帰る場所

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 この時代、アーマーガアタクシーも無く、私たちはガラル鉄道で移動することにした。貨幣は変わっていないようで、ホップの手持ちで乗車することは可能だった。
 この時代の地図を駅舎で貰ったホップは、購入した新聞、それに旅行や研究などの雑誌を併読しながら、自分の知らないガラルの知識をつけようとしている。
 
 列車内で会話はなかった。
 元の時代に帰ることはできるのだろうか。マスターと会えるのだろうか。一抹の不安が胸をよぎり、マスターから預けられた胸元のネックレスを思わずギュッと握る。
「帰れるか不安なのか?」
 ホップが尋ねる。頷くと、「そうだよな……」と手元の雑誌にホップはまた目を落とした。

「あのセレビィはなんか変だった。そもそも幻のポケモンなんだ……もう一度出会えるかわからないし、出会えたとしても元の時代に戻してくれるかもわからない。それに、セレビィが居るとしても、あちらの時代だろうしな……オレたちで帰る方法を見つけるしかないんだ」
 そう力強く口にした。 
 私は車窓を流れる景色を眺めていたが、そこに大きな違いは感じられず、そのままワイルドエリア内の駅に到着し、ブラッシータウンへ辿り着いた。

「マグノリア博士に会ってみよう。それから、ハロンタウンにも行ってみたい」
 汽車を降りると、ブラッシータウンの町並みが目につく。
 今いるこの場所は、記憶にあるブラッシータウンと街並みこそ似ているが、少し時代を感じさせるレトロな店が並ぶなど、明らかに違いは出ていた。道行く人のファッションもどこか古い感じがする。

 マグノリア博士の研究所は、この時代はブラッシータウンには無いらしい。同じ場所に代わりにあったのは民家で、知らない人が住んでいた。
 ホップは思案し、「わかったぞ」と、ブラッシータウンを北へ向かって走り出し、誰かとぶつかりそうになり、バランスを崩して尻もちをついた。
「ちょっと……危ないでしょう!」
 ぶつかりかけた女性はそう言いながらホップに手を差し伸べる。
「痛……すみません、オレ急いでて、あれ? ソニア……?」
 ソニアかと思ったが、そこに居たのはソニアとよく似た女性だった。
 髪色やファッションが異なる。
「私はマグノリアだけど……あなたたちは?」
 私たちは労せずして目的の人物と対面することができた。
「オレ……あなたを探していました」
「え、告白? 私は好きな人がいるし……、それにあなたは若すぎるわ」
「ちがいます! えっと、ガラル粒子、ねがいぼし、巨大ストリンダー、ブラックナイト、ダイマックス。どれか気にかかるキーワード無いですか?」
 マグノリアは驚いた表情をみせた。
 恐らくそれは、この時代、この目の前の研究者にしか知り得ないワードが含まれていたからだ。
「あなたに有益な情報を提供できます。オレたちは、未来から来たんだ!」
 ホップの言葉に怪訝な顔を見せたが、その直後、私の首に下げられたネックレスに目が止まる。
「それは……なぜ、そこに?」
 少し思案し、「話だけでも聞いてみるわ」と柔軟に対応する姿勢を見せた。
「ついてきて」

 その後、私たちは研究所に案内された。
 それは湖を横切った不便な場所にあり、立地と外観からすぐに、マスターが孤児院にした『HOMEホーム』の前身だとわかった。
 中には何人かのメイドが控えている。
「気兼ねなく入ってね」
 マグノリアは広間へ案内した。
 屋敷の構造はそのままで内装や家具は部分的に違う。しかし決定的に違うのは、賑やかな子どもの声が無いことだ。
 窓の外には、キリンが突っ立っていた。そこは同じらしい。
「さて……」
 紅茶が置かれ、私たちはテーブルに向かい合っている。
 奥の部屋から白衣を取りに行ったマグノリアは今は研究者といった格好をしている。
「珍しい色のサーナイトを連れたトレーナーさん。あなたは何者で、いったい何を知っていて、そして、あなたの目的は何かしら」
 マグノリアはまだ警戒を解いていない様子だが、無理もない。
 ホップはどう話したものか悩んでいたので、私は意を決し話しかけることにした。
『これ、わかりますか』
 私はあえてマグノリアに語りかけ、マスターから預かっていたものを見せる。首からかけていたネックレス、お守りだ。
 それは、私たちの時代のマグノリアからマスターへ譲られたリングをチェーンに通しネックレスにしたものだ。
「あなた、言葉が通じるのね……。ええ、そうよ。瓜二つのものがあるの」
 そう言って、白衣のポケットから小箱を取り出し、中に入ったリングを見せた。私の持つものと外見上の差異は全くない。

