ホップ・ステップ・リープ
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ヨロイ島に来て、何度か夜を明かした。マッシュとノエルは、テントが別々にも関わらず、毎晩テント越しに口喧嘩をしていた。
そして今も、
「何で朝飯が納豆なんだよ? 頭おかしいんじゃね?」
「うっさいわ! エースバーンのカッコしてるアホに言われたないわ!」
いい加減にうんざりしながらも、ノエルのスマホロトムでマスターと通話させてもらう度、頑張らねば、と何とか自らを鼓舞する日々だ。
【でさー、あたし、ついに道場主と闘うことになったのよ!】
マスターは順調そうだった。まずは信頼を得て、色々と教えてもらおうという魂胆だろうか。いつの間にか、全力で道場に弟子入りしている様子だった。
マスターが言うには、今は東の国に伝わる限られた武人のみが繰り出すことのできる奥義「かめはめ波」の特訓をしているようで、もう少しで出せそうとのことだった。もはや目的を見失っている可能性まであった。
もちろん、私たちも無駄に過ごしている訳では無い。ポプラと別れてからは、何日か調査のため費やした。
その甲斐もあって、私たちは、およその地形の把握と、あらかたのポケモンの分布を調べ終えた。レイドもいくつか挑戦してみたところ、やはり、ワイルドエリアと同等のものという認識に誤りはなく、マッシュはここを新たな“管理地”と決めたようだった。
「ここは今日から、マッシュ様の領土だ! 俺が管理するぜ!」
キノコのマークの旗を地面に突き刺し、右腕を高く掲げる。心無しか背景に『ドン!』という擬音が聴こえた気がした。
マッシュのいう“管理”とは、しのぎを得るためのアウトロー的な縄張りのことであり、法で管理されるようなものではないが、裏の世界ではある程度の意味と拘束力を持つ。相変わらず商魂逞しい男である。
「お、あれ? 人間か?」
そんなマッシュの宣言をかき消すように、ひとりの少年が草をかき分けて、顔を見せた。
癖のある黒髪、特徴的な黄金色の瞳。その顔には覚えがあった。
「あ、サナ! そのうち会えると思ってたぞ。ちょっと前まで、お前のご主人と一緒だったんだ!」
何故か口元からハチミツの匂いをさせながら、ホップは笑った。
話を聞くと、ホップはこの島ですでにマスターと会っており、協力してダイミツと言われる、巨大なビークインの巣からしか採れないハチミツを採取したのだという。
「いやー、まさか来てるなんて知らなかったからさ。お前のご主人と会った時には驚いたぞ」
どこか嬉しそうに一通り説明すると、
「だけど、もうビークインはこりごりだぜ。お前のご主人は強いから、どうってことなさそうだったけど。あいつなら、すぐに道場の試練もクリアすると思うぞ!」
いつの間にか道場破りから、弟子入りへと趣旨が変わっているのは、先程のマスターとの通話で聞いていた。その場の気分でころころ変えるあたり、相変わらずだなと感じた。
「ところでさ、この島のよう環境はここだけじゃないんだ。ガラルの南、俺たちの故郷のハロンタウンよりさらに南に雪原が現れてるんだ」
ホップが言うには、実はこの鎧の孤島の他にも似たような形で雪原が出現しており、ソニアはそちらの探索を主とし、分担して調査に当たっているとのことだった。
「ガラル粒子の豊富なのが特徴的な地だ。パワースポットだぞ。ソニアと俺は、ガラル粒子のことだけじゃなく、座標軸の転移の件も含めて、調査を進めているんだ」
「おい!」
突然、眠そうにその話を聞いていたマッシュが声を上げる。
「お前、なかなか見どころありそうじゃねぇか。どうだ、仲間にならねえか?」
ドン!
「俺と一緒にガラルのてっぺん目指そうぜ!」
ドン!
