【第157話】意志と感情、見つけた捜し物

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください



「……シは……アタシは………」
ハオリの全身から、冷や汗が溢れ出る。
上手く行ったと思っていた策が、まさかの自分のミスで崩れ去ったのだから………焦るのも無理はない。
しかも残り1匹ずつの状況に追い詰められ、パーカーからの叱責まで食らったのだ。
彼女の心は今、コレ以上無いほどに動転していた。

「は……ハオリ……?」
「はは……わかんないなぁ……何が駄目なんだよ……作戦も完璧で、ポケモンも強くて……それなのに、何が駄目だって言うのさ……」
乾いた笑いと、震える声……
ハオリは本気で、不可解な壁にぶつかっていたのだ。
だからこそ惑っている。

「わかんない!!アタシには何もわかんないよ!!アタシはやるべきことはやった!!正しいことを為してきたッ!!なのにどうして、みんなアタシを否定するんだよッ!!」
そして錯乱……憤慨。
悩み苦しむその中で、誰も彼女を救ってくれなかった。
誰も彼女に、正しさを教えてやれなかった。
……彼女は今、光なきの迷路に陥っていた。


「……すまねぇ、パーカーさん。タイムだ。少し時間をくれ。」
見かねたジャックが、試合の中断の申し出をする。
本来ならばこのようなことは原則認められない。
……が、このような状態では勝負の続行は難しい。
それにパーカーだって、ハオリの事では多少なりとも負い目がある。
「……3分だけ待ちましょう。お話は手短にお願いします。」
手元の腕時計を見つつ、パーカーは休息の申し出を受け入れた。


交渉を終えたジャックは、錯乱するハオリの肩をぽんと叩く。
「落ち着け、ハオリ。」
「お……お兄さん……?」
ハオリを宥め、呼吸を整えさせる。
するとジャックは、彼女が背負っている楽器ケースからキーボードとスタンド、そして予備電源を取り出した。
「ちょ……それアタシの楽器……!!」
「ハオリ……一回演奏しようか。」
「え……」
困惑するハオリを他所に、ジャックは勝手に楽器のセットアップを始めてしまう。

そしてまたたく間に、演奏を行うための準備が整ってしまった。
「そうだな……『ABCのうた』とか弾けるか?」
「一番簡単なやつだよ、ソレ……。」
それこそ、ハオリが幼少期に覚えたような曲だ。
基本の基本……初歩の初歩の曲である。
仮にも一流バンドマンにリクエストするものではない。

しかも今、まさにバトルの真っ最中だと言うのに。
それでも演奏を強要してくるジャックが、あまりにも不可解だった。

……が、ハオリはそれでも、キーボードの前に立つ。
もしかしたらコレが、自らを導く救いの手かもしれない……と、微かに期待しながら。

白鍵に指を置き、最初のコードを奏でる。
とても緩やかで単調な旋律だが……それでも、明るく力強い音色が奏でられる。
「ッ………。」
ハオリはその中で、思い出す。
あの時初めて、鍵盤の玩具を手にした時を。
ただただ自分の母親が喜ぶ顔が見たくて、鍵盤を叩いていたあの日を。

「ッ……。」
短い曲が終わり、僅かな余韻とジャックの短い拍手がフィールドに共鳴する。
本当に僅かな長さの曲ではあったが……それでも、妙な達成感があった。
「いい曲だったよ、ハオリ。」
「いい曲って……誰が弾いても同じだよ、こんなの。」
俯きながら答える彼女に、ジャックは更に問いかける。
「……楽しかったか?」
「………。」
彼女は口ごもる。
今感じていたものが、本当に『楽しい』という感情なのかがわからなかったからだ。

「ハオリ。アンタは何故、このジム戦に勝ちたいんだ?」
「そりゃ……もっかいPの事務所に戻って、演奏をしなくちゃいけないからだよ。アタシの音楽を待ってる人が、いっぱいいるんだし……!」
「そこだよ。」
ジャックは鋭い口調で、ハオリの言葉を遮る。

