第八節 火蓋の行方

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 会場の溢れかえる熱気の中、姉さんに太鼓判を押されたダンス審査を終え、選手控室へと戻っていく。
 刀を持ってのキュウコンとの演舞。アタシにとっては昔からの慣れ親しんだ動作だが、どうやら客と審査員には“美しい”と思われたらしい。
 そのまま普段とは違い、見慣れたウォームアップ器具が撤去された部屋に入ると、さっきまで談笑してたコンテスト参加者達は皆一様に押し黙った。
 ただ部屋に設置された大会中継を映すモニターが、賑やかしい声を虚しく部屋に響かせる。
 アタシが部屋のベンチに向かえば、そこだけ別の絵の具を垂らしたかのように人波が割れていった。

「はぁ……この扱いも慣れたもんだが、どうも気持ち悪ぃな……」

 その言葉に「はみ?」と応える奴もいないため、いつも以上に人混みが居心地悪く感じる。
 集計結果が出るまでの時間もまだまだ長いため、どうせだし眠って時間を潰そうかと思っていたその矢先。
 人間の壁を「うぎぎぎ」と変な声と共に掻き分けてきたのは、他でもなくアタシをコンテストに巻き込んだ奴だった。

「よぉクソちび警官ちゃん、わざわざアタシを訪ねてくれるなんて殊勝な心がけじゃねえか」
「ふん、逃げずに来てるか確認しに来ただけですよ。誰かと入れ替わってたらコトですからね」
「はっ、お前こそ尻尾巻いて逃げ出さなかったみたいだな。感心感心」

 二人で再会を祝していると、気持ち周りの参加者達がアタシらから離れていく。
 そんなシナノの衣装は、可愛らしくフリルの施されたエプロンドレス。悔しいが、その顔立ちと相まってとても似合っていた。

『さあコンテスト一次審査の結果が出ました! 今回残ったのはこの三十二人っ! 彼らが鎬を削るトーナメント表はこれだっ!』

 そう言って、中継テレビにはやけにポップな背景で、残ったメンバーの対戦表が映し出された。
 ざっと目を通せば、アタシもクソチビ警官もしっかりと名前が残っている。が、その並んでいる場所が問題だった。

「はっ、ちょうど良いじゃねえか。決勝で当たるなんざ運命的だな」
「見事に真反対の位置に名前がありますね。ふん、途中で負けた方が赤っ恥書かなくて済むと思いますよ?」
「弱い犬ほど良く吠えるってか?」

 トーナメント表では一六人ずつの二ブロック存在するが、アタシらは見事に別リーグ。いつぞやの喧嘩の約束を果たすには、互いに決勝に進むしかない。

「ま、精々期待しないで待ってますよ」
「そっちこそ尻尾巻いて逃げんなよ?」


◆◇◆◇◆◇◆


 その後というもの、アタシもチビ警官も順調に決勝へと駒を進めていく。あのチンチクリンは来た話によると他のコンテストでの優勝経験もあるらしく、どうに入った様子で次々と勝ち進んでいた。
 アタシもリーグで場慣れはしてるし、姉さんのハハコモリに鍛えられたお陰でなんとかなっている。
 相手が『バブルこうせん』を放ってくれば凍らせて綺麗なガラス細工のインテリアみたいにしてやった。他にも、『ミラーショット』が飛んで来れば、逆にキュウコンの『マジカルシャイン』で自身を輝かせる間接照明にしてやった。
 そうしてコンテストを相手の攻撃を利用することで勝ち進めていくと、やはりというか、最後に残った相手はシナノだった。

「僕に負けるために、ちゃんと勝ち残ってきたようですね」
「はん、お前こそ無様を晒す準備はしっかり出来てんだろうな?」

 最初に会ったときとは違い、人影もまばらになった控え室。競技の残酷な一面をのぞかせながら、軽い挨拶のような軽口を叩きつつ時間を潰す。

「お二人とも、お時間です」

 手慰みに刀を撫でていれば、関係者用の扉から出てきた大会スタッフが、ようやく決勝戦の開始を伝えに来た。
 手を上げて背筋をぐっと反らすと、その勢いで足を振り上げ二足で立つ。
 隣で小さく立ち上がったチビと並んで、少しづつ輪郭を明らかにする歓声の元へ、コートへの暗く長い廊下を進んでいく。
 そんな道の最中、やかましくアタシの刀に向けられた鬱陶しい視線がどうにも気になって仕方がない。

「おい、お前さっきから喧しいんだよ。チラチラチラチラ刀みやがって。言っとくがちゃんと登録証だってあるんだからな」
「持ってなかったら銃刀法違反ですよっ。そうじゃなくて、リーグ戦でもずっとその刀持ってるみたいですし、何か思い入れでもあるんですか?」
「あぁ? なんでそんなこと言わなきゃいけねえんだよ」

