【第139話】軋む常理、立ちはだかる代理人

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

コランシティ、ポケモンリーグ本部にて。
CCの急襲から数日が経過し、VCO上層部とジムリーダー連合の話し合いが行われていた。
相変わらず連合側からの出席率は低く、この場に居合わせたのはボア、セラ、そしてパーカーの3名のみであった。



「……しかし困りましたね。スモック博士曰く、イジョウナ地方のジムリーダーは9人いる……らしいのですが、記録には6人しか記載されていない。」
書類を目に通しながら、困惑した様子で話していたのは議長のパーカーであった。
CCの手によってステビアとスエット……加えてクランガとMA-Ⅰが消滅した関係で、彼女らはこの世界から存在が消えていた……否、「始めから居なかったことにされた」のだ。
ゆえに全部で9人いたイジョウナ地方のジムリーダーは、記録上6人に減っているのである。



「……やはり、信じてもらえませんか。」

唸る博士。

そこに返事をしたのはミチユキであった。

「うーん、俺は信じてもいいと思うっすけどね。実際、この地方にはジムの形を取っているバトルフィールドは9箇所存在する。そう……何故かずっと宿主が不在のジムが。」
だがそこへ更に、現職のジムリーダー達が異議を申し立てる。

「だがよぉミチユキ……俺たちって6人でジムリーダーやってきたわけじゃん?」
「そうですよ。じゃあ仮に『居なくなった3人』が居たとして……その名前って何なんですか?」
「………。」
ボアとセラの質問を皮切りに、会議は完全に行き詰まってしまった。
……そう、彼らジムリーダーにとっては「ジムリーダーが6人であること」は「前提的な常識」なのだ。





言うなれば此処は、CC……そしてそれに飲まれた3名の消滅によって『ステビアやスエットが最初から存在しなかった』IFの世界となったのだ。

その一方で、CCに強く関与していたテイラーやスモック博士……更には数名のSD適合者のみが、以前の世界やCCの事を覚えていたのである。

以前の記憶を持つ彼らからしてみれば「パラレルワールドに漂流した」かのように感じられ、そうでない者からすれば「急にVCOの人間がトンチキなことを言い出した」ように見える……極めて厄介な事態となっていた。



「……とはいえ、チャレンジャーたちからも問い合わせが殺到しています。『見覚えのないバッジがある』『取得したはずのバッジが無効扱いにされている』など……恐らく、スモック博士の言う通り、そのCCとやらの影響で世界の改変が起こったことは事実なのでしょう。」
書類を机に置きつつ、彼女は右サイドに座っていたスモック博士とテイラーの方へ目を向けた。

確かに彼らの言うことは、あまりに奇想天外で馬鹿げているように思える。

……が、スモック博士がVCOというれっきとした機関の長である関係上、虚偽とも言い切れないのが余計に悩ましいのである。



「まぁ……ひとまず頭の片隅には留めておいてくれや。恐らく、今後は調査でワケのわからん事を山ほど聞くかもしれんが……すまんな。」
「わかりました。我々もジムの仕事があるので完璧な対応は出来ないかもしれませんが……」
こうして平行線のまま、その日の対談は終わった。
スモック博士とテイラーは一礼し、部屋を後にする。
ジムリーダー達は、皆言いようのない蟠りを抱えることになったのだ。







会議室を後にして、スモック博士が思い出したかのように切り出す。

「そういえばテイラー。カナシバの10kmくらい南の森に、遺跡があるのは知ってるかな……?」

「あぁ。『ウチらは知らない』遺跡やな。……CCの事件以来、唐突に現れた得体のしれない集落跡や。」

彼らが口にしていたのは、急に出現したとある遺跡のことであった。

そこは5000年前の人類の文明がそのまま残されている貴重な遺跡……らしいのだが、その詳細情報は一切出てこない。

それどころか学のあるスモック博士やテイラーでさえ、件の遺跡の存在を一切知らなかったのだ。

実家のすぐ近所にあるそんな建造物を彼らが知らないなど、普通ならありえないことだ。



「……もしかしたらなんだけど。多分これって、CCが飲み込んでいた集落のひとつなんじゃないかな?」
「あり得ん話ではないな。というか、そう仮定すれば全て辻褄が合う。5000年前に飲まれて消えた集落が……CCが倒れてから元の位置に戻ったんやろ。」
そしてスモック博士とテイラーは、互いに顔を見合わせる。
「……行くかい?」
「当然。ウチも調べたいことが山ほどある。」
そう言いつつ、彼女は手元のタブレットを開く。



