-5- 血筋

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読了時間目安:7分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 『塩水』が一滴残らず水エネルギーとなってミロカロス=長春に還元するのに併せ、館内を内側から完全防水していたキルリア=クラウとミナトのアシスタント=麹塵の『サイコキネシス』の強化保護膜が縮んでいく。共同作業はクラウがサブで、麹塵がメイン。こんなに凄いアシスタントに今まで会ったことがない、とクラウは麹塵の力量に感服していた。水量が減ってくると、麹塵はクラウにさっさと後をまかせて、作戦の邪魔にならないよう大教室に『封印』していた徘徊ゴースト達を解放しに行った。
 世界各地の蛇や竜の神格は水と関わりが深い。その流れを汲むドラゴングループのミロカロス、長春は霊力は高いが、体質的に悪い霊気を取り込みやすい。力を借りた後は、ミナトはかかさず体調をチェックする。
「体は大丈夫か? よしよし」
 赤い髪のような飾りヒレを撫でられて、ミロカロスがそっと顔をすり寄らせた。

 シュナイデル学園の多目的ホールが巨大水槽化していた痕跡は綺麗に消した。
 後片付けに五分とかからなかった。ミナトは、傍観していたリュートのもとへ。

「まだ信用できねえか?」

 ヌオー=留紺が、持っている疑似『溶けない氷』をかかげた。
 封入されている“火の玉”が、消えかけのランタンのように燃えている。

 ミナトがバトル研究部に向かった目的は、報告のあった心霊写真に写っていた女子、すなわち部長との接触であった。さりげなく情報を入手するつもりが、いきなりのビンゴだった。くしくも放課後の屋上に出揃った役者は“ふたり”。ゴーストタイプの携帯獣に憑依されていたのは、男子生徒リュートとライボルト。ライボルトの首には、常人には視えない“霊片”が巻き付いていた。
 サマヨールの一部だ。
 中身が空洞とされている身体を包帯状にばらばらにし、寸断したものをおそらく、学生の連れ歩くポケモン達に取り憑かせている。そして心臓部である“火の玉”は、この多目的ホールに隠していた。
 アイラとの下見で異常なしと言ったのは、禍々しい妖気の源を油断させるためだった。
 すさんだ心を癒すミロカロスの力を霊力の高い長春が応用すれば、穢れた霊物を無力化することもできる。ライボルトに取り憑いていたサマヨールの断片は、『渦潮』のどさくさで浄化した。

「オレの見立てはこうだ。好物の負のエネルギー目当てで乗り込んできたゴロツキは意外と、しぶとかった。そいつは『怪電波』が使えるポケモンに手あたり次第に取り憑いて、牽制した。その頭のアンテナ、強すぎる電波はNGだろ? だから学校から追い出しきれなくて、安全地帯の霊媒男子のなかに避難して、ゴロツキが生徒に危害を加えねえよう見張ってた。違うか? “門番”」

 すらすら出てくるミナトの言葉に、とうとう“リュート”は観念した。

「左様。誤った電波に洗脳されることを恐れた。疑ってすまない、若殿」
「うげ!」
 人格が入れ替わった。そんなことより。
 まずいのは、急に改まった呼び方だ。ミナトは笑顔が引き攣った。
「ワカドノ!? うおーゾクッと来た! 妙な勘違いはやめようぜ!」
「勘違いではない。その霊力、レストロイ家の直系であろう」

(レストロイって……)

 キルリアが聞いている事をすっかり忘れていた。
「だーっ警部補にはナイショにしろ、クラウ。な! な!」
 ミナトはキルリアの肩をつかんで、ぐわんぐわんと揺さぶった。
「警部補の父さん、ジョージ・ロングロードさんだろ。けど隠してるだろ?」
(え!? 僕の口からは、そういうのは……)
「やっぱ、親父にあこがれて同じ警察官になったクチ?」
 アイラのプライバシーを漏洩する事は、クラウにはできない。父親想いはもちろん、クラウと面識のない家族を語る彼女からはよく、子ども時代で止まっている切ない思慕を感じられた。
 嘘はつきたくない性格の苦し紛れが、テレパシーに漏れていた。
(でも……愛情だけで国際警察になれるほど、甘くないと思います)
 
 ごろモチッ、ごろモチッと、暇を持て余して丸太転びしはじめるヌオー。

「分かるぜ。オレも色々事情があんだよ。時期くれば話してやるさ」
 普段は軽いミナトが重めに言うと、聞き手に不良と捨て犬理論が働いた。
「あーあ、警部補とキズミは気が合うぜ。オヤジ嫌い派はオレだけかよぉ」
「次期当主といったところであるか? 若殿」
「ワカドノ言うなって! 次期当主呼ばわりも却下!」

 無粋な仕打ちを自重させたがるミナトに、伝わらない“リュート”は首を傾げた。
「それはそうと、残りの霊片回収は任せてもらおう。“門番”の面目が立たない」

 サマヨールの操作が及ばない霊片は、ただの霊的な布切れだ。恐れるに足りない。

(いいんですか? 無関係の少年に憑依するような相手を放っておいて……)
「いいよ。ただし、万一裏切ったときゃオレ達でこらしめてやろうぜ、クラウ!」
 宿主のリュートの取り扱い方を見れば、“門番”の生徒想いを疑う余地はない。核である“火の玉”は氷漬けにして確保できたので、“リュート”の申し出は下請けとして助かる。生徒のポケモン達から引き剥がし、サマヨールの体を完成させれば、正式に逮捕できる。

「感謝する、カネシロ・ソウとやら。ところで、今夜の恩にちなんだ怪談を定着させたい。誰もいない廊下を滑るスケボー男の怪と、夜な夜な多目的ホールで泳ぐ水着男の怪、どちらが良いか決めてほしい」
「わりぃ。これ仕事だから。そういうの、いいよ」
「節介であったか。以後気をつけるとしよう」
 うんうんと、ヌオーとキルリアも首を縦に振った。

「集めた霊片を時々引き取りに来てほしい。また会う日まで、さらばだ」
 壁に背中をもたれ、あぐらを掻く。目を閉じた。リュートの全身が仄かに蒼く輝くと、首が前のめりに折れた。力の抜けている寝姿の頭上に、憑依を解除した霊体が浮遊している。謝罪と感謝を込めて、同居させてもらっていた少年に向かってお辞儀をした。今度はミナト達に向き直り、左を腰に右手を胸に当て、またお辞儀をした。ミナトは笑顔と軽く上げた右手で応えた。ホールの床へ、下半身が沼に飲み込まれていくかのように沈んでいく。頭のアンテナを最後に一度光らせて、ヨノワールは姿をくらませた。

「あ!」
 やらかした。
 今頃ミナトは、キズミ達に一度も連絡していなかったことを思い出した。

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