 そのとき、別の方向方も声がかかった。

「あ、でも私も気になります。私服でも肌身離さず持ってるじゃないですか」

 先導する委員まで話に乗って来やがり、ふんふんと二人分の鼻息がその場に木霊する。
 口をへの字にしてしばらく黙っていたが、それでも何度も向けられる小蝿のような目線に、とうとうアタシの方が参ってしまった。

「だーっもう分かったよ。テメエらアタシの集中力でも削ごうとしてんのか」

 眉間を深く揉み込むと、思わず半目になりながら刀を少し持ち上げる。

「アタシは戸籍上の名字は“バーバトス”なんだ。だからまぁ、なんだ、アタシはリリーの義妹になるわけだ。でもほら、身長が天と地ほども違うだろ?」
「ええ、先代委員長がフキさんを拾ってきたのは、もう十年も昔になりますっけ?」
「ああ、そん時に唯一、アタシが実家から持ち出せたのがこの刀ってわけだ。ま、それ以来なんだか手放すのもアレだからずっと握ってるってわけよ」

 肩に担ぎなおした刀で体を軽く叩くと、しゃなりしゃなりと衣装につけられた鈴がなる。

「へぇ、ちなみに粗暴な四天王サマの元の苗字ってなんだったの?」
「口の聞き方を警察学校で習ってねえみたいだな。アタシの苗字は――いや、また後でだ。もうコートに着いちまうぜ?」

 コートから指す光が目に眩しいところまで、いつの間にやら辿り着いていたようだ。ここからはもうステージの上、アタシとチビは対戦相手だ。
 アタシは手を上げ会場に入り、シナノは四方八方に手を振って愛嬌を振りまいている。

『さあ宴もたけなわ、熱気も高まる決勝戦っ! ついに長くも短かったこの大会も、終わりを迎えようとしておりますっ!』

 気付けば日も傾き、空が藍色に染まり始めたであろう時間帯。あいにくリーグの天井のおかげで空模様を見ることは叶わないが。
 それにも関わらず観客たちは疲れるどころか、今日一番じゃないかとも思える歓声を上げていた。
 アタシが一足先にコートの端、トレーナーが居るべき場所に足を運び、やや遅れてシナノが反対側に並び立つ。

『片や豊富なコンテスト経験と実力を持ったシナノ選手っ、対するは今回のダークホース、四天王のフキ選手だぁーっ! さあ今まさに、勝負の火蓋が切って――』
「ちょっと待ったっ!」

 アタシは声を張り上げると司会のマイクを指差し、クイとこっちに渡すように手を曲げる。
 司会は困惑した様子だったが、軽く一睨みするとすぐにマイクをこっちに運んできた。
 それを借り受けると、一息、呼吸を深くする。

『おいお前らぁっ、盛り上がってるか?』

 アタシがそう呼び掛ければ、会場はワッと声を上げる。上場の盛り上がり具合だ、これならば、ずっと考えていたアレだってきっと受け入れられるはずだ。

『アタシは知っての通り四天王だ。今までだって使える技の数のハンデを喰らってきたが、決勝戦じゃそれがねえ。だけどそれじゃあつまらないと思わねえか? 四天王のアタシが一方的に勝つのを見て楽しいか!?』

 そう問いかければ観客席から「面白い訳ないだろーっ」と野次がバンバン飛んで来る。そうだよな、アタシだって実力が拮抗していない試合なんて願い下げだ。
 シナノの自尊心には悪いが、これも観客のため、この場の勢いで押し通させて頂こう。

『だからアタシはここに宣言させてもらうぜっ! 一発だっ、相手に当てる攻撃はたった一発のみで勝たせてもらうっ! それが出来なきゃアタシの負けだし、もちろんポイントゲージが0になっても同じだっ』

 そう言って、司会にマイクを投げ返す。相手は戸惑った様子でマイクをどうにかキャッチすると、少し困った表情をしたが、プロの気合ですぐさま笑顔を取り戻した。

『ここでなんとっ、フキ選手からの一発K. O. 宣言だーっ。大会運営にも確認したところ「なんか面白そうだから良し」と許可が今、出されましたっ!』

 チビ警官からは鋭い視線が飛んで来るが何を今更どこ吹く風。ニヤリと笑い返してやれば、向けられる視線がさらにキッと厳しくなった。

『さあ、ではここで今一度ルールを確認しましょうっ。コンテストではポケモンの気絶の他に、華麗な技を出した場合に相手の所有しているポイントゲージを削ることができます。このゲージを先に削り切るか、タイムアップで持っているポイントが多い方が勝利ですねっ!』

