この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
<シザークロス>の奴らもこの遊園地のイベントに参加するらしく、出演者控えのテントに見知ったメンバーが揃っていた。その中には、ジュウモンジの姿も。
突然現れた俺とリオルにどよめくメンバー。彼らを制したジュウモンジが、面倒そうに俺に聞く。
「――配達屋ビドーとリオルか。何しに来た。てめえらに構っているヒマはねえんだよ」
「……ジュウモンジ、お前に聞きたいことがあってきた」
「マツのことか」
先手を打たれ、言葉に詰まる。そんな俺をあいつは鼻で笑い飛ばした。
「マツの新しいトレーナーに関しては、少なくともてめえよりはしっかりしているから安心しな」
「あいつが、密猟者だとしてもか」
「あー、そいつは大げさに言いすぎだな。ポケモン保護区制度なんてもんがあれば、そういう魔が差すこともあるだろ」
「……お前らはいったい何がしたいんだ」
「それはこっちの台詞だな」
ジュウモンジは呆れた顔で俺を見る。それから、痛い所をついてきた。
「てめえは、てめえの持った第一印象で他人を決めつけ過ぎじゃあねえか?」
「……っ」
「例えばよ、表ではどんなにいいことやっているやつでも、裏ではどんな悪行に手を染めているかもわからねえ。逆に、世間から疎まれる奴でも、自分の大切な者はきっちり守っているやつもいるかもしれない。じゃあビドー、今のお前から見てどうだ。そのマツのトレーナーはどういうやつに見える……ちゃんと思い返せ。そいつはどういうトレーナーに見える?」
「あいつは……」
あいつは。ハジメは。
最初はカビゴンを密猟しようとした。そのためにアキラさんを利用しようとした。リオルを人質にとって逃げようとした。
強いポケモンを欲していた。アキラさんはハジメに依頼料を受け取っていて、あまり責めるなと庇った。ポケモン保護区制度を憎んでいた。
ダスクという組織に入っているようだ。リッカという名前の幼い妹がいた。ココチヨさんとも面識があるようだ。
トウギリに自首するよう言われて、逃げだした。リッカを置いていく形になっても。
“闇隠し事件”の被害者で、今までを妹と生き抜いてきたはずなのに。
そして、ハジメはマツを大事にしているか。
ハジメはケロマツのことをちゃんとスカーフに刺しゅうされたマツという名前で呼んでいた。
マツはハジメについていった。
少なくとも、少しは心を寄せているのだろう。
ハジメは信頼できる、良いトレーナーなのかもしれない。
その考えに至った時、改めてハジメに言われた言葉がよぎった。
『お前、ポケモンのことを信頼していないだろう』
「……あいつは、良いトレーナーなんだろうな。俺と同じ“事件”の被害者でも俺に比べてマシなやつなんだろう。でも、気に食わない。いや、赦せない。俺はあいつが赦せないんだ」
絞り出した俺の回答を、カカカとジュウモンジは笑う。
「てめえ頭回ると思っていたが案外馬鹿だな。そもそも、俺達<シザークロス>も半数以上がヒンメル出身だぜ?」
「!」
何を驚いている、とジュウモンジは、あざ笑う。それから面倒くさそうに俺に言う。
「闇に奪われて、移民に奪われて、いろんな奴らから奪われて。踏みにじられてきた。だが譲れないものもあるし、それこそ気に食わないから奪うのさ、俺たちは。そこに誰かの赦しは必要なのか? 仮に赦されたからって、俺達のしでかしていることは何一つ変わらねえ。解ったうえで俺らは<シザークロス>をやっているんだよ」
「じゃあ、奪われる痛みをよく知りながらも、お前らは奪うのか? それでいいのか?」
「そうだ。それでいいと思っている……つまり、結局御託や理屈や常識や善悪を並べないでだな、シンプルに言うと――いい奴だろうが悪い奴だろうが、関係ねえ。お前がこういう俺達を、ああいうマツのトレーナーを気に食わないだけだ。その通りだぜ、配達屋ビドー」
そう言われて俺が抱いた最初の言葉は「そんな」だった。
この赦せない気持ちは、「そんなこと」であってたまるかという想いと、妙に得心がいっている自分とがぶつかり合う。それから無性に苦しいような、恥ずかしいような、いたたまれない気持ちがこみ上げてくる。
何も言えず突っ立っていると、リオルが俺の手を引いた。「もうこれ以上、ここに居なくてもいい」そう言っているようにも思えた。
