第三章【三鳥天司】14

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 骨が軋み砕ける激痛にサンは絶叫した。痛み以外の感覚を失った左手は地面を掴んでいられず空を切る。あんなにも必死にしがみついていた地上が一瞬で離れていく様はあまりに呆気なかった。最後に見た男の恐ろしく歪んだ卑しい笑顔が遠く離れても、彼女の網膜に焼き付いて離れない。全身を無情に通り過ぎていく風と痺れるような左手の痛みを感じながら、少女は離れていく暗い空に縋りつくよう手を伸ばし、その彼方を強く、強く見つめた。

 嫌だ、死にたくない。
 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。

 ──────こんな無様に死んでたまるか。

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 その叫びは、生への渇望か、死への恐怖か、はたまたこのような運命への憤怒か。誰にも届かぬまま少女の思いは谷底へ消えていくかに思われた。
 突然ぐいと右腕を引かれサンは息を呑む。空中で動く事もままならない状態の彼女を何者かが温かく包み込んだ。慣れ親しんだ羽毛の揃う胸にしがみつき、サンは過ぎ行く風の中どうにかその名を呼ぶ。
「ルトーっ……」
 名を呼ばれたルチャブルはぼろぼろの翼を広げ、痛む関節に鞭打ち羽ばたこうとする。しかし瀕死をとうに過ぎた体では、崖を飛び越えた時のように人間一人を抱えて飛ぶ事は叶わなかった。しかしそれでもルトーは翼を動かす事を止めない。外れかけた関節が聞くに耐えない音を立てようと、どんどん迫る谷底が目に映ろうとも、重力と気流に逆らいひたすら羽ばたいた。少しでも衝撃が和らげばいい、そんな思いを込めて。しかしルトーの願いとは裏腹に、二人の体は加速度的に落下していく。もうすぐそばまで迫った薄暗い地の底に、サンは怖くなって赤い身体に抱きついて目を強く閉じた。落ちる直前まで翼を動かし続けていたルトーも、最後は彼女を守るように抱きしめた。

 暗い谷底に肉の潰れる音が虚しく響いた────










 何もない剥き出しの岩肌に、冷たい雨粒が叩きつける。崖の谷間には雷鳴がよく轟いた。
 どんどんと激しさを増す雨は、地面に溜まる赤い海を徐々に流していく。その中心で折り重なって倒れる一人の少女と一匹のポケモンを置き去りにして。
 その時、ぴくりと少女の瞼が痙攣した。ゆっくりと開かれた瞼から覗く翡翠の瞳は焦点が合わずぼんやりとしている。暫くそのまま放心していた彼女だったが、ふと自身の下敷きになっている存在に気づき上半身を持ち上げた。そこには自慢の柔らかな羽毛を赤黒い液体で汚し、立派な肉体もぐちゃぐちゃに潰れたルチャブルだったものが存在した。
「はっ…………?」
 サンは驚愕のあまり、それが自分のお供だったポケモンと認識するのに時間がかかった。否、認めたくなくてどうにか否定する要素を探していた。それでも、どう考えても、あの高さから一緒に落ちて、自分を庇ったルトーに他ならなかった。
「ルトー……? ルトー……ルトー、ルトー……ルトーぉ!!! 返事、しろよ。返事してくれよ! お前まで! あたしを! 置いてくな……!」
 顔など見れたものでは無い程に原型を留めない変わり果てた相棒を揺り動かし、ひたすらサンは泣き叫んだ。しかしもうその呼びかけに応える者はいない。ただ雨音と雷鳴だけがどんどんと激しさを増していた──それはまるでサンの心境を表すように。
 ルトーの遺体をかき抱き、銀髪の少女は雷にも負けない程の声量で叫んだ。
「許さねぇ!! 全員! 全員! 絶対に! 許さねぇ!!! 皆殺しにしてやる!!!!」
 その刹那、爆音のような雷鳴を伴い、一筋の雷光が彼女に向かって一直線に駆け抜け、その小さな体を貫いた。今まで味わった事の無い凄まじい衝撃に為す術のない少女の断末魔が谷底に響く。
「ウアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」



 何一つ叶わないクソみたいな人生だった。

 もし神様が存在するのなら。

 せめて一個くらい叶えてみせろよ。

 あいつらに復讐さえできればいい。

 命だって差し出そう。

 だから神様、どうかあたしに力をくれ。



































 ──────汝、我の力を求めるか──────






































 雷に全身を焦がされ、見えないはずの目に大きな鳥のシルエットが映る。眩しい雷光に包まれその姿をはっきりと捕らえることはできないが、サンはそれが声の主、つまりは神様と確信した。
 焼けた喉で声にならない声でサンは力をくれと欲す。それに応えるように鳥の影も空に向かって鳴いた。

 ────さあ、その手に我が剣を────

 次の瞬間、光が収束した。雷が落ちた所に焼け焦げた少女はいない。代わりに眩しいくらい明るい黄色の衣を纏う少女が立っていた。変わったのは服装だけではない。銀色だった短髪は衣に負けないくらい黄色味の強い金髪となり、憎しみを宿す翡翠色だった瞳は黒く染まっていた。
 そして彼女の前には大きな黄色の鳥ポケモンが羽ばたいていた。電気を纏い空を自在に飛び、雨雲を伴い裁きの雷を落とすポケモン──その者、サンダー。
 サンダーは力を手にした少女を一瞥し、一声鳴いて飛び立った。それだけで少女は不思議とこの力の事を理解した。彼女は気づけば手にしていたサンダーの翼を模した片手剣を握り締めた。
「これで……ルトーの仇を討てる。待ってろ、ルトー。すぐに終わらせてやるから」
 こうして幻剣【三鳥天司・雷電】を手にした少女は復讐に駆られるままその場を飛び立った。

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