ラシンバンⅦ
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
「………では、幹部は皆揃ったようなので、緊急の会合を開く……」
若干弱々しい声だが、タクシーの中と比べると、少し威厳が戻っていた。
今回の状況の説明に始まり、具体的にラシンバンに払う賠償額の発表と幹部交代など、組員達にとっては痛い話の連続だった。だが、ミラージュはその場の様子に違和感を覚える。
「(……あまりにも冷静過ぎないか?自分達の収入が危ぶまれるのに……)」
隣の昭博は違和感に気づかないのか、真面目に天野の話を聞いている。
「……具体的な役職発表は後日にするとして、一先ずお前らには、長として謝らなければならん。すまなかった」
と幹部達の前で頭を下げる。
それに幹部達も黙って頭を下げる。
「さて……」
そう言って天野は、そばにあった扇子をバッ!と一気に開いた。そして、やや笑みを浮かべながらじっくりと周りを見渡す。
しかし、その様子に突然天野の表情から笑みが消えた。
天野は扇子を閉じると、もう一度勢いよく開く。しかし、何も起こらない。
これに何故か天野は苛立ち、再び扇子を閉じ、勢いよく開く。
が、やはり何も起こらない。
「て……てめぇら、どういうつもりだ!なぜ撃たねぇ!?扇子を動かしたら、即射殺と言っただろうが!!」
幹部達の様子に狼狽えながらも怒鳴る天野。
すると、一番近くにいた幹部のドーブルが立ちあがり、事務的に話し始めた。
「品川会 会長代理 若頭 北畠昌三 より伝言。
本日をもって『天野組』の解散を命ず」
「!?」
天野とミラージュは驚愕の表情を浮かべる。何の前触れもなく突然、組の解散を命じられたのだ。組の解散ということは、実質組長はクビである。
「おい、昭…」
焦ったミラージュは隣の昭博を見るが、何故か彼は平然と静かに座っている。
「(こいつ……)」
昭博の様子でミラージュは全てを察した。
一方、口をパクパクさせて混乱する天野にお構い無く、幹部は続ける。
「解散の経緯
『天野組』…以下『甲』とする。『甲』は、親組織たる『品川会』…以下『乙』とする。『乙』に何ら相談も無く、堅気の組織…以下『丙』とする。『丙』に働きかけて問題の解決に当たろうとした。
されど本問題の要因は『甲』の独断かつ不当な行為によるものであり、堅気たる『丙』に働きかけることそのものがまた不当な行いである。
さらに、これによって『甲』は人事と金銭に係る問題を生じさせ、親組織たる『乙』の名誉を著しく毀損し、金銭面における損害を生じさせた。
よって、ことの重大性と行為の悪質性を鑑み、解散を命じるものである。
処遇
『甲』の支配領域、土地、建物、傘下組織、所属組員、自動車等物品の所有権は、その一切を『小早川一家』に移すものとする。
『甲』組長 天野照彦については、本日をもって破門とする
以上」
つまりこういうことだ。
『天野組』は凛達の力を借り、『ラシンバン』のことを解決しようとしたが、一般市民の力を借りることそのものが悪く、『ラシンバン』の件も完全な自業自得。しかも上部組織である『品川会』には何も相談していなかった。
そのうえ『品川会』がとばっちりを食らうことになった、ということである。
『天野組』の資産や人員は『小早川一家』という別の組織に引き継がれ、組長は責任をとってクビということである。
「おい……ちょ、待てよ………どういうつもりだゴラァァ!!」
パニックになりながらもなんとか威厳を保ちたいのか、大声を張り上げる。
その声を聞いた途端、幹部たちは一斉に立ち上がり、スーツの懐から、何かを取り出す。それは陶器の盃だった。
「こういうことですよ」
ドーブルがそう言うと、彼は一斉に盃を床に叩きつけて壊した。他の幹部も同様に盃を叩きつける。ガチャンガチャンと、割れる音が響く。
「あれは……なんだ?」
ミラージュは何がなんだかわからない様子だ。隣の昭博が説明を加える。
「ヤクザの世界では、互いに盃を交換することで、義理の親・兄弟といった関係を結ぶ。逆に断ち切る場合は、盃を返還してもらう。
そんな感じで、ヤクザの世界では、盃は互いに関係をつなぐ証となっている」