「少しはマシな面になったと思ったが、まだまだだなあ、てめえら。そんじゃ、俺らは出演の準備で忙しいからな、気が済んだならとっとと出てってくれふたりとも」
そういって俺とリオルを追い出すジュウモンジ達。その彼らは別に俺らのことを笑ってはいなかった。
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一通り話し終えた後、ビー君は片手で顔を抑え、唸った。
それから自信なさげに、でも自分の言葉でしっかりと思っていることを言ってくれた。
「今まで俺はあいつらに突っかかってきたのは間違いだとは思えない」
いや、思いたくないだけ、かもしれないがな、と続けて苦笑するビー君。
そんな彼に私は、こちらを見つめてくるリオルを無言で抱き上げ、そして……
「リオル、からてチョップ」
抱え上げたリオルに、ビー君の脳天にチョップ(憶えてないので技ではない)を叩きこませた。
「んなっ?!」
驚くビー君に私は抱えたリオルの右手を握って、ビー君の脳天に突きつける。
なんて声をかけたらいいか悩んだ末、茶化し気味になってしまった言葉をかける。
「うーんと、ビー君らしくないぞ、とリオルはおっしゃっております」
「そうなのか、リオル」
リオルは頷いた。どうやらリオルの言いたいことを少しはくみ取れたようだ。
それから、今度こそ私の考えを伝えようと試みる。
「ビー君はいい子だけど、善人にならなくていいです」
「は? え? 何だ?」
「ええと、そうだね。うん、そうだ。ユウヅキだ。たとえば、ユウヅキについて、ビー君はどう思う? テレビで報じられている通りの極悪人だと思う?」
「……お前から聞く限りの話と、現状の憶測を合わせただけじゃ、わかんねえよ」
「まあ、その辺は私も詳しくないからなんともいえないけどね。じゃあさ、ユウヅキを極悪人をと呼んだ人々は? 彼らは何?」
「む……」
「悪人って決めつける側の方が善人になれるわけじゃあ、必ずしもそうじゃないんじゃないかな? それこそ、判断材料がない。わからない」
「そう、だな」
「だからね、えっとね。そんなことじゃないよ。そして私は私のワガママで……ビー君に無理やり善人になって、自分の譲れないところまで捻じ曲げることをしてほしくない。いやバリバリでぐれて好き勝手もしてほしくもないけどさ。まあ、ちょっとくらいワガママに行こうよ」
偉そうに言っても、私自身にも言えることだけど、いい子ぶって言いたいこと言えなくなっていったら、やっぱりしんどいのかなと今は思えた。そこら辺はユーリィさんがきっかけになってくれた気がする。
ビー君は、深く深呼吸して、リオルを受け取る。
「ワガママ、なのかはわからないが……けど俺は、<シザークロス>もハジメも気に食わん。どうにかしたいというより、見返してやりたい。だから、一緒に見返してやろう。リオル」
ビー君に抱き上げられたリオルは、彼を見つめて一声応える。
私もなんとなく、自然と口元が緩み目蓋を細めていた――――
――――すると、何かのフラッシュが私たちを照らした。
驚く私たちに、フラッシュの原因の彼女は、カメラを下ろしながら、軽く謝る。
「ごめんなさい。あまりにも美しい光景と素敵な笑顔だったから……思わず。今のは消しますね、アサヒ」
「ヨウコさん! って、ことは……ラストさんも?」
「いいえ、私一人残らせてもらって、イナサ遊園地で写真を撮っていて。ほら、怖がらなくてもラストは忙しいから」
「あはは」
怖がっているの、ばれていたか。
話についていけてないビー君が小声で私に尋ねる。リオルはビー君の後ろに隠れて警戒の目線を向けている。
「知り合いかヨアケ?」
「えっと、知り合いというか、知り合いらしいというか。ちょっと厄介な事情でね……」
伝え忘れていたヨウコさんとラストさんのことを、ビー君たちにざっくりと説明する。
聞き終えたビー君は一言こぼす。
「厄介っていうよりは面倒だな」
それをいっちゃあ、何とも言えないよ……。
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「貴方たちは、やはりイベントが目的で?」
「いや、もともとは仕事でだ」
「出演者ってわけではなさそうだけど……」
「ああ。衣装を届けに来ただけだ。連れが別の仕事をしているから、それまでは俺らは時間を持て余す感じだな」
