-4- 二つの動向

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 空中で同心円状に波及する『鬼火』。林冠にのさばっていた縄張りの象徴が、電飾のように炙り出された。ラルトス=ウルスラは別途にアシストの工程を踏む。特性『シンクロ』でキズミに暗示をかけて痛覚を遮断、『トリックルーム』、そして『手助け』。
 空間(ルーム)の一般的なイメージにそぐわない、無色透明な時(とき)の鎧がキズミを包んだ。人体が忽然と消えた。『テレポート』と見まごう速力。『手助け』で強化された腕力を振るう。特殊警棒(トランツェン)が、右中央脚の関節に痛撃を与えた。木の根元を蹴って高い枝に一躍し、本部支給のサングラスをかけた。
 よろけた毛深い電気蜘蛛が、見下ろす金髪少年とラルトスを狙って『放電』する。
 
「銀朱!」
 キズミが呼んだ。
 ガーディが走る。キズミはトランツェンを振る。トランツェンの機能、携帯獣の『技』を反射する疑似ミラーコートが展開される。電気蜘蛛が上に気を取られている隙に、ガーディが地面に落ちているムクホークの足を咥えて、かっさらった。キズミが撃ち返して進路を誘導した『放電』が、寒冷色に燃え盛る糸の付け根の樹皮を焼き砕いた。縄張りを守る広さが徒となる。平面な虫取り網のごとく、『エレキネット』が逃げ遅れた巣作りの名手の上に落下し、覆いかぶった。『鬼火』にまとわりつかれ、体毛が焼かれていく。

 ホルスターから引き抜いたのは銀色の拳銃、もとい、アレストボールと呼ばれる逮捕用高拘束力捕獲球が装填された拳銃型捕獲機、アレスター。アイラが引き金を引いた。乾いた銃声が森に響く。電気蜘蛛に着弾すると、ラルトスは即座に、地面を這いずる残り火を操って鎮めた。ハーデリア=オハンがアレストボールを回収し、アイラの元へ運ぶ。翼を畳むフライゴン=ライキ。キズミは、ガーディが悲しげに置いたムクホークの一部に、遺体回収専用のモンスターボールを押し当てた。

「体調は!?」
「問題ありません」
 アイラに詰め寄られたキズミは、そっけなく答えた。
 【シンクロ】使用後は副作用が出やすいが、いつも出るとは限らない。

「どうして」
 息を継ぐ。
「レスカ君が戦うのよ」
 『トリックルーム』は指定空間内の“素早さ”を反転させる。鎧状に成形した空間で人体を包めば、対携帯獣戦で身体能力の劣位を逆手に取れる。『手助け』などの補助技を加算することで、生身の人間が携帯獣と同格以上の戦闘力を発揮することも可能である。準軍事的なトレーニングを経た習得は、昨今の特殊養成課程エリート候補生に義務づけられるものの、国際警察外には普及はしていない。
「【シンクロ】のリスクを知ってるはずだわ」
 昼日中では太陽のような目立つ髪が、月光で出来た生糸のような銀の色合いを帯びているある。肌の色も、生気のない灰白色に見える。男の彩色は、夕闇の世界では光の加減でこうも儚げに冴えるのだと。部下を見つめる深度が大きくなるにつれ、淡い配色が薄命を連想させて、アイラの背筋が薄ら寒くなる。

「俺に“何か”あったほうが、ざまあみろと思えるんじゃないんですか」
「……最低」

 怒りを通り越して、人として幻滅した灰色の双眸をそむけた。


◆◇


 夜の学校は、なぜこうも不気味なのだろう。グラウンドは墓地さながらの妖気を湛えている。うっそりと立つ校舎は牢獄のようで、中にどんな霊異を幽閉しているのか得体が知れない。カーテンのごとく敷地内に降りて来ているのは、侵してはならない禁域と同質の『何か』だ。

 及び腰のリュートに、じゃらじゃらと鍵束を披露するカネシロ・ソウ。
 最後の教員が帰り、無人になるのを待っていた。これから校内へ再突入だ。
「許可なら、ちゃーんと取ってあるぜ」
 シュナイデル学園の職員通用門を解錠し、防犯装置を無効にする。ソウの手際のよさはは警官というより、プロの泥棒みたいだ。照明の操作スイッチはいじらず、懐中電灯を頼りに廊下へ繰り出した。
「一回やってみたかったんだよなー!」
 と、持参したスケートボードを、シャーッと廊下で快走させるソウ。
 泥棒の次は不良かよ、と冷や汗顔のリュートは走って追いかけた。
(その通行許可は取ってませんよね!?)
 キルリア=クラウが浮遊術を使った飛行で、しんがりを務めた。

 『不定形』グループは総じて、潜伏能力にすぐれている。キルリア=クラウは光学迷彩のように、サイコパワーで認知をゆがめるバリアを作り、姿を隠せる。ただし短時間しか持たないハリボテなので、異能の素質がある人間には看破されてしまう。その穴を逆に利用して、ソウは、クラウと目が合ったリュートを霊媒体質だと見破った。
 リュートが誰にも言わなかった、自分が何かに憑依されているという秘密をも。
「てめえの助手やれば、おれに憑いてる奴をマジで取ってくれるんだな?」
「おう。約束は守るぜ」
 ソウがスマートに、ランニングピックアップでボードをキャッチする。
 クラウが格好良さに目を輝かせた。リュートは息切れでそれどころではない。
「こいつ……たまに意識のっとる以外は、大人しいんだ。ひでえ除霊、すんなよ」
 
