【第191話】旅路の終わり、それぞれの結末

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください


今、全ては決着した。
ジャックの無敗記録は10年目にして初めて途絶え、そして新たな王者が此処に誕生したのだ。
そう……新チャンピオン・トレンチが。

「お……終わったっ……!」
「うん……トレちんが………!」
「チャンピオンに……なりよった……!あの……無敗のジャックを破って……!!」

会場の歓声が、一気に湧き上がる。
イジョウナリーグの歴史が動いた、その瞬間に。
新たなる王者の誕生を、誰もが喜び讃えたのである。

「やった……やったわ!!ジャックッ………!!」
『……えぇ、見ていましたとも。……えぇ!』
言葉に詰まりながらも、トレンチの抱擁を受けるブリザポス。
再会も相まって、彼らの歓喜はとどまるところを知らなかった。
役者は誰ひとり欠けていない。
お嬢の旅路は、今、此処に最高のエンディングを迎えていたのだ。



ーーーーー「いやぁ、まさかトレンチの奴が優勝しちまうなんてなぁ……!」
「流ァアアアア石だトレンチッ!!天晴ッ!!見事ッ!!ウヮアアアンダホウッ!!!!君は長く辛いその道を踏み越えッ、ついに頂点にたどり着いたァアアアアアアアアアアアアアアぐはっ」
「えぇ、ですが……意外、というか驚きですね。」
興奮をするショールを総出でなだめつつ、驚くジムリーダー達。
無論、彼らだって全く信じていなかったわけではない。
寧ろ、心のなかではトレンチの勝利を願ってすらいた。
……が、まさかあのジャックまでもを熨してしまうとは夢にも思わなかったのだ。

「ハハハ、意外かね?私は最初から、勝つのは彼女しか居ないと思っていたがね。」
「ッ、お前は……ステビアッ!?」
ジムリーダー達の席に、割って入ってきたのはステビアとスエット。
お嬢の中から解き放たれたことで、ジムリーダー達は彼女の存在をようやく思い出したのである。
「あれほど想い合うふたりが戦うんだ。あんなのに、誰が勝てるというのだね。」
「……私も、そう思う。」
そう言いつつ、彼女はフィールド中央のお嬢とブリザポスを眺める。
その表情は、とても満足げなものであった。
「……ま、その立役者は私だがね。どれ、もっと褒めても良いんだぞ?」
「……ガハハハハハ!怪物に飲まれても相変わらずだな、お前!」
彼らはお嬢のことを讃えつつ、嘗ての仲間の生還を喜んだ。



ーーーーー「ははは……負け………そうかぁ、これが、負けかぁ……!!」
ブリザポスとトレンチにこれでもかと打ちのめされ、その場に仰向けで倒れるレイスポス……
否、獣化が解かれたので、今は半裸のジャックである。
彼は空を見上げながら、表情を歪めていた。

そんな彼に、差し伸べられる手が一つ。
「……よぉ、バカ孫。随分と間抜けな面じゃないカ。」
それはフィールドまで駆けつけた、ドテラの手であった。
「ハハッ、なんだよクソジジイ。負けた俺を嗤いにきたのか?」
「あぁ、可笑しくてたまらないサ。でも、お前にはいい薬だったんじゃないカ?」
そんなやり取りを交わしつつ、立ち上がるジャック。
痛む全身を抑えつつ、近くに脱ぎ捨ててあったジャケットを羽織る。

「……どうダ?負けた気持ちハ。」
「……これが『悔しさ』かって、そう思ったよ。でもな……眼の前のアイツらを見てると、もうどうでも良くなったわ。」
「ほう……?」
「俺は独りで、アイツらはふたりだ。だから負けた。それだけのことだろ。」
「……そうカ。出来の悪いお前にしてはまずまずな答えじゃないカ。」
自らの使命を全うした王者・ジャック……彼の目に写っているものは、彼自身が望んだものかどうかはわからない。
答えは、彼の心のみが知っている。

