第56話:昇格試験、再び――その5

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 可愛らしい仕草でチラチーノに甘え、葉っぱの宝石を一度は手にしたシアンだが、“くすぐる”を受けて葉っぱの宝石を手放してしまった。シアンはなんとか呼吸を整えると、宝石を奪い返したチラチーノを睨みつけた。

「もうっ、チラチーノさんの意地悪ーっ! いたいけな子供に手加減ナシなんて、酷いヨー!」
「あら。シアンだって、可愛さを武器にして、なかなかズルい手を使ってくれたじゃない」
「むぅー! もう、もう、アレは使わないモン。正々堂々、勝負するヨー!」

 明らかに自分が受けた被害の方が大きい気がするが、チラチーノに“ズルい”と言われて反論はできなかった。シアンはぷりぷりと怒り頬を膨らませながら、真っ当な戦闘を再開させた。

「“バブル光線”!」
「きゃ、危ないわねぇ」

 シアンは多数の泡をチラチーノに吹き付けた。滑るような身軽な動きでチラチーノは攻撃を回避するが、彼女の内心は穏やかではなかった。距離をとられたまま、シアンの特殊攻撃に追われる。物理攻撃の方が得意なチラチーノにとって不利な状況であった。

「くっ、“スピードスター”!」

 泡の不規則な軌道は、回避の難易度が高い。チラチーノは攻撃を相殺し、見事打ち消すことに成功した。ホッと一息つくが。

「逃がさないヨ! “渦潮”!」
「きゃあ!」

 シアンは潮水を細長く操り、チラチーノに巻き付けて拘束した。身動きを封じられたチラチーノに、シアンは短い足でスタスタと迫ってくる。ぷくりと柔らかい頬は膨らんでおり、まだチラチーノから受けた仕打ちを根に持っているようだった。

「うぅ。ズルい手を使わなくても、ちゃんと戦えるんじゃない」
「むーっ! シアンはズルくないモン! これ以上シアンを怒らせちゃうと、怒っちゃうヨ!」
(怒り慣れていないのね……)

 語彙力の限界が訪れ、シアンはただぷんすかするだけ。迫力も威圧感もまるでないが、柔らかいお腹が膨らんでいた。――息を吸い、攻撃の準備をしている。
 このままでは、やられてしまう。チラチーノが危機感を募らせたが、シアンの攻撃が放たれることはなかった。

「“マジカルリーフ”!」
「キャアア!」

 シアンの背後から声が聞こえる。振り返るより早く、シアンは無数の葉っぱに切りつけられていた。チラチーノが使えるはずのない技に、シアンは悲鳴を上げて弾き飛ばされる。
 うつ伏せに倒れるシアンに、彼女はゆっくりと近づいてきた。

「危なかったですわね、チラチーノ」

 声の主はロズレイド。ホノオと戦っていたはずなのだが、こちらに加勢してきたということは――シアンは嫌な予感に襲われる。

「アレ、ホノオは……?」
「彼は、調子が悪かったようで……残念ですが、戦闘不能ですわ」

 自分がホノオを突破した。功績を語るはずのロズレイドの口調は、何故か酷く重々しかった。申し訳なさそうに、ロズレイドは薔薇の花が咲いた手先を後方に向ける。シアンが示された方を向くと、傷だらけのホノオがうつ伏せに倒れていた。

「ホノオ!」

 痛手を負った身体で、よろめきながらシアンはホノオの元へ駆けだそうとする。そこでチラチーノが“渦潮”から解放されてしまい、シアンの行く手を阻んだ。

「友達想いなのね、シアン。私を忘れるほどにね!」
「あうっ……!」

 直後、チラチーノの“スイープビンタ”がシアンの頬を捉えた。シアンの試験の記憶は、ここで途切れてしまった。




 一方、時間をさかのぼり、ヴァイスとオオタチの戦闘。さすがにオオタチも、ヴァイスの虐めすぎを反省したようで、ヴァイスの呼吸が整うまで情けをかけてあげていた。再び戦況が停滞。

