第21話 ~炸裂する恐怖~

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読了時間目安:25分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

主な登場人物

(救助隊キセキ)
 [シズ:元人間・ミズゴロウ♂]
 [ユカ:イーブイ♀]

(その他)
 [スズキ:コリンク♂]

前回のあらすじ

"お好きな情報何でもひとつ"。奇妙な優勝賞品を掲げる大会"インフォメーションカップXXX"に、シズたちは参戦していた。

その第4回戦。ユカは、"大規模天候操作事件"の犯人・"スターチ"の息子である"ミコラーシュ"と激闘を繰り広げる。
……だが、ミコラーシュの"心を読む力"にとっさの作戦を見破られ、敗北するのだった。
「ユカ……」
「おい、大丈夫か?」

バトル大会"インフォメーションカップXXX"会場・ロビー。
椅子など休憩が出来そうな設備が用意されており、誰もいない状況ならばくつろぐことも出来るだろう。

「ごめん、シズ……ダメだった。アイツに一泡吹かせるはずだったのに!」
「ボクの仕返しを代行するつもりだったって言うなら……ボクは、そんな、そんなの……」

そして、今はそういった用途に利用するには丁度良い状態だ。ついさっき試合を終えたユカを出迎えるにも丁度良い。
まあ、全くの無人というわけにはいかないが。

「ふーん、キズの舐め合いですか。よくやりますよ、そんな恥ずかしいこと」

……ついさっき試合が終わったということは、つまり対戦相手もまた、こういった休憩所を利用する可能性がある。
"ミコラーシュ"。このふざけたニャスパーの名前だ。

「……恥ずかしいと言えば、お前もそうだろうに。心の内で"母さんの力に頼らずに勝つ"と息巻いておきながら、結局は使わなければ負けていた状況に追い込まれて」

"わざわざ敗者をあざ笑いにやってくるとは、ご苦労な事だ……"。
スズキもポケモンだ。そういったことには人並みにイラつくし、反論のひとつだって言いたくもなる。

「別に良いでしょう。結局、彼女が敗北したという事実は変わらないんですよ? ……"死神"さん」

ミコラーシュがそう言い放った瞬間、スズキは彼に飛びついた。そのまま布の壁に叩きつけ、抑えこみ、拘束する。

「……いいか? 上には上がいる。"死神"がどんな奴かは知らないが、噂だと殺しをためらわない上にクソ強いらしい。慎んだ方が良いぞ」

木の骨組みがぎりぎりと音を立て、ミコラーシュにどれほどの圧力が掛かっているのか見て取れるようだ。
何が癇に障ってこのような行動に出たのかはもはや言うまでも無いだろう。恐らくは、"死神"という単語に反応したのだ。

「とぼけるんですか? ……漫画とかで、家族の出来たバケモノが"弱く"なる事があるじゃないですか。転じて、友人が出来た強者も弱体化するんでしょうね? あなたを見てるとそう思えますよ」

……このような状況にもかかわらず、ミコラーシュは笑みを浮かべている。
他者が怒る様を見て楽しめるとは、厄介極まりないことだ。

「そうかもな。だが、本体そのものの"強さ"は衰えていないこともまた、お約束だろう……」
「なら、試してみましょうか!」

ミコラーシュは脚を使ってスズキを蹴り、押しのけた。圧倒的な筋力差があるわけでもない力任せの拘束など、ある程度の技量があれば容易に脱出できる。
そして格闘での追撃に掛かるが、しかしスズキもまた心得があるようで、もうすでに後ろへ飛び退いていた。

「二足歩行型との格闘戦は得意分野でな。いくら"読心術"によるアドバンテージがあれど、そう簡単に負けてやるほど情けなくはない」
「それで互角ですか。どうやら、名前の派手さだけではないようですね」
「"スズキ"のどこが派手なんだか……」

2匹は睨み合う。格闘戦においては、おそらく"読心術"の影響込みでほぼ互角。
そして、中距離戦に臨めばスズキは不利になる。この場所はそう広いわけでもなく、また障害物も多いためどんな搦め手がやってくるか分かったものではない。そういった小賢しい戦い方はそれこそ"読心術"の独壇場だろう。
……お互い、取る戦術は決まった。スズキは突撃し、ミコラーシュはその迎撃の構えをとる。

