第一節 ドクター・コーリング

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読了時間目安:14分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「悪いオレア。アタシ、破産するかもしれねぇ」

 リーグの開催まであと1ヶ月ほどに迫った、夏も終わりの少し手前な昼下がり。ガンガンにエアコンのかけられたフードコートでは、アタシとそれに引っ付いているオレアで、いつものハンバーガーショップでたむろっていた。
 そんな折何とはなしに、さっき見た銀行通帳の預金残高を思い出し伝えてみる。軽い冗談のような本当の話をしてみるか、とつい好奇心が疼いてしまったのだ。少しばかりの期待を胸に彼を見てみれば、メガネは斜めにズレ、ポッカリと阿呆みたいに口を開けたまま固まっている。
 その様を見てガハハと大口を開けて笑う店主の声だけが、その場に嫌にハッキリと響き渡った。


◆◇◆◇◆◇◆


「で、貯金がなくなった理由を聞こうじゃないのフキちゃん」

 とりあえず金がないのは、太陽が東から登るように変えようのない事実なので、リリーに「生活資金なくなったわ」と潔く電話をする。事のあらましを話せば、すぐさま鼓膜が破れんばかりの叫びがスピーカーから響き渡り、すったもんだの挙句に委員長室までしっかり呼び出しを喰らった。
 小さな身長に見合わない大きな椅子に座ったドチビは、眉をピクピクと痙攣させながら上目遣いに睨みつけてくる。こりゃあ相当お冠だ。

「いやーそれがよ、この前のコンテストで天井を二つにぱっくり割ったじゃねえか。それの修繕費をウユリ姉さんと折半したんだが、そしたら口座の中身が素寒貧になっちまってよ」
「『なっちまってよ』じゃないってば! 隣のオレアくんのお給料払うのはフキちゃんなんだよ! もうすぐお給料渡さなきゃいけない時期だっていうのにさ。そもそもウユリさんは本物のマジお嬢様でフキちゃんとは天と地の差なんだから、変なところで律儀さ出すんじゃありません」
「えっ……付き人ってお給金出るんですか……?」
「オレア君はそこからなのっ!? フキちゃんもしかしてなにも説明していなかったんだね!」

 がるるる、と喉から唸り声を上げるリリーの目線がビシビシと突き刺さる。おまけでオレアの純粋な目線もあるもんだから、思わずアタシは逃げるようにそっぽを向いた。
 その様子を見たプンスカ委員長サマは、これ見よがしに溜息をつくと、一段じめっとした声色に変わられてしまう。

「それで、僕に電話してきた理由はなんだったの? お金の無心とか? いやまあもちろん褒められたことではないけど、フキちゃんがどうしてもって言うなら貸してあげないと言うことも……」
「なんかアタシが必要そうでがっぽり稼げそうなバイトとかねえか? もちろん荒事でも構わねえぜ」
「人の話は最後まで聞くの! まったくもう、似たようなものだから良いんだけどさ。丁度、フキちゃんみたいな人材を探している人が居たんだよ。はいこれ、この書類に細かいことが書いてあるから」

 そう言ってデスク越しにリリーから渡された書類を見回し、三行読んだ所で面倒になったので読み飛ばす。そして最低限目を通そうと思った責任者の欄を見て、思わず喉元から苦いものが込み上げてきた。
 書かれた名前は『エーデルワイス』。リーグ位階は第三位、アタシの目の上のたんこぶにして、どうにも面倒くさいクソ真面目野郎の名前である。

「リリー、マジでコイツなの、責任者?」
「嫌なら金欠で勝手に生き倒れることだね。僕はもう面倒見ないからね。絶対だからね!」
「わーったよ。どうせオレアに約束した大学編入の話だって、あいつに口利きの結果聞きに行かなきゃだたしな。しゃーねえ、気が進まねえが直接会いに行くしかねえか」

 ウユリの姉さんとベクトルは違うが、コイツも会いに行くのが面倒な男なのだ。その様子を不思議そうに見つめるオレアだったが、どこかまだ他人事のご様子。だがアタシが辟易する訳も、奴に会えば自ずと分かるだろう。

「待ってフキちゃん! 話を遮らないで」
「へいへい、直で会って話を聞いた方が早いっつーの」

 リリーに背をむけヒラヒラと手を振ると、小言を多くもらう前にさっさと部屋を後にする。できるだけ手早く扉を閉めるのが怒られないための秘訣だ。
 

「よしオレア、会いにいってやろうじゃねえか、クソ律儀な四天王サマによ」
「アポとか取らなくて良いんですか? いきなり行ったら相手も予定とかあるんじゃ……」
「んなもんアイツはコロコロ変わるから、現地に行ってから確認したほうが確実なんだよ。まったくお忙しい職業だな、お医者サマっつーのは」

