青い彗星

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「いけ、レタスデス!」
 マッシュが華麗な投球ホームでボールを放ると、綺麗な毛艶の猫――レパルダスがその姿を表した。
 一声鳴くと、レパルダス――否、レタスデスは、バトルの場を用心深く観察した。
 レタスデス? ……なるほど、“レタスです”ということだろう。マッシュの手持ちポケモンの名はやはり食べ物であった。
 
「ドラちゃん! アクロバット!」
 ポケモンバトルのルールに則り、技名を叫ぶナギサ。
 草単一タイプのラランテスに、効果抜群の飛行技でドラパルトは襲いかかる。しかし、その一撃を耐え、ラランテスは踏ん張る。
 アクロバットの利点は、持ち物のない状態の時にこそ活かされる。今まだドラパルトは何も使用しておらず、おそらくは何かしらの道具を持った状態ということになる。
「ララァ、ヤツとのざれごとはやめろ」
 マッシュは、厳密にはラランテスに言ったわけではない。
 そのトレーナーのニットに声をかけたのだ。ニットはそれに頷く。
「ララァ……私を導いて……」
 そして、ニットは意を決し、ラランテスに指示を出す。
「――ばかぢから!」
 標的は、キョダイマックスしたエースバーンコラショ
 ララァの放った高威力の格闘技はエースバーンを倒すには至らない。しかし、本来であれば、ばかぢからのデメリットであるはずの反動のステータス低下は、ラランテスの特性あまのじゃくで、効果を逆転していた。
 こうげき、ぼうぎょの段階をあげ、強化されたラランテスのララァは不敵に微笑む。
「ララァは賢いな」
 ニットはそう言って、ラランテスを撫でた。そんなニットを横目にマスターはビシッとラランテスを指さす。
「コラショ! キョダイカキュウ!」
 コラショと半ば愉快な名前をつけられたエースバーンは二度目の巨大火球を放つ。その矛先は草タイプのラランテスことララァである。
 そのラランテスが落ちる瞬間、なぜか、私の脳裏に『キュピーン!』と稲妻のような衝撃がよぎった。
 
 瞬間、私はララァと向かい合っていた。
 ララァと私はなぜか思念体となっており、ララァは私へニットの想いを伝えようとしていた。
『……きこえますか……きこえますか……サーナイトよ……私はララァ・スンです……今あなたの心に直接呼びかけています……ニュータイプであるサーナイトの貴方ならば私の言葉が届くと考え、メッセージを送っています』
 テレパシーだ。私はニュータイプではないがエスパータイプであるが、否定したところで話の本筋には関係ないだろうと思い、否定しないことにした。
 一部のポケモンの中には、カイトのニャースのシャケのように、人語を理解するだけの知能を有する者が存在する。
 このラランテス自身はエスパーではないが、知能指数が高く、私側の能力で意思疎通できる可能性を考え、語りかけて来たというところだろう。
 
 ――キュピーン!
『私の特性と同じで、ニットもあまのじゃくです。いわば、一昔前から流行のツンデレです。思ったことを素直に表すことができないんです。ニットは、レオンが置かれている状況を子供心に理解しており、何とかしてあげたいと考えています……』 
 レオンは俺ルールばかり使うので、この孤児院では浮いていると自分で言っていた。しかし、この話からすると、それはレオンの思い込みで周りはそこまで思っていないということなのだろうか。
 
 ――キュピーン!
『間もなく、私はコラショの巨大火球で退場します。なので、貴方にお願いです。ニットの意図を汲んで、貴方のマスターに伝えてもらえませんか』
 脳裏にララァのメッセージが送り込まれる度、『キュピーン』と何かが走ったような感覚になるのでいい加減疲れていた私はとりあえず、わかった、と伝えた。
 安心したように、ララァは微笑む。私とララァは思念体となって対面していたが、ララァは踵を返し、どこか遠くへと歩いていく。
 