「ス……スズキさん! ミコラーシュさんも! 場外乱闘はダメですよ!」

……が、邪魔が入った。シズが2匹の間に割って入ったのだ。
スズキはすんでの所で足を踏ん張り、シズとの衝突を回避する。

「あ……危ないだろう!」
「で、でも、止めるにはこのくらいしか方法が……」

いや、邪魔が"入ってくれた"と言った方がより正確なのかもしれない。
こんなところで戦えば、周囲に酷い迷惑をかけることになり、それで失格にされる可能性だってある。少なくともスズキの場合は、そもそもの目的は"大会に優勝すること"なのだ。

「……真面目ぶっていられるのも今のうちです。ルール外で潰されるか、ルールに則って潰されるかの違いでしかありませんからね」

……言動から察するに、ミコラーシュはその例に漏れているような気もするが。
彼は不満げな表情で、シズを一瞥して立ち去っていった。















暗く、冷たく、湿っぽく。おおよそ青空の下で活動するポケモンにはあまり馴染めないであろう倉庫の中。
その倉庫の中を埋め尽くさんとする数のポケモンたちが、その場で佇んでいた。

「……そろそろだ。そろそろ、先行工作隊が任務を開始する頃合いだろう」

今言葉を発したのは、そのリーダー格に見えるメタモン。さながら"司令官"のようである。
そして"部下"のポケモンたちは、ただ姿勢を正して言葉に耳を傾けているのだ。

(……さて、問題は"死神"がどう動くか、だが)

彼らは、防弾ベストのような服装に身を包み、銃火器に見えるものを抱えている。
ここまでの装備を、規制の強い"ピースワールド"で、この人数分そろえるとなると非現実的ではあるが……とても偽物には思えない。












「……」
「さっきから、ずっとそういう顔……やめてよ、ユカ……」

ユカの表情は、未だ優れているとは言えない状況である。
ミコラーシュに打ち負かされたのが、そこまでショックだったのだろうか。

「……"笑う門には福来たる"。……幸せな空気は、幸福を呼ぶ」
「えっ?」

知らない声がして、シズがさっと振り向くと、そこには1匹のヤドランがいた。
――分類・"やどかりポケモン"。その進化前であるヤドンに、シェルダーが噛みつくことによって進化したポケモンである。
その黄色っぽい見た目とシェルダーの位置から察するに、どく・エスパータイプのガラル固有種だろうか。

「あの……どなたですか?」
「……ヤドラン。……人間の時代、ガラル地方と呼ばれていた場所の」
「見れば分かりますよ……」

しかし、なんだか受け答えがふわふわしている。
まあ、進化前は"まぬけポケモン"に分類されるほど鈍感で、ぼーっとしていて、何も考えてなさそうな雰囲気なのだから……会話ができているだけ上出来なのだろうか。

「……きみは、シズ?」
「へっ?」
「……それなら、よろしく。……ジブンは、"ターボ"」

"よろしく"。おおよそ何かの勝負事、あるいは試合の前に言われるような台詞である。
トーナメント表に視野を向けてみると、シズ対ターボという構図が確かに存在していた。

「……それじゃ」

"ターボ"と名乗ったヤドランは、立ち去っていく。













(これより……戦を……)
(あっ! シズさんです! おうえんして――)
(それユカさんのときにもいったよね……?)

試合の時は、そう時間を待たずにやってきた。
片や、救助隊キセキのシズ。片や、ガラルヤドランのターボ。

「さっきは言いそびれたけれど……よろしくお願いします」
「……あらためて。……よろしく」

スズキやユカの時と比べれば、2匹は信じられないほどに礼儀正しい。
威厳とかプライドとかじゃなく、ただ純粋な力比べ……ある意味、ポケモンバトルのあるべき姿なのかも知れない。

「――始めッ!」

審判の宣言と同時に、ターボの左腕のシェルダーから毒液が発射された。
――"シェルアームズ"。状況に応じて、毒液による射撃とシェルダーそのものによる打撃の2つを使い分けられる、汎用性の高いワザ。

「うわっ!?」

2匹の間には距離がある。一瞬のことで予測が効かなかったとは言え、見てから回避することも可能であろう。
シズは斜め後ろに飛び退き、毒液はそのぎりぎりをすり抜けていった。

「っ……"みずでっぽう"!」

そしてシズは着地の瞬間、"みずでっぽう"での反撃を試みる。
元より鈍重かつ中型程度の大きさを持つヤドランは、たとえ他のポケモンが回避出来る距離であっても避けられない場合がある。
ターボはその点を加味してか、元より回避を試みることなく防御を固めることによってそれを対処した。

(機動力ではこっちが上……なら!)

