第56話:昇格試験、再び――その3

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 戦闘を開始する前に、戦闘試験担当の救助隊ジュエリーは丁寧に細かいルールを説明した。
 キズナはジュエリーのメンバーがそれぞれ持っている4つの宝石を奪えばよい。宝石をひとつ奪っただけでは油断はできない。キズナが宝石を奪い終えない限り、ジュエリーのメンバーはキズナから宝石を奪い返すことも可能なのだ。そう説明し終えると、チラチーノは「ま、つまりは私たちをみんな倒しちゃえば楽なのよねっ」と軽く笑った。
 キズナの敗北条件は、メンバーみんなが相手に倒されること。ジュエリーのメンバーは、宝石が奪われないように気をつけながらキズナに攻撃を仕掛けてくるのだ。
 もしも戦闘中にキズナのメンバーが自分のタイプ以外の技を使用した場合、ペナルティが課せられるようだ。誰かがルールを破った時にキズナが葉っぱの宝石を持っていたら、奪った宝石を全てジュエリーに返さなくてはならない。キズナが宝石を持っていなかった場合は、ルールを破ったメンバーは失格となり、それ以上戦闘試験に参加できなくなる。なお、技のタイプ制限は、攻撃技だけでなく、補助系の技なども対象になる。「あくびも使えないのか……」と、セナは腕を組んだ。

「ざっとこんなところね」

 一通りの説明が終わると、オオタチはうんと伸びをして言った。準備オッケーと言いたげに両者はにらみ合う。ただひとり、ホノオはルール説明に耳を傾ける余裕がなく遠い目をしてしまう。自分が放った“火炎放射”が“破壊の焔”になってしまう、ありもしない想像が思考を覆い尽くしてしまう。

「では、開始の合図を。只今より、救助隊キズナの昇格戦闘試験を始めます!」

 ロズレイドが号令を出すと、一斉に戦闘が動き出した。4人組のチーム同士の戦闘は、自然と4組のシングルバトルを生みだす。

「よっし、行くぞ!」

 セナは自分の正面にいたマリルリめがけて駆け出した。水タイプのマリルリを、ヴァイスやホノオと戦わせる訳にはいかない。いち早く戦闘を開始した。

「“泡”!」

 破裂すると皮膚に強くしみる頑丈な泡を、セナは宙に吹き付ける。泡は、向かってきたマリルリを包囲するように宙に浮かんだ。

「くっ、厄介ね……」

 動いて泡が当たると、効果の薄い水タイプの技とはいえ無駄なダメージを受けてしまう。マリルリは自分の周りをふわふわと漂う泡を警戒し、無駄のない動きで近寄ってくる泡をかわした。セナはニヤリと笑みをこぼす。身体が小さいのを利用して、器用に泡を避けてマリルリに接近した。

「これ、もらっておくね!」

 マリルリの背後に回り込んだセナは、マリルリの右手に握られた葉っぱの宝石を思い切り奪い取った。

「あっ! やったわね!」

 マリルリが慌ててセナの後を追おうとするが、セナが器用にくぐった泡のトラップに思い切りぶつかってしまった。お腹と顔面の前で泡がバチンと弾け、無視しがたい痛みが走る。マリルリがどうにか泡を避けきると、セナはすでにこちらと距離をとって警戒態勢に入っていた。

「くっ……セナくんの慎重さに合わせてちゃ、私が不利ね。私は私の得意な戦い方に持ち込む。それを貫く!」

 マリルリは言うと“丸くなる”。そして、そのまま“転がる”を使ってセナに猛突進してきた。セナは慌てて避けようとするが、マリルリはしっかり軌道を変えて追跡してくる。決死の覚悟で横に飛んでなんとか直撃は免れたものの、しっぽがマリルリをかすめた。地面で肘をすってしまい、セナは顔をしかめて立ち上がる。その直後だった。セナの身体が宙を舞った。一瞬遅れて背中に激痛が走る。セナは見事にマリルリにはねられた。宙で振り回されながら、なんとか右手の葉っぱの宝石は強く握り締める。

「どんどんいくわよ!」

 マリルリは宙を舞うセナを追いかける。転がる速度はどんどん速くなり、次第に威力が増しているようだった。このままでは着地と共に餌食にされてしまう。セナは宙を舞いながら作戦に出た。