……その間際。
曲がり角にて、テイラーは何者かに危うくぶつかりそうになった。



「おっと……!すまんな。」
テイラーが軽く頭を下げると、ぶつかった相手……褐色肌の少年もまた一礼する。
「いえいえ……こちらこそ。ご無礼をお詫びいたします。」
そう言うと彼は、そのまま遠くの廊下に歩いて消えていってしまった。



「………なぁおっちゃん。今の奴……なんか臭わんかったか?」
「臭う……?」
「獣臭い何かっちゅーか……人間じゃない何かっちゅーか……」









ーーーーー時を同じくして。

VCOとの会議の終わった部屋には、ジムリーダー連合の面々のみが残る。

「……しかし、このまま始めるんすか?新人の面接とやらを。」
「えぇ。実際、ジムリーダーをすぐにでも増員しないと立ち行かないのは確かです。この地方は再挑戦が認められない関係上、今のジムの数では余裕がない。加えてアンコルとフウジとスネムリの空きジムの件もあります。ここで志願者が現れたのは渡りに船ですよ。」
そう言いつつ、パーカーらは机を運びながら面接室の準備を整える。
「そうですね。あと1ヶ月もすれば今年のリーグですし……」
セラが目をやったのは、会議室の端に貼ってあったカレンダーだ。
現在は7月の中旬。
リーグの開催は8月の中旬なので、祝典の日はもうすぐそこまで迫ってきているのだ。





「だけど、ホントに大丈夫か?届いた履歴書、ワケのわからん文字が書いてあったんだろ?」
「そうっすね。俺は読めましたけど……あれ、5000年前の古代文字っすよ。」
「こ……古代文字?」
流石に驚いたのか、机を運びながらセラとボアは驚愕の表情を浮かべた。
「あぁ……一応書いてあることの意図は伝わるが、わざわざ現代語で書かない理由が分かんねぇっす。」
「ですよね。送り主の『ショール』という人物には、私のポケモンから返事を返しましたが、果たして来るかどうか……」
パーカーがそう言っていた、まさにその瞬間であった。



会議室の外から、ノックの音が聞こえる。
「あの、すみません!ただいま準備中で………」
「……ここですね。会場は。」
セラが返事をするが、その声を遮るように扉の向こうの主は答える。
まだ声変わりも訪れていないような、澄んだ少年の声だ。



その声の直後、扉が開かれる。
「……貴方がパーカーさんですね。はじめまして。」
声の主は、パーカーにお辞儀をする。
「っ………」
出迎えたジムリーダー達は、その姿を見て皆一斉に息を呑んだ。
そこにいたのは、人ではない。

まるで………











ーーーーー場所と時間は変わって、イジョウナ地方のとある山道。
足場の悪い坂を駆け下りていたのは、トレンチお嬢を背中に載せたレイスポスであった。
髪が短くなったことで、風の抵抗を受けづらくなって快適そうにしている。
彼は一応、テイラーの手によって人の姿に戻れる算段がついていたのだが……それよりも前に確認しなくてはいけない事項が発生したのである。



「全くもう!いきなりバッジを無効にするなんてリーグも酷いことするわね!電話で抗議しても『ステビアなんてジムリーダーは存在しない』の一点張りだし………!」
『……。』
風を切りながら、お嬢は頬を膨らませていた。
そう、彼女もまたCCの影響で被害を受けたチャレンジャーの一人だったのだ。
特に彼女に関しては、ステビアとスエットのバッジが2つ分無効にされてしまっている。
つまり4つ獲得していたはずのバッジは、2つにまで減らされてしまったのである。



「こうなったらアンコルシティまで行って真相を確かめるしか無いわ!!」
そういうわけで、お嬢はアンコルシティに向かっていたのである。
謂わばレイスポスがジャックに戻るまでの時間つぶし、というわけだ。



『……。』
「何よジャック、随分浮かない顔してるじゃない。」
そう言いつつお嬢は、レイスポスの顔を覗き込む。
事実彼は、腑に落ちないような顔をしていた。



『……なぁお嬢様。お前はホントに覚えてないのか?その……ブリザポスのこと。』
「まねね……。」
レイスポスとマネネは問う。
「……?」
しかしお嬢は、一向に首を傾げるばかりだ。
彼女の記憶の中からは、あの怪物の存在は消えていたのだ。
『……なんでもない。』
彼は再び前を向いた。





『(……そんなわけ無いだろ。俺が覚えているのに、お嬢様が忘れるわけがない。)』
レイスポスは狭い山道を抜け、険しい崖を飛び移る。
その山なりの軌道は、いくらか勢いが欠けていた。