「はあ、はあ、はあ……。うぅ、お腹痛いよぉ……」
「あははー、ごめんねぇ。ヴァイスの反応がすっごく可愛かったから、もっと虐めてみたくなっちゃって。お腹も柔らかくて、なんだか触り心地が良かったから、つい……てへ」
「てへ、じゃないよ……」
「え」
「てへ、じゃないッ! もう、怒ったぞ。本当に本当に、怒ったんだからぁ!」

 ヴァイスのしっぽの炎が、怒りでごうごうと燃え上がっている。度を越した意地悪が逆鱗に触れてしまったのだと、オオタチが悟った頃にはヴァイスの攻撃準備は万端に整っていた。

「“火炎放射”ーっ!」
「きゃあっ!」

 怒りを火炎に乗せ、ヴァイスはオオタチを攻撃する。“くすぐる”で物理攻撃の威力はトコトン下げられたものの、特殊攻撃は衰えていなかった。オオタチは細長い身体でするりと身をかわすが、灼熱が頬を掠めて心がヒヤリ。せっかくヴァイスの防御力を下げたのに、近づく術を見いだせないでいた。
 ――このまま回避を続けて、ヴァイスの消耗を待とうか、とオオタチは考えるが。

「逃がさないぞ! “火の粉”連射!」
「あわわわわ!」

 ヴァイスは消耗の少ない攻撃を連射する作戦に切り替えた。小さく無数の火の粉を振りまき、オオタチを追い詰める。とうとう、オオタチの背中に火の粉のシャワーを浴びせることに成功した。怯むオオタチに、続けてたたみかけようとするヴァイスだったが。

「させないわ! “叩きつける”」
「うっ……!」

 背後から声が聞こえたかと思うと、頭に強い打撃を受けた。防御力が低下した身体に鈍痛が染み渡る。当たり所も悪かったようで、ヴァイスの視界がぐらりとまわる。そのまま、電池が切れたようにぷつりと倒れてしまった。

「危なかったね、オオタチ」

 ヴァイスを“叩きつける”で仕留めたのは、シアンを倒したチラチーノだった。彼女のそばにはロズレイド。シアンとホノオが倒され、2つの宝石が救助隊ジュエリーの手の中にあることを示す状況だった。

「ありがと、助かったわチラチーノ。戦い方も、参考にさせてもらっちゃったしね」
「は、はぁ。あなたのことだから、ヴァイスに相当な意地悪をしたんじゃないでしょうね?」
「嫌ねぇ人聞きの悪い。ちょっと虐めてあげただけよ。ちょーっと、ね」

 オオタチとチラチーノが、小突き合いながら軽口を叩く。

「これで、救助隊キズナは3名が戦闘不能。残りは――」

 ロズレイドは倒れたヴァイスから視線を移し、セナをまっすぐに見つめた。




 時はさかのぼって、セナがマリルリの激しい“転がる”をなんとか防いだ頃のこと。宝石こそ手に握るものの劣勢の彼は、必死に戦略を考えた。

(どうしようか……? マリルリさんの物理攻撃は強力な上に、オイラの水技は相性が悪い。“水技の威力をあげる”と、きっと攻撃も通るんだろうけど……)

 セナはマリルリを睨みつける。痛みを伴う作戦かもしれないが、身体が痛んでからが、この戦いの本番なのだろう。覚悟を決めると、あえて彼女に接近して物理攻撃を仕掛けた。

「“アクアテール”!」

 しっぽに水を宿し、荒波のようにマリルリに叩きつけようとした。しかし。マリルリは迫るセナのしっぽを、両手で挟んでいとも簡単に止めてみせた。しっぽを掴まれたまま、セナは宙ぶらりん。

「うわっ!?」
「ビックリした? 私、“力持ち”なの」

 言うと、マリルリはいとも簡単にセナの右手から“葉っぱの宝石”をぶん取った。畳みかけるように、そのままセナをぶんぶんと振り回し、思い切り地面に叩きつける。さらに自らのしっぽにも、セナのように水を宿す。

