第十節 皇帝は未だ座す

しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
 
ログインするとお気に入り登録や積読登録ができます
読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「『氷の四天王フキ・バーバトス、宣言通りの一発K. O. でコンテスト優勝』……って、フキちゃん本当にこれコンテスト優勝したときのネットニュース? プロレスか何かの試合じゃなくて?」
「うるせえ、あん時もう体ガッタガタだったんだよ」

 場所はリリーが住んでるマンションの一階下、ウユリ姉さんが買った一室の、彼女の体に合わせた大きなベッドの上。姉さんの膝を枕に一歩も動けずにいた。
 そこに呆れた表情でやって来たのは、ついさっきまで情報収集に勤しんでいたであろう疲れた様子のリリー。スマホの画面をこっちに向けながらやれやれ、と肩をすくめている。
 強がってはいるが命の危機に瀕した身だ、まだ脚が小刻みに震えていた。

「それにしてもリリーさん大丈夫なんですか? あんな事故があったのに」
「あー……それ聞いちゃう? 死ぬほどクソ忙しいよ? 怪我人こそフキちゃんが瓦礫を全部巻き上げちゃったから居なかったけどもう方々から鬼の電話が矢のように飛んできてるのよ。警察、クレーム、遠方からの心配もあればフキちゃん目当てのオカルティック団体まで。もう対応に火の車だよ」
「んだったらなんでお前がこんな所に……いや、ほっぺが赤いな。熱を出しそうだから事務の奴らに放り出されたってところか」
「うう……不甲斐ないけどその通りだよ。でも、そういうフキちゃんだってクタクタじゃないか。ボクより大変そうに見えるけど?」
「うるせえ」

 あの後、優勝トロフィーを受け取り気合でスピーチに応えたアタシ。あそこで倒れたらまた不安がぶり返してしまう。
 それはマズいと痩せ我慢でどうにかリーグの選手入り口までは歩いて行ったが、そこでとうとう力尽きると地面に倒れ伏した。
 そこをオレアとウユリ姉さんに発見され、ここまで背負われ連れ去られると、シャワーまで世話され気づけば膝の上にいる。
 何故だかアタシの背丈にピッタリな服が用意され、姉さん手ずから着せ替えられてはいるが、今は追求する気力がない。
 全身が筋肉痛というか、重だるく動かそうとすればビキッと嫌な音が鳴るため、姉さんの成すがままに頭を撫でられていた。
 オレアはといえば、気まずそうに部屋の端っこに視線を向けている。

「あの体力自慢のフキちゃんが、ここまで弱ってるとなんだかボクの方が調子狂っちゃうよ。このあと二人には事件の聴取を受けて貰わなきゃなんだけど……特にフキちゃんは大丈夫?」
「あー……面倒は先に済ませちまいてぇ。今起きあが……痛っ」

 どうにか体を起こそうと腹筋に力を入れれば、肺の奥が引き攣ったような痛みが走り、すぐさまウユリ姉さんの柔らかい太ももへ返り咲く。

「悪ィ……ちっと動けそうにねえ。情報は鮮度が命だ、ポリ公に来させることは出来ないのか?」
「まあ大丈夫だと思うけど、ウユリさんは構いませんか?」
「あら、それならお客様のおもてなしが必要だわ。執事に甘いお菓子を持って来て貰わなきゃね」
「はみみ!?」

 『お菓子』の言葉に反応したユキハミが叫びをあげ、アタシの顔面を踏みつけながらウユリ姉さんの元へと近づいていく。
 どんどん収拾がつかなくなる中、アタシはもうどうにでもなれ、と両手を投げ出すのだった。


◆◇◆◇◆◇◆


「それで、どうして事情聴取に来たらお茶会の準備が出来上がってるんですか」
「まあまあシナノくん、先方のご好意なんだから、断ったらそれはそれで失礼だよ。ここは穏便に、ね?」

 1時間くらいしてやって来た国際警察二人組は、ウユリ姉さんの使用人たちがどこから持って来たんだか、クッキーなどのお菓子をケーキスタンドに並べられている。
 使用人たちはぞろ雁首並べて部屋の端っこに並んでおり、彼らのパートナーであるイエッサン達が紅茶を淹れながら、客人たちが来るのを今か今かと待ち構えていた。
 だからこそシナノら国際警察が部屋に入って来た瞬間、イエッサン達はわらわらと彼らの世話を焼きに集まって団子になっている。
 ああ、頼りないから世話のしがいがあるのだろうか。確かに姉さんはしっかりしてるし、ダメダメそうな人間も珍しいのだろう。
 その光景を見ながらアタシはもう何枚目になるかも分からないクッキーを口の中へ放り込んだ。ある程度ものを食ったら、まだ気怠いが体が動かせるようになり、それでまた食べ物を口に放り込む無限ループの出来上がりである。