なら、近距離戦闘に持ち込みやすいはず。ミズゴロウの筋力は相当強いのだ、それを活かせるならば、体格の差はあれど一瞬で勝負を決めてしまうのも夢ではないだろう。
シズは前進した。

「……なるほど。……だけど」

だが、ターボだってそんなことは分かっている。
ミズゴロウという種族を一言で例えるならば、"小さな戦車"だ。素の機動力は高いとは言えず、また特別な加速能力を持つワザを使えるわけでもない。しかし、いったん近寄られてしまえば、持ち前のパワーで大抵のものはひねり潰してしまう。

「……"れいとうビーム"」

"れいとうビーム"――冷気をまとったビームを発射して攻撃する、こおりタイプのワザ。時々敵を凍り付かせ、行動不能に陥らせることもある。
……そして、その"凍り付かせる効果"は攻撃以外にも活用できる場合も多い。

「なっ――!?」

ターボは光線を横薙ぎに発射し、コートに線を引く。すると、そのラインが凍り付き、成長し、即席のバリケードが生成された。
それはとても分厚く、そして高さがあり……少なくとも、ジャンプじゃ飛び越えられない。一度、止まるしかない。

「しまった……"近寄らせないワザ"を仕込んでいるくらい、気づくべきだった!」

そして、ここから追撃できる手段もあるに違いない。でなければ、わざわざ足止めなんかする意味はないだろう。対処法をじっくり考える時間はたぶん、そう残されてはいない。
……回り込む? いや、ダメだ。"シェルアームズ"で狙い撃ちされるのがオチだ。だったらよじ登るか? いや、狙い撃ちされることに変わりは無いだろうし、何より時間が掛かりすぎる。

「――だったら!」

ミズゴロウのパワーに賭けてみるのが一番いい。このバリケードはかなり分厚いが、回り込むより素早く突破できる可能性の方が高いはずだ。
シズは氷の壁を"いわくだき"で攻撃する。すると、拳をぶち込んだ箇所からひびが広がった。もう一発食らわせると、ひびの面から完全に崩れていった。

「よし!」

まだ氷の破片が地面に落ちきらないうちに、シズは壁だったものをくぐり抜けてゆく。
……先ほどまでシズがいた場所に、"ワイドフォース"の光の柱が噴き上がる。かなりぎりぎりだったらしい。

「――っ!?」

それでホッとしたのも束の間、シズの正面には"シェルアームズ"の射撃を構えるターボがいた。
……1度目の"いわくだき"だ。それでバリケードにひびが入ったのを見て、こちらの行動を察知したのだろう。待ち構える判断をするには十分すぎる情報だ。
ターボのシェルダーから毒液が発射される。シズは空中にいるため、回避という手段は取れない。

「……おどろいた。……なるほど」

が、毒液が命中することはなかった。何らかの物体にはじかれ、霧散したのだ。
……"バリケード"だ。シズの前足には、その大きな欠片が確かに握られていた。

シズの周囲には落下する氷の破片が大量にある。なれば、そのうちの1つを盾にしてしまえばよい……考え出すのは簡単だが、よほどの鍛練を積んでいるか、よほどセンスが良いか、あるいはよほど幸運でなければ不可能な芸当だろう。

「これならっ!」

ともかく、シズとターボの距離は近い。2、3度ステップを踏めばたどり着ける程度には肉薄している。毒液の命中を確実にするためターボの側から接近していたのだろうが、毒液を防いだからには、それはこちらへ有利に働く。
シズは素早くターボの足下に潜り込んだ。

「……」

ヤドランというポケモンを一言で表すならば、"分かりやすい重量級"だ。重たい攻撃を駆使するが、一方で動きが鈍い。
強いが、追い詰められれば一気に瓦解してしまう……そういうタイプなのだ。
もはや、シズを止めることは叶わない。"たきのぼり"のような大技を叩き込まれるのは確実。