 その言葉に、オレアは目をまん丸に見開いた。


◆◇◆◇◆◇◆


 ヌクレア市立大学付属医科病院、この地方でも中核を担うその病院は、いつ来ても普段見るようなデカい病院とは一線を画す。
 勿論大きさだってそうだが、特筆すべきはその内装。待合室の模様は白と木目が主な目に優しい物となっており、病院というよりはどこぞのカフェテリアと言われても違和感のないものだ。
 観葉植物なんかも造花でないあたり、しっかりと細部まで手入れをする余裕があるのだろう。

「受付の場所がなかったら病院とは思えませんよここ。確かに華美な装飾とかは無いですけど」
「そうか? 病院独特の匂いっていうか、なんかこう生きてるーって雰囲気の鼻にこもる感じ、しねえか?」
「えー、ここから病室まで遠いですよ。思い込みじゃないですか?」
「前リリーの付き添いで来た時にも似たようなこと言われた。絶対すると思うんだけどなぁ」

 受付対応までの人数待ちの時間を他愛のない会話で潰し、自分の番号が呼ばれたところでググと背筋を伸ばしてから事務の人の元へ。

「今日は予約なしということでこちらの質問票にご記入いただいてから……ってあれ、フキさんじゃないですか。またリリーさんの付き添いですか?」
「いや、今日はそっちじゃなくて、ここに勤めてる奴の方に用事。今野郎って暇か確認取れるか?」
「それなら連絡とってみますね。それに、私もあと十分もすれば休憩時間ですので、大丈夫だったら案内しましょうか?」
「おっ、負担になんねえなら頼むわ」

 そう言ってしばらく待てば、幸運なことに目当ての四天王サマも少しは暇だったようで、直で会いに行くことが可能だった。
 そのまま受付の先導のもと、普段は立ち入ることのない大学病院の裏側、関係者以外立ち入り禁止な廊下を進んでいく。
 見た目なんかは病院の内装とそんなに変わらない。しかし廊下を医者も看護師もびっくりするほどの早足で歩いていたり、研究室から出てくる人の目が泥のように濁っていたり、普段は見ることのない裏側は少し面白い。
 そして事務の人が立ち止まったのは「法医学研究室」と書かれた部屋の前。ここまで来たら、もう腹を決めて会うしかない。

「おーっすDr. エーデルワイス、いつも思うんだけどお前の名前って女っぽくうっわ危ねえなぁおい!」

 アタシが部屋に入って扉を開けるや否や、突然目の前に現れたのは半透明のプラスチック容器。咄嗟に手で受け止めれば、チャプと波打つ感覚。
 容器を見ればそこには「80%アルコール消毒液」の文字。どうやら奴の癖は今日も元気みたいだ。

「まずは何においても除菌だうつけ者。ここは病院、どうせ貴様は手指消毒の一つもせずにドアノブを掴んだのだろう」
「お前なぁ……アタシじゃなかったらこの容器顔面に当たんぞ」
「ノックもせず名乗りもしない不作法な客人、心当たりは生憎一人しかいない物でな」

 神経質そうに机をトントンと叩くのは、この地域では珍しい黒い髪にまばらに白いメッシュの男。
 少し癖っ毛の髪の毛は多分本当に無造作なだけなのだが、悔しいことに良い感じのボブヘアーになっていた。
 それにアタシはあの白いメッシュは染めてるわけではなく、ただのストレスによる白髪だということを知っている。
 切長の鋭利な瞳はこれまた街のお嬢さん方には受けそうなものだろうが、残念なことに隈がくっきり刻まれており、眼鏡越しにも疲労の色は隠しきれていない。
 それでも、しっかりと真っ白でシミひとつない白衣を見に纏い、首からI Dカードなどをネックストラップで下げている姿は、しっかりとした医者そのものであった。

「それに大声を出すな唾が飛ぶ。マスク一つくらい付けてくる発想は無いのか。この部屋を掃除するのは私なんだぞ」

 前言撤回、神経質な医者だ。
 追加で投げつけられたマスクの箱もキャッチ。とりあえず二人分の個包装されたマスクを取り出し、片方をオレアに渡す。
 最初にあった時こそ面食らったものの、しばらく経てばもう何も驚くことはなくなってしまった。

「それに何だその頭の上に載せている白い物体は」
「はみー?」
「ああそうだ貴様だ白餅。どこで地面を這い回っているかしれないからな。貴様は全身アルコール清拭だ」
「はみみみみみっ!?」
「あだだだだ無理矢理引っ張って掴もうとするんじゃねえ! コイツアタシの頭から全然離れようとしないんだ!」

 この男はアタシの頭にデフォルトで鎮座しているユキハミにも勿論めざとく反応し、無理矢理アタシの頭から引っぺがす。
 ユキハミのあられも無いヘソ天姿で全身を吹かれている姿は、捕食される直前のような悲しい姿だった。

