【第150話】復元される罪状、遺された傷跡

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください


ガラル地方のエンジンシティで生まれた育ったある少年……エンビという人物の過去の話。


生まれながらにして優秀だった少年は、人生で生まれて一度も失敗を犯したことがなかった。
挫折を経験したことがなかった。

父親は外交官、母親は高名な考古学者……という凄まじいエリート家庭に生まれた彼は、あらゆる教育を受けてそれを完璧にこなしてきた。
頭脳明晰、身体能力抜群……その長所を挙げれば枚挙に暇がない。
加えて人柄もよく、多くの友人にも恵まれていた。
その人柄の良さも相まって、8歳の頃には旅行先のシンオウ地方で、初めてのポケモン・ヒコザルを仲間にしていた。
トレーナーとしての素質も、彼は凄まじいほどに秘めていたのだ。



彼が12歳になったある時。
ガラル地方に不法侵入をして大使館送りにされた異国人2名が脱走した、との知らせが入ってきた。
その大使館は、エンビの父親が勤めている職場の1つであった。

エンビはそこで、その脱走者を探す役を買って出る。
実際、彼ほどの腕があればそこまで困ることはなかった。
相棒のヒコザルと、ワイルドエリアで捕まえてきたヤジロンの2匹の手を借り、彼らはエンジンシティ中を駆け巡る。
そして僅か2時間のうちに、彼らはとある工場を見つけ出す。
水路に面した中小化学工場だったが、黒い噂の絶えない場所ではあった。
やれ「ワケありな元犯罪者を格安でブラック労働させてる」だの、「覚【自主規制】剤の密造・販売を行っている」だの……枚挙に暇がない建物なことは確かだ。

その建物に、ヤジロンが犯罪者らの痕跡を見つけた。
エンビはヒコザルに先回りをさせ、逃走用の密航船のエンジンをお釈迦にさせる。
その隙に、ヤジロンのテレポートを利用しながら従業員の目をかいくぐり、逃走者を追い詰めていく。
そしてついに、彼らはその姿を捕らえたのだ。
あとはこの2人をシバいて、大使館まで送還するだけだ。
ひとまずは武力を削ぐため、自然的に流れはバトルに移行する。

エンビとポケモンたちは奮闘し、彼らの繰り出したシズクモの群れを相手に大きく善戦する。
『バブルこうせん』の弾幕を『アクロバット』で切り抜け、防御が薄くなったところに『かえんほうしゃ』を叩き込む……
加えてヤジロンの回転とワープに依る高速移動が、標的の居場所を錯乱させる。
吹き上がった炎の勢いが、『サイコキネシス』の補助で更に勢いを増す。

その手際の良さは目を見張らんばかり……相性差も数の差も圧倒する戦いぶりである。
それはまさに一流トレーナーのそれだった。
こうして勝負に片が付く……と思われたその時であった。
なんとシズクモが最後の置き土産と言わんばかりに『ミラーコート』を貼って、ヒコザルの『かえんほうしゃ』を反射してしまったのだ。
放射状に、無差別に。

ここは化学工場だ。
医薬品を扱うような場所であるがゆえ、パイプには多くの原油やガスが通っている。
何が起こるか……

そう、工場が大爆発を起こしてしまったのだった。

またたく間に爆炎が上がり、密閉空間の工場には一斉に黒煙が広がっていく。
換気性能も避難経路もしっかりとしていなかった建物内で、被害は迅速かつ甚大に膨れ上がっていった。
エンビは後悔した。
己が戦いに夢中になるあまり、相手がヤケの一手を打ってくることを……周囲に被害が及ぶことを、一切考慮していなかったのだ。

だが迷っている暇はない。
彼はすぐに炎の中を駆け抜け、工場の外壁へたどり着く。
そしてヤジロンの『ドリルライナー』で穴を開けさせ、脱出経路を無理矢理に作り出した。
煙を吸って倒れている従業員が何人かいたが、それも皆炎の中エンビが助け出した。
己の罪を悔いながら、彼はその背に人の身体の重みと冷たさを感じていた。
煙で意識が朦朧とする中、ただひたすらに走り回っていたのだった。


……その後消防隊が駆けつけるも、化学薬品が発火源であるその火の勢いは、三日三晩衰えることはなかったという。
懸命な救助活動が行われたが、死傷者も複数名出たとのことだ。