つまりは、ヒマといえばヒマになってしまったわけだ。こういう時間を使って、情報収集とかを、するべきなのだろう。
それはヨアケも思っていたらしく、さっそくヨウコさんに尋ねていた。
「ヨウコさんって隕石の写真とかって撮ったことあります?」
おいヨアケ。それはストレート過ぎるぞ。もうちょい言葉を選べ。
「残念ながら、撮ったことはないですね。主に風景写真を撮っているので」
「そうですか……」
「見たいの? それとも欲しいの?」
「後者です」
「そう。隕石を探しているのなら、博物館とか……それかオークションとかに売り出されているとかの方が、可能性はあるかしら。なかなか自然のそのものとなると、難しいと思う」
「ですよね」
「あまり力になれなくて、ごめんなさいね」
「いやいや、ご意見ありがとうございます」
礼を言うヨアケに、ヨウコさんは目を細め、微笑んだ。
それは、何か愛しいものを見るようなまなざしだった。
「アサヒって昔も今も何かを探しているね」
「まあ、確かにそうですけど……」
「隕石については誰かに頼まれてついで、でしょうけど……昔の遺跡はとても大切なものを探しているように見えたの、それこそ、ユウヅキを捜している今の貴方くらいには」
ヨアケにとって、ヤミナベを捜す今と変わらないくらい、追い求めていた遺跡。それはギラティナに関係しているとみていいのだろうが……でも何のために? 何でその遺跡をそんなにも探していたんだ?
ギラティナに会いに行った……とかか? だがなんの用で?
前から思っていたが……どうにも、ヨアケはその肝心な部分もヤミナベに、彼のオーベムに忘れさせられている気がする。
「ヨウコさん、また、機会があったらでいいので、さっき見せていただいた私とユウヅキの映った写真、いただけませんか?」
「いいよ。データで良ければ今でも転送できるけど、なにか端末はある?」
「あ、あります。じゃあぜひお願いします!」
ヨウコさんから写真データを受け取り、愛しそうに画面を見つめるヨアケ。そんなヨアケをじっと見ていたら先程から俺の後ろに隠れて様子を見ていたリオルが、ヨアケの端末をねだる。気づいたヨアケが、リオルと俺に写真を見せてくれた。
「リオル、ビー君。この黒髪の彼がユウヅキだよ」
画面の中のつんつん頭の彼は、ぎこちなく、でもわずかに笑っていた。彼もあまり笑うのが得意ではないのかもしれない。その彼の隣で、明るい眩しい笑顔の少女がいた。今よりちょっと薄い色の金髪だが、目もとでヨアケだとわかった。こうして並んだ二人を見ると、名は体を表すというか、太陽と月のようだった。
「私ユウヅキのこの銀色の瞳の眼差しが好きー」
「男の俺には解りにくいが。まあ、綺麗な色だよな」
「ビー君もうん、綺麗な黒だよね」
「嬉しくないぞ。嬉しくはないぞ」
のろけを回避しようとしたが、若干失敗した上に巻き込まれた感じがする。
なんか複雑だっ。
そんなやりとりをしていると、ヨウコさんに微笑ましそうに観察されていることに気づき、「撮ってもいいかしら?」と尋ねられまた複雑になるのであった。(そのあと一枚撮ってもらった)
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ヨウコさんに写真を撮ってもらった後、仕事を終えたユーリィさんとチギヨさんが私たちと合流する。ユーリィさんはヨウコさんに驚いていたが、私が事情を説明して一応納得してはくれた。
二人はこのあとのイベントを見ていくとのことで、私とビー君もどう? と誘われたので嫌がるビー君と流れにのってその場から離れようとしていたヨウコさんを(私は一人がいいんだけどなあとぼやいていたのを申し訳ないと思いつつ)捕まえ、5人とリオル、客席に着いた。
チギヨさん、ビー君とリオル、ユーリィさん、私、ヨウコさんの順で座る。
ビー君が、いっぱいの観客を見て。
「こうして催しが出来る分には、まだ治安よくなってきた方なのか……?」
そうこぼした。まあ、<義賊団シザークロス>が参加している時点で、なんか平和な気もしてしまうけど。
「そう思いたいけどね。あんまり気を抜きすぎない方がいいのは変わらないね……気を付けてよね。特にビドー」
「名指しかよ。わーってるよ」
ユーリィさんの注意を文句言いつつも聞くビー君。そのやりとりをチギヨさんは笑いながら茶化す。
「ビドーのことが心配って正直に言えばいいのによ、ユーリィ」
「…………」