「"たきの――」
「――遅いッ!」

……だが、殴られたのはシズの方だった。"シェルアームズ"の振り上げる打撃で空中にはじかれていた。そのまま重力に従って落下し、地面に叩きつけられる。
何がどうしてそうなったのか、シズ自身にも分からない。

「……ふう。……"クイックドロウ"」

"クイックドロウ"――予期せぬタイミングでとてつもない瞬発力を発揮するという、とてもガラルヤドランらしい特性。たったの一瞬ではあるが、あらゆる行動に先手が打ててしまうようなスピードが出る。
……今の出来事は、"それ"が最悪のタイミングで発動したというだけ。ただ、それだけなのだ。

「……ヤドランは、遅くて強い。……だけど、それだけでは終わらないのがガラルのヤドラン。……時々、速くなる」

ミズゴロウの体格は小さい。故に、耐久力も低い。
まだ戦えるが、もう一度クリーンヒットを食らえば終わりだ。

「はぁ、はぁ……」

シズはゆっくりと立ち上がる。この隙に追撃をしてこないあたり、ターボはなんと紳士的なのだろうか。あるいは、ミコラーシュのような傲慢かも知れないが。
……どちらにせよ、"クイックドロウ"への対抗策が必要だ。いつ、どんなときに不意を突かれるか分かったものではない。

「……"シェルアームズ"」

気付けば、ターボの"銃口"がこちらを向いている。じっくり考えている時間はなさそうだ。

「っ!」

先ほどの打撃のおかげで、2匹の距離は再び離されている。毒液を回避すること自体はそう難しいことではないが……

「……"れいとうビーム"。……"ワイドフォース"」

問題は、その後の追撃がバトル開始の直後よりも苛烈だということだ。"シェルアームズ"と"ワイドフォース"は一撃食らっただけでもかなり不味い。
みずタイプのシズに効果がいまひとつな"れいとうビーム"でさえも、"バリケード"のときがそうであったようにこちらを妨害してくるのだ。

「つ、次から次へと……!」

シズはその悉くを回避してゆくが、追撃の手が止むことは無い。
"れいとうビーム"によって生まれる氷の壁はどんどんと増えていき、それによって地面から噴き上がる"ワイドフォース"はより厄介になってゆく。そしてターボとの射線が通れば、"シェルアームズ"の毒液がこちらを狙ってくる。

「だめだ……避けに専念しなきゃやられる……」

"攻撃は最大の防御"とはよく言ったもので、この状況下ではどうやっても相手への攻撃は不可能だ。
だが、"PP"の概念――ワザを繰り出す事による疲弊を考慮すれば、少なくともワザを温存し、相手にワザを使わせ続けているシズの方が有利なはずではある。
……今は忍耐の時だ。必ずチャンスはやってくる。

「また来たッ!」

シズの足下に"ワイドフォース"の兆候が現れると、シズはそれをさっと躱す。
しかし、遮蔽物を無視する攻撃とは厄介なものだ。これさえなければ、"れいとうビーム"で出来た壁の裏に縮こまっていれば解決しただろう。よく考えられた戦い方だ……

「……止まった?」

……そして、それを最後に攻撃が止んだ。
PP切れだろうか? "ワイドフォース"と"れいとうビーム"は10回前後の発動が限界だと言うから、時間的に納得はいくが。

「――これなら、攻めに転じられる!」

どちらにせよ、これはチャンスだ。ターボは強力な攻撃手段を喪失し、乱立した氷の壁のおかげで、比較的素早いこちらが戦局を支配しやすい状況にある。
コストパフォーマンスの高い"みずでっぽう"で牽制しつつ、"クイックドロウ"への対抗策をじっくり考えれば、勝利への道はあるはずだ。





そう考えていた矢先。……突如として、爆音が鳴り響く。
――観客席だ。












「い、一体なんなの!?」

唐突に鳴り響いた、破壊の音色。観客席は、パニックに陥った。
我先にと逃げ出す者、状況を理解できずにわめき散らかす者、あるいは、恐怖のあまりに硬直してしまった者もいる。まさに、阿鼻叫喚である。

……しかし、ポケモンの使うワザの中には、爆発を引き起こすものだってある。会場が崩壊し掛かっているわけでも無しに、どうしてこのような惨状が引き起こされたのか?