「じゃあ、その証を返すじゃなくて、たたき割るってことは……」
「絶交に近いものだな」
天野は完全に絶望している。もはや言葉を完全に失い、その場に崩れ落ちた。その様子を見た幹部のヘルガーは天野を睨みつける。
「おい、てめぇどこで寝てんだぁ?あぁ!!?」
ヘルガーはそのまま、天野を思い切り蹴飛ばす、天野は廊下まで飛ばされ、数人の幹部が向かい、やがて姿が見えなくなった。
「(せいぜい地獄で苦しむがいい……)」
ミラージュは心中でせせら嗤う。
他の幹部たちはぞろぞろと部屋を後にしていく。そんな中、先ほどのドーブルの幹部が昭博に近づく。
「この度はご迷惑をおかけしました、こちらがお約束のものです」
昭博に丁寧に頭を下げてこう言いながら、何かを手渡す。
「ほう、小切手なんて久々に見たぜ」
小切手は2枚。片方は800万、もう片方は100万と書かれている。
「確かに小切手は受け取った。北畠さんにはよろしく伝えておいてくれ」
「(昭博……やりやがった…)」
昭博は笑顔でドーブルに頭を下げる。一方のドーブルも、昭博が頭を下げたのを見ると、一礼して部屋を出て行った。
「さて、この800万の小切手はお前のだ、無くすなよ」
その小切手をミラージュに渡す。ミラージュは暫く黙っていたが、ついに口を開く。
「……昭博…」
「なんだ?」
「……お前、動いたな。交渉の事前に『品川会』に連絡しただろ、そうでなけりゃ、あんな挨拶はしないし、そもそもこんな結末にもならなかった。
どうなんだ?」
少し低い声で問い詰め、威圧感を与える。
「…ふっ……そうだな、動いたとも。どうもあの天野って奴は信用できなくてな。いざ本部に着いたら、約束を反故にするとだろうと考えた。そこで、とある事情で知り合った『品川会』の№2に連絡しておいた」
「……2時間もかかった理由はそれか。しかし、基地での交渉然り、電話で解散を説得させた件然り、大した交渉力だな」
「いやいや。事情を明かしたら、その場で解体決定だとさ。どうやら完全に『天野組』が一人で暴走してたみたいで、『品川会』側は俺たちが関わっていることも全く知らなかったらしい」
「……それはヤバいな」
まあ、ひとまず終わりよければすべてよし、と言いながら昭博は立ち上がる。二人は騒がしい本部を出て、再びタクシーを捕まえる。最後に凛に報告するためだ。
ラッシュの時間帯を過ぎた道路は比較的空いている。
外を流れる風景をミラージュはぼんやりと眺めていた。
「(流石に少し疲れたな……基地に戻ったらひと眠りしよう。
…そうだ、凛と昭博から基地の場所の記憶を消さないとな。
……もうコイツらと会うことはないだろう…)」
たった二日の関係だったが、ミラージュは妙に名残惜しさを感じていた。だが、自分含めラシンバンは、この世界にいることが異端な存在。
いずれは人目につかないように、線香花火のように静かに消えねばならない存在だ。
幸い昭博は隣に座っている。記憶の改竄には絶好のチャンスだった。
「なあ昭博」
「ん?なんだ?」
昭博と目があった瞬間、ミラージュの眼が赫色に光って記憶が改竄される。
二匹は凛の病室に向かう。凛の部屋は個室で、完全にプライベートな空間がある。部屋のドアをノックすると、どうぞという声が中からする。
それを聞いて二匹が部屋に入ると、凛はぼんやりと外を眺めていた。
「よう、調子はどうだ?」
昭博が一番に話しかける。
「調子も何も、数時間前に入院したばかりじゃない。状況は何も変わんないわよ。強いて言うなら、さっき玲音から電話があって、電車間違えたから遅れるって言ってたけど」
「おいおい……まあ病気じゃないからな、一か月もすれば復帰できるだろ」
そう軽く流す二人だった。
その仲睦まじさに、一瞬ミラージュの脳裏に、旧友ユンゲの姿が蘇る。
「…………(過去をいつまでも引っ張るなんて、私らしくない…)」
ミラージュはすぐに邪念を払いのける。
「ところで、『天野組』はどうなったの?」
昭博は、本部であったことのすべてを話す。黙って聞いている凛だったが、最後にはざまあみろ、陰口を叩いていた。
話し終えると昭博は、煙草を吸ってくると言って病室を出て行った。
「(凛の記憶をいじるなら、今だな……)」
ミラージュは寝ている凛に声をかける。
