第56話:昇格試験、再び――その2

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 特に目立った光源があるわけでもないのに、大樹のダンジョンはほんのりと明るい。しかし心なしか、以前の試験よりも冷たい張り詰めた空気が流れている気がした。はしごから手をはなして両足をダンジョンにつけると、セナの気持ちがキュッと引きしまる。
 前回の試験のことを思い出す。試験そのものの難易度は低かったが、帰路に突然“破壊光線”で襲われ、救助隊キズナは全員気絶し失格となった。あのような妨害が、また起こらないとは限らない。しかも――自分は、何者かに恨まれ、命さえ狙われていた身だ。逃亡の旅が終わっても、一瞬の気の緩みが命取りとなってしまうかもしれない。

「みんな。今回こそ1度で試験を成功させよう」

 仲間に声をかけると、ヴァイスもホノオもシアンも、しっかりと頭を上下させる。数々の困難を乗り越えてきた自分たちなら、絶対に大丈夫。そう思わせてくれる仲間に感謝しつつも、セナは表情が緩まぬように気を付けた。キュッと口を結んで、真剣な表情で歩き出す。その後ろに、ヴァイスとホノオ、シアンが続いたが、3人は目を合わせて何か企んだようにニヤリと笑う。セナのしっぽに手を伸ばして、指先でこちょこちょこちょ。

「ひゃあああっ!!」

 黄色い悲鳴をあげると、セナは思い切り身をよじる。大きく身体のバランスを崩し、ごろりんと仰向けに倒れた。ヴァイスとホノオとシアンが自分の顔を覗き込んでいる。何が起こったのか理解できず、セナはきょとんと上目遣いで彼らを見上げた。

「おお。それくらい間抜けな顔でいてくれれば、オレたちも安心だよ」
「そうそう。セナ、緊張しないで。可愛いセナでいてくれれば、シアンたちもリラックスして頑張れるヨ~」

 シアンはもちもちのお腹を押し付けるように、仰向けのセナにぎゅっと抱き着いてくる。つるつるすべすべのシアンの毛並みが心地よく、セナは表情がほころんだ。
 ――そうか。いつもしっかりして、堂々とみんなを導くのがリーダーの仕事だと背負い込んでいたが。適度におどけて仲間の緊張をほぐすのも、リーダーとして大切な役割なのかもしれない。そういうのが、オイラはどうも苦手なんだけど。苦手を言い訳にして、いつまでも課題と向き合わない訳にはいかない。

「およ? また真面目なことを考えているな? セナの真面目モードは、ボクたちがこちょこちょで崩してあげるよ。1人で抱え込まなくていいんだよぉ」

 セナの堅苦しい思考を先回りして察知しつつも、ヴァイスは饒舌にイタズラを正当化する。「そろそろしっぽ以外の弱点を見つけたいなぁ」とおどけながら、シアンの下敷きになるセナの首筋を指でなぞった。

「く、あぅっ……あははははっ! やめて、やめてぇ!」

 じたばたともがいてシアンを振り落とすと、セナはヴァイスの手にしがみつくように必死の抵抗をする。力の抜けたふにゃふにゃの笑顔に免じて、ヴァイスは早々に勘弁してやることにした。
 セナはがばっと勢いよく立ち上がる。ヴァイスもホノオもシアンも、可愛いものを見るようなニヤニヤとした目線をセナに向けている。――やっぱり、オイラは頭が硬いのを真剣に直さなければならない。このままでは、事あるごとにいじくり回されるおもちゃになってしまう。
 キズナのメンバーの荒療治に少々ゾッとしながらも、セナは肩の力を無理やり抜かされ軽やかに仲間と歩き始めた。


 そのまま、しばらく大樹の中を歩いた。何の仕掛けもなく、戦闘試験も始まらず、シアンやホノオは極度に退屈しているようだった。

「ねえねえ、まだ歩くノ~? シアン疲れたヨ~」
「うるせえなシアン。みんな疲れてんだ。我慢しろ!」
「我慢は嫌だから、楽しくしりとりして気を紛らわせようヨ~。しりとりの“り”」
「りんご」
「ゴミクズみたいなホノオ」
「オレよりゴミクズみたいなシアン――あっ!」
「ワーイワーイ! アホのホノオに勝ったヨ~!」
「……しりとりで律儀に“ん”で負ける奴、オイラ初めて見たかもしれない……」
「ボクも⋯⋯」

 シアンは勝者へのご褒美と称してホノオに自分をおんぶさせる。ご満悦なシアンと、しりとりのスピード敗北にうなだれるホノオの対比がおかしくなり、セナとヴァイスは顔を見合わせてクスっと笑った。

