正義は麻薬の如しⅠ

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

岐阜県 飛陀ひだ

日本列島のちょうど真ん中辺りに位置し、街の周囲を高い山々が囲んでいる。沿岸部ではないためか決して大都市ではないものの、この辺りでは比較的栄えている街である。
そんな街のはずれに、山を背にして白を基調にした建物が建っている。一見すると老人ホームにも見える。

ここはNPO法人「メイクピースワールド」。通称「MPW」の本部である。
規模として大きいものではないが、世界に幾つか拠点を持ち、十年に一度拠点を一斉に動かし、世界中を回っている。
医療行為や子供の学習場所の提供、井戸の建設等、ポケモン達の支援を行っており、最近は大学生を中心に活動を活発化させている。

三階建てのその屋上で、色違いのリーフィアがコーヒーをストローで飲みながら、街の全景を眺めていた。


「失礼します。所長、ご報告がございます」


後ろから、険しい顔をしたイトマルが現れる。所長という呼び方から、イトマルはリーフィアの部下のようである。


「どうしたの?」


リーフィアは、コーヒーを飲むのを止めてイトマルの方に振り返る。
イトマルは残念そうに続けた。


「また、奪還は失敗しました。猟友会の方1名が大怪我で此方に……」

「そうですか……」


リーフィアは再び、イトマルに背を向ける。そのイトマルは説得するかのように言う。


「所長、差し出がましいですが、代替案に移行すべきではないでしょうか?猟友会を何度も送っても成果は変わりませんし、何より派遣の度に費用がかかります」

「それは承知のうえです」


リーフィアはきっぱりと言い放つが、イトマルは引かない。


「元々猟友会も無理だって言ってましたし、やはり倒すのは厳しいのではないのでしょう。いっそ海外産で良い薬草を探せば……」

「いけません」


イトマルの提案をリーフィアは途中で遮る。


「私達の目標は、ポケモン……特に子供達の幸せな生活です。ならば、それを実現する為には、少々手がかかっても、良い薬草を手にしなければいけません。だからこそ、ウチは非営利法人なんですよ。
あの薬草は、私達が研究に研究を重ねて作った努力の結晶です。目的達成の為には絶対に必要不可欠なんです」

「しかし、それにしても限度があるかと。理想に徹するあまり、組織が破産しては本末転倒です。…重ね重ね出過ぎたことを申しますが、代替手段への切り替えのタイミングを逸しては徒に出費をするだけです。どうか、ご決断を」


何度か言葉を遮られたイトマルも、負けずに意見を述べ続ける。その言い方からさっするにこれまでも言い続けてきたようにも聞こえた。
イトマルの言葉に対して、リーフィアはしばらく黙っていた。だが、言い分は決して間違ってはいないことも、当人は理解している。

やがてリーフィア大きく息を吸い込んで、決断の言葉を発する。


「……では、次が最後としましょう。ただし猟友会への委任はしません」

「では、どちらに?」


少々言いずらそうな表情をしながらも、ハッキリとその名を言う。


「『開拓者協会』です」


イトマルは驚きのあまり飛び上がる。


「…所長、大丈夫なんでしょうか。確かに彼らは力はありますが、手段を選ばないゴロツキばかりだと言う噂です。依頼料を高く取られ、せっかくの農園も荒らされるかもしれません」