「“アクアテール”とはこういうものよ!」

 思い切りしっぽを降ると、セナの腹部めがけて振り下ろす。岩をも砕く激流のように。

「っあ……!!」

 セナは絞り出すような、痛々しい叫びを上げた。肺にろくな空気も入っていないにもかかわらず、止まらぬ咳に苦しむ。

「げほげほッ……! けほっ……はあっ! はあ、はあ……」

 ようやく息が吸えるようになったところで、セナは喘ぎながらもホッとした。しかし、隙だらけのセナを、マリルリは見逃さない。

「“転がる”!」

 再び身体を丸めてマリルリは猛突進。一度“丸くなる”で身体を滑らかにしたせいで、よりスムーズに、勢いの良い突進が可能となっていた。
 セナは先ほどと同じく、“ハイドロポンプ”でぬかるみを作ろうとした。しかし、呼吸が乱れる中で生み出す水流は予想以上に微弱。水たまりをはじいて突撃してくるマリルリに、その身を弾かれた。

「ぐっ……」

 当たり所の関係で、地面に水平に飛ばされた。重力がセナの高度を落とすと、セナは地面に引きずられた。しっぽが摩擦の熱に痛めつけられ、声にならない悲鳴をあげる。マリルリは折り返して進行方向を変えると、さらに速度をましてセナに突っ込んできた。苦痛でギュッと目をつむっていたセナはそれに気がつかず、さらに強く轢かれた。
 さすがにこれ以上激しい攻撃を受けたら、反撃する前にやられてしまいそうだ。そう悟ったセナは、唯一自分が残した防御手段“殻にこもる”を使用した。再び、マリルリによる攻撃を受ける。頭が酷くガンガンしたが、直接攻撃を受けるよりもダメージがかなり軽減された。

「そっか、“殻にこもる”は水タイプの技だもんね」

 これ以上“転がる”を続けると目が回ってしまう。限界前に攻撃を中断したマリルリが言うと、セナは甲羅から出て、呼吸を整えながら頷いた。全身が傷に悲鳴を上げる。そろそろ、“激流”が発揮されるだろう。その事実に、セナだけでなくマリルリも気がついてしまった。

「呼吸が整う前に倒してあげる。“滝登り”!」

 急激な滝を一気に登るような凄まじい勢いで、マリルリはセナに向かって突進してきた。セナは“泡”を繰り出してみたが、マリルリがあげる水しぶきに泡があっけなく割られてしまう。セナは、とっさに思いついた賭けに出ることにした。

「“アクアリング”」

 癒しの水をまとって体力を少しずつ回復しながら、続いて“殻にこもる”。これで、マリルリの攻撃を乗り切ろうとした。パカーンと気持ちの良い音と共に、セナの甲羅は弾かれた。甲羅の中で頭をぶつけ、衝撃が走る。甲羅は地面に引きずられ、やがて止まった。

「やりすぎちゃったかしら?」

 マリルリが動かぬ甲羅を見つめながら近寄ってくる。そのまま中を確かめようとしたとき。甲羅がコトっと揺れると、セナはゆっくり頭と手足を出し、よろめきながら立ち上がった。“アクアリング”の回復がダメージを抑え、どうにかマリルリの攻撃を耐え切ったようだ。
 呼吸こそ酷く乱れているものの、セナはまだ戦える。それを確認すると、マリルリは容赦せずに再び攻撃をしかける。

「もう一度、“滝登り”!」

 セナは冷静にマリルリを見つめ、しっぽに水を宿す。

「“アクアテール”!」

 身体をそのものをマリルリの軌道から外すと、しっぽでマリルリを打つように思い切り叩きつけた。特性“激流”のおかげで、しっぽが荒れ狂う滝のようにマリルリを押し流した。

「キャっ!」

 押し負けたマリルリは、低空飛行で勢いよく吹き飛んだ。身体が地面に引きずられ、顔を歪める。

「はあ、はあ……ふう」

 マリルリが遠ざかったスキに、セナはやっと呼吸を整えることができた。ここからが、チャンスだ。セナは作戦を決めた。宝石と戦闘、2つに気を取られていると失敗する。まずは戦闘に勝たせてもらおう。宝石はそれから奪えば良い。