「……今の音は、ポケモン由来の爆発じゃない。――爆薬か?」
「ば、"爆薬"!?」

答えは簡単。"ポケモンのワザではない"のだ。ポケモンが支配するこの世界において、聴覚の優れた者はごまんといる。……中には、スズキのように"爆発の違い"を聞き分けられる者もいただろう。
そして、"この世界における武器"――今回は"爆弾"であるが、それはどのような存在だっただろうか。すなわち、"殺傷能力を持つ数少ない手段"なのだ。

「爆発した場所は……あそこか。幸い、観客の少ない場所ではあるが……」
「す、スズキ! 燃えてる、燃えてるよ! 消し止めないと!」

さらに言えば、武器はポケモンのワザと違って"制御が効かない"。たとえば、木造建築物の内部で"かえんほうしゃ"を放ったとしても、引火性の高いガスが充満しているわけでも無ければ、使用者の意思により確実ではないもののある程度火災は避けられるものである。
……だが、武器の場合はそうもいかないのだ。ピストルならば引き金を引いて終わりだし、爆弾なら導火線に火を点ければもう止められない。
当然、条件さえ整えば火災だって発生する。

「そんなこと、見れば分かる! ――シズ! 消火だ、消火しろ!」












「ば、爆発!? い、一体……!」
「……勝負は続けられない。……救助隊として、出来ることをする。……お互い」
「えっ……? ターボさん、救助隊だったんですか!?」

この混乱の最中、試合を続行するなど不可能だ。
2匹は即座に停戦し、状況の確認へ注力する。

「……いまはどうでも良い。……ジブンが救助隊なのが珍しいとか、どうとか」
「ご、ごめんなさい……」

会話を交わしながら周囲を確認した限りでは……かなり酷い状況なのは確かだ、としか言い様がない。
乱立した氷の壁の隙間から、パニック状態のポケモンの群れが確認できるばかりである。

「……火薬の臭いがする。……煙の臭いも」
「か、火薬……"武器"って事ですか!?」

火薬……すなわち、この場においてはおそらく爆弾であろう。
そういった物品が、ポケモンの使うワザ"じばく"、"だいばくはつ"などとは比べものにならないほど危険である事は、以前までに"この世界における武器という存在"という形で何度か聞いたことがある。
そんな物が、こんな場所で爆発したとなれば……何者かの犯罪行為によるものと判断せざるを得ない。

「――シズ! 消火だ、消火しろ!」

観客席……爆発音とは真逆の方向から、スズキの叫び声がした。

「す、スズキさん!」
「燃えているんだよ、あっちを見ろ!」

スズキの指さす方向に視線を向けると……バトルコートは観客席より低い位置であるため、氷のバリケードに遮られて大元は見えないのだが、確かに煙が上がっているのが確認できる。

「わ、分かりました! ターボさん!」
「……当然」

2匹は迷わず煙の元へと走り出す。いくら鈍重なヤドランといえども、脇目も振らずに全力疾走すればそれなりの速度は出せるだろう。
そうして火元にたどり着くと、そこには破壊の跡があった。客席だったものは爆破によって完膚なきまでに破壊され、焼け焦げた破片が飛び散り、今まさに周囲を焼き付くさんとする炎がうごめいている。
嗅ぎ慣れない、肉が焼き焦げたような不快な臭いも合わさって、ただの炎以上の恐ろしいものを見ているような気分だ。

「……消火できる。……これなら、間に合う。……協力を」
「言われなくても!」

シズは"みずでっぽう"、ターボは"ハイドロポンプ"――強力な水流を発射するワザを使用し、消火を試みる。
救助隊たるターボの見立て通り、炎の勢いはみるみるうちに収まっていき、最後にはじゅわりとどこか情けない音を立てながら消えていった。