「アレ? 地面に何か置いてあるヨ」

 ホノオに背負われいつもよりも目線が高くなったシアンが、前方に何かを見つけたようだ。「ホラ、ホノオ、キビキビ歩く!」とぺちぺち背中を叩きながら、ホノオの足を速めさせた。ホノオは舌打ちをしつつも軽快に駆けだす。地面に置かれているものが、次第に鮮明に見えてきた。“ゴローンの石”がぎっしりと詰められた、丈夫な編みカゴのようだ。シアンがホノオの背中から降り、セナとヴァイスも追いつき、キズナ4人で不思議なカゴを取り囲む。
 ホノオはかごの中から1つの石を取り出して左手に収める。手に球を握る感覚に、不思議と心が躍った。

「ラッキー。退屈しのぎにおもちゃ発見! ピッチャー振りかぶって~投げましたぁ!」

 自分で実況を付けながら、ホノオは腕を振り下ろして剛速球を投げた。石は地を這うように飛び、地面との距離を少しずつ縮める。地面を掠めるように接すると、その途端に爆発した。――そう、爆発した。

「……へっ!?」

 爆音の余韻が残る空気に、戸惑いの声が4つ。やけに長く感じられた一瞬の沈黙を破ったのは、シアンだった。

「何が起こったのカナ? シアン見てくるネ!」
「待て!」

 爆発地点へと飛び出したシアンを、セナはすかさず制した。頬を膨らませて渋々制止したシアンに、セナは右手に握ったゴローンの石を見せつける。そのままホノオが投げた石よりも飛距離を抑えて投げてみた。コツン。今度は爆発することなく、石は何事もなく地面に落ちた。
 もう一度、セナは石を投げる。前方、やや左手に落ちた石は、爆風と共に吹き飛んだ。

「つまり、こういうことさ」
「あぁ、なるほどね!」

 セナの言葉を理解するのはヴァイスのみ。ホノオもシアンも“こういうこと”の意味が分からずに首を傾げている。

「ここから先の道には、仕掛け爆弾――“自爆スイッチ”が仕掛けられているみたいだね。ボクたちは石を使ってスイッチを壊しながら、爆弾をよけて進めばいいのさ」
「なるほど!」

 ヴァイスが説明すると、ホノオとシアンが納得の表情を見せた。セナは3人を見てふっと笑うと、得意げに続きを説明する。

「もちろん石を使わなくても、爆弾は壊せるさ」

 ここでセナは息を吸い、前方に水鉄砲を放つ。水は放物線を描いて飛び、着地と共に派手な爆発を起こした。

「自爆スイッチを起動させる刺激は、石でも、技でも、自分の足でもいいみたい。もちろん、技はなるべく使わない方がいいよね。戦闘試験のために、力を残さなくちゃ」
「それ以前に、あんなものを足で踏んじゃマズいだろ」

 ヴァイスの説明とセナの実演で、ホノオとシアンにも、この試験の全容が見えてきたようだ。戦闘試験の前に立ちはだかる探検試験。ゴローンの石をうまく使って技と体力を温存し、安全に先に進むことが今回のミッションのようだ。
 彼らはその場に立ち止まると、作戦会議を開始した。

 作戦その1。ホノオが先頭に立ち、石を投げながら安全を確認しつつ、一同は列になって進む。
 作戦その2。先頭を歩くホノオが踏んだ地面は、安全が保証されている。よって、なるべく後続のメンバーはホノオの足あとをたどることで、爆発のリスクを減らす。ホノオが「短足シアンに合わせて歩幅を小さくしてやらないとな」と余計なつぶやきをすると、シアンの“ドリルくちばし”が飛んできた。
 作戦その3。自爆スイッチは、爆発する直前にカチリと小さな音がする。ホノオの後ろを歩くセナは、その音が鳴ったらすかさず“守る”を使って自分たちの身を守るのだ。さもないと、身体の小さい救助隊キズナは皆が爆発に巻き込まれて四散してしまう。

 この3つの作戦を立て、さっそく彼らは1列になって地雷の道を攻略し始めた。ホノオがクセのないフォームで真っ直ぐに左腕を振り下ろすと、石が素直に飛んでいく。石の着地と同時に地面が爆発すると、熱を帯びた地面はわかりやすく凹んだ。もう少し奥に石を投げてみる。今度は何事もなかったかのように石が地面に落ちた。その先も、もう一歩先にも、石は静かに着地する。こうしてある程度進路の安全を確認して、セナが頷くとともに彼らは前進した。
 せっかちなホノオやシアンをセナとヴァイスが何度か落ち着かせ、地道にこのような手順を踏む。しばらく歩くと、道幅が狭くなっていった。いざ爆発に巻き込まれたら、身体を思い切り壁に打ち付けてしまう。

