力を蓄えてくるだろう。 能天気に待ってはいられない。 ......それに」
「それに?」
キラリの屈託のない疑問。 ジュリは一瞬振り向き、彼女の顔を見る。 心配そうに見つめるキラリの目に思うところがあるのか。
「そんな目で見つめてくるな。 ......貴様には、関係無い」
それだけ言って彼は歩き出していく。 今度は振り向く事はせず。 キラリならそれでも手をぶんぶん振りそうなところだが、今回はそうすることもなく、彼女はただ寂しそうな目で見つめるばかり。 流石にキラリのそのいつもと違う静けさは不安になる。 見かねたユズがひょいと声をかけた。
「キラリ?」
「あっううん、なんでもない。 ......なんだろうなぁ、あの時のことありがとうって言いたかったのに言いづらくて......心開いてくれないなぁ」
「......そうかなぁ」
「?」
ユズは、少し羨ましそうな顔でキラリを見る。
「少し、心を開いていると思うよ。 キラリには。 私は多分これからになるけど」
「そうなの......? でもなんだろ、私多分ジュリさんに─」
するとだ。 今度はこちらの背後から肩を叩かれる。 振り向くと、これまた見知った顔が。 おもむろに、キラリの顔に笑顔が戻る。
「ん? ってあっ、イリータとオロル!」
「ええ。 街で会うのは久しぶりね」
「ユズも......いるね。 よかったよ目覚めて。 一度見舞い行った時もずっとぐったりだったから、ちょっと心配だったんだよ?」
「そっか......ごめんなさい、心配かけて」
「全くよ。 貴方達2匹じゃなきゃ誰と互いに高め合えるっていうのよ。 ライバルの片翼が欠けるなんて、それ程嫌なものは無いわ」
「......イリータ、なんか今さらっとこっちにとって凄い嬉しいこと言ってない? 言ったよね??」
「何よその目......やめて頂戴気色が悪い」
「うっ......それは傷つくお言葉」
喜んだり萎んだり反応が忙しい。 気色が悪いと言いながら笑っているのを見るに、イリータは多分分かってやっている。 感情豊かなキラリの姿を面白がっている。
「にしてもどうしたのよ、こんなところで立ち止まって」
「あっえっと、一瞬ジュリさんと話してて......」
「ああなるほどね。 確かにすれ違ったけど......大丈夫かしらね、あれ。 少し目にくまがあった」
「そっかぁ......まあ色々あったわけだし、お手紙も書いたならきっと寝不足なるよね」
「ならいいけどね......にしても」
オロルが周りを見回す。 街並みは本当にいつも通りで、ポケモン達が笑いながら屋台の店員と話している。 どこかでは井戸端会議をしていたり、子供達が駆け回っていたり。
......こちらが抱えている重荷なんて、きっと知りやしないだろう。
「平和な空気だよね、あの時とは大違いだ」
「......そうだね」
オロルとユズが苦笑い。 ユズの目にはその光景はどう写っていたのか。 恨めしいというものでないのは確かだが、少し切なげにも見える。 オロルはそこから言葉を続ける。
「でも分かる? 何かが解決した訳じゃない。 魔狼のことも分からないことだらけだし、第一敵が捕まってない。
僕は少し怖いな。 この世界に住む1匹のポケモンとして、切り札を失った彼らがどう出てくるのか」
オロルはなんでもないようにまた笑う。 とはいえ、確かにそこからはどこか割り切れない心の曇りがあった。 それもそのはずだろう。 ケイジュの言葉を借りるなら、知らないうちに災厄が勝手に持ち込まれたようなものなのだ。 それも、今回は人間世界から。 ポケモン世界において実情を知る者が少ないところからだ。
実情を知らないというのは、動向が読めないというのは、恐怖を否応なく誘う。
だがそれも束の間。 オロルの表情はどこか吹っ切れたものへと変わる。