「それで、コンテスト帰りの警察官サマがわざわざ足を運ぶってのは何事だ? 事情聴取だったらウチの地元のサツが手早くしていったぜ」
「あなたの雑な報告書じゃよく分からなくてここまで来たんですよ。なんですか『紫っぽいスピアー』『黒くてデカくて口がある奴』って。幼稚園児の感想文か何かですか。それに、貴女には銃刀法とかそもそもなんで天井を真っ二つにできるのかとか、聞きたいことが山ほどあるんです!」
「あーはいはい、そういう話はまた今度にしてくれ。マジに全身筋肉痛なんだ、そう耳元でキーキー叫ばれたら頭まで痛くなって来ちまう」

 カイドウが部屋の隅っこでイエッサン達にお菓子を押し付けられている中、ちびっ子警官のシナノは色々な意味で深くため息をつく。
 そうして可愛らしいポシェットから綺麗に折り畳まれた書類を取り出すと、アタシの目の前に差し出してくる。

「ま、そんな優勝者サマのことを気遣えるマーベラスに優秀な僕なので。ウユリさんと貴女が見た生物、もらった報告を読んでピンと来た奴がいるんですよ。この写真の生物、見覚えがありませんか?」
「おっ気がきくじゃねえか。警察学校で処世術でも習ってきたか?」
「はっ倒しますよ」

 差し出された書類を見てみると、そこには印刷された二枚の写真。
 どちらも粗く、お世辞にも綺麗な写真とは言えないし、被写体だって画面端に小さく写っているだけだ。
 だが腹部に開いた大口や、どこか無機物チックな瞳などは辛うじて判別することが可能であり、それっぽいかと言われれば、それっぽいという感じである。

「おーこれこれ、こんな感じのポケモンだったなぁ。姉さんどう思う?」
「そうそう、紫色の子、お腹に注射針みたいなのくっついていたわ」

 アタシの方にこてりと顎を乗せた姐さんは、写真を見てうんうんと頷いていた、
 ふわりと蜂蜜の匂いがするが、もはやこの程度よくある事だ。

「はぁ……そうですか。やっぱり……」
「あっシナノくん、どうだったのっ? できれば助けて欲しいんだけあっシナノくんっ!」

 イエッサンにもみくちゃにされ、再び沈んでいったカイドウとやらには目もくれず、彼は短い付き合いでは見たこともない程の険しい顔つきになった。
 しばらく自分で持ってきた資料を眺めていたシナノだったが、やがて短く息を吐く。決心した顔つきでアタシたち、そしてリリーの方にも何故か視線を向けると、やがてポツポツと喋り始めた。

「この“生物”は厳密にはポケモンじゃありません。ウルトラビーストと呼ばれる、別次元の生命体です」
「は? ポケモンじゃねえってどういう」
「ひとまず黙って聞いてください。いいですか、この紫色の生物はコードネームUB:STINGER、仮称としては『アーゴヨン』。そして大口を備えているのはコードネームUB:GLUTTONY、同じく仮称『アクジキング』です」

 その言葉を聞いても、アタシの頭にはそんな名前は一切記憶されておらず、どうにも全然ピンとこない。
 リリーもウユリ姉さんも首を振っているし、オレアに関しては……好奇心で目を光らせている。コイツも多分知らないのだろう。

「おい、アタシら全員聞いた覚えのない名前だが……」
「当然です。最近アローラ地方で発見された別次元……というより、別の『世界』の生物です。一介の国際警察ではそもそも知らされてすらいない、超特級の秘匿事項ですからね」
「へぇ……それをどうしたって、そんなチビ助のお前が知っているんだ?」

 その言葉に、シナノは瞳に確かに、ドロリとした憎悪の色を覗かせる。路地裏ですれきった、人を信じないポケモンのように。

「このウルトラビーストを利用した少数精鋭のテロ集団を、国際警察は最重要追跡目標として、目下多くの人員をさいて捜索中です」
「それが、このヌクレア地方にいるっていうんですか?」