 ――キュピーン!
『青い彗星のサナ……信じています』

 そう言い残すと、ぷつっとテレパシーが途切れ、現実へと呼び戻される。テレパシーの中に、『アムロ』やら『連邦の白い悪魔』やらよくわからないノイズが時々混ざっていたが、何とか要点は聞き取った。
 目前の光景がスローモーションに映る。
 巨大火球に飲み込まれたラランテスが鳴き声をあげ、倒れる。
「ララァ!!」
 赤い光に包まれ、ボールへ返っていくラランテスに、ニットは絶叫した。
 そんな哀しみに暮れるニットを横目に、マッシュは冷静だった。
「オレがアドバイスしたとおりフラッペって名前にしてりゃよかったんだ。ララァなんて名前つけるから……アニメでも死んでただろ……」
 ラランテスが負けたのと、何かのアニメの結末は全く関係なかった。
 ただ、意外だったのは、こんな会話が出てくるあたり、マッシュは孤児院ホームの子どもたちのことを気にかけ、コミュニケーションを取っていたことだ。
 口調も悪く、アウトローを気取ってはいるが、なんだかんだ優しいのだなと改めてその人柄を見直した。
「ふん、ドラパルトか……確かに人気だな。だが、型の多さが戦力の決定的な差ではないことを教えてやる……。レタスデス、悪の波動!」
 マッシュのレパルダスレタスデスの口角が吊り上がり、不敵に笑う。黒色のモヤがその目前に集まり、一気に放出された。
 ドラパルトは悪意に飲まれ、一撃で落ちていった。

 ニットとナギサは睨み合い、次のポケモンを繰り出す。
「いけ、ハル!」
「アムロ、いきます!」
 ニットのボールから飛び出たのは、通常の茶色の毛に覆われたイーブイ。名前は、あのイーブイ少女と同じ“ハル”である。
 対するナギサがアムロと呼んだのは、白い薄毛に覆われたタマゴのような形状のポケモン――トゲキッスである。
「今の私にアムロは倒せない……ララァ……私をみちびいて……」
 ニットは憔悴したように言うが、マッシュの目はまだ諦めていない。
 ニットの肩を叩くと、「やろうぜ」と戦いのゴングを鳴らした。

――――――――――
【補足】ララァ・スンとは?
 ニットのラランテスのNNは「ララァ・スン」という。それをさらに略してニット含めみんな「ララァ」と呼ぶ。
 一昔前に放映された、カントーで好評だったアニメーション作品の登場人物のフルネームと同じ。後半登場したトゲキッスの名前もそれにちなんで名付けられたと思われる。
 今話、みんなノリにノッて作中のセリフをパクりまくっている。
――――――――――

「ハル……おねがい!」
 ニットが胸の前で手を組み、あざとく叫ぶ。
 ハルと名づけられたイーブイはみるみるうちにその身体を大きくしていく。キョダイマックスしたその姿は、イーブイの里で見た巨大イーブイのモロによく似ている。
 これに歓声をあげたのは、観客のレオンとメイちゃんだ。
「茶色くてモフモフだ〜! ネコバス! ネコバス!」
「ニットのやつ、いつの間にレッツゴーしてたんだ……」
「レッツゴーってなあに?」
「ワイルドエリア駅にいる人がな……」
「うんうん」
「まあ、うん。……子どもにレッツゴーはまだ早いよ」
 言いかけて、レオンは口を閉じる。説明がめんどくさくなったのだろう。
 自分も子どものくせに、わかったように言うものだから、微妙な空気が漂う。
 子どもにはまだ早いレッツゴーとは――。
 疑問ばかりが残った。
「ハル、抱いて!!」
 子どもにはまだ早いレッツゴーをしたニットが、危うい意味で受け取られかねない指示を出す。
 キョダイマックスしたイーブイの専用技だとは百も承知だが、色々と問題をはらんだニュアンスにしか聞こえない。
 それに応えるように巨大イーブイのハルは、『オォン……!』と鳴き声をあげ、荒々しく抱きしめようと野獣のように飛びかかろうとする。
「コラショ、ダイウォール!!」
 ハルの“キョダイホウヨウ”はコラショに向かっていたが、それを完全防御した。追加効果ももちろん発生しない。
 その横で、白い悪魔――アムロが動く。
「アムロ振り向かないで……エアスラッシュ!」
 