「まあでも、いいんだよ。 色々明らかにはなったけど、変わらず僕に関しては巻き込んでくれていいし。 イリータもそうじゃんね?」
「ええ。 寧ろそうしてくれないと困るんじゃない? 貴方達」
「困るって......」
「探検隊ランク今どこよ」
「えーっと、シルバーランクで......聞くって事はまさか抜かれた!?」
「とっくにこっちはゴールドランクよ。 まあ最近は貴方達依頼や調査やれなかったでしょうし、差が生まれるのは仕方ないでしょうけどね」
「早い! ......ということは、ダンジョン探検の中で手掛かり探してくれるとか......?」
「流石はユズだね、その通り。 探検隊ランクがゴールドならもっと高難易度のところも遠征でなくても行く許可出るし、誰も行ってないような場所に行ければより魔狼の手掛かりは掴みやすいし。
すぐに最悪の事態が起こるというのは免れたんだ。 あとは真実を知ればいいだけ。 一緒に粘るよ」
「ありがとう......」
ユズがふっと感謝を言うと、イリータとオロルは強気に笑った。 この彼らならではの笑みには、やはり安心感がある。
「どうってことないわ、任せなさい」
「持ちつ持たれつでやってこうか、それじゃ!」
「あっちょっと待って......」
ユズが2匹を呼び止める。振り向いた2匹に対し、彼女は少し顔に恥じらいを浮かべながら叫ぶ。
「その、助けてもらってばかりなのはあれだから......何か、こっちが助けられることはある!? 例えば......そうだ。
2匹の目標に関することとか!」
「目標?」
2匹は目を丸くする。 かつてユズとキラリに互いの強い誇りを語った彼らなら、何かそういうものがあってもおかしくはないだろうが。
「目標......ね......そういえば」
イリータが思い出したかのように呟く。 別に重要めいた声ではないけれど。 どちらかというと、結構サラッとした声。
「無いわね。 太陽みたいなとか、貴方達のように大それたもの」
「あれ無かったっけ? でも探検への意欲凄いけど」
「私の場合、あれは単にダンジョンを調査したいという欲よ。 知的好奇心。 まあ正直、探検隊として大成したいのであれば、それなりの高い目標が要るのは自覚しているけれど。 ......オロルは?」
「えっ? 僕は......」
オロルは少しイリータの方を見ておどつく。 何かあったのではとイリータは怪訝そうな顔を浮かべるが、少し彼は目線を逸らす。
「......ごめん内緒」
「内緒? 別にいいのに隠さなくても」
「言いたくない事だってあるさ僕ぐらい。 ......ごめんね拍子抜けさせて。 それじゃ流石に時間も無いしここで。 行こうかイリータ」
「え? ちょっと待ちなさい!」
彼は少しせかせかと去っていく。 それに一生懸命走ってついていくイリータを、ユズとキラリは複雑な思いで見つめた。
「......悪いこと聞いちゃったかな」
「うーん、それは無いと思うけど......オロル、意外と秘密主義とか?」
「それも確かに」
ユズがうんうんと頷く。 確かにオロルの感情は読み取りづらいところがあるのだ。 基本彼は温厚な態度であるし、イリータがいつも強気でくるから分かりにくいだけかもしれないけれど。
さて。 予想外の2つの邂逅を越え、キラリがうーんと伸びをした時。
「ん?」
キラリは訝しげな表情をした後、明後日の方向を向いて、匂いを嗅ぎ出した。 またまた見知った顔......というわけではなさそうだった。
「キラリ?」
「モモンだ」
「え?」
「モモン焼いてる匂いが微かに」
「何処......何も分からないけど」
「こっちだよ!」
キラリは自信ありげにまっすぐ走り出した。 彼女の嗅覚は確かだから、彼女が言うならあるのだろうけど。
(これだと街の外出て森入るんじゃ......?)
