【第181話】眼前の目標、正しい居場所

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

優勝者が決まり、会場の興奮はとどまるところを知らない。
決勝戦に相応しい大決戦が、観衆たちを大いに盛り上げたのである。

「トレンチの優勝かぁ……!いやいや、すげぇ戦いだったな!」
「えぇ……流石です。ここ数年で一番の戦いだった、と言っても過言ではありません。」
「素ゥぅう゛う゛う゛う゛晴らじいぞッ!!トレンチッ!!!!キミはその弛まぬ努力で栄光を掴みッ!!不屈の意志で頂点にまで上り詰めたッ!!!!そ!れ!で!こ!そッ!!!僕を殺した人間だァアアアアアアアぐはッ!!」
「はーいはい……吐血するほど騒がないでねー……。」
ジムリーダーの4人も、トレンチとレインのバトルを大いに称賛していた。
実際、彼らも直前までは固唾を呑んで戦況を見守っていた……それほどに拮抗した試合だったのだ。

「………ですが、この大会は此処で終わりではありません。」
「あぁ。寧ろ、最大のメインイベントはこの後だよな。」
騒ぎ立てる観衆とショールをバックに、手元のタブレットに目線を移すボアとパーカー。
そう……このイジョウナリーグは、未だ終わってなどいないのだ。

「いやいや……俺は今から楽しみだぜ。……『王者決定戦』がよォ!!」
「ッ………!!」






ーーーーー同時刻。客席、別箇所。
「しかし凄いですねぇトレンチちゃん……!フウジで落ち込んでいた時はどうなるかと思いましたが、まさか本当に優勝してしまうとは!ねぇジャックさ……あ、あれ?」
スモック博士は唖然とする。
先程まで隣にいたジャックが、忽然と姿を消していたからだ。
……が、彼も遅れてその理由に気が付いた。
「……あぁ、そうか。やはり、貴方はそう在るのですね。」




ーーーーー同時刻。コート家、屋敷の書斎。
テレビの画面越しに、イジョウナリーグの中継を見るガウン氏。
「うむ……流石は私の自慢の娘!このコートグループを担うに相応しい器だ!!」
愛しの娘の優勝に、大変ご満悦の様子だ。
実際この屋敷中が、この一報からずっと祝賀ムードである。

しかし、そんなガウン氏の表情も……いつまでも明るいものではなかった。
「……三日前に貰ったコレ。本気なのかね……やっぱり。」
彼の目線の先にあったもの。
それは、『辞表』と雑な文字で書かれた封筒であった。




ーーーーー午後2時50分。イジョウナリーグ会場、控室にて。
ポケモンたちの回復を終え、ポケモンたちへ諸事項の再確認を行うお嬢。
そこへ、ノックの音が響く。

「……入るゾ、トレンチ。」
「!?ど、ドテラお爺さま……!?」
「まねね……!?」
そこに入ってきたのは、バイウールーの背中に乗って来たドテラであった。
既に老齢の身体にムチを打ち、なんとか会場まで駆けつけたのである。

「らめぇ……」
「ふむ。バイウールー、ご苦労だナ。……ま、あの【自主規制】な孫が此処に来ないからな。攻めて私だけでも見送りに行こうと思ってのことダ。」
実際、この場にジャックはいない。
なので、その代わりということだろう。

「その……怖くはないのカ?」
「……?何が?」
「……お前はたしかに強イ。それは此処にお前が居る事実そのものが証明しているだろウ。……が、それを加味しても、だ。次の相手は、今まで以上の規格外ダ。……負ける確率のほうが、遥かに高イ。」

「……愚問ね。怖いに決まってるじゃない。今まで近くに居た存在が、いざ目の前に立ったら……誰だって怖いわよ。」
「……まね。」
「……そうだナ。それが知覚出来ているなら合格ダ。お前は真に、自分の心と現実に、折り合いを付けていル……!」
それだけ言うと、ドテラはバイウール-に踵を返させる。
「杞憂だったみたいダ。……私はお前なら信じられル。あの馬鹿の鼻をへし折ってくれるとナ……!」
そして彼は、お嬢と最後の握手を交わす。
「えぇ……任せて頂戴!ありがとう、お爺さま!」
「まねね!」
そうして最後の激励を残し……ドテラは廊下の彼方に消えていった。



ーーーーーー時刻はまもなく、午後3時を迎えようとしていた。
いよいよ始まる「王者決定戦」に、会場の期待は最高潮に達していた。
今まで以上の盛り上がりが、フィールドを更に加熱する。

まもなく、東側のフィールドから1名のトレーナーが入場する。
今回のイジョウナリーグの優勝者……トレンチが、『挑戦者』としてこの場に現れたのだ。
「ふぅ……随分と慣れたものね。この騒がしい雰囲気も。」
「まねね。」
落ち着いた表情を見せるお嬢。
多大なる恐れを隠すように、彼女は不敵に笑う。

……そして、挑戦者が居るということは。
当然、迎え撃つ者がいる。
それはかつて頂点に君臨した王者……またの名を『チャンピオン』。

そしていよいよ……お嬢に続き、チャンピオンが会場に立つ。
7年ぶりのその男の登場に、会場は更に歓声を大きくした。









「……どうした、随分とぎこちない様子じゃないか。トレンチ。」
「えぇ……そりゃあアンタが相手だもの……ジャック!!」










そう、ジャック。
お嬢と反対側のフィールドに立っていたのは……無敗の王者・ジャック。
ただの一度も、純然たる敗北を味わったことのない絶対強者である。

「……ずっと、俺には分からなかった。アイツの代わりに『ジャック』に戻った俺が、お前に何をしてやれるのか。」
「……。」
「無論、コレが100%正しいかどうかもわからねぇ。だが……俺はお前のために、『敵対』することを。壁として立ちはだかることを選んだ。お前の隣人ではなく、『道標』『好敵手』として。」
今、このフィールドに彼が立っていること……
それが彼が悩み抜き、導き出した結論だった。

「……リーグ本部に無理を言って来たんだ。そしたらパーカーさんは快諾してくれたよ。『ちょうど前年度のチャンピオンと音信不通だった。エンビも病欠で、貴方が代役なら渡りに船だ』ってね。」
「……自力でトーナメントを這い上がってくる選択肢はなかったのかしら?」
「お前がここまで勝ち残ってくると信じていたからだ。だから俺は、此処でお前を待つことにした。」
ジャックが敢えてリーグに参加しなかったのは、それが理由だ。
きっと王者争奪戦の参加権を得るのはお嬢であると、確信していたからである。


「さて……長話もアレだ。どうやらこの戦いのルールは、互いの話し合いで決めて良いそうだ。……どうする?」
「……任せるわ。」
それは彼女が、『挑戦者』であることを強く望むがゆえの答えであった。
「……そうか。ではこうしよう。『お互いの全力を出す』。手持ち数無制限のシングルバトル。……これでどうだ。」
「えぇ、わかりやすくて何よりだわ。」

これが彼らの……戦いの前の最後の言葉であった。
正真正銘、最後の決戦……

お嬢は今までに何度も被り直してきたベレー帽に、そっと手を置く。
この帽子が示してきた行く先の……最も近い場所で。




「……行くぞ。全力でかかってこいッ……トレンチィイイイイイイイ!!」

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