エンビはというと……
彼は称賛された。
工場から多くの人を救っただけでなく、犯罪者2名の捕縛に協力した英雄として。
同級生や身内の間では噂がもちきり……更には警察からも表彰され、彼は持て囃されるようになった。
だが、そんな彼の心持ちは決して穏やかではなかった。
それどころか……ずっと罪悪感に苛まれることになったのだ。

「(違う……俺が殺したんだ……多くの人間を……この手で……!!)」

自身の罪の意識が、周りの評価との摩擦で更に増大していった。
自らの奢りを否定することを、周囲の声が更に否定してくる。
もしかしたらあの事件の詳細が、親の権力で書き換えられた可能性すらある。
そう考えたら、更に耐え難くなった。
こうして誰にも理解されない苦しみに彼は……ずっと悶えることになっていたのだ。

中学の後期になってからは、彼は人助けをしながら生きていた。
己の中の苦痛を誤魔化すかのごとく、懸命に、人のために尽くした。
……決して純粋な善き心からではなく、衝動的な憎悪に駆られて。

そんな姿が、ある『少女』の目に留まり、気に入られたのだろう。
彼は高校に入学して以来、『ブレザ』と名乗る少女に積極的なアプローチを仕掛けられることとなる。
前述のように持て囃されることを良しとしなかった彼は人と関わることを極力避けていた。
もちろんブレザのことも快くは思わなかったが……それでも。
どことなく予感がしていたのだ。
他の人々が気づいていない、エンビの心の奥底の靄に……彼女だけは気づいているかもしれない、と。

……その予感は当たっていた。
遊園地にまでデートに行った時、エンビはその真意を聞き出すことに成功した。
「うん、知ってるよ。エンビくんがあの大火事のことで悩んでた……って。」
「……そうか、やはりな。」
ブレザは全て見ていたのだ。
エンビという少年が行ってきた事の全てを。

「でもね……『人の罪』はなかったことになんてならない。大小どんなものであれ、一度犯した過ちは消えないんだよ。」
ブレザの表情が険しくなり、エンビを強く睨みつける。
「………ッ」
その勢いに飲まれ、エンビは固唾を飲んでしまう。

「……ふふっ、なんてね!」
その様子を見たブレザが、思わず吹き出した。
「……。」
「きっとこれでしょ?キミの言ってほしかったコトって。」
先ほどとは打って変わって、彼女の表情はとても優しいものになっていた。
まるで全てを見通し、それでもなお受け入れるかのような……そんな目だ。

「キミは自分の犯した過ちをきちんと認識している。それに向き合って生きているんだよ。それが最善ならそれでいいじゃない。」
「……俺が殺した人間の命は戻らないぞ。」
「だからこそ……キミはちゃんと楽しんでいきなきゃいけないんだよ。」
その微笑みかける彼女の顔に……エンビは得も言われぬ感情を覚えていた。
「ッ………。」
初めてだった。
己の弱さを見抜いてくれる人間は。

「……お前は他の奴とは違うようだ。」
「でしょでしょ!?もっと褒めてもいいんだぞ!」
渾身のドヤ顔を決めた。
その顔が……エンビにはとても暖かく感じられた。
彼女のことを心から、信用に足る人間だと思っていたのだ。

……その正体にも、その好意にも気付いた上で。


ブレザと過ごすうちに、エンビには目標が出来た。
彼はポケモントレーナーとして旅がしたくなったのだ。
世界には、自分より強いトレーナーが大勢いるはずだ。
そういった人物と正面からぶつかりあえば……自らが正しい評価をされると思ったのだ。

人の命を救えなかったような無力な自分が、不当に良い評価されるようなこの環境にはうんざりしていた。
彼はもっと広い世界に全力でぶつかり、そして正当な結果を見たかった。
『敗北』を本当の意味で知れば……己の罪と向き合って生きることも苦ではなくなるかもしれない。

だがその瞬間は……最も大切な人に見ていてほしかった。
だからエンビは、ブレザを……否、ザシアンをトレーナーの旅に連れて行こうと考えていた。
きっと彼女なら、快く受け入れてくれるだろう……そう考えていたし、きっと間違いではなかっただろう。
あのザシアンなら、そう提案されればきっと二つ返事だったはずだ。

……そう思ってた矢先。
エンビは丁度、彼女に呼び出された。

深夜、件の工場跡地にて。
ブレザは姿を表す。
そしてその幻影を解き、元の姿……ザシアンの姿を晒した。
「……やっぱり、驚かないんだね。」
「まぁ、なんとなく気付いてはいたからな。」