一体彼女はどういう香りを嗅ぎとったのか。 ただでさえ多くの謎を背負っているユズの疑問は、こんな時でも絶えることはない。
ソヨカゼの森の方角でもなく、ポケモンなど1匹もいなさそうな森の中。 キラリの嗅覚恐るべしと言うべきか、そこにあったのは古めかしい雰囲気のあるログハウス。 森の中にある家という、童話のような光景に2匹は目を丸くする。
「......本当に家が」
「てことは......中でモモン焼いてるのかなぁ」
家の窓をキラリはこっそり覗こうとする。 ユズは一瞬ぎょっとした後、ツルで咄嗟にキラリの尻尾を引っ張った。 流石にこれは危ないと、ユズの人間としての本能が叫ぶ。ぎりぎりと尻尾から痛そうな音が鳴った。
「ちょっユズ痛い痛い痛い!!前の戦いのほどじゃないけど痛い!!」
「キラリ覗きは駄目!」
「えっなんで!」
「プライバシーの保護とか色々あるから......!」
「何その単語分かんない人間世界こわ......あぶっ!」
キラリの手が窓枠から遂に引き剥がされる。 勢いで2匹は転んでしまい、どてっという音が響いた。 キラリがてへへという顔、ユズがちょっと怯えた顔と両極端な状態だが。
急にぎぃと玄関のドアが開く。
『あっ』
2匹の声が揃う。 彼女らの目線の先に、1匹のポケモンが現れた。 赤と黄色の滑らかな毛並みに、炎のような橙の耳。 確かマフォクシーという種族だったかと、ユズは記憶を呼び起こす。 昔テレビでカロス地方の珍しいポケモンと紹介されていたような......。
窓の前でぽかんとする2匹を、そのポケモンはじっと真顔で見つめる。 顔色ひとつ変えず、凝視し続ける。
「......」
やっと、2匹の顔に汗が浮かぶ。 そう、きっと彼女こそ家主なのだ。 不躾な事をしてしまっただろうか、迷惑を感じたから出てきたのだろうか......という心配事ばかりが2匹の脳内に浮かぶ。
マフォクシーが1歩踏み出す。 不機嫌な声を覚悟したその時。
「っ、かんわい〜〜!!」
「......ふえ?」
ユズとキラリは目を点にする。 なぜこのポケモンは急に表情豊かにぴょんぴょんその場で跳ねているのか。 答えが出る前に、そのポケモン2匹の元に詰め寄った。 興奮の鼻息の音がする。
「えー何々あなた達すっごいかわいい! どったのこんな辺鄙なとこに! お名前聞かせてくれる?」
「え、えっと、ユズっていいます」
「キラリです......」
「うっそ名前もかわいいとか神じゃん!? この出会い運命だよさあさあ入って入って!」
ユズもキラリも、押しが強すぎると引いてしまう性格だ。 ぐいぐいと顔を近づけてくるマフォクシーに対して2匹は困惑する。
しかしマフォクシーはそんなことも構わず、ユズとキラリを家の中へと強引に導く。 家の中には、香ばしい焼きモモンの香りが充満していた。
「へー、それでモモンが欲しかったんだ......そうか不作なのかぁ、パティシエとか大変だよなぁ」
「すいません......焼きモモンまで頂いてしまって」
「いいのよう! 折角の縁だもの」
マフォクシーがにっこりと笑う。 キラリが台所にあるモモンを物欲しそうな顔で見つめていたら、快く少し分けてくれたのだ。 勿論ユズに対しても。 3つの焼きモモンの皿と紅茶がテーブルの上に並び、ちょっとしたお茶会のような状況になっていた。 キラリは口一杯にモモンを頬張り、嬉しさで口角を上げる。 ユズも食べるが、ほかほかかつ丁度いい甘さには確かに微笑まずにはいられなかった。 周りを見回してみると、 家主はとても賑やかではあるが、家自体はとても質素なものだった。 小さな窓に小さな花瓶。 古びた本棚に並ぶ何冊かの厚い本。 口調は少しキラリにも似た元気っぷりではあるが、彼女はそれとも少し違うようにユズには思えた。
すると、「そういえば」と何かを思い出したようにマフォクシーはモモンを食べる手を止める。
