【第171話】今後のビジョン、友の激励

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください


夏の長い日は完全に落ちきり、イジョウナリーグは初日の行程……1回戦をすべて終えた。
32名の参加者は16名までその数を減らし、更なる精鋭たちのみが生き残ることになった。

その中には勿論、トレンチお嬢も含まれる。
「なんとか1回戦突破だな。おめでとう、トレンチ。」
「何言ってんのよ。まだまだこれからよ。」
ホテルの室内で軽食を頬張りつつ、お嬢は厳しめの表情で答える。
「まぁ……そりゃそうだけどな……。」
……とはいえ、1回戦から優勝候補級の強敵であるミチユキを撃破したのだ。
本来ならばもっと喜んでもいい場面なのだが……お嬢は兜の緒を締め直す事を忘れない。

テレビモニターで今日の試合の結果一覧を眺める2人。
そこには……当然のごとく、ハオリとレインの名前もあった。
「まぁ……こんな所でくたばる奴らじゃないよな。」
「そうね。でも大丈夫……彼らと当たるのは覚悟の上よ。」
無論、彼らはお嬢と同じ最新世代のトレーナーでありながら、その実力は折り紙付きだ。
お嬢とて、優勝を目指すならば避けては通れない壁であることは分かっていた。

「でも……勝てない相手じゃないこともまた事実よ。さっ、悩んでても仕方ないし……さっさとシャワーを浴びて寝るに限るわ!」
そう言うとお嬢は、ゴミを片付けて椅子から立ち上がる。
その時……ジャックは違和感に気づく。

「……あれ、そういえばマネネは?」
「ミチユキの所に行ったわ。積もる話があるんだと思うけど……」




ーーーーー夜もすっかり更けた、コランシティの公園。
喫煙スペース付近のベンチにて会話をするのは、マネネとアフロの男。

「いや……悪ぃな、キルト。俺、全部思い出したわ。」
「まね……。」
なんとなく、星の見えない黒き空を見上げるふたり。
いつも欠かさずにかけていたサングラスはなく、裸眼であった。
ひどい凍傷の跡と、歪んだ目つきが顕になっている。
「お前の身体……ボロボロにしちまったわ。タバコもやっちまってるしな……。」
「まね……。」
だが……その声だけは間違いなく、『キルト』のものであった。

「っつーかお前、マジで強いじゃねぇか。だーーークッソ……お前がいれば、あの時ジャックにもワンチャン勝てたかも知れねぇのになぁ!!!」
「ま……ね……」
「……冗談だよ。いや、ホントに冗談だって!過ぎたこと言ってもしゃあねぇしな!」
俯くマネネの背中を、『キルト』が擦る。
ソレは本心からの台詞ではない……が、やはり友として、共に旅をしたかった……という後悔は多少なりともあったのかも知れない。

「……なぁ。このリーグが終わったらさ、お前はどうする?」
「まね?」
「いや……この身体は元々お前のモンで、俺の正体はポケモンだ。なら……返すのが筋じゃねぇかって思ってな。」
実際、彼はキルトの身体で居ることに、それなりの負い目を感じていた。
身体を借りておきながら、あろうことか自分の存在すら見失っていたのだから……。

……が、マネネの方はわからなかった。
今の身であることに、決して後悔はしていないのだから。
それにお嬢と共に居ることで、彼の人生は今までで最高に満ち足りていた。
……人の身に戻るということは、彼女の元から離れるということだ。

「まね………。」
「……いや、悪ィ。今この質問をするのは野暮だったな。」
そしてミチユキは手元のタバコを吸い終えると、吸い殻入れに閉まって立ち上がる。
「宿まで送るわ。明日もあるだろ?お前。」
「……まね。」
きっと、今すぐに答えは出ない。
この後の人生にどう向き合うかなんて……今の彼には分からない。



ーーーーー迎えた翌日。
2回戦に臨むべく会場に向かっていたお嬢ら3名。
未だ解れぬ緊張感を抱えつつ、丁度ホテルと会場の間にある公園を突っ切っている最中であった。
「おーい、トレンチちゃーーん!」
人混みを挟んだ一本道の向かい側から、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「……!!スモックおじさま!」
「まねね!」
そう、1日遅れで応援に駆けつけたスモック博士だ。
人混みをすり抜けつつ、植え込みの裏側の木陰で彼らは合流する。
「いやいや……僕の送り出したトレーナーも何人か参加するみたいだしね。なんとか急いで仕事を片付けて、此処まで来たんだ。」
そう言いつつ彼は、マネネの頭を撫でる。
VCOの仕事が余程多忙だったのか、初日には間に合わなかったようだが……それでも、こうしてお嬢の元へと応援に来たのだ。
それも彼のお節介からだろう。

「あの、博士……後ろのポケモンたちは一体?」
「後ろ……?」
「まね……?」
ジャックの指差す方向を覗き込むお嬢。
するとそこには、スモック博士の後を追って人混みを縫ってくるポケモンたちが居たのだ。

「ふぇるるるるッ!」
「みばっ!」
「みばばーーっ!」
「アレは……!」
「エンペルトと、ヒバニーの群れ!?」
そのポケモンたちに、お嬢は見覚えがあった。
ソロポートの廃港に生息していたヒバニーの群れと、アックビー氷河でポッチャマ達を従えていたリーダーのエンペルトだ。
皆、お嬢が旅路で会ったことのあるポケモンたちだ。
各々馴れない人だかりに興奮するヒバニー達を、エンペルトがそれとなく統率して纏めている。

