【第143話】死に誘う幻夢、振り切れる迷い(vsショール)

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください




場所は変わって、イジョウナ地方南部の遺跡。
半地下の石室にて、テイラーはある書物を発見した。
その内容があまりにも衝撃的なものだったため、彼女はスモック博士を呼んでその書物を見せることにした。
「なんだいテイラー……こんな地下まで呼び出して。」
彼女が呼び出すなど余程のことだ……と、彼もやや警戒気味に暗室を照らす。

「……なぁおっちゃん。ひとりの人間が、多数のポケモンとSDのパスを繋げると思うか?」
「いや……無理だろうね。まず人体への負荷が大きすぎる。状況的にクランガ君は成功例とは言い難いだろうし、トレンチちゃんも極めて特殊なケースだ。」
「せやろな。だが……コレを見てみぃ。」
そうして彼女は、イオルブが浮かせる書物に、懐中電灯とレーザーポインタを当てる。

「ここや。」
「ッ……!3種のSDの器を持つ人間!?」
そこに記載されていたのは、驚愕の情報……
なんと5000年前の記録に、3種のSDの力を使える人間が観測されているのだ。
所謂『マスターキー』となっていた人間は……なんと10歳程度の若き少年の姿をしていたのだという。

「し、しかしこれが事実なら……どうしてバベル教団の歴史にこの少年の存在が残っていなかったんだ?」
「確かにこの少年は3種類全てのSDを使えた。せやけど、その一つ一つの精度はオリジナルに比べて大きく劣っていたそうやな。多分、CCに立ち向かえるほどの戦力にはならんかったんやろ。」
オリジナル……というのは、記録に残っていたバベル教団のSD使い達のことだ。
現代で言えばエンビやレインなど、一般的なSDの使い手が該当する。
「な、なるほど……」
「まぁ……どのみちコイツの存在は表沙汰にはできんわ。」
「?」
そう言うとテイラーは、別の書物にレーザーポインタを移す。

「重要なのは今の記述やない。こっちが本命や……」
「ッ………!?」
そこに記載されていた情報は、より凄まじい内容であった。
スモック博士は言葉を失い、息を呑む。
「この少年は奇跡の産物なんかやない。………『好奇心』から生まれた、人間の罪過そのものや。」





ーーーーーー場所は更に変わり、アンコルジム。
ショールとお嬢は、共に残り2匹。
だが問題はそこではなく、なんとショールとポニータは『獄炎の秘鍵』によるSDを起動したのである。
既に彼は、イシツブテとSDを起動済みだ。
つまり彼は……複数種のSDを同時に使える人間ということになる。

「さて、ボクらの熱量についてこられますか?」
「ちょ……ちょっと待ちなさいよ!」
バトルを始めようとするショールを、お嬢の一言が遮った。
「……?どうしました?なにか問題でも?」
唐突なお嬢の声かけに、彼は首を傾ける。
「大アリよ!アンタ……その力が何か分かっているの!?」

お嬢が懸念していたのはそこだった。
SDはこの世の法則すらも捻じ曲げる強い力を発動できる代わりに、使用者の肉体に大きな代償を求めてくる。
それこそ、今この付近の観客席で観戦しているレインとレイスポス……否、ジャックがその最たる例だ。

「ポケモン達なら心配ありませんよ。毎日のメディカルチェックは欠かしていません。」
「それもだけど……アンタ自身のことよ。SDの力を使い続ければ、アンタもいずれ……」
「それもご心配には及びません。ボクの身体のことは、ボクが一番良く分かっております。」
お嬢は説得を試みるが、ショールがそれを聞き届けることはなかった。
彼女らの会話を横から聞いていたレインらは、その中に違和感を感じた。

「アイツ……SDのリスクを知らないのか?でも……」
『あぁ。アイツは開口一番「ポケモン達なら心配いりません」と言った。お嬢様は「SDに危険性がある」とまでは言及していないのに……だ。つまり、SDの代償に関して全くの無知とは考えにくい。』
「じゃあ何故……?」
考えれば考えるほど、その真実は不透明になっていく。
何故、彼は自ら進んで死地へと踏み込んでいくのか。
果たして、このショールは何を考えているのだろう。


「……じゃ、行こう。」
ショールがその一言ともに、指を鳴らす。
「ぶるるるるるッ……!!」
するとポニータの周囲の空気が、畝るようにねじ曲がりはじめた。
加えて相手の全身を纏う炎が、フィールドを覆い尽くすレベルで燃え広がり始める。