「しゃべるサーナイトさん。貴方はこれをどこで?」
『未来のあなたから、託されました。正確には、私のマスター……ここにいるホップではない少女に、貴方はこれを託しました。貴方はこれを、カントー地方のお月見山で貰った、と』
「そう……私の指には合わなかったけれど、その少女にはピッタリだったのでしょうね」
『この指輪には、隕石の欠片が嵌められていて、それが、特殊なエネルギーを持っている。その研究をしていますね?』

「ガラル粒子だぞ! ダイマックスの仕組みをあなたは研究しているんだ!」
 話の様子を見守っていたホップが、出番とばかりには割って入る。
 その言葉を聞いて、微笑む。
「あなたは……未来の私の教え子?」
「オレはホップ……あなたの孫の教え子なんだ」
「私に孫……? 結婚も、子供もまだなのに、実感わかないなあ」
 目前のマグノリアはまだ20代だろう。ソニアと同じくらいの年齢に見える。孫と言われても今ひとつピンとこないに違いない。

「……でも、まだ教え子になってから日が浅くて。実は、マグノリア博士に教えられるようなことなんて何一つなくて。ただ、未来からここへ飛ばされて、行く宛が思いつかなくて、あなたなら何とかしてくれるんじゃないかと……」
「なるほど、そういうことね。わかったわ。今までの経緯から詳しく聞かせて」

 マグノリアは納得がいった様子で、その上で協力する姿勢を見せてくれた。
 ホップはこの世界に来たきっかけをあらかた話し、セレビィのせいでここに来たことも説明した。
「それから、えーっと、オレはハロンタウンに住んでいて、オレの兄貴は……」
 そして、自分の時代のことを話そうとした瞬間、マグノリアに遮られた。

「――ストップ。あなたがここに来て、何か未来に繋がることを話すことで未来が変わりかねないわ。そうそう、先に言っておく。ハロンタウンの実家に行こうと考えてるなら、やめておきなさい」
 厳しい言葉に、ホップは首を傾げた。
「なんでだ? この時代にはまだ、じいちゃんが居るんだ、会ってみたい」
「あなたがもし、実家に行って、あなたのお父さんになる人か、お母さんになる人に何らかの影響を与えたとする。その結果、ふたりが結婚しないってことになったらどうなる?」
「どうなるって……オレは生まれてこない……?」
「そう。もしかしたら、既に何かこの時代に干渉したせいで何らかの影響を与えているかもしれない。誰かの決断や行動に決して干渉してはダメ」
 私はその話を聞くうちに、未来の孤児院で見たマグノリアの蔵著のことを思い出した。タイムパラドックス理論など、時間旅行に関する研究書籍もあったように思う。
 ただ、その研究者の名義はマグノリアではなかった。
 
「興味深い話だな!」
 突如、男の声が混じる。
 現れたのは頭がやや爆発した感じの髪型をした男性であった。白髪は部分的にロングにしており、妙なサングラスのようなものをかけている。
 男は得意気に右手を突き出し、親指を立ててみせた。
 マグノリアは「面倒なヤツが来た」とばかりに軽く左右に頭を振る。

「やあ、マーティ! よく来たな!」
「いや、オレはホップだけど……あと、あなたは誰……?」
「細かいこと言うんじない、マーティ! あと、私のことはドクと呼んでくれ。君は何がしたいんだ?」
「オレたちのいた時代へ帰りたい……」
「“バック・トゥ・ザ・フューチャー”というわけか! あの映画は名作だったな! オーケー、ついて来てくれ、親愛なるマーティ!」

 ドクと名乗った男はホップの手を引くと、世紀の大実験だと、屋敷の外へ連れ出した。私も一応その後をついていく。
 道すがら“マーティ”はさっき語った映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の主人公だと伝えられた。ちなみに、“ドク”も登場人物で、勝手にそれを名乗っているだけで本名は別にあると言っていた。
 
 森を抜け、湖に出る。そこには、ポケモンのワンパチと、水上用の自転車が置かれている。ロトムは取り憑いていないらしい。

「紹介しよう、私の助手のアインシュタインだ!」
 イヌヌワン、とワンパチは吠えた。
「そして、こいつが……デロリアンだ!」
 ……なんとなく、ワンパチと自転車のネーミングも映画の影響な気がした。
 