リーフィアは瞑目して答える。


「だからこそ最後の手段です。私も、彼らの評判に関しては心配なところがありますが、背に腹は代えられません」


リーフィアは目を開き、コーヒーを持って踵を返した。イトマルも心配そうな表情をしながらその後を着いていく。


「(……これ以上、あの化け物の好きにはさせない。農園を取り返して薬草を調達しないと…!)」


リーフィアのカップを持つ手に力が入る表情も決意に燃えたものとなっている。そのうえで


「『開拓者協会』の中でも良さげなチームを見繕っておいて。出来るだけ実績のある人で」


そうイトマルに指示を出しスタスタと歩いて仕事に向かって行った。














それから2週間後、新幹線・電車と乗り継いで、闘讐会の3匹は飛陀市に到着した。


「まさか、数県しか離れてないとこに行くのにここまで時間がかかるとはね……」


凛は大きく背伸びする。かなり長い時間電車に乗っていたのが窺える。昭博も同様の反応だ。


「せめて新幹線が富山と愛知で繋がっていてくれたらな…こんなことなら奮発してグリーン車にしとくんだった」


唯一元気なのは玲音だけである。


「おいおい、これから依頼なんだぜ?ここでへばってどうすんだよ?」


身体を伸ばすことなく、どこかテンションが高い。久しぶりの遠征だからだろうか。事実、凛の見舞い以外は東京から出ることもなく、退院後もしばらくは穏やかな任務ばかり受けていた。確かに退屈ではあっただろう。


「…やっぱりまだ子どもね…」


ボソッと凛が嘆いたのを玲音は聞き逃さなかった。


「おい、誰が子供だ」

「アンタ以外誰がいるっての?」

「あぁ?」


売り言葉に買い言葉で、二人は喧嘩を始める。その様子に昭博が頭をかきながら呆れるが、特にこれといったことはせず、二人の喧嘩をぼんやり眺めていた。

すると、そこに黄色のシトロエン2cvがゆっくりと駅のロータリーに入り、昭博達の前で止まった。


「?」


目の前で車が止まったので二匹は喧嘩を止める。車のエンジンが止まると、運転席からちょこんとリーフィアが降りてきた。


「『闘讐会』の皆さんですね」


凛達のグループの名前を出してきた。十中八九、今回の依頼者だろう。一番近くにいた昭博が丁寧に答える。


「はい、そうです。依頼をされた…立花春さんですか?」

「はい」


立花春と呼ばれたリーフィアは、一瞬凛達の抱えている荷物を見てから、後方のドアとトランクを開けて三匹に言う。


「どうぞ、お乗り下さい」










全員が車に乗ると、春は車を走らせる。助手席に座った昭博が早速話しかけた。


「『MPW』というのは、NPO法人…ですかね?」

「はい、そうです。医療と教育の面から皆さんをサポートするという……まあ月並みな組織ですが…。
医大を出てからこっちのほうに興味が湧いて、今は組織のリーダーをやらせていただいてます」


やさしげな口調で説明する。


「すごいですね。となると、海外にも出向かれたり?」

「ええ。大体……30くらいの国で活動させて頂きました」

「30か国もですか、本当に精力的にされていらっしゃるんですね」

「私達だけの力じゃありません、皆さん方の支援があったからこそ私達もこうして活動が出来ているんですから。
市民の皆さん方のご協力には日々感謝するばかりです」


春と昭博が会話する中、後部座席の凛と玲音は大して興味こそ無かったが耳だけは傾けていた。
車は市街地を抜けて、北側の山の方へ向かう。駅前に少しだけ建っていたビル群も少なくなり、住宅街や田畑を抜けると、老人ホームのようなきれいな建物の本部で停車した。


「随分高い所に建っているんですね」


窓からの景色を見ながら凛が言う。眼下には、高い建造物はほとんどなく、栄えている市街地以外は田畑が広がっていた。


「子供達を空気の良い所でのびのびと遊ばせて、健やかに成長させたいという私達なりの配慮なんです。大体こういった施設は、大都市に建っているのがほとんどなんですけどね」


そう笑顔で春は答えた。


───健やかな成長…………か───


凛は自身の小学生時代を思い出して空しくなる。彼女にとっては地獄の時期に他ならないからだ。各々が荷物を車から下ろし、全員が下ろしたことを確認すると、春は建物内に三匹を案内する。

建物の中も外面同様に白を基調としている。
ロビーの奥には柱が建っていて、吹きぬけになっている。吹きぬけの先はガラス窓で、青空が覗いている。
あちこちから元気な子供達の声が聞こえ、時々、保育士と思われる声も聞こえてきた。