しかし……思い当たるフシが無いわけではない。

『解離性健忘』という精神症状は、多く前例が存在する。

強大なトラウマや精神的ショックを与えられた時、人は己の心を守るべく、無意識にその記憶を忘却することがある。

お嬢の記憶喪失も、その症状と考えれば辻褄は合う。



『(だが……)』

元気のない彼に、マネネがそっと耳打ちする。
「(でも……もし本当に忘れているならそれはそれで幸せかもしれないよ。』

『……。』

「トレンチがもし、自分の知るブリザポスが消えたと知れば、きっと深く傷ついてしまう。立ち直れなくなるかもしれない。それならまだ……)」
『(し……しかし……)』



「……ちょっと。何コソコソしてるのよ。何?もしかして下ネタ?アタシも混ぜなさい!!」
彼らの心配を他所に、お嬢は非常に明るく振る舞う。
それはもう、今まで以上にだ。

『………。』

「………。」

その様子が、余計に彼らの心を抉っていった。













ーーーーーやがて昼過ぎに差し掛かるころ。
一行はアンコルシティに到着した。
街は相変わらずスイーツを求める女性で溢れかえり、中央部には洋菓子ブランド「パティスリー・ガトー」の所有する高層ビルがそびえている。
……かつてお嬢がステビアと戦い、初の勝利を掴んだ場所だ。



「よーし……ここね。この一件について、ステビアに問い詰めるしか無いわね。行くわよ……!!」
お嬢はレイスポスから降りると、腕まくりとともにビルの中へと駆けていった。
『あ、ちょっと……』
彼もまた、お嬢の背中を遅れて追いかける。



『……!』
その光景に、レイスポスはどこか懐かしいものを感じた。
駆けていくお嬢と、それを追いかける自分……
自分の記憶ではないのに、昨日のことのように思い返される。



『……やっぱり、アイツは居たんだよな。ここに。』



物思いに耽るレイスポスを他所に、遠くからお嬢が手を振る。
「ジャーーーーーック!置いていくわよ!!」
『……わかった。今行く。』
こうして彼らは、ジムの設営されている102階へと登っていった。







無題に長いエレベーターを降りた直後であった。
一行は見覚えのある人物とすれ違った。
「……!」
「れ……レイン!?」
なんとアンコルジムの前ですれ違ったのは、レインだった。



「アンタ、なんでここにいるのよ?まさか……」
「あぁ、多分キミと同じ理由だ。ステビアに問い合わせる目的でこの街に来たんだ。」
そう……レインもお嬢と同じく、ステビアに勝利したはずのチャレンジャーだ。
しかし彼もまた、その勝利をなかったことにされていた。
加えて彼もバベル教団とCCには関わっている上、SDの元適合者。
消えたステビアの存在を覚えていたのだ。



「だけど……アンコルジムのリーダーは別の人物に置き換わっていた。どうやらリーグ側が、CCの世界改編直後に補欠を雇ったらしい。」
「ほ、補欠……!?そいつと会ってきたの?」
「あぁ、会ったよ。……会ってボロボロに負けてきた。」
「!!?」
一行は、皆驚愕する。
それもそのはずだ。
体調不良時以外に目立った負けの無いレインが敗北を喫するなど……予想外だったからだ。



『ほ、補欠ってそんなにヤバイやつなのか!?』
「ヤバいなんてもんじゃない。アレはそもそも……」
レインがそう言いかけた時、彼の背後から声が割り込んできた。







「こんにちは。お客さんですか?」
「!!?」
レインの後ろからお嬢らに声をかけてきたのは、中東風の民族衣装に身を包んだ褐色肌の少年であった。
白布とローブで全身を覆っており、身長はお嬢より少し高いくらいだ。
推定、10歳前後というところだろうか。



「ま、まさかアンタが……!?」
「ふふ。はじめまして。ボクがアンコルシティ・ジムリーダー……ショールといいます。よろしく。」
ショールと名乗った少年は、にこやかに笑って返事をする。



「……!!」
その笑顔を見て、お嬢らは皆一斉に寒気を感じる。
全身を駆け巡る、謎の不快感だ。
目の前にいる者が放つ気配は、人間のそれではない。
まるで自分自身らと同じような…………



だがその違和感を感じた直後。
お嬢はそれをすぐに振り切り、ショールに問い詰める。
「……!そうよ……!アタシはここのジムリーダーであるステビアに勝ったのよ!バッジが没収されてるなんておかしいじゃない!!」
「……違います。ここのジムリーダーはボクですよ。」
「……!!」
「もしここのバッジが欲しいなら、キミはボクを倒すしか無い。ボクはこのリーグに認められた、ジムリーダー連合の一員なのですから。」

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