「“水の波動”!」

 セナは輪の形の水を噴射した。水はマリルリに当たると細かく振動し、超音波を発してぐわんぐわんと脳を揺さぶる。幸運なことに、珍しく水の波動の追加効果が効いたようだ。マリルリは超音波で混乱し、目の焦点が定まらなくなる。

「やったわね!? “瓦割り”を喰らいなさい!」

 マリルリは、自らのしっぽの先端についた、青くて丸い浮き袋に向かってぷんすか怒っている。どうやら今の彼女には、それがセナに見えているらしい。彼女は宝石を持った右手で思い切り浮き袋を叩く。当然、痛みが自分に襲い掛かり、ゴロゴロと転げまわって悶絶した。

「いったあーいっ!!」
「……ちょっと、マリルリさん。いくら混乱してるからって、そんなちっちゃい浮き袋をオイラだと思わないでよ! オイラもっと大きいもんっ! 失礼だなっ!」

 セナはぺしっぺしっとしっぽを地面に叩きつけながら、マリルリの混乱ぶりに不満げな様子。ぎゃんぎゃん吠えるように異議を唱えるセナの方を向いて、マリルリは問いかけた。相変わらず、セナには焦点が合っていない。

「ふふふー、セナ。私が右手に持っているこれ、なんだと思う?」
「え? “葉っぱの宝石”でしょ?」
「そう! 爆弾よ!」
(会話になっていないぞ……)

 混乱させた張本人とは言え、あまりの支離滅裂さにセナは引きつった苦笑い。マリルリは爆弾だと思い込んでいる右手の宝石を握り、思い切り振りかぶった。――まさか。

「そーれ、爆弾を喰らいなさい。そして爆ぜ散るがいいわ!」

 などというと、マリルリはセナに爆弾――もとい、葉っぱの宝石を投げつけてきた。投げつける、といっても酷くコントロールが悪く、宝石はひょろひょろと滞空した後にセナ2人分ほど手前に落下した。こんなに簡単に、試験の重要アイテムを頂いても良いものだろうか。そう戸惑いつつも、セナは宝石を手にする。そして、ニヤリ。こいつを攻撃に利用してやれば、自分の水タイプの技の威力を底上げできるはずだ。

「ありがとう。この爆弾、確かに利用させて貰うよっ!」

 セナは言うと、葉っぱの宝石を宙に投げ上げる。そして思い切り息を吸う。

「“ハイドロポンプ”!」

 宝石を激しい水流に乗せて、思い切りマリルリにぶつけた。葉先の尖った部分がマリルリに突き刺さる。マリルリは悲鳴を上げたが、声は激流に押し流されていった。
 息を吐き尽くすまで攻撃をすると、セナは攻めを中断する。“ハイドロポンプ”と宝石の攻撃――“パワージェム”を同時に受けているかのような衝撃に耐え切れなかったようで、マリルリはうつ伏せに倒れていた。

「や、やった……。さあ、みんなを助けに行かなきゃ」

 疲れとダメージで息を弾ませながら、セナは呟く。マリルリのそばに落ちていた宝石を回収すると、ボロボロの身体に鞭打って振り返った。そこには。

「その必要はありませんわ」

 背後に迫っていた、オオタチにチラチーノ、そして声の主ロズレイド。彼女らの手には、葉っぱの宝石が輝いている。セナは瞬時に、何が起こったか理解してしまう。ヴァイスもホノオもシアンも、救助隊ジュエリーに倒されて宝石を奪えなかったのだ。

「水攻撃だけでマリルリを倒したのね。凄いじゃない!」

 オオタチは素直にセナを称える。が、あくまでも戦闘中。セナは頬も気も緩めず。警戒状態に入った。

「しかし、残念ですわね……。他のみなさんが戦闘不能になってしまった以上、キズナが合格する方法はただひとつ。セナさん、あなたは、わたくしたちから3つの宝石を取り上げなくてはなりません」

 ロズレイドの言葉を実現させることが、いかに難しいことか――セナは考えることをやめた。無理、という結論にたどり着くのは目に見えていた。
 ――無理じゃない、大丈夫。自分よりも身体の大きい救助隊に囲まれても、生き残ってきたのだから。がむしゃらに、やってみるしかないのだ。