 マスターの乗っているロトム自転車とは異なり、何か色々な装置がつけられている。見るからに重そうな外観のそれに、ドクはワンパチのアインシュタインを乗せる。

「よし、シートベルトをして……おっと、マーティ! 君の持つその未来の撮影装置でこいつを映してくれ!」
「だからオレはマーティじゃなくてホップだってば……。その自転車についている時計を移せばいいの?」

 言いながらホップはスマホロトムを操作する。電話などの通信アプリはこの時代では使用できないが、通信環境に左右されないカメラアプリはそのまま使用できるので、ホップは言われるままに撮影を始める。
 
「アインシュタインの時計は私が持ってるコントロールウォッチと一致してる。写ってるかね?」
 ホップが頷くと、満足げな表情で、ワンパチの頭を撫でた。
「よしアインシュタイン。じゃ、いい旅をな」
「そのリモコンで動くの?」
「私の計算が正しければ時速88マイルに達した瞬間にぶったまげるようなことが起こる……よく見ろ! 見るんだ!」
 ドクがリモコンで水上自転車を操作すると、それに合わせ、湖を走り出す。みるみるうちに加速すると、一瞬にして自転車が姿を消す。

「え……、アインシュタインが自転車といっしょに消えちゃったぞ!?」
「安心しろ、マーティ。消えたわけじゃない。アインシュタインも自転車もちゃんと別な次元に無事存在しとる」
「じゃ、じゃ、どこにいるのさ? あと、オレはマーティじゃないぞ」
「どこ? それを聞くなら『どの時代』と言ってくれ。わかるか? アインシュタインは世界で初めてのタイムトラベラーってわけだ。私は愛ポケモンを未来に送った。未来といってもほんの1分先だがな。正確に言うと1時21分0秒にあいつはタイムマシンでここに戻ってくる」

 突然、湖に自転車が姿を表した。
 ドクはそれをリモコン操作し、こちらに向かわせた。
「やったぞ!」
 ドクが歓声をあげる。
 シートベルトをつけられ、賢くお座りしたワンパチ、否アインシュタインが、イヌヌワン、と吠える。
「ハハハ! 無事だったか、アインシュタイン。見ろ、アインシュタインの時計はきっかり1分遅れでちゃんと動いてるぞ」
「つまり1分先がこの世界で、アインシュタインはさっき消えた瞬間のままってことか……? 消えたけど、何とも無かったのか?」
「見た通りだ。あいつは大変な旅をしたことも知らない。瞬間的な出来事で時間は経過してないんだ。だから時計が私のより1分遅れている。あいつは1分を飛び越え、次の瞬間にはここに戻ってきた。来てみろ、仕掛けを教えるから……」
 
 そして、ホップに仕組みを教え始めた。
 研究者らしく、ホップは子供にはまだ難しいであろうその説明を一句残さず聞き入っていた。
 確かに、タイムトラベルだ。アインシュタインは未来へ飛ぶことに成功している。それだけでも人間には過ぎた仕組みであるように思う。
 だがドクが言うには、エネルギーだけの問題であるらしい。あまりにも膨大なW(ワット)エネルギーが必要なのだという。それさえ確保できれば、1分という短い時間でなく、何十年後にも飛ぶことができる。しかし、それだけのWエネルギーを確保するためには、稲妻の直撃を受けるくらいのことはしなければならず、ただし、稲妻というものは、どこに落ちるか、いつ落ちるかが予測不可能なため、現実的な手段では無いだろうということだった。

「……だから、君たちを元いた時代に返してやるにも、なかなか一筋縄じゃいかない。何年かあれば、雷の落下位置を人為的に作ることも可能かもしれんが……」
「じゃあ、雷を起こせばいいんじゃないか? ポケモン使ってさ」

 ホップの指摘はもっともだが、ドクはそのことも織り込み済みであり、彼が言うことには、現在確認されている程度のポケモンではたとえレベルが100になっても難しいということだった。
 単純に技の威力だけで決まるわけでなく、ポケモンそのものの大きさ、とりわけ十分な高さが重要であるらしい。

「ダイマックスでも足りないのか? キョダイマックスは?」
「おう、マーティ……君は一体何の話をしているんだい」
「――未来の話さ」
 若き研究者は、にやりと笑ってみせた。

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【補足】ドクとは?
 ドクの本名は、本人も名乗りたがらないのでこの当時マグノリア以外には知られていない。
サナが未来の孤児院『HOME』で見たタイムパラドックスの文献の著者名もペンネームである“ドク”であった。
 噂によると、カントーやアローラに親戚がおり、彼らは皆、著名な博士である。彼ら優れた研究者を多く輩出する一族の名字は『オーキド』というらしい。
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special thanks,
バック・トゥ・ザ・フューチャー

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