「まるで学校ですね」


今度は玲音が感想を述べる。


「そうですね、勿論平日はここの子供達は学校に行っています。
ただ、不登校の子供達も勉強に来ているので、基本ずっと子供達の声が止むことはありません」


なるほど、と玲音は素直に感心していた。いじめで苦しんでいた玲音だが、その表情に変化は見られない。


───アタシの取り越し苦労か……───


この手の施設が、かえって玲音の心をえぐらないか内心心配だった凛はホッと胸を撫で下ろす。















案内された場所は3階の会議室。子供達の教室からはかなり離れているため、声は聞こえない。春はキャスター付きのテーブルを並び替え、1対3の構図になるようにする。


「どうぞ」


春は凛達に座るよう促し、失礼します、と言って3匹は着席。
春も椅子の上に座ると、真剣な表情で話し始める。


「今回、皆さんにお願いしたいのは、農園を占拠してる野生のリングマの退治です」

「リングマですか」


凛は、メモを取りながら話を聞く。
春によると、
山林に『MPW』の所有するイアの実の農園があるのだが、ここ数ヵ月凶暴なリングマが出没し、全く近寄ることができないという。
この農園はイアの実というよりも、イアの実がある程度育っている途中、苗木の段階で収穫することを目的で作られた。独自で品種改良を行い、この苗木をすりつぶして漢方薬と調合することで、かなり万能な薬品ができるそうである。しかも、土壌が良いのか、他の苗木に比べて質が良い。
したがって、他からイアの実を取り寄せる手もあるのだが、薬を作るのにはここの農園で作るのが最適なので、どうしても取り戻したいのだという。

そこで何度も猟友会を派遣したが、全く勝てない為、ついに凛達を頼ったとのことだった。


「そのリングマは何か変わった点はありますか?」


一通りの説明の後、凛が質問する。


「なんでも破壊光線を反動もなしにどんどん撃ってくるとか……」

───それはまたタフな奴ね………───


メモにその情報が新しく追加される。さらに追加でいくつか質問を続け、それらの内容を書き込むと、凛はメモを閉じて言った。


「事情は分かりました。必ずリングマを討伐してみせますので、是非私達におまかせ下さい。その代わり道案内などのご案内をどうかお願い致します」


春の表情が一気に明るくなる。


「ありがとうございます!病気の方の未来の為にも、お願いします!」


そう言って凛の手を握り、何度も何度も頭を下げる。
一方、凛の横に座る昭博は思案に暮れる。


「(やっかいな依頼になりそうだなこりゃ…。野生ポケモンが破壊光線連発なんて、普通はありえない。誰かが調教してるんじゃないか…)」

「…………」


玲音も昭博の表情から、この依頼には何かがあると読み、何も言わず黙っていた。
















その夜

森の中に一軒の簡素なログハウスが建っている。そばには何かの畑らしきものもある。その真横には4WD車の黒いレンジローバー、同じく4WDの赤いハイラックスの2台が止まっている。ハイラックスの後方部は、機関銃を備えつけた改造が施されていた。
ログハウスの中では、数匹のポケモン達が酒を片手に大騒ぎしている。


「宇喜多さん、あんた最高だよ!」

「おかげで俺達は大儲けできる!」

「こんな穴場があったなんてよ、アンタ頭良いぜ!」


ユレイドルやブースターなど複数のポケモンが賞賛の言葉を送る。その行先は窓際でタバコを吸っているケッキングに向けられていた。


「そりゃあ、これくらいのことは知っとかないと、情報屋なんてできないからな。
幸いにもここは中々目をつけられにくい場所だ。守り役もうろついてくれてるしよ」


当然のことのように、宇喜多と呼ばれたケッキングは答える。


「その情報が無けりゃあ、俺達は今ごろ、街でクスリ売るのでしか稼げねぇ」

「だが、アンタのおかげでこうして育てることができた。後はこれを海外に売れば大儲けよ!」


テンションが上がるブースター達にケッキングは釘を刺す。


「明日にでも刈り取ってすぐにでも売り飛ばさねぇとな。
いいか、ここでトチったら全てが水の泡だぜ?最後まで気をぬくなよ?」


そう言って側にあった缶ビールに口を付ける。だが、肝心の当人達は酒が進んで騒ぐばかりでまるで聞いている様子はない。


「(ここで失敗しても、責任はとれねぇからな…)」


宇喜多は呆れつつも、再びタバコに手を伸ばした。

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