「あぁ、彼らね。どうやらトレンチちゃんを捜してこの街に来たようだから、一緒に居たんだ。」
「ふぇるる……。」
「みばっ!」
「みばばっ!」
次々と返事をするポケモンたち。
恐らく、今日がイジョウナリーグの本番と知って此処に来たのだろう。

特にエンペルトなんかは、成長を見るためのいい機会だと思っていたのかもしれない。
元々トレンチの元にポッチャマを預けたのだって、独り立ちの試練があったからだ。
「そうね……せっかくだから、挨拶くらいしておきましょう。」
お嬢は腰元のボールを取り出し、エースバーンとエンペルトを呼び出す。

「にばばっ!……ば!?」
「ふぇるる……る!?」
両者とも、嘗ての仲間との再開に驚いた様子だ。

彼らの顔を見るなり、ヒバニー達はエースバーンの元へと駆け寄っていった。
「みばばっ!」
「ばばっ!」
姿の変わった友への激励だろうか。
それとも、ただ懐かしくてじゃれ合っているだけなのか。
何れにせよ……彼らの仲睦まじい様子は、よく伝わる光景であった。

「ふぇる……。」
「ふぇるる。」
一方でリーダーのエンペルトは、お嬢のエンペルトの身体を上から下までまじまじと眺める。
顔つきがあの頃とすっかり変わっていることに……何かを感じていたのだろう。
「……るる。」
そしてただ一言、何かを伝えると……嘗ての群れの一員の肩を叩き、そのまま人混みの中へと消えていった。

「あー……ちょっと!?気難しい子だなぁ、全く……あ、トレンチちゃん!んじゃ、応援しているから、頑張ってくれよ!」
博士もまた忙しなく言葉を残し、ヒバニー達の数を数えてから会場へと向かっていった。
「そっか……応援してくれる人がいるのね。アナタ達。」
「にばばっ!」
「ふぇる……。」
嬉しそうなエースバーンと、若干の照れくささを感じているエンペルト。

そんな彼らが……お嬢はちょっとだけ、羨ましかったのかも知れない。



ーーーーーその後、2回戦、3回戦、準決勝……と、その日の試合は滞り無く進んでいった。
お嬢に関して言えば、この3戦をあっけないほどの圧勝で終えてしまったのであった。
特に準決勝に関して言えばイザキというトレーナーが居たようだが、数分足らずで消し飛んでいったらしい。

他のトレーナーが弱いわけではないのだが……如何せん、彼女の実力はその中でも頭一つ抜きん出ていたのである。
実際……ミチユキを倒すほどの実力があるのだから、予想通りといえばその通りなのだ。
加えて今日の彼女は、博士や他のポケモンからの応援がある。
彼らの手前、幾らか克己心が刺激されていたのかも知れない。

兎も角……これにてお嬢は危なげなく、決勝戦まで進出することになったのである。

「よし……!これで決勝まで行けたわ……!あと少し……!」
「まねね……!」
「あぁ。よくやったな、トレンチ。」
掴み取った勝利を互いに喜び合うふたり。
これで残すは決勝のみ……だが、問題はここからだ。
無論、此処まで勝ち残ってくるトレーナーは只者ではない。

そして肝心なその対戦相手だが……

実を言えば未だ決まっていない。
否……『これから決まる』のだ。


お嬢が先ほど終えたのは、準決勝の1試合目。
そしてこの日はもう1試合……別のトレーナー同士の準決勝が残っている。
その対戦カードは……言わずもがな、あの2名であった。





ーーーーー日の沈みかける時刻。
その日の最後の試合ということもあり、準決勝に対しての期待は必然的にヒートアップする。
ましてやぶつかり合うトレーナーはどちらもデビュー1年目のルーキーなのだから、観客からしてみれば全てが未知数だ。

歓声に包まれたフィールドの中、トレーナー2名が登壇する。

「……へぇ、スネムリのバトル大会以来かな?天パ少年。」
背中の楽器ケースを背負い直し、不敵に微笑む少女。
それに対し、馴れない義手を抑えながら返答する少年。
「……そうだな、ピアノ女。まぁ、キミならここまで残れると思っていたよ。」

互いに飄々と会話を交わす……が、その目はどちらも笑っては居なかった。
「悪いけど、負けられない……いや、『負けたくない』んだよねアタシ。自分自身のためにも……!」
「そうか。生憎僕も同じだ。今此処で見ているアイツに……僕を認めさせなきゃいけない……!」
その言葉と、飛ばしあった火花を最後に……彼らの挨拶は終わる。

此処から先、彼らの背負ったものの重さは……試合の結果でしか語られない。



ーーーーーそのやりとりを控室から眺めていたジャックは、思わず固唾をのむ。
「(やっぱり残ったのは……レインとハオリ……!)」
無論、その動向に注目していたのは彼だけではない。

この後……彼らのうちどちらかと戦うことになるお嬢も、それは同じであった。
「(スネムリのときとは違う……負けたら全てが終わりの戦い……!)」
正にその通り。
今から行われるのは、今まで以上に本気の果し合いだ。

片方は栄光への一歩を進め……
もう片方は……その意志を、道程を……すべて否定されることとなる。

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