 その言葉を聞きながら、懐にしまったモンスターボールを取り出す。向こうを見れば、チビもどうやら気合十分のようだった。

『そして今回の大会ではフキ選手にスペシャルハンデ、自身のポイントが相手より多くないと、相手を気絶させても敗北扱いになります。加えて先程の一発K. O. 宣言も勿論有効ですっ!』

 モンスターボールを互いに構え、腕を引く。

『さあ長らくお待たせいたしました! ウラヌシティコンテスト決勝戦、開始ですっ!』

「さあ頼むぜキュウコンっ!」「やっちゃいましょう、サダイジャ!」

 歓声とともに繰り出されたるは二匹のポケモン。
 キュウコンは疲れをおくびにも見せずに凛と着地し、尻尾を意気十分と震わせる。
 相対するは、すなへびポケモンであるサダイジャ。4m近い巨躯を巻いた姿は大質量特有の圧迫感があった。
 さらにそのサダイジャはコンテストに臨むためなのか、体に流麗な水の流れるが如き刺青を施されており、悔しいが荒々しくも綺麗な瀑布の如き様相で見事だった。

「へえ、このアタシに地面タイプで挑もうなんていい度胸してるじゃねえか。舐め腐ってくれちゃってなぁ」
「その言葉、さっきの貴方のう一発K. O. 宣言にお返ししますよ」

 キュウコンの特性『ゆきふらし』によって、屋内だろうと構わずパラパラと霰が降り始める。
 互いに間合いを図り踏み込みあぐねていたが、先に仕掛けたのはシナノだった。

「さあ魅せますよ、『すなじごく』ですっ!」
「みしゃーっ」

 シナノが声高くそう告げてから、サダイジャの動きは速かった。首元の砂袋を収縮させると素早く砂を吐き出し、蛇の如く意思があるかのような動きで地面を這う。
 そのまま三匹に分かれた砂の蛇はキュウコンを囲い込み、逃げられないように砂の檻を作る。

『シナノ選手得意の蛇の牢獄だーっ! 今日一番の完成度っ、一度に三体の蛇は初めてですっ!』

 その言葉とともに、フキが所有しているポイントが減少していく。されどその程度で彼女の肝は揺らがない。
 不適に口角を持ち上げると、キュウコンに今日初めて、『れいとうビーム』『マジカルシャイン』以外の指示を出す。

「さあ大変だった特訓の成果を見せるぞ、『オーロラベール』っ!」

 瞬間、キュウコンの纏う空気感が変化する。パラパラと降っていた霰はより細かくなり、キュウコンを護るように渦を巻く。
 ――オーロラベール、その光は侵入するもの全てを拒む光の壁。緑から青、青から紫へと変わり行く光の波は神秘的で、そして何より気高かった。

「はっ、その程度で僕の『すなじごく』が突破できますか!」
「技は一個で完結しねえんだっ、その賢い頭によーく刻み込んでおくんだな! 『マジカルシャイン』っ!」

 打ち出された『マジカルシャイン』は、真っ直ぐ極光の波へと入射。
 次の瞬間、誰もが予想だにしていない事が起こる。
 『オーロラベール』を通過した光の攻撃は、そこを通過する瞬間、幾条もの細い光に分岐。さらにはベールの内でそれぞれが弧を描くと砂の大蛇に殺到。
 様々な方向から首や胴体を貫くと、砂像は儚くも風に散った。

『フキ選手っ、ま、『マジカルシャイン』を分岐させたァーっ!? キュウコン、一歩も動かずにシナノ選手の得意技を破りましたっ』

 『オーロラベール』は厳密に言えば、細かい氷塵を用いた物理・特殊どちらにも作用する防壁であり、実在するオーロラのように大気中の分子による発光現象では無い。
 つまりはそこに実在する物質であり、オーロラの光も氷によって分光され、そう見えているのだ。
 そう、氷も光を屈折する。
 ウユリ邸でフキが、自身の汗の煌めきによりみつけた新たな戦闘方法、それが『マジカルシャイン』の屈折攻撃。
 『アイアンテール』より素早く、遠近に対応する攻撃。彼女が編み出した打開策はこれだった。

「なんてデタラメなっ、そんなのリーグ戦で一度も使ってなかったじゃないですか!」
「そりゃ姉さん家で思いついたからな。好きな方向に曲げれるようになるまで、死ぬほど練習したんだぜ」

 そう語らう間にも、シナノの所持ポイントが減少する音がした。
 一瞬たじろいだ様子のシナノだったが、すぐさま自身の膝を叩いて思考を戦線復帰。素早く次の一手を手繰り寄せる。