彼女がその秘密を打ち明けたことに、ある意味では安心すらしていた。
きっと彼女から、この上なく信頼をされているのだろう……そう感じられたからだ。
だからエンビは、己の胸の内を打ち明けようとした。

だがそうする間もなく、ザシアンは飛びかかってきた。
「……!?」
「……ごめんね。時間がないの。」
そしてそのままエンビを背中に担ぎ上げると、どこか遠くへと高速で走り去って行ってしまったのだ。


走ること小一時間。
たどり着いたのは森の奥……カレンデュラの咲き乱れる花畑。
そこで降ろされたエンビは気づく。

「お前……まさか……!」
……ザシアンの身体が既に綻びていたことに。
……彼女の身体が、寿命を迎えたことに。
「……もう限界だったんだ。今日くらいかなーって思ってたら、当たってたみたい。」
「ちょ、ちょっと待て……!それじゃお前……!」
「……そうだよ。とっくに寿命は迎えてたはずなんだよね。」
そう言いつつ彼女の身体は、徐々に朽ちていく。
老齢の身体が、崩れ始めたのだ。

「私も駄目だなぁ……独りで死ねばよかったのに……どうしても何かを遺したくなっちゃって……好きな人の心に……」
「お……お前………!」
エンビはその場に立ち尽くす。
自分ではもうどうしようもないことは、火を見るより明らかだった。
……彼はまた無力だった。
他人の命の次は、彼女を救えなかった。

「でも……エンビくんならきっと向き合ってくれるもん。自分の……心の傷と……」
「ぶ……ブ……レザ……!」
ザシアンの声が、徐々にか弱くなっていく。
あれだけ明るかった彼女が、嘘のように。

最後の力を振り絞り、ブレザは己の前に錆びた剣を生成する。
「……お願い、エンビくん。最後に……これで私を殴って。キミの手で、死にたいんだ……」
「ふざけるなッ……そんな……そんなこと………!!!」

出来るわけがなかった。
自分の隣人を傷つけるなど……あまつさえ殺すなど。

でも……やるしかなかった。
「ただ見ていただけ」「自分は何も悪くない」……そんな意識を微塵でも抱いてしまうくらいなら。
いっそこの手で彼女を屠ればいい。
明確に命を奪った悪人として、堂々と生きていけば良いのだ。
そうでないと……その先、彼は生きていけなかった。

この介錯は……彼女なりの気遣いだったのだ。
「う……うわああああああああああああああッ!!!!!」







エンビの叫び声と共に、夜の森に雨が降り始める。
そしてその時には、彼はそこにいなかった。
剣を振り下ろすや否や、彼はこの場を飛び去ってしまったのだ。

遠くの空へ消えていくエンビの姿を、まだ息のあるザシアンは虚ろな目で見届けていた。
……エンビの手で、致命傷に至れなかったのだ。
「………ふふ……駄目かー……あの子、優しいもんなぁ……。ずっと……私のこと……覚えて生きていくんだろうなぁ……」





ーーーーーーーそうありたかった。
俺は絶対に、忘れてはいけなかった。
どれだけ辛かろうと、俺は覚えていたかった。
工場のことも……ブレザのことも。

その過去を己の屈辱で証明するべく、俺は敗北を求めた。
これ以上無い、完璧な敗北を求めて……そしてジャックと出会った。

1年後……ジャックと本気の一戦を交える中で、俺は希望を見出していた。
これでようやく……ようやく俺は、弱者であることが証明される。
工場で多くの人を殺し、ブレザを手に掛けた悪人として……証明される。
彼は間違いなく……かけがえのない戦友だ。
それはお互いに感じていたことだった。


だが、俺はジャックを失った。
新しく得たばかりの友をも……俺は取り零した。
これで過ちは3度目だ。


そして俺は獄炎のSDに手を伸ばして……その時に初めて。


俺は記憶を失った。
大事な2つの過ちにまつわる記憶が……SDの適合と共に消えたのだ。

その理由は至極単純だ。
俺が弱かったからに他ならない。
心の奥底で、今すぐにでも忘れ去りたいと思っていたからだろう。

……しかしだ。
自ら捨てた過ちの記憶を、探す動きもきっとあった。
その結果、SDのせいで記憶がぼやけていく中で……俺はより強く、こう願うようになってしまった。


『敗北を知りたい』と。


その言葉の理由も意味も覚えていないのに……まるで呪文のように頭を駆け巡っていた。
衝動だけが収まらなかった。
そうしてバベル教団に加担し、裏切り、SDの力を失い………










今、俺は全てを思い出した。
自らの過ちを、余すこと無く。

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