 ナギサのトゲキッスがエアスラッシュを叩き込むと、レパルダスレタスデスはその一撃に思わず怯む。
「連邦のトゲキッスは化け物か……」
 1ターンを無駄にする形で動けずにいるレタスデスに、マッシュは歯ぎしりした。
 連邦が何かはよくわからないが、ガラルでも密やかに『白い悪魔』と呼ばれるトゲキッスの所以を、私は目の当たりにしていた。
 特性てんのめぐみにより追加効果の発生率が2倍になり、6割の確率で相手は行動できなくなる。
 可愛い顔をしながら、対峙する白い悪魔の表情はどこか恐ろしさを感じさせる。圧倒的な存在感がそこにはあった。
 しかし、とにもかくにもそれで3ターンが経過し、エースバーンコラショのキョダイマックスが解け、バトルは仕切り直しとなった。
「私の番! コラショ、火炎ボール!!」
 マスターの指示を受け、コラショは火球をレタスデスへと放つ――が、外れた。
「アムロ、エアスラッシュ!」
 すかさず動いたのはナギサのトゲキッスアムロだ。白い悪魔は、風をその身に集め、エネルギーへと昇華し、レタスデスへ矛先を向けた。
 空気を切り裂く、風の刃が十字となり、レタスデスの身体に二度目の衝撃を与える。
 耐えられず、レタスデスは叫び声をあげ、大地にその身体を委ねた。
「く……悲しいけどコレ戦争ポケモンバトルなのよね」
 マッシュは潔く負けを認め、応援に徹する。
 現時点で、マスターの手持ちは一体まだ何かが温存されている状態で場にはエースバーンコラショ。その相方のナギサは手持ちこそ無いものの、全くの無傷の“白い悪魔”ことトゲキッスアムロ
 対峙するマッシュとニットのチームは、巨大イーブイを残すのみだ。
 
 だが、ニットはまだ諦めた様子はない。
 どこか勝ちを確信したかのような、生き生きとした顔をしていた。
「ハル……ふふっ、かわいいよ……」
 ダイウォールの無いエースバーンに向け、満を持したニットは巨大抱擁を指示する。
 巨大イーブイはそのゆたかな体毛をゆらし、全身から愛らしさを撒き散らした。そのあまりの愛くるしい様子に、抱擁されたものはメロメロになってしまうという。
 メロメロ状態になってしまうと、行動不能となる。
 ニットはそれを狙っていたのだ――!
 
「いけ、キョダイホウヨウ!!」
『オォンッ……オン……ッ♡』
 ハルは愛くるしく、どこか切なげに鳴き声をあげる。
 そこに恐ろしさの欠片など微塵もないが、真に恐ろしいのは、このハルはその愛くるしい容姿が自らの武器であることを熟知していることだった。
 小悪魔系女子である。これがファッション雑誌なら『まだ来ない春』みたいなキャッチコピーがつけられていたかもしれない。
 キョダイホウヨウの一撃を受けても、コラショの体力はあまり削られていない。そして、何事もなかったかのようにそこに立っている。
 その隣のアムロにもなんの変化もない。
 同じポケモンである私も可愛いなあと思いはしたものの、特にそれ以上の想いは抱かなかった。
 ――なぜなら、♀だから。
 私サナ(サーナイト♀)、コラショ(エースバーン♀)、アムロ(トゲキッス♀)。
 そして、“まだ来ない春”ことハル(イーブイ♀)。
 
「……まあ、そうなるわな。みんな♀だもんな……」
 冷静に述べたのはマッシュだ。
 それに、ニットは異議を唱えた。
「そんなことない……女のコ同士だって、メロメロするじゃん!! 男同士だってするでしょ!?」
 ニットは必死に訴えかけていた。
 しきりに薄い本でもそういうのが需要あるとか、BLだとかGLだとか、百合とか薔薇とか騒いでいたが、どうしようもない。
 バトルは終局へと差し掛かっていた。
 