「名前言ってなかったね。 まあ改めまして、あたしはアカガネ。 森の中で気ままに暮らしてるマフォクシーだよん」
「......てことは、オニユリタウンのポケモンじゃあないんですか?」
「まあ今はそうだね。 というか、あの街やっぱ探検隊どんどん増えるんだねぇ......なんか初々しいなぁ、あなた達。 先輩探検隊とかにかわいいってよく言われない?」
「えっ、なんで探検隊って......言ってないのに」
「おっとごめん。 これは勘......というか、エスパータイプの力みたいなもの? あたし、結構そこら辺強いのよ」
「そうなんだ......」
マフォクシー改めアカガネに、2匹は感心の眼差しを向ける。 きらきらした子供の目線が心地いいのか、アカガネは素直に頬を赤らめた。
「......出血大サービスするかぁ、何か見破ってほしいことあれば見破ってみせるよ」
「えっいいの? じゃあ......まず無難に私の家族構成!」
「キラリちゃんの家族構成......両親いて、お兄ちゃんいるよね、多分。 そして仲凄い良い気がする。 多分今のところお兄ちゃんも反抗期無いでしょ? そんでもって自立してるなら誇って良いと思う」
「当たってる......!」
「えっへん! でもそういう柔軟な家庭なの、エスパーなくてもわかる気がする。 そうじゃなきゃこんな子あまり育たないって......。 ちょっと私情混ざるけど、いーなぁって思うな」
外を見つめるアカガネの様子は、どこか悔いもあるかのような。 ユズの母親も忙しいながら精一杯こちらに向き合ってくれた訳だが、あちらはそうもいかなかったのかもしれない。
「......っと、ごめんね! ちょっとしんみりしちゃった。 でもいいもんだねぇ、自分がやりたいこと突き進めるって」
「え?」
「夢を持って、その道に沿って突っ走り続ける。 それは誰でも出来るものじゃない。 でも、キラリちゃんはなんかそれ出来そうな気がする? 自分自身はどう思う?」
自分自身は。 キラリは少し首を傾げ考える。 どうなのだろうか。 無鉄砲に突っ走り続けるというのは中々に難しい。 それをラケナに告げられてしまった訳ではあるから。
「......どうなんでしょ。 私もちょっと模索中というか......でも、元々の夢の原型は保ちたいなっていうのは確かで......ん〜〜ほんっとなんだろ!! ずっと考えてはいるんだけど......」
「ふーん。 でもなんかそれもいいかも。 そうやって考え続けるとこ好感持てるな〜、思考停止しないとこ」
「あはは......ちょこちょこ止まりかけはしたけど」
「そこから這い上がれるだけで凄いのよー」
アカガネがポフポフとキラリの肩を叩く。 炎タイプなだけあってその手が暖かいのは当然なのだが、同時に彼女の心の暖かみも感じられる。
今まで出会ってきた大人達の姿が頭に過ぎる。 レオンは大人としての包容力とリーダーシップ、ジュリは強い信念と高い戦闘力。 アカガネのはその2匹の大人とはまた違った個性。 ミステリアスなところはイリータやオロルを想起させるところもあるが、彼らともどこか違う。まるで魔法のようにこちらの素性を読み取れるというのは、どこか恐ろしさも感じるものがあった。
「いやー凄いなアカガネさん! ねぇユズ!」
「そうだねぇ......」
「もーー褒め言葉言ってもモモンのおかわりしか出ないぞ!」
──ただ。 例え恐ろしくとも。
「......アカガネさん。 私もいいですか?」
「ん? 勿論!」
少し考えこんだ末、ユズは絞り出すように声を発する。 ユズの声のトーンは少し変わっていた。 震えているような、何かに期待しているような。 ユズのその反応の理由を、キラリは数秒経った後察した。
ポケモンの過去が、中身がわかるという事実がユズに大きな期待をもたらす。
......頼りにしていた人でさえ、わからなかった手掛かり。
もしかして、このポケモンなら......