「“ハイドロポンプ”!」

 縦に回転する身体が宙でうつ伏せになったのを見計らって、セナは思い切り地面に水を噴射した。小さく軽いセナの身体は跳ね上がるように宙に浮き、そのままバランスをとって地上を離れ続けた。
 セナの後を追っていたマリルリは、滝のようなハイドロポンプに打たれる。それ自体は、彼女にとっては小さなダメージ。しかし、セナが水を吹き付けた地面はぬかるみ、足場が非常に悪くなっていた。マリルリはその柔らかな地面のせいでスリップしてしまい、よろめきながら“転がる”状態を解除せざるを得なくなった。
 なんとかマリルリの猛攻をしのぎ、葉っぱの宝石を守り抜いたセナは、マリルリのさらなる攻撃を警戒する。




 セナがマリルリ相手に善戦しているのと並行して、ヴァイスとオオタチの戦いが繰り広げられていた。

「いくよ! “火炎――」
「“先取り”させてもらうわ!」

 ヴァイスが攻撃を仕掛けようとした時には、オオタチは動き始めていた。大きく口を開け、ヴァイスが使おうとした“火炎放射”を“先取り”し、燃え盛る炎を放つ。

「うわっ!」

 効果の薄い炎タイプの技とはいえ、予想外の攻撃にヴァイスは怯んでしまう。攻撃をしのぎ切ったと思ったら、既にオオタチはヴァイスの背後をとっていた。

「しまっ――」
「“猫の手”発動! “バブル光線”!」

 オオタチは技“猫の手”により、味方のマリルリが使える“バブル光線”をコピーして繰り出した。
 ヴァイスが振り返った時には、彼は強力な泡を吹きつけられていた。泡が弾けて爆発するように割れると、全身に激痛が走る。それを危惧して泡を避けようとすると、別の泡に思い切り体をぶつけて余計に酷い痛みが走る。どうすることもできずにじっとして、時折痛みに身体を飛び上がらせながら、ヴァイスは攻撃の終わりをひたすら待った。

「ううっ……」

 オオタチの素早い猛攻に、ヴァイスは早くもふらつき始めた。オオタチは得意気にふふんと鼻を鳴らす。

「うーん、同情しちゃうわね。“猫の手”を使える私と戦うということは、ジュエリー全員を相手にするようなものだからね」

 相手の一瞬の油断を、ヴァイスは見逃さなかった。悟られないように、ゆっくり、深く息を吸う。そして。

「“炎の渦”!」

 激しく燃え盛る炎を放ち、それを操ってオオタチを締め付けた。

「しまっ……!」

 気がついた時には、既に逃げられない。熱い炎に締め付けられ、体力がジリジリと奪われてしまう。――ここは意地を張って耐えるよりも、すぐにヴァイスに宝石を手渡してしまった方が、被害を少なくできるだろう。宝石は、後から奪い返すことができる。そう判断したオオタチは、右手から葉っぱの宝石を手放した。

「やった! もらったよ」

 ヴァイスは歓喜の声を上げると、オオタチから宝石を取り上げた。




 不利なダメージを受けながらも、ヴァイスは戦闘をリードしていた。その頃、シアンは。

「いくヨ~! “潮水”!」

 塩分を多量に含んだ水を、シアンは思い切り発射する。その攻撃はしかし、チラチーノにあっさり受け流されてしまった。チラチーノはすかさず反撃を仕掛ける。無数の小さな星を素早く発射した。

「“スピードスター”!」
「キャッ!」

 シアンはスピードスターに弾かれ、尻餅をつく。そこへチラチーノは駆け寄った。

「さあ、覚悟してね!」

 左手に宝石を持ったまま、右手を高々と掲げる。得意技“スイープビンタ”の合図だ。

(このままじゃ、負けちゃうヨ……。こうなったら、“あの手”を使わなきゃ!)