 今しかない。
 ララァ・スンとの約束を果たす時が来た。
 ――キュピーン。
『マスター、聞こえますか。ニットの考えを伝えます……』
 マスターは私に視線を送った。
 私は、ニットがなぜこんなことをしているのかを、マスターの脳裏にテレパシーで送り込んだ。
 理解したマスターは力強く頷き、
「戻ってコラショ、お願いカミーユ!」
 エースバーンコラショを引っ込め、新たにトゲキッスを繰り出した。
「な……連邦の白い悪魔が2体……?」
 ついでに言えば♀だった。
「メスだともうますます勝ち目がないな……」
「だいじょうぶ、女のコにだってメロメロするし……」
「いい加減に効果のこと知らなかったこと認めろよ」
「ちがうもん! メロメロするもん!」
「誰しもが認めたくないものだな。自分自身の、若さゆえの過ちというものを……」
 
 しきりに、「私、女のコにだってメロメロになるもん!!」と百合宣言をかます幼女の隣で、アムロのエアスラッシュは容赦なくハルを弄ぶ。
 だがまだ耐えきり、ハルはなおも巨大な身体グラマラスボディでトゲキッスアムロを抱き締めるが、もちろんメロメロにならない。
「次こそメロメロになるわ!!」
 ニットは引く気配が無いが、そもそもダイマックスターンには限りがある。しかし、ハルも最後まで闘う心づもりのようだ。
 対峙する2体の白い悪魔トゲキッスは、双方エアスラッシュの構えを取る。
 どう見ても、結末は明らかだった。
 
「やめて!! ハルのライフはもうゼロよ!!」
 しかし、ここで悲鳴をあげたのは、マスターだ。
「こんなかわいい子がこれ以上傷つけられるのを見たくないわ……」
 そうして、マスターは苦悶の表情を浮かべ、ボールに手をかけると、そっと降参“サレンダー”を宣言した。
 こうして、メロメロになったマスターの降参で、マルチバトルは幕を閉じだのだった。
 まさかの連邦の敗北である。
 
 もっとも……連邦が何か、私は全くわかっていない。

――――――――――
【補足】
○レッツゴーとは?
 ゲーム中、ワイルドエリア駅内にいる子どもたちに、話しかけるとその言葉を聞ける。
条件を満たせば、“とくべつな”イーブイかピカチュウを貰える。
 その条件とは、同一Switchに、ポケモンレッツゴーイーブイ&ピカチュウをプレイした記録があることであり、このことを『レッツゴーする』という。

○連邦とは?
 日出ずる国で放映されたアニメ『ガンダム』では、地球連邦軍とジオン軍の一年戦争を描いた。地球連邦軍を略して『連邦』と呼ぶことが多い。
 見所は、白い悪魔と呼ばれるトゲキッスと、赤い彗星と呼ばれるギャラドスの手に汗握るバトルシーン。
 また、それらポケモンを操るトレーナーのアムロとシャア、二人の男と、その間にいるララァ・スンという少女(後に戦死)の三人を巡る物語も人気だった。
 孤児院ホームにはDVDが全巻揃っており、孤児院の子どもたちは例外なくガンダムの大ファンである。このDVDは、日出ずる国のカントー地方はアキハバラシティからやって来たサオリが手土産に持ってきたものである。
 マッシュは裏ルートでDVDを手に入れており、彼もまたガンダムの大ファンである。

○サレンダーとは?
 かつて日出ずる国のデュエリスト『孔雀舞』が敗北を悟ったとき、最期まで闘おうという意思を放棄し、自身の最も愛しているモンスター“ハーピィレディ”が「傷つけられるのを見たくないから」という理由で、デッキカードの上にそっと手を添え、「サレンダー」と宣言し、降参した。
 これが当時負けるときのポーズとして大ブームとなり、カードゲームからポケモンバトルに流入した。
 ランクマッチバトルでも、現在の『にげる』表示を『サレンダー』表示に変えようという動きがあり、ローズ委員長時代の委員会で議案として提出されたが、棄却されたという経緯がある。元ガラルチャンプのダンデ就任後の委員会であれば、また別の結果が出ていたかもしれない。
――――――――――
special thanks,
機動戦士ガンダム

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 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

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