第三章【三鳥天司】18

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 未だ陽も昇らない早朝、あまりの寒さにファイはぼんやりと目を覚ました。夏とは思えない程凍える手で申し訳程度の薄い掛布団を手繰り寄せ、小さく縮こまるも身体は震えるばかりだ。このままでは寝るに耐えないと、寝ぼけ眼を擦りながら渋々彼女は布団を抜け出した。その背後に覗く天窓からは冷たい霰が降り注いでいた。
 ファイは毛布を仕舞っている物置へ向かっていた。その途中で両親の寝室を通り過ぎる。ふと小さな会話が聞こえてきたので彼女は足を止めた。
「ねぇ、あなた……これ以上ファイに隠しきれないわ」
「余計な事は言わなくていい、知らない方があの子の為なんだ」
 寝室から聞こえる両親の話題はどうやらファイの事のようだった。気になった彼女は静かに扉に歩み寄り聞き耳を立てる。
「でも、あの子、まだサンもリーザも生きてるって信じて待ってるのよ? 毎日いつ帰ってくるか聞かれる私の身にもなって」
「仕方ないだろ……俺達が食い繋いで行く為には仕方ない犠牲だったんだ。困窮した今、余計に二人も養う余裕なんてないだろ」
「それはそうだけど……じゃああの子にはなんて説明すればいいのよ? 私達が生き残る為に二人を殺したって、面と向かってあなた言えるの?」
「そんな事言える訳ないだろうっ、ファイにそんな重荷を背負わせる必要は──!」
 父親の口を止めたのは勢い良く開かれた寝室の扉だった。そこには驚愕に目を見開く銀髪の少女が立っている。
「ファイ!? どうして」
「今の話、本当?」
 母親の言葉を遮り、ファイは震える声で尋ねた。声だけでなく唇も手も震える。それが寒さのせいか、怒りのせいか、恐れのせいか、彼女自身にも分からない。ただただ彼女は事実確認を繰り返す。
「ねぇ、本当なの?」
「な、何の話だ?」
「とぼけないで、お父さん。私、全部聞いちゃったんだから」
 泣きそうな顔で立ち竦む少女と憔悴しきった両親の間に沈黙が流れる。冷えた空間がファイの足の感覚を奪っていった。それでも彼女は動けずにいた。
 沈黙を破ったのは父親の大きなため息であった。固まる娘の両肩に手を添えてしっかりと向き合う。その表情は娘に全てを話そうと腹を括ったようだった。
「ファイ、真実は時に残酷だ。それでも聞きたいかい?」
 静かに小さく頷く娘を見つめ村長は再度ため息を吐き出すと、とうとう自分の罪を告白する。
「リーザは村を救えなかった罪を報いる為に雨乞いの生贄にした。サンは巫女を唆した罪で処刑した。表向きはそういう事になっている」
「生贄……処刑……? じゃあ二人はもう……っ」
 ファイは漏れ出た嗚咽で言葉を詰まらせる。考えないようにしていた事が現実となってしまった。悲しみと憤りで少女の心情は既に雑然としていた。しかし慈悲無き真実はそれだけではなかった。
「本当はこんな事、したくなかったんだ。お前達の仲の良さは知っていたし、リーザが頑張ってくれていたのも知っている。だがここ最近の干魃で食料も水も底が見える状況で、三人も養うのは不可能だったんだ。だから────サンとリーザを殺すしかなかった」
「え……それって、つまり、口減らしって事?」
「分かってくれ、ファイ。お前を生かす為だったんだ……」
 父親に肩を強く掴まれたまま、ファイは何度も首を振った。信じられない真実を否定するように。信じたくない真実を振り払うように。それでも目の前で自分を離そうとしない父親の眼差しは嘘偽りない真実を物語っていた。逃げ場を失った少女の感情は喉から言葉となって吐き出される。
「嘘だ……嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ! なんで!? どうして!? 酷いよ! ありえない! どうしてそんな事したの!? サンとリーザを犠牲にしてまで、そんな事までして生きたくなんてない!!!」
 ファイの叫びは突然の轟音と閃光にかき消された。それが落雷と理解するのに数秒かかった。それ程までに近くに落ちた電撃は、大地を揺るがし木を薙ぎ倒す。外を見れば朝焼けの薄闇の中、吹雪と雷が入り交じる異様な光景が広がっていた。
「なっ……なんだこれは……」
 父親の呟きを他所に、雷電は縦横無尽に飛び散り村の家屋を次々と貫いていく。所々では火事も発生していた。村長である父親は村の一大事の為、娘の縋るような責めるような視線を振り切り、身支度もおざなりに部屋を飛び出した。
 残された母親は娘をリビングへと連れて行き、手早く身支度を始める。
「ファイ、とにかく今は避難しましょう」
 そう言ってぼんやりしたままのファイに上着を羽織らせ、数少ない食物や水を詰める。状況は読めないが、恐ろしい天災が起きているのは確かだった。このまま家に居ては、家ごと潰されるのも時間の問題だろう。
 その時、ファイは聞き慣れた声を聞いた。つい先程、もう二度と聞く事はできないと言われたばかりの、何よりも大切だった親友の声。導かれるように彼女は玄関へと走り出した。
 外に飛び出したファイが一番に目にしたのは吹き荒れる霰の中、こちらに駆け寄ろうと手を伸ばす父親だった。しかしその動きは止められていた──胸に刺さる橙色の刀身によって。
「ファ、イ……逃げ……」
 父親の口から血と共に吐き出される言葉を最後まで聞くことは叶わなかった。剣に刺さった父親の体は無造作に投げ捨てられたのだ。そこで彼は事切れたのか、それ以上言葉を発する事は無かった。そして父親が倒れた後ろに立っていたのは──────

「サン…………?」

 黒瞳に溢れんばかりの憎しみを露わにし、雷光を纏う血濡れの剣を手にする少女だった。

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