「サダイジャ『がんせきふうじ』です、僕たちも大盤振る舞いですよっ」

サダイジャはその体躯を活かして尻尾を叩きつけると地面を砕き、その瓦礫を弾き飛ばしてキュウコンを狙う。
 しかし、オーロラベールを十全に展開したキュウコンの前では大振りすぎる。『マジカルシャイン』で撃ち落とせば、瓦礫は砕けてバラバラになった。

「まだですサダイジャっ、今回はもっといっぱい『砂じごく』です!」

 瓦礫や先程吐き出した砂を交えて作り出された大蛇は、その質量ゆえうまく制御が効かないのかゆらゆらと頼りなく、キュウコンの近くまで辿り着いたところで自壊してしまった。
 その衝撃で砂塵がぶわりと巻き上がり、コートの下から1mはもうもうと細かい砂が立ち込める。

「だが『オーロラベール』をかき消すにはちょいと量が少ないんじゃないか?」
「それで良いんです、それが良いんですっ。この多くも少なくもないこの量が!」

 直後、砂煙の中キュウコンの正面方向、ほんの僅かサダイジャに施された刺青がチラリと見えた。
 フキはそのことに気付くと、努めて平静を装いながらも詰める算段を考える。

「さあ行きますよ、サダイジャっ、懐に飛び込んで!」
「生憎さっき見えちまったんだよ姿がさ! キュウコン、『れいとうビーム』で動きを止めろ!」

 キュウコンもどうやらサダイジャの姿は見えていたようで、それゆえ素早く尻尾を震わせ冷気を収束。集めた凍結エネルギーを口から迸らせた。
 蠢く砂蛇の動きを奪うように吐き出された『れいとうビーム』は即席の氷壁を作り、そこへサダイジャが激突。
 トドメにエネルギーを目一杯に溜めたマジカルシャインを放つ、そうキュウコンが構えたその瞬間。ふとフキの心中に違和感が鎌首をもたげる。
 あまりにも、サダイジャの動きが無さすぎるのだ。氷壁にぶつかった勢いで意識を失ったのか、それとも死んだフリなのか。
 彼女の思考が引き伸ばされる中、たった一つ選択肢が脳裏に浮かぶ。もし、シナノが本気でアタシの首を取るならどうするか。
 しかし、それを思いついた頃にはもう、蛇の牙が喉元まで迫っていた。

「サダイジャっ、『ドリルライナー』っ‼︎」

 シナノ渾身の気迫と共に言い渡されたその技は、キュウコンの背後・・から襲い来る。
 ドンっ、と重たい衝撃音。回転を伴い突き出されたサダイジャの尻尾は、防御の構えすら取れていなかったキュウコンを蹴鞠のように跳ね飛ばし、地面を何度もバウンドさせた。
 観客さえ何が起こっているか理解できない中、砂埃が晴れサダイジャと思われたものが明らかになる。

『これは凄いっ、サダイジャは自身の皮を使って、自身の分身を作り出していました!』

 そこにあったのは、サダイジャの川に砂や瓦礫を詰め込んだ、文字通りのサンドバックだった。
 このサダイジャの特性は『だっぴ』。砂埃の中で自身の刺青がなされた皮を脱ぎ、『すなじごく』の応用で動かすことで、質量を持った囮を生み出していたのだ。
 事実、砂から現れたサダイジャに刺青はなく、図鑑でも確認できるような柄となっている。
 相手の思い込みまで利用した、たった一回の奇襲攻撃。だがその効果は絶大だった。

「……お前に詫びよう。正直舐めてたぜ、ちんちくりんかと思っていたが、随分やるじゃねえか。お前、名前は?」
「まだ覚えてなかったんですかっ。シナノですよこの単細胞女」

 キュウコンは立ち上がり体勢を整えると、先ほどよりも鋭い光を目に宿す
 フキの方がポイントが削れながらも、互いにまだまだ闘志は十分。

「シナノ、アタシはお前を見くびらない。全力だ、全力の一撃を叩き込んでやる」
「はっ、光栄ですね。望むところですよ!」

 二人は深く息を吸い、観客の声を置き去りにするほど静かに集中する。
 だからこそ、他の誰よりも敏感に気づけたのだろう。
 フキは記憶の底に溜まった音を、シナノは訓練校時代に何度も聞いたあの機械音を。
 『ピーッ』という無機質な機械音、爆弾が爆発するその音を。
 直後、轟音がコンテスト会場を大きく揺らす。爆炎が天井をひた走り、熱波が観客の頬を舐める。
 突然の爆弾テロ、その衝撃に誰もが目を白黒させた。

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