 リリーはいつものポヤンとした雰囲気ではなく、経営者の顔になってシナノの話を促していく。コイツにとって、この街の危険は人一倍敏感なのだ。

「相手はその人数ゆえに、基本的には大きな表舞台には姿を表しませんでした。この地方にいる“かもしれない”という細い情報で配属されました。ですが今日、奴らは初めてあんな大勢の前に姿を晒しました。そう、初めてです」

 シナノはそういうと、アタシに食い入るように顔を近づけながら徐々に語気を強めていく。
 その様子にリリーもオレアも少し気圧されているが、チビ警官がそれに気づく様子もない。

「四天王フキ、貴女は奴らを見たというなら、可能な限り僕たち国際警察への協力する必要があるんですっ。いいですか、相手をよく見ていたのは、天井を切り開いた貴女だけなんです!」
「ま、まあまあシナノくん、感情的になっちゃだめだよぅ。フキさんだってお疲れのはずだからね、ほら落ち着いて。大きく息を吸ってー、吐いてー」

 イエッサンの群れからどうにか抜け出したカイドウは、アタシと額が重ならんばかりのシナノの肩を掴んで落ち着かせた。
 シナノはそこでハッと我に返ると、軽く頭を振ってから目を瞑る。誰に向けたものなのか、行方の知れないため息をつくと、元気はないが先程までの勢いも鳴りを潜めていた。

「それでよ、結局お前がそのなんだっけ……ウルトラビースト? とやらを知ってる答えにはなってねえじゃねえか。それもお前みたいな飛び級ヒラ警官に」

 カイドウはその質問にワタワタと慌てた様子を見せるが、シナノは逆に行きすぎたほどの落ち着きを見せていた。

「その組織の名前は『亞人器官』」

 シナノはそう言うと、その反応は様々。リリーは真剣に、オレアはどこか間抜けな表情に。姐さんは普段と変わらないが、腹の中で何を考えているかは分からない。
 シナノはそんな各人各様の反応を気に留めず、なおも言葉を続ける。

「お父さんにお母さん……家族の仇であり、唯一その犯人の顔をはっきり見たのが、この僕です」


◆◇◆◇◆◇◆


 薄暗く寿命が近い、ときおり明滅する蛍光電灯。
 埃臭い、どこから電気をとって来ているかも不明なボロボロの廃ビル。その階段をカツカツと二人分の足音が木霊した。
 金色の無精髭を備えた男と、前髪を重く伸ばして爪を噛む青年。二人は建物の最上階へ辿り着くと、元は社長室だろうか。一際大きな両開きの扉が設置された部屋の前までやってくると、ギィギィ錆びたドアの蝶番を軋ませて。部屋の中へと入っていく。

「よぉ、おじさん言われた通りにやって来ましたけど、本当に良いんですかい? ウチら今まで目立たずこっそり確実に、がモットーだったのに。こんな派手にやっちまえば目ぇつけられますぜ?」
「ぼぼ、僕、あんな、たくさんの人がいる前に出たの、はじ、初めてだった」

 暗がりの向こう側、どこからか盗んできたであろう大きな椅子。そこに座る人物は、あかりの灯っていないこの部屋では影になってその容貌は分からない。

「別に、構わん。それで結果は」
「言われた通り、ありゃ人間のできる範疇超えてますぜ。フェーズ1って言うんですか? ありゃヒトが出しちゃいけねえ領域ですよ。ほら見てください頬の切り傷、宙に浮いていたってのにここまで届くって」

 彼が思い出すのは、天井の崩落を上から確認していたとき。
 突如として天井が裂け、その剣閃は頬を薄皮一枚ではあるが、たしかに鋭く傷つけていた。今思い出しても薄ら寒い力の一端、ぶるりと遅れて背筋に鳥肌が立つ。

「それじゃ、おじさんのお仕事はひとまずお終いって事で良いですかね?」
「ああ、ご苦労だった」

 手短な青年の声。それを聞き遂げると2人はそそくさとその部屋を後にする。
 しっかり離れて三階分下ったところで、ようやくどん詰まっている息を吐いた。

「はぁ……それにしても息が詰まるねぇ、うちの『皇帝』サマは。おじさん息が詰まっちゃう」

 そういった彼の頬を、服の袖から這い出てきたヤトウモリがペロリと舐めた。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想

感想の読み込みに失敗しました。

 この作品は感想が書かれていません。