「わ、悪かったから睨むなよ!」
私の方からは見えないけど、男性陣二人とリオルがぎょっとしていたので、ユーリィさん結構険しい表情をしていたのだと思う。
ヨウコさんはというと、デジタルカメラのデータを整理していた。(ちなみにさっきのビー君とリオルと私の写真もいただいている。なかなかきっかけとかないと写真とか撮らないので、ありがたや……)
データ整理を終えたヨウコさんはカメラを構えた。
「よし、準備完了っ」
「えっと、ごめんなさい。イベントでの撮影はご遠慮願えますか?」
そして十秒も経たずに大人しそうなイベントスタッフさんに……というにはなんか可愛いミミロップの帽子をかぶった青年のスタッフさん? におずおずと注意されていた。
それから、そのスタッフさんらしき人物は、
ビー君に抱えられたリオルを見て、
破顔一笑した。
「リオルだあ……!」
リオル。案の定ビビる。ビー君がミミロップ帽子の人をキッと睨む。
その方は慌てて元の大人しそうな表情に戻り、びくびくと謝る。
「なんだよ」
「あ、ごめんなさい……僕、進化前のポケモンが好きで……目がなくって、つい反応しちゃったんだ」
「ヨウコさん、こいつの写真撮ったか?」
話題を振られたヨウコさんは「ええ」と答える。
あの一瞬をよく撮ったね、と感心していると「ふふふ、シャッターチャンスはほんの一瞬でも充分なの」と得意げなヨウコさんがいた。
ますます縮こまる帽子の彼にビー君は困ってきているみたいだった。
私もちょっと両者ともかわいそうに思えてきたので、提案をする。
「貴方、イベントスタッフさんですよね? 保証できる方は近くにいます?」
「え、ああ、はい……ごめんなさい、ボランティアでスタッフやっている、ミュウトですごめんなさい……ええと、その、ええと……」
か、完全に怯えている。なんだか申し訳なくなってきた。
ちょっと周りもざわついているし、どうしよう。と思っていたら。
氷の結晶のようなポケモン、フリージオを連れた彼が颯爽と。そう、颯爽と現れた。
「彼がスタッフなのは私が保証するよ、お嬢さん」
アイドル衣装と言えばいいのだろうか。きらびやかな衣装を身に纏った、濃灰のシャギーの髪をもつ男性が、ミュウトさんのフォローに入った。
そして、私はその声とその顔に憶えがあった。
「レオットさん?」
「あっ、まさかキミは……っと、すまないが今はレオットでなく、トーリ・カジマと名乗っている。トーリでお願いするよ」
「りょ、了解です。トーリさん」
「して、ここは私の顔に免じて、彼を許してはくれないか?」
「私からもお願い、皆」
フリージオも体を傾けて、謝罪する。
私とレオ……じゃない、トーリさんのやりとりを呆然と眺めていた皆はちょっと驚いた顔をしていたけど、許してくれた。
やっと解放されたミュウトさんは助け船を出したトーリさんに尋ねた。
「……! 助けてくれて、ありがとうございます、トーリさん……! でも、どうして?」
「一応私は紳士だ、そして紳士は困っている人間には分け隔てなく手をさしのべる存在だ、だからこそ私はキミを助けた、以上、理由と理屈の説明完了。ほら、さっさと持ち場につきたまえ」
「か、かっこいいナリ……! じゃなかった、分かりました! 皆さんお騒がせしました……!」
「ステージまでもう少し、楽しみにしていてほしい」
ミミロップの帽子の耳を揺らしながら、見回りに戻っていくミュウトさんと、ステージの裏に戻っていくトーリさんとフリージオ。
昔と印象変わったなあレオットさん。名前も変えちゃっているし。
小さくなる彼とフリージオを見ていたら、チギヨさん、ビー君、ユーリィさんが順々に
「あの衣装、体に合ってないが、好みなんだろうな」
「ブーツと帽子で誤魔化しているって言えよ」
「それ抜きでもビドーの方が低い」
と彼の身長についてコメントしていった。ビー君撃沈。あ、レオットさん振り返った。でも一回振り返っただけでそのまま歩いて行った。聞こえていたな、あれは。
ヨウコさんはというと、写真を撮りたそうにしょげていた。
アナウンスが流れ、諸注意が流れる。その中には撮影禁止もばっちり入っていた。
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ゲストキャラ
ヨウコさん:キャラ親 くちなしさん
トーリさん:キャラ親 乾さん
ミュウトさん:キャラ親 マコトさん