「凛」
「ん?」
ミラージュと凛の瞳が重なる。
ドクン…
「(……まただ)」
ミラージュの胸の奥で、鼓動と共に殺意の炎が宿る。だが、今はそんなことをしている場合じゃない。胸の熱さをこらえ、忘却の言葉を呟く。
だが、
「っ!?」
その直後、ガシッとミラージュの腕が掴まれる。その相手は凛だった。
「あんまり…アタシの目を見ないでくれる………。でないと………」
「……何?」
ミラージュの問いかけに
殺したくなる
そう言いたくなるのをぐっとこらえる。凛の心臓にも炎が宿り、獣が今にも目を覚まそうとしていた。
「……いや、なんでもない…」
「………」
しかし、ミラージュは握られてた手の頸動脈が激しく脈打っていることに気づいていた。
「(コイツも……私と同じか…)」
放せ、と言いながら握られた手を戻すと、話題を変える。
「お前は、お前の両親を殺した犯人は誰だと思ってる?」
なんで、いまここでその話をするんだ、と言いたげな顔だったが、特に返す言葉もなく、素直に答えた。
「証拠が無いから、全くわからない。けど相手が誰であり、アタシは絶対に犯人に復讐する。それは決めたことよ」
「犯人は、お前と深い関係にある奴かもしれない。家族、友人、その他諸々の関わりのある人物かもしれないぞ」
「それでもよ。…………もしもの話だけど…」
ここで凛は一度切る。そして、息を大きく吸い込んで続きを言う。
「例え犯人が、昭博だったとしても。アタシは躊躇いなく武器を振るう。復讐という目標の為なら、どんな犠牲も厭わない。
アタシの中に流れる波導を最大限に使って、昭博を葬る。
相手がどんな奴でも、どんな組織でも、……世界を敵に回しても、これは変わらない。」
「…………」
「……昔、アタシの師匠が言っていた。
心臓は、自身の握り拳程の大きさしか無いらしい。にも関わらず、その何倍の大きさもある体に血と酸素を送っている。どんな状況下においても、休むことなく鼓動を打ち続けている。
目的や目標の達成を、考えてばかりで実行しないのは、毎日ただひたすら、がむしゃらに動き続ける心臓に失礼ってね。
……今も、胸に手を当てると、心臓が熱く鼓動しているのがわかる。
この鼓動の続く限り、アタシは復讐に向けて動いていく…」
胸元を見る凛の鋭い眼光には、己の人生をかけた決意が表れている。本当に死ぬまで止めないであろう意志が、表情から伝わった。
「そう、アンタがそれをやるというのなら、私は止めない。せいぜい足掻いてみせろ、とだけ言わせてもらう」
「そりゃどうも」
そういうと、ミラージュは背を向ける。
「……帰るの?」
「私にもやることがあるからな、それに本来私達はこの世界では異端。あまりみられるのも得策じゃない」
「何かあったらウチを頼って良いわよ、通常の半分の価格で依頼を受けてあげる」
凛の口元はやや笑っていた。
「……ふっ…考えておくさ」
軽く鼻で笑うと、ミラージュは病室を出た。
病院の入口では、昭博が待ち構えていた。
「帰るのか、基地に。………いや、元の世界に」
「さあな、具体的な指示はコノハ次第だ」
「その割には、俺から記憶を消しただろ」
「……」
「派手にドンパチやって交渉もやったのに、何故かどこにあったかだけ覚えてない。
これで俺はアンタの案内が無いと、ラシンバン基地には行けないぞ」
「しないからね」
遠回しに案内しろと言われても、いつこの世界を去るかも分からないのに、もうするわけがなかった。
「それは残念だ」
昭博は本当に残念そうだ。だが、すぐに明るい表情で続けた。
「基地の場所は忘れても、ミラージュのことは忘れないからな。この世界に戻って来た時は、また挨拶に来てくれ」
酷く振り回されたというのにおかしな奴だとミラージュは思った。
「…次会ったら、確実に仕留める、と凛に伝えてくれ」
苦笑いしながら、分かった分かった、と昭博は言う。
ミラージュは目の前に止まっていたタクシーに乗り込む。
「都月中央公園まで」
そういうと、タクシーはゆっくりと走り出す。
病院の入口では、昭博が軽く手を振っていた。
「Auf Wiedersehen……」
ミラージュは瞑目し、心中で呟く。
太陽が穏やかに照る真昼、タクシーは車の喧騒の中に消えていった。
ラシンバン 完