「ッ……熱ッ……!!」
「にばっ………」
大気が急速に熱され、まばゆい光と舞う紫の火の粉が周囲に散り始める。
あまりの熱量に、ほのおタイプのエースバーンですら目を覆う。
トレーナーであるお嬢は尚更だ。

だが、彼女らが視界を閉ざし……再度目を開いたその直後だった。
「………は!!!?」
そこには信じがたい光景が広がっていた。

先ほどまで立っていたフィールドはどこにもない。
あるのはピンクの空と不自然なほど具体的な五芒星、大小様々な歌う花に巨大なキノコ、極めつけにはお菓子の家……
あからさまにメルヘンチックな空間があったのだ。
露骨なデザインが作り物感を強調し、よりこの風景を狂気的にしている。

しかし流石のSDとはいえ、瞬時に異空間へと転移するとは考えにくい。
「まさか……幻覚……!?」
「おや、もう見抜きましたか。その通り、これはポニータの体熱と催眠能力を強化し、高精度の蜃気楼……幻覚を見せる能力です。」
ショールはあっさりと、この空間のタネを明かす。
それはもう、潔すぎるほどに。

「最も……それを知ったところで、どうしようも無いのですがね。」
「ッ……?」
自信ありげに笑うショール。

そんな彼の言葉の直後、花が皆一斉にエースバーンの方を向いた。
そして彼を称える言葉を、次々と口にし始めたのだ。
空の星も寄り集まって彼を照らし、飛び交う羽虫も彼を取り囲む。
まるで演劇の主役であるかのような扱いを受けているのだ。
「ばっ……にばっ……?」
急な展開に、エースバーンも困惑する。
一体どこからどのような攻撃が来るのか……一切の見当がついていないのだ。

なにせ肝心なポニータの姿が、どこにもないからだ。
もしかしたらこのオブジェクトのどれかに、擬態している可能性もある。
「警戒を怠らないでエースバーン……!すぐにでも『かえんボール』を出せる体勢を整えて!」
「に……ばばっ!」
エースバーンは周囲の幻覚を人蹴りで薙ぎ払い、足元に火球を生成しようとする。

………が、残念。
思うように『かえんボール』が繰り出せない。
なんど脚を曲げても、炎が出ないのだ。
「そ……そんな……!?」
「無駄ですよ。もう勝負はついている。」
ショールは僅かな微笑みとともに、そう言葉を綴る。

直後……エースバーンを囲んでいた花や星たちが、一瞬のうちに灰と化す。
空も風も……なにもかもが形を失い、灰になって消えていったのだ。
そしてそこには、元通りのフィールドと……


「!?え、エースバーン!!?」
倒れ伏して動かなくなったエースバーンが居たのだった。
何度お嬢が呼びかけても返事をしない。
明らかに戦闘不能……何の攻撃も受けていないにもかかわらず、エースバーンはいつの間にか戦闘不能になっていたのだ。

「そんな……どうして……!?」
「貴方達が夢を見ている間に、戦いは終わっていたのですよ。本来ならば全身が火傷してもおかしくない高熱の大気の中、あなた達は平気で過ごしていた……それは全て、ボク達が夢を見せていたからに過ぎないのですよ。」
「………ッ!!?」
そう……エースバーンとお嬢は、ポニータの力で夢を見せられていたのだ。
にもかかわらず……今この時間が、戦いの時間であることすらも認識出来なかった。
ポニータに踏みつけられ、蹴飛ばされ、燃やし尽くされていたことにすら……

何もさせずに一方的な蹂躙を行ったポニータ。
SDの力の理不尽さを、お嬢が理解するには十分な一戦だった。
「……ごめんなさい、エースバーン。」
お嬢はエースバーンに一言謝罪をし、ボールに戻す。

「さて……これでキミは残り1匹です。一体次は何を見せてくれるのでしょう。」
「………。」
お嬢は悩む。
まさかの2匹目以降のSDポケモン……このまま行けばお嬢側の負けは目に見えている。

一応、対抗できる手段ならひとつだけある。
……お嬢もSDを使用することだ。
だがそれは、当然彼女にも危険が及ぶ。
出来れば……否、絶対に使ってはいけない禁じ手だ。

お嬢は悩む。
そして実感する。
手詰まりを……理不尽を……不可能を。

しかしその焦燥は……精神の乱れは……
解いてはいけない封印を解いてしまうことになる。



「(………さま。)」
「ッ…………!!?」
「(……さま。……じょ……たなら……き……す。)」

聞き覚えのある声だった。
忘れたはずの声だった。
間違いなく……あの声だった。



その声が……彼女の中の、大切な歯車を消し飛ばしてしまった。




お嬢はすぐに、観客席の方に手招きをする。
「……来なさいマネネ。」
「ま……まねねっ!」
彼女が最後のポケモンとして選んだのは、マネネだった。
彼は小走りでフィールドに駆けつけ、ポニータの前に立ちはだかる。