 多目的ホールの鍵を開けた。

「心配すんな。そういやリュート、なんで学校に怪異が集まるか知ってるか?」
 自分の質問に自分で答える、黒髪藍眼のニセ生徒。
「正解は、若い精神のたまり場だから。負の感情が好物のゴーストタイプにとっちゃ、学校はビュッフェスタイル食い放題付きの高級ホテルみてえなもんだ。ホテルにはエントランスがあるだろ。このスクールも同じさ。何個か霊道がひらいてる。“ウワサ”じゃ、いい“門番”がいるらしいぜ」

 館内に入るのは、ソウとリュート。クラウは外に残って援護する。 
長春(ちょうしゅん)留紺(とめこん)。まかせた」
 ソウが召喚したヌオー=留紺が『フラッシュ』を使った。明るい夜道ほどの照度が得られ、懐中電灯がいらなくなった。ホールの扉が閉められると、ソウのミロカロス=長春が高く首をもたげた。
 
 足の裏が冷たい。
 ぎょっとして下を見ながらリュートが足踏みをすると、ピチャピチャ鳴った。
「なんだこれ、水!?」  
「ビビんなって! ちょっと水族館を作るだけだよ」
 計算ずくめの破顔。予定調和の台詞を鳴らす。
 ソウは、気に入っていた制服姿におさらばした。

「制服の下にウェットスーツ着てたとかぁ、ねーよ……」
 自由奔放もここまでくると、もはやリュートは脱力した。
 手首から足首まで覆う、肩と体側に青いポイントが入った黒基調のフルスーツ。防水加工のショルダーバックから取り出した一眼レンズタイプのシュノーケルマスクを頭に、フィンを足にはめながら、ミナトが言った。
「お前の着る分はねえけど、『ダイビング』で濡れねえだろ?」

 そう言われてみれば、水が膝の高さまできているのに、靴が濡れただけで済んでいる。リュートは潜水服のような特殊な気泡に保護されていた。送気ホース状の細長い気泡がヌオー=留紺につながっていた。ソウは頭部のみ、ヘルメット状の気泡がミロカロスとつながっている。
 浅いチャプチャプから、バシャバシャへ、深く音質が変化していく。すさまじい勢いで増水している。リュートの見慣れた建物の内観はてらてらと石膏のように反射し、マリンスノーのように埃が浮遊する。平凡な日常が侵されていく気味悪さが、心臓のポンプで指の先まで運ばれていく。信じられないことに、建物の隙間から水漏れしている様子がない。水位は目算して、天井まで届く満杯。間違いなく、多目的ホール設立以来の未曽有の大事件だ。

 『ダイビング』の泡膜は、手が貫通したくらいで割れない。
「いい塩加減だぜ、長春。やるか!」
 館内を巨大水槽たらしめている水質は真水ではなく、ミロカロスの『塩水』。
 濡れた人差し指をぺろっと舐めたソウが、スケートボードを脇に抱える。
「それ、なんに使う気だ」
 リュートが、スケートボードを不審がった。
「我流だから、除霊補助具は適当に代用してんだ」
「訓練受けてねえの? 霊能すごそうなのにか? なんで?」
 質問に答える前に、含みのあるソウの笑顔が挟まれた。

「オレ、あんま人間離れしたくねえし」
  
 木には霊力を宿す種類があり、依り代として神聖視される老齢の巨木もある。古代より、ある西洋では魔法の補助具、ある東洋では神事の祭具として、木材が用いられてきた。このスケートボードのデッキ素材は、オーロットと呼ばれる霊木の携帯獣の朽ち木が使われている。人気ブランドがオカルトマニア受けを狙った本品は、スケーターにさまざまな不運を引き寄せ、たらい回しにされている。製造中止に追い込まれた事故商品を、ソウは見た目がカッコいいからという理由で、ネットオートクションで安く競り落としたのだ。
 細かい説明は抜きにして、テールを持ってノーズをホールのど真ん中に振り下ろした。

 塩を魔除けに使う流派の極東人の血筋であるソウは、自分の霊力で『塩水』に含まれる塩の浄化力を爆発的に引き上げ、邪気を一掃できる。ボードの先端から流し込まれた落雷のような震撼が、水中を痺れさせた。その瞬間、リュートは平衡感覚の狂いに吐き気を感じた。

 天井から、光る異物が垂れてきた。
 水中に落としたインクによく似た、もやもやした動きで。 

「冷凍パンチ!」
 ソウの指示が飛ぶ。ヌオーの拳が空気砲ならぬ超低温の水圧砲をぶっ放す。導火線を火が辿るように、軌跡が白く凍てついた。正確にヒットした異物を、透き通った氷塊に閉じ込めた。
「長春!」
 麗竜の全身が、鮮やかなピンク色に輝きだす。
 すさんだ心を癒し、穢れを祓う波動が水中に満ちた。

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