「その、最近起こった異変に関する話なんですけど......」
チリリン。
すると、ユズの声は玄関の呼び鈴によって遮られた。 そのあとまた話し出せれば良かったのだけれど、ユズが言い直そうとした途端に玄関から声が響く。
「おーいアカガネ、少しいいか!?」
「ん、ありゃま珍しい......待っててドア開け行くー!! ユズちゃんキラリちゃん、ちょっとごめんね」
アカガネは足早に玄関の方へと駆けて行く。 ぱたぱたという足音が聞こえる中、ユズとキラリはきょとんと顔を見合わせ首を傾げた。
──この声に聞き覚えがある、というか、耳にタコが出来るほど聞いているような。
「いやーーどうしちゃったの急に! 前来たの3年ぐらい前じゃない?ちょっと今お客さん来てるんだけど平気?」
「いや俺はいいけど......客側はいいのか?」
「いいでしょ! いやーこれも運命だねぇ」
玄関の方から、小さくだが声が聞こえる。 聞けば聞く程背中がこそばゆい。 でも少しずつ、確信へと変わりそうな気がしていた。
「だって......」
アカガネはリビングの前でくるりと踊り、嬉しそうに「来訪者」を迎え入れる。
「レオンちゃんには、この子達が娘みたいなものでしょう?」
ユズとキラリ。 そしてレオン。
──まさかまさかのご対面だ。
「「「......え?」」」
一瞬沈黙が流れた後、キラリとレオンは動揺した顔でお互いを指差す。
「......お、おじさん!? なんでここに!?」
「いやお前らこそなんで!? 俺まだこいつの家教えてな......アカガネお前連れ込んだりとか」
「してないよ! この子達がモモン欲しいって言うから!」
「いやなんでそんなメルヘンチックな理由!? キラリ......よりユズに聞くか......ユズ! ほんとか!?」
「本当です」
「なっ......お前らなんなんだ一体」
レオンは頭を抱える。 確かに、知り合いの家にやってきたらもう2匹の知り合いがもぐもぐ焼きモモンを食べていたなんて状況、もし遭遇したら動転せずにいられるだろうか。 それも理由も理由だ。 ......連れ込まれたというのは半分本当なのだけれど。
だが、謎な事がもう1つ。
「にしてもおじさん、私達のことアカガネさんにもう話してたの?」
「ん? なんで。 恥ずかしながら手紙も結構な間出せてないぞ? ユズ来てからは絶対無い」
「でも私達も、レオンさんの名前出してないのに......」
「ふっふーん」
アカガネは満足そうにドヤ顔をし、それからくるりと回って窓の外を見る。 庭にはモモンとオレンとオボンが植えられており、森の風に吹かれてそよそよと揺れている。 だが彼女の見つめる先は、どちらかというとその奥に広がる暗く広い森だ。
「ま、ざっとこんなもん。 話してる中で、なんとなく分かったんだよ。あなた達がどれだけレオンちゃんを慕ってるか。 あなた達とレオンちゃんが、どんな風に関わってきたか。 ......あなた達とレオンちゃんが、今何を求めているのか」
2匹とレオンは顔を見合わせる。 レオンが突然来た理由は、もしかして。
「......そういや新聞でもあったね。 あのでっかい茨のお城、その求めている事と何か関わりあるんでしょう? それにユズちゃんの中、何かいるよね」
3匹は頷く。 それと同時にレオンがニヤリと笑った。 子供に向ける優しい顔ともまた違う笑み。
......少し、若かりし頃に戻るかのような。
「なーるほどな。 相変わらずで何よりだよ......相棒」