「お前は『しなくちゃいけない』という義務感から動いていたんだ。そこにお前の『感情』や『意志』がない。」
「ッ……!!」
ジャックが明言したハオリの欠落……そう、それこそが、彼女に足りないものだったのだ。
「確かにお前は強い。ポケモンも、トレーナーとしての実力も、演奏者としての実力も……全てに於いて申し分ない。元チャンピオンの俺が保証しよう。」
そして彼は、自身の胸に手を当てる。
「が、ココが……心の強さが、決定的に足りないんだ。」
「そ……そんな……!!」
突然の指摘に戸惑うハオリ。
しかし不思議と、腑に落ちるものであった。

「トレーナーの素養として、『本人の才能』は確かに重要だ。しかし……『自分自身の意志』が無ければ、それは長所以上の欠落になる。それで挫折した奴を……俺は知っている。」
ジャックの脳裏に浮かぶのは、嘗て旅を共にした仲間……黄金の才能を持ちながら腐り落ちてしまった、ある女の顔だった。

「お前は本当に、もう一度……そのキーボードを弾きたいのか?」
「アタシは………」
「本当に、お前自身がそこへ戻ることを望んでいるのか?」
「………。」
問い詰めるジャックと、自問するハオリ。


……確かに彼女は、ここまで義務感の中で生きていたかも知れない。
弱った人に、自分の音楽を届けなくてはいけない……
自分以外に代わりはいない……
また事務所に戻って、キーボードを弾かなくてはいけない……
だからリーグで優勝しなくてはいけない……
その義務感こそが、彼女を突き動かしていた。

だが、本当にそれだけか?
あの時……彼女が初めて楽器に触れた時のあの高揚感……
笑わなくなった母親が、僅かに浮かべた笑顔を見た時の喜び……
それはきっと、彼女自身の感情だった。
また演奏したい……誰かに笑っていてほしい……
それはきっと、彼女自身の意志だった。

……全て、死別に塗れた彼女の人生の中で、失ったものだ。
しかし、まだ全てを取りこぼしたわけじゃない。

もし本当に全ての感情と意志が死んでいたのなら……きっとここまで、人の心を奪う演奏は出来ない筈だ。
先の『ABCのうた』を演奏した時に、達成感なんか感じなかった筈だ。


「どうなんだハオリ……!お前に、心はあるのか!?」
「………。」
「どうなんだ!!?」
「……あるよッ!!」
ハオリはキーボードの鍵盤を、強く叩く。
乱雑な音が、長く共鳴する。
その音は……彼女のぶつかっていた壁を、叩き壊す。

「アタシは……またバンドがやりたい!!演奏が……したい……!!」
「……。」
「だから……そのためにも……この勝負に、勝ちたいッ!!」
それは、ハオリの『心』からの叫び……彼女自身の強い気持ちであった。
「そうだ。よく言った!!」
称賛するジャック。
ハオリの背中を強く叩く。

「……ありがと、お兄さん。アタシ、やっと見つけたよ。」
「うん、上出来だ。良い顔してるぜ、アンタ。」
そう言うとジャックは、数歩前に進んでフィールドへと戻る。
そしてドームの北側の壁にあるカメラへと、顔を向けた。


「おーい!見てるか、お嬢様!!?泣いても笑ってもコレが最終局面。俺が1発でも攻撃を受ければ、この試合は全てパーだ。」
彼は病院でこの中継を見ているであろうお嬢へ、カメラ越しに叫んだ。
「だが……俺は負けない!お前が目標にした『無敗のチャンピオン・ジャック』だからな!!」
そしてボールを構え、高々と宣言する。
「俺が……否、俺達が勝ちたいと強く『想う』限りッ!絶対に負けねぇッ!!」
「……ハハッ、気合入ってんじゃん。」
ジャックの宣言に続くように、ハオリが彼の隣に立つ。


「……丁度3分です。準備できたようですね。」
待ちわびた、と言わんばかりに……パーカーが言う。
その時計が数分以上、規定時刻をオーバーしていたことを隠しながら。

「あぁ、万全だ。こっからは一瞬でキメてやんよ。」
そしてジャックは、隣のハオリに小声で告げる。
「……作戦会議はナシだ。お前のやりたいように……好きなだけぶっかませッ!!」
「オーケイ!!ちゃんとアタシに付いてきてね、お兄さんッ!!」

タントジム戦……最終局面が、今、開幕する。















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