しかし、その表情はかつてないほど……優勝を収めた時以上に満足げであった。



ーーーーーそしてフィールドに、遅れて駆け寄ってくる者が1名。
「トレンチちゃんっ……!優勝、おめでとうッ!!」
「す、スモックおじさま……!!」
彼女の旅立ちを見届けた者として、今、スモック博士も勝利を讃えに来たのだ。
そして、近くで気絶していたマネネを抱き上げる。

「……思えばこの数ヶ月。君とマネネは、驚くほどに成長したよ。本当に、おめでとう……!!」
「ふふーーん、言ったでしょ!アタシはこの地方のトップに立つトレーナーだって!ね、ジャッ……あら?」
そこまで言って、お嬢は違和感に気づく。

「……じゃ……ジャックは?」
そう……ジャックが居ないのだ。
スモック博士の方を向いている間に、忽然と……姿を消してしまったのであった。

そして彼は……遂にその姿を見せることはなかったという。
スタッフたちが総出で捜索したが、影も形もなかったのだ。

表彰式が行われている間も、お嬢はどこか不安な気持ちを抱えたままであった。
「ジャック……。」
彼はまた、彼女の前から姿を消したのであった。







ーーーーーそして、イジョウナリーグの閉幕から数週間後。

パティスリー・ガトー本社ビル内、厨房にて。
「そうだ、アイシングにスピードは重要じゃない。落ち着いて作りたまえ。」
「……うん、わかった。」
ステビアの手ほどきを受けていたのは、コック帽を被ったスエットであった。
バベル教団が解散した今、彼女はステビアによって新たな道を歩んでいたのだ。

「おおおおおいステビアッ!!この会社のシステムどうなってんだッ!!」
壁越しに怒鳴り込んできたのは、同じく彼女の会社で働くことになったクランガであった。
「ハハハ、前任者のエンジニアが逃げやがってね。悪いが繁忙期が近いんだ、あと3日で修正してくれ。」
「無茶苦茶言うんじゃねぇよ!!?」
『……ご心配なく、クランガ様。既にエラーの要因は1585箇所特定済みです。』
「多いなッ!?」
彼のスマホから話しかけてくるのは、データを再構築したMA-Ⅰの声であった。
「人の可能性を信じたい」……その思いから、クランガはまた新しく彼女を作り上げたのである。
今度こそ、正しい道を歩めるように。




ーーーーータントシティ、病院にて。

思った以上に早く傷が治ってきたエンビは、あと1ヶ月もあれば退院できる、との見込みであった。
張り切って中庭でリハビリを受ける彼の元へ、1人の男が訪れた。
「……っす、元気そうですね。」
「あぁ、ミチユ……いや、キルトか。と、マネネも一緒なのか。」
「まねねっ!!」
元気に返事をするマネネは……間違いなく、お嬢と一緒にいたあのマネネであった。
「えぇ。まぁ……『ミチユキ』呼びのほうでいいっすよ。」
どことなく慣れていなさそうな彼。
が、今更『キルト』と呼ばれるには、既に前の名前は定着しすぎていた。

「今日は制服じゃないんだな。」
「えぇ、辞めたんスよ。リーグスタッフ。」
「まねね!」
「な……なんだと!?」
驚くエンビ……だが無理もない。
最前線で様々な仕事を任されていた彼が急に仕事をやめたというのだから、寝耳に水なのだ。

「……俺、旅に出ようと思ってるんすよ。もう一度、このマネネと一緒に一から。」
それは、以前に叶わなかった願い。
友として、共に歩みたいという意志である。
彼らは10年以上の時を経て、共に歩む決意をしたのである。
あのお嬢とブリザポスに、少なからず焚き付けられたのだろう。

「で、エンビさんはどうするんすか?」
「俺は早く復帰して、スネムリのジムを再建しようと思う。丁度、ステビアもアンコルジムに戻り、ショールだってフウジに再配属が決まったようだしな。俺だってうかうかしていられない。」
「ははは、また新たな敗北を探すんすか?」
「……まさか。俺はとっくに負け尽くしたよ。この人生という戦いで、幾度となく俺は負けている。」
苦笑いとともに、ため息をつくエンビ。
しかし、いつも以上に優しげな様子であった。