「な……なんとかなりましたね!」

これで、最悪の事態は免れたわけだ。この建造物を焼き尽くされ、多くの犠牲を出すという事態は……
シズはホッと胸をなで下ろし、ターボに笑顔を向けて語りかける。

「……これでいい。……シズ。……きみは、友達の元へ」

……だが、ターボの表情は未だ険しい。
どこか威圧的な口調で、シズを追い払うかのようにそう告げた。

「えっ? そんなキツい声色で……」
「……いいから。……いけ!」
「は、はぁ。そこまで言うなら」

一体なぜ、ターボはこのような態度を取り始めたのか。一体何がターボの癪に障ったのだろうか。
シズにはよく分からなかったが、ともかくこの場を納めるのならば彼の言うとおりにするしか無いだろうと、その場を立ち去ることにした。





「……こんなもの。……子供には、あまりにもつらい」

シズが視界外へと離れたのを確認した後、ターボはそっと、瓦礫の上に足を進める。
……そこには、ポケモンだったものの肉片が転がっていた。炎に表面を焦がされ、その黒い色彩が瓦礫に溶け込んでいたのだ。

「……シズが臭いに気付かなかったのは、幸運か。……爆発で、身体を引き裂かれた死体。……身元さえも、分からない」













「スズキさん! ユカ!」
「シズ!」

シズが戻ると、スズキとユカは変わらずそこにいた。
……すこしあたりを見渡してみると、パニック状態が落ち着きつつあるのが分かる。どうやら、この会場にいた救助隊たちが協力してこの場を納めたようだ。こういったときのプロは頼りになる。

「消火は成功したようだな。……だが、問題は山積みだぞ」
「……そうですね。この大会は一体どうなってしまうのやら」

しかし、これでこの大会は潰れてしまったも同然だろう。爆弾が仕掛けられて、それが爆発して、観客たちは大パニック。選手たちの多くも、きっと怯え出すことだろう。
このような状況で、大会を続行するなど不可能だ。

「ユカちゃん~! シズさん~! スズキさん~!」

逃してしまった"記憶の糸口"に頭を抱えていると、聞き慣れた声が近づいてきた。
カクレオン商店の"カクレオンさん"……なにやら、焦っているようだが。

「カクレオンさん! よかった、無事で!」
「ユカちゃんも無事で~……いや、そんなことより! 大変なんですよ~!」



「大会の主催者が……"伝説の情報屋"が! 大会の"続行"を宣言したんです~!」

――大会の、"続行"。
それを聞いた3匹は、全くもって意味を理解できなかった。そういった判断を下すには……あまりにも速い。速すぎるのだ。












時はさかのぼり、観客席に仕掛けられた爆弾が爆発した、その直後。

「……何? 会場が爆発しただと!?」
「僕にそんな剣幕で怒っても、なんにもならないと思うけどなぁ?」

ここは、とある小綺麗な部屋。そこにいるインテレオン……大会の主催者は、焦っていた。
あまりにも突拍子が無く、あまりにも理解不能な出来事。焦らないはずが無かった。

「そうか……"再生教団"の連中か! 奴らの組織力とノウハウなら、この"ピースワールド"に爆発物を持ち込める!」

だが、彼の頭脳は、頭脳だけは至って冷静だった。
冷静に、確実に、脳内の情報をつなぎ合わせ、最も可能性の大きい答えを素早く導き出したのだ。

「奴らは"ピースワールド"を敵対視している……そのために、巨大な催しを――私の主催する"インフォメーションカップXXX"を潰しに来たとでも言うのか!? "手始め"として!!」

そして、頭脳以外は全くもって冷静では無いようでもあった。怒り、狂い、モノを破壊する。
投げ飛ばされた椅子を躱しながら、救助隊のオンバーン――ヴァーサは思った。"愚かなものだ"、と。



「ぜえ、はぁ……クソッ。この私が……この"伝説の情報屋"が舐められてたまるかッ……」

"この伝説の情報屋が"――このフレーズは、彼のプライドの大きさを端的に表している。
――"伝説の情報屋"。そう呼ばれ、慕われ続けた"常人"が驕り高ぶらない理由など、どこにあろうものか。冷静なときなら謙虚に振る舞えるが、その仮面を引き剥がしてしまえば……脆いものだ。

「……だったらさぁ。示せば良いんだよ」

ヴァーサはにやりと笑う。今までに無い、最高に悪い笑顔で。

「何をだッ!」
「……"意思の力"。絶対に折れない意思を……"再生教団"のクズどもに叩きつけてやれば良いのさ。と~っても、気持ちいいと思うなぁ?」

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