「うわ、もう残りの石も少ないのに」

 ヒヤリと危機感をおぼえながらセナが言うと、ホノオは深呼吸して石を投げた。石は正確に、まだ安全を確かめていない地面に飛んでいく。石が接地した瞬間だった。道の脇の茂みから、パアンと華々しいクラッカーのような破裂音がした。ひらひらと、花びらが舞う。

「こ、今後はなんだぁ?」

 困惑の表情を浮かべるキズナの面々を見ると、茂みがクスクスと笑う。直後、草をかき分けてポケモンが飛び出した。種族はマリルリ、オオタチ、ロズレイド、チラチーノ。キズナと同じ、4人組の救助隊だ。

「さすがキズナね。探検試験はこれでクリアよ」

 満足そうに言うのは、楕円形の青い身体に、うさぎのような可愛らしい耳。マリルリという種族のポケモンだ。

「もう爆弾はないわ。さあ、いらっしゃい。戦闘試験の会場に案内するわ」

 しましま模様の胴長ポケモンオオタチが手招きすると、キズナはこの救助隊の後をついていった。


 細い通路を抜けると、開けた空間にたどり着いた。地面は短い草で覆われている。ここで戦闘試験が行われると確信すると、セナはフィールドと見渡して観察を始めた。目立った障害物はなく、天井も高い。素直に実力が現れる戦場であるように、セナは感じた。

「さて、そろそろ自己紹介致しますわ。わたくしたちは、救助隊“ジュエリー”。ハイパーランクの救助隊ですの」

 改まってチーム紹介をするのは、リーダーのロズレイド。その身にまとったバラの花のごとく、優雅でゆったりとした口調だった。

「さーてと。じゃあ、試験の説明をするねっ」

 ロズレイドとは正反対の快活な口調はチラチーノ。ふわふわと美しい毛並みを元気に揺らしている。

「ルールは2つ。私たちがそれぞれ持っている“葉っぱの宝石”を、全力で奪ってちょうだい。相手を倒してから奪っても良いし、宝石を奪ったまま逃げ続けても良いわよ」

 チラチーノが1つ目のルールを説明すると、マリルリやオオタチ、ロズレイドも葉っぱの宝石を取り出してキズナに示した。

「4つ全部奪えた時点で、あなたたちの勝ちよ」
「ふうむ、なるほど。必ずしも戦闘に勝たなくても、宝石を奪えば勝ちなのか」
「そう。でも、宝石を奪いきる前に全員が倒されてしまったら、あなたたちの負け」
「なるほど。反撃を防ぐためにも、とりあえず戦って倒すことが無難……なのかもね」

 マリルリとセナが言葉の往復でルールの理解を深める。それがひと段落すると、オオタチがルール説明を続けた。

「2つめのルールは今から決めるね。さあセナくん。このくじを引いて」
「え? う、うん」

 オオタチは3本の棒を握り、セナに差し出す。セナは少し迷った後に真ん中のくじを引き抜いた。棒の先端には星マークが小さく書かれていた。

「これ、なに?」

 セナが引いたくじをオオタチに見せる。

「ルール決定! 今回は、キズナの使える技を制限させてもらうよ。星マークに対応するルールは――自分と同じタイプの技以外はバトルで使っちゃダメよ。セナくんとシアンちゃんなら、水タイプ。ヴァイスくんとホノオくんなら炎タイプの技だけを使って、私たちから宝石を奪ってね!」

 逃亡の旅が終わり、セナとホノオは戦闘が随分と久しぶりのように感じた。ホノオはオオタチのルールを反芻し、ふと、自分が最後に使った炎タイプの技を思い出そうとする。
 破壊の焔だ。
 エンテイ、救助隊FLB、“マスター”。強敵との命を懸けた戦いの連続で、極度に破壊力の高い呪いの技を使わざるを得なかった。――もう、破壊の焔は使えない。“マスター”がスイクンを解放し、ホーリークリスタの異常が直ったのだから。
 ――でも。炎タイプの技って――“火炎ぐるま”とか“火炎放射”って、どうやって使うんだったっけ? 何かの手違いで火加減を間違えてしまっても、破壊の焔が突然発動されたりしないだろうか。

 不吉な予感がどうしても拭えず、ホノオの背筋がヒヤリと冷たくなった。

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