「やってやるよ。“波乗り”!」

 セナが手を上げると、特性の加護を受けた荒波がジュエリーに牙を剥く。獰猛に3人に噛みつき、押し流した。

「きゃああ!!」

 と、複数の悲鳴が波の中から聞こえる。この一撃で敵を倒さなくては。セナは攻撃を緩めず、とどめと言わんばかりに波を揺さぶっていった。

「くっ……はあ、はあっ……」

 波を操る体力に限界が訪れ、セナは崩れるように倒れこみ、呼吸を荒げた。限界の体力で、限界の攻撃を放った。その成果を確認すべく、力を振り絞って顔を上げた。
 茶色い毛並みのオオタチと、白と灰色の毛並みのチラチーノが、ぐったりと倒れて気絶している。しかし。もっと近くに、しゃんと立つ緑色――ロズレイドがいる。

「あ……」
「ふぅ……素晴らしい攻撃でしたね。草タイプのわたくしも、“根を張る”で回復して、どうにか持ちこたえることができました」

 マリルリとの戦闘で既に疲弊したセナが限界であるのは明らか。勝利を確信したロズレイドは、セナが自信を無くさぬように、最後に誉め言葉をかけてやることにした。
 しかし。セナはうつ伏せのまま顔だけを上げ、ロズレイドに思い切り水を噴射した。
 地面に根を張っていたロズレイドは、弾き飛ばされることなく水流に濡らされた。“激流”の効果が上乗せされていながらも、“水鉄砲”と呼ぶにも弱々しい一撃だった。

「セナさん……。あなたの身体はもう、戦える状態ではありませんね。それはあなたが一番よく分かっているはず。無理なさらないで」
「うぅ……う、う……」

 ――諦めてはいけない。まだ呼吸ができるなら、顔だけでも上げられるなら、攻撃技を放つことができるのだ。
 セナはもう一度、無理やりに息を吸って力の限り吐き出した。わずかばかりの“泡”と共に。もちろんそれらは全て、ロズレイドが器用に“毒針”で割ってしまう。
 やはりうつ伏せのままでは、攻撃の精度が悪い。セナは一度、回復のために“アクアリング”を使うことにした。少しだけ、手足の痛みが引いていく。しっぽで身体を支えながら、セナは無理やり立ち上がった。

「はあっ、はあっ、はあっ」

 酸欠で視界がチカチカする。ロズレイドに焦点が定まらない。それでも、セナは微弱な“水鉄砲”を止められなかった。止めることが、怖かった。
 ――オイラはまだ、生きている。生きている限り、戦いを諦めることは許されない。だって、諦めたら、そこで命は終わってしまうかもしれない――
 生き延びるか、殺されるか。命のやり取りがすっかり心身に染みついてしまったセナは、戦闘の引き際が分からなくなっていた。負ければ、死ぬ。生きている限り、戦える。自分にそう言い聞かせて戦い続けてきたのだ。その結果、自分は生き残ったのだ。
 身を削って命を前借りしようとも、目の前の戦闘に勝たなくてはならない。負ければ、終わりなのだから。

 自覚をしている以上に、彼の中で“敗北”と“死”が絡まり合ってぐちゃぐちゃになっていた。負けを認めることが、命の危機と同等に怖かった。
 命のかかっていない戦いの、戦い方が分からなくなってしまっていた。

 セナと、ホノオ。この戦闘で2人と対峙したロズレイドは、子供の心が異常をきたしていることをはっきりと理解した。その異常を代償として、彼らは命を今日まで繋いだのだ。
 ずぶ濡れが、涙を隠してくれる。ロズレイドは、なるべくセナが恐怖を感じない方法でとどめを刺すことにした。

「セナさん。言い聞かせても無駄であることは、分かっています。でも、分かって欲しい。これは、命を懸けた戦いではありません。ただの試験です。負けても再試験がある。あなたの命はまだ続く。あなたはここで、倒れるのではありません。ただ少し、眠ってしまうだけ……」

 ロズレイドが“眠り粉”をセナに振りかける。荒い呼吸で思い切り粉を吸い込んだ直後、セナの意識はぷつりと途絶え、安らかな顔で眠りに堕ちた。

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