「だからこそ、俺はこの仕事をまっとうする。正しく、誰かのために在れる人間で居るために。」
「えぇ、そりゃ結構だ。……ま、気が向いたらまた一戦しましょうぜ、エンビさん。」
「まねね!」
そんなやり取りを交わしつつ、ミチユキ……否、『キルト』は空へと飛び立っていった。
彼らの新たな人生に、何が待っているのか……それは誰にも分からない。



ーーーーーノロポート、水族館。
BGMには丁度、先週デビューしたばかりのソロシンガー『Rio』のデビュー曲が流れていた。

そんな館内の、大水槽付近。
「ガハハハハハハ、しかしレイン!まさかお前がウチの水族館に来るなんてなぁ!!」
「……別に。僕はテイラーの付添いだし。」
そんな事を言いつつ、ボアの隣にてやや不機嫌そうな顔のレイン。
その目線の先には、丁度休日を満喫中のテイラーと、アロハシャツを着たジャックの姿があった。

「んで、お前はアイツらと見て回らなくて良いのか?」
「……あの様子を見ろよ。ただの休日のカップルだぞ。」
「ハハハ……まぁ、確かに入りづらいわなな。」
つまるところ、レインは空気を読んで離席していたのである。

「そういやお前らは、VCOの方で調査をしているんだっけ……?」
「まぁね。別の地方に行くことも考えたけど、テイラーの奴は一緒に居ないと、また責任感で押しつぶされるだろうしさ。」
「……そうか。優しいんだな、お前。」
そしてボアは、レインの頭を強めに撫でた。


そんな会話を交わす彼らとは別に、大水槽の前を歩くジャックとテイラー。
「しかし、悪いな。誘ってもらって。」
「別に、おっちゃんから貰ったチケットが1枚余っただけや。」
そっけなく返すテイラーだったが、それはあまりにも露骨な嘘であった。

「……というかお前、また目のクマが酷くなってないか?」
「当たり前や!まーた面倒な手術を頼み込んできた奴がおるんやぞ!?ホンットどいつもこいつも……ウチを魔法使いか何かと勘違いしとるんか!!」
「はは……まぁ、似たようなもんだろ、実際。」
まるでジャックの顔に何か思うことがあるかのように、彼女は声を荒げる。
ジャック自身もどことなく心当たりがあったようで、申し訳無さそうな顔をする。

「……ったく、ホンマにムカつくわ!おい人使いの荒い患者1号!分かったら今日一日付き合え!」
「だー、わかったわかった……ってこら引っ張るなッ!」
そうしてテイラーは、強めにジャックの腕を引く。
そこに居た2人は、まるで10年前に共に旅をしていた時のようであった。

もし、テイラーが折れることがなければ。
もし、ジャックが彼女の感情に気づいていれば。
……ふたりの姿は、ずっとこうだったのかもしれない。

しかし今の彼らもまた、別の道を目指して歩み始めたのである。
決して誰も独りにさせないよう、互いの身を寄せ合って。




ーーーーーガラル地方、ラテラルタウン。
ハオリの出身地にして、両親の墓地が在る街。

丁度仕事が休みの日を見計らい、パーカーと共に墓参りに来たのである。
「パパ、ママ、見てた?アタシさ、盛大に負けちゃったよ。いやぁ、準決勝までは行けたのにねぇ……ハハハ。」
「……ハオリ。」
墓石の前で笑い声を上げる彼女と、見守るパーカー。

「……もう10年か。……そっかぁ。ママが死んで、もう10年かぁ………」
その声は、徐々に震えてくる。
今まで、親の墓参りで泣いた事は、一度もない彼女だった。
感情という機構が、壊れていたからだ。

……が、この旅を通じ、彼女はそれを見つけて帰ってきた。
そして10年分押し殺していたそれは、今……全てがとめどなく溢れ出ることになったのであった。
そのまま彼女は、パーカーに抱かれながら泣き続けた。






ーーーーー誰もが変わり、誰もが新たな道を見出したこの物語。
それには皆、多かれ少なかれ、誰かの働きかけがあった。

もしかしたら、『誰か』の存在は全て等しく、『誰か』の人生を変えうるだけのものかも知れない。
それはきっと、貴方だって例外ではない。

次のページを以て、この物語を締めくくることにしよう。

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