「ってーなクソ。説明した通り、この度の過ぎたクソ潔癖症男が四天王エーデルワイスその人だ。まあ若干面倒臭え所はあるが、消毒とかきちんとやってりゃ基本的に小言は少ない方だ」
「人の第一印象を変な方向に植え付けるな愚か者。今の捻じ曲がった主観の紹介に預かったのが私だ。他のことは実際私を見て判断してほしい。そして君は……オレア君か。大まかな話はそこの氷のから聞いている。大学の件だろう?」
「は、はひ! どうかよろしくお願いしまひゅ!」

 ガン、と机に頭をぶつける大きな音を立てながらも、腰を直角に曲げたまま下げた頭を戻さない。どうやら相当テンパっていて、痛みを感じていないようだ。

「おい君大丈夫か、血は出ていないだろうな」
「机の角にぶつけたんじゃあるまいし、簡単に流血騒ぎになりゃしねえっての」
「ならよかった。人間の血液は病原体の培地になるし、感染症を持っている場合もあるからな」
「心配する所はそこかよ……」

 オレアは緊張で頭が真っ白になっており、その言葉が聞こえていないのがせめてもの幸いだろうか。
 相変わらずコイツと話していると生じる疲労感を覚えながら、エーデルワイスに続く言葉を促す。

「それで、オレアの編入の件はどうなりそうなんだ」
「まあ異例の編入となるが……大学の試験の成績は知らんが、論文自体は私が読んで見込みありと評価した。編入試験もあるだろうから、あとは自身の努力次第だろうな」
「……っていうことは、編入は!」
「あくまで君の実力が基準に達していれば、の話だ。ぬか喜びで入学できない者など万と居るからな」
「はい! 頑張ります!」

 それでも表情を隠すという言葉を母親の胎盤に忘れてきたであろうオレアは、やはり何処となくワンパチを想起させる笑顔を浮かべた。
 ウユリの姉さんなら頭の三撫でくらいはするであろう表情だが、表情筋に鋼の入っているこの男の眉を動かすには至らない。

「それで、氷のはオレア学生の付き添いか? 用事がないなら帰ってもらえると業務に差し支えないのだが」
「ところが残念、アタシもお前に用事があるんだよ。お前リリー……委員長になんか仕事請け負ってんだろ? それにアタシも一枚噛ませろ」
「噛ませろも何も適任者は君しかいないと思っていたが……まぁ、君のことだろう。どうせ書類をろくに読んでもいないのだろう?」
「あぁ! 勿論最初の数行しか読んでないぜ!」
「……はぁ、そこは誇るところでは無いだろう愚か者」

 患者どころか職場の人間にも怖がられるであろう目つきがさらに鋭くなり、心底呆れた様子で睨んでくる。でもこの程度で萎縮するほど短い付き合いでもない
 だが慣れていないオレアは、ビビって少しづつアタシの背後に移動している。儲け一つ、後で揶揄ったら一体どんな反応をするか楽しみだ。

「それなら貴様の梅干しほどの脳みそでも覚えていられるように端的に説明するぞ。依頼内容はあと一週間後に開かれるアローラ地方でのポケスロン国際大会決勝、そこに客賓で呼ばれた人間の用心警護だ」
「そりゃアタシにうってつけの仕事じゃねえか。荒事なら得意だぜ」
「……依頼人はリリー・バーバトス。さて、君は誰からこの書類を受け取ってきたんだ?」
「あぁ、話を最後まで聞けってそういう」

 委員長室でリリーが甲高く叫んだ理由がようやく分かって、思わず手のひらをポンと叩いた。護衛の相手はアイツなのか。


◆◇◆◇◆◇◆


「また出向ですかい? おじさんもう結構な歳なのに、この前は荒野(ヌクレア)で次は南国(アローラ)と来ますか。本当に来るんですか奴さん」
「ほほ、本拠地じゃないのに、どうして、分かるの……?」

 亞人器官本拠地。埃まみれの廃ビルで、金髪の男は面倒臭そうに煙草に火をつける。近くに佇んでいた線のか細い青年は、口元を押さえながら距離を取る。
 それでも部屋の暗がりの奥、椅子に深く腰掛けた男は身じろぎもせず、ただ淡々とその言葉を受け取るのみ。

「他は偽装工作に出払っている。動けるのは貴様らのみだ。他に何か理由が必要か」
「わーお端的。清々しいほど事務的じゃねえですか」
「それに貴様、言うほど嫌ではないのだろう?」
「あーらら、バレちまっちゃあしょうがねえ。暖かい気候に美味い飯、ビーチに美女ときたら行きたくなるってもんですよ。ま、コイツは違うでしょうけどね」
「外……人ごみはい、嫌だよぅ……」

 線の細い青年は言葉を聞いただけでブルブルと体を震わせた。その様を見て金髪の男は苦笑いを浮かべながら、やり場のない手を髭に触れさせる。

「ま、こっちのポケモンがウルトラビーストに分類されるってのはバレちまいましたからね。電子化禁止の資料をエーテル財団から渡されたらいささか面倒……ってことで良いんですよね?」

 その言葉に『皇帝』は、ただ無言で頷いた。

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