ここに来てマネネを選ぶ理由は、最早一つしか無い。
「ッ……まさかアイツ……マネネとSDを発動させる気か!?」
「やめろお嬢様ッ!!それ以上はいけない!!」
客席から制止をするレイスポスら。

しかしお嬢は、首を横に振る。
「……駄目。私には……もう、これしかない……!」
そういう彼女の目は、ひどく飢えて乾いていた。
目前の勝負に勝つこと以外、何も考えていない目……勝負師の狂気に満ちた目。

『ッ………』
それはレイスポス自身、よく知っているものだった。
今のお嬢は、かつての自分と同じ顔をしていたのだ。
こうなってしまえば誰も止められない。

以前のお嬢なら、これほど軽率にSDを起動などしなかった。
ブリザポスがその力を、ひどく嫌っていたからだ。
CCと戦ったあのときのような、世界の窮地でない限りはSDは使わない。
……はずなのだ。

だが、なんと皮肉なことだろう。
彼女を狂気へと堕とした声が……よりにもよって同じ声だなんて。

「行くわよマネネ……アタシの意識、全部持っていくくらいの勢いでやりなさい!!」
「ま……ね……!」
マネネは振り返り、お嬢を諭そうと試みた。
しかしその言葉は、他でもないお嬢に遮られてしまった。
「ちょっとマネネ!何ぼーっとしてんのよ!!」
「ま……まねっ……」
マネネの意思も、お嬢には届かない。

お嬢は覚悟を決め、自らの指を軽く噛む。
SDが起動する合図だ。
お嬢の灰色の短髪が青く染まり、長く光って伸長する。
周囲の気温が急速に冷え始める。
そしてマネネと共に、白く凍った空気に包まれ……数秒と経たずに大きく姿を変えた。
『凍雪の秘鍵』のSDを起動したのだ。










瞬間、お嬢の脳裏に声が流れる。


『全く……せっかく余が、奴の記憶を封じ込めてやったというのに。』
聞き覚えのある低い声……彼女の中に融合した、CCの声だ。
『なんとも愚かで哀れなものだ。貴様は今、耐え難い悲しみを背負って戦場に立っている。』
「………。」
お嬢はCCを睨む……が、彼は相変わらず喋るのをやめない。

『その力を使い続ければ、貴様は人としての道を踏み外すことになる。』
「………うるさい。」
『無秩序を極め、またこの世界に弾かれるやもしれぬのだぞ?』
「……黙りなさい。」
『そうして虚無の果てに堕ち、無様に消えた奴がいただろ。そう、まさに………』

「    黙     れ     」

お嬢は無理矢理、脳裏に流れる声をシャットアウトした。
マネネの方に意識を集中することで、CCを無視したのだ。
……ついに誰の忠告も、彼女には届かなかったのだ。




迷いを振り切ったお嬢とマネネは、全身に白く凍った空気を纏う。
「へぇ……これは凄い。貴方もその力を使えるのですね。」
「………。」
ショールが唸るが、お嬢は何も言葉を発さない。
ただ棒立ちでフィールドをまっすぐと見つめ、目の前のポニータをにらみつける。

その直後……
マネネが魔杖を高く持ち上げた。
お嬢が深い意識の下で、動作を挟まずにマネネに指示を出したのだ。

瞬間、フィールドの一面が凍り始める。
空気中の蒸気は全て水滴と化し、地面に霜を降り立たせた。
否……それどころか、空気中の分子は全て動きを停止していた。
このフィールドはまたたく間に、絶対零度の領域に到達したのだ。
こうなってしまえば、熱を扱うポニータは幻覚を出せない。
オリジナルのSDであるマネネの出力に、ポニータでは叶わないのだ。

「なるほど……これは凄まじい力ですね。ボクの力も、此処から先は使えない。」
ため息を交えつつも、ショールはマネネの方を見つめる。
「だがそれは貴方も同じだ……この温度を維持しながらでは、規格外の力を併用はできない。つまり……ポニータとマネネの真剣な勝負ですね。」
しかしショールは見抜いていたのだ。
マネネの弱点、及びスペックを。


「……おいジャック。マネネの様子……おかしくないか?」
『あぁ、俺も違和感を覚えていたとこだ。』
観客席のふたりは、マネネを見つめる。

『アイツ……「マネネ自身の意識」がない!お嬢様に全てを支配されている……!!』

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