 シアンは作戦を実行に移した。技の“甘える”は水タイプではないので使用できないが、技でなければ、甘えても泣き落としても良いのだ。

「うぅ……。シアンをいじめないでヨ~……」

 シアンは大きく澄んだ瞳を涙で輝かせ、上目遣いでチラチーノを見つめた。かつてヴァイスから学んだ、罪悪感を煽る必殺技だ。

「えっ……」

 シアンの狙い通り、チラチーノの動きが止まる。

「シアン、まだこんなにちっちゃいんだヨ? 手加減してくれなきゃ、嫌だヨ~」

 シアンはよちよちとチラチーノの元へ歩み寄り、チラチーノのスカーフのような白い毛並みをくいくいっと引っ張ってみせた。甘えるようなその仕草をみると、チラチーノは突然ギュッとシアンを抱きしめた。

「あーん、もう! この子可愛いっ!」
「キャッ、苦しいヨ~」

 計算通り、と黒々とした笑みを浮かべつつも、シアンは可愛らしい声で訴えるとか弱くじたばたともがいてみせた。

「あはは、ごめんごめん。私、可愛いものに弱いの~」

 チラチーノが照れ笑い。これはもうひと押しだと、シアンは最後の作戦に出た。

「シアン、可愛い?」

 上目遣いに加えて、ちょいと首をかしげてみる。チラチーノはシアンの頭を撫でながら、猫なで声で。

「うん、可愛い~」
「ワーイ、おねえちゃん大好き~!」

 シアンは勝利を確信した。ほっぺをすりすりしつつ、チラチーノに抱きつく。ついにそっと、チラチーノの左手に触れた。葉っぱの宝石を握る左手に。これが、狙いだったのだ。

「ねえねえ、おねえちゃん。シアン、この宝石が欲しいなぁ~」

 シアンは試験を意識させない、純粋な子供の声で宝石をねだった。チラチーノはシアンを身体から離すと、シアンが差し出す両手にそっと宝石を置いた。

「はぁい、どうぞ」
「ワーイ、作戦成功だヨ~!」

 受け取った宝石を瞬時に握り締めると、シアンは歓喜の声を上げた。シアンにうっかり宝石を渡してしまった――かのように思えたチラチーノ。初めは「あっ、しまった!」と芝居をするが、舞い上がるシアンに不敵な笑みを浮かべた。そして、不吉な一言。

「なーんちゃって」

 シアンがその意味を理解するより早く、チラチーノはシアンの両肩をしっかりと掴んだ。

「エッ」
「甘い甘い。私がそこまで単純だと思ったの?」

 その言葉で、ようやくシアンは気がついた。自分の可愛らしさに絶対的な自信を持っていたシアンは、作戦が妙にスムーズに成功したことに疑いを持つことを忘れていた。疑うべきだったのだ。シアンにすんなりと宝石を渡したのはチラチーノの演技で、きっと、何か裏に作戦があったのだ。
 一瞬でも、4つの宝石がキズナの手に渡れば、試験は合格。チラチーノは、まだセナとホノオが宝石を手にしていないことを抜かりなく確認した上で、あえてシアンに宝石を手渡していたのだ。

「私ね、物理攻撃が得意だから、なんとかしてシアンの防御力を下げたかったのよ。あなたから近づいて来てくれて、助かっちゃったわ」

 チラチーノはふわりと柔らかな白い体毛をシアンの横腹に絡ませた。シアンはピクリと小さく飛び上がる。これから自分が受ける仕打ちに察しがついて、シアンは顔を強張らせた。

「思いっきり笑わせて、防御力と攻撃力をとことん下げてあげる。えいっ、“くすぐる”!」

 チラチーノは体毛の先端でシアンの身体を撫で回すようにくすぐった。

「きゃはははは!! やーんっ、くすぐったいヨ~!」

 チラチーノの上品な毛並みが繊細に肌を滑る感触に耐え切れず、シアンは甲高い笑い声を上げた。暴れて難を逃れようとするが、意外にも強いチラチーノの握力がそれを許さない。

「うふふ。可愛い声で鳴くじゃない。さあて。やめて欲しかったら私に“葉っぱの宝石”をちょうだい」

 シアンの能力を下げると同時に、拷問じみた取引を始めるチラチーノ。罠にかかったシアンを苦しめるように、柔らかいお腹を集中的にいじくり回した。

「キャーッ!! やだぁ、やだヨー!! ひゃああああ!!」

 我慢が苦手なシアンの笑い声は悲鳴に変わる。やだ、と抵抗する声とは裏腹に、シアンは耐えきれずに、投げるように宝石を手放してしまった。宝石が宙を舞い、地面にコトンと落ちる。シアンの悲鳴の影にその澄んだ音を聞くと、チラチーノはシアンに対する攻めを止め、再び宝石を手にした。シアンは息を切らし、ぐったりと座り込んだ。戦況は振り出しに戻るどころか、攻撃力も防御力も下げられてマイナススタートになってしまった。

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