馴れ馴れしく寄るマッシュに、
「あんたのその馴れ馴れしいの、誰かとキャラ被っとんねんなあ。誰やったかなあ……」
ルリナは記憶を辿ろうとしていたが、思い出せないようだった。ちなみに、私には心当たりがあったが、そっとしといた。
「あ、納豆嫌いなとこも一緒や! あいつやん、あいつに似とる!」
「あ? 俺は俺だ。誰でもねえよ。つーか、なんで今朝カレーに納豆なんて入れたんだよ。わけわかんねぇよ。おとなしくタマゴか、豆そのまま入れるかすりゃイイだろ」
「いや絶対おいしいで。あんたがおかしい」
「ジョウト人のクセに何で納豆が平気なんだよ?」
「は? それは勝手な思い込みやろ。アンタみたいなやつがな? 中途半端なボケかまして、“今の突っ込むところやろ?”とか、ジョウト人ならオモロイこと言うてぇやとか、無茶振りするんや!」
一時が万事、四六時中この様子なのである。
いよいよ、私は苛立ちがピークに達していた。
「お前のかあちゃんデベソー!」
「お、オカンは関係ないやろ!? それとも何や、いつの間にかオカンのヘソ見たんや!?」
「お前のかあちゃん、チチナシー! まな板の上のレーズン!」
「は? オカンはあるわ! 無いのはウチや!」
ギャーギャー、ぎゃあぎゃあ。
『あの、マッシュ、ノエル。ちょっとホップの調査を手伝って来ます。二手に分かれた方が効率的です』
方便だ。ホップと一緒に行動している方が静かな気がしたからだ。
喧嘩する二人はそんな私を気にした様子もなく、相変わらず言い争いの様相である。
「サナ、いいのか? あいつら、あのままにして」
ホップは少し心配そうな様子だったが、私が頷くと、深く考えずに「よろしくな、サナ」と微笑んだ。
※
ホップの持つ機械をもとに、各地形の持つエネルギーの波長を調べていく。調べ方としては直接足元の地面に計器を当て、近くの赤い柱の立つ巣穴にも同様に計器を当てるというシンプルな作業だった。
これによりわかったことは、満遍なくこのヨロイ島にはガラル粒子が溢れているということだった。
「すごいぞ。ガラル本島よりも遥かに多いぞ。あのワイルドエリアよりもだ」
ガラル粒子の多い理由。
私は少しだけ思いついたことを口にしてみる。
『このヨロイ島が元あった場所に、大きな隕石が落ちたとすれば、同様の結果が出る?』
「厳密には少し違う……かな。地球上には存在しない物質やエネルギーが宇宙にはある。ガラル粒子がそれと結合した時に起こる化学変化がレイドだったりダイマックスだったりするんだ」
『パワースポットと呼ばれるガラル粒子が豊富なエリアに、大昔に落ちた隕石のエネルギーが合わさっていれば、この赤い柱は出現するということ?』
「仮説だけど、そうなる。日によって何本か自然発生するのはそのせいだと思う。ワイルドエリアは過去に大きな隕石が落ちて出来た巨大なクレーターが平地になったんじゃないかって言われてるんだ」
ホップは生き生きと答えた。ソニアとあの夜話したことを思い出す。
今のこのホップの研究に対する意欲も、マスターにポケモンバトルで負けたことの裏返しなのだろうか。
「なあ、あいつはさ。何を追ってるんだ? 道場破りとか寄り道してるみたいだけど、何か目的があって旅してるんだろ?」
巣穴と言われることもあるレイドの赤い柱の立つ穴を調べていたホップは、計器をいったんバッグに仕舞いながら尋ねた。どうやら踏み込んでは聞いていないらしい。
『この世界で今起きている不可思議なことの調査とその解決……ということになるのだと思う』
「不可思議なこと? ソニアも言ってた座標軸の話と関係あんのか?」
私は色違いに光るポケモン、それも伝説級の存在を話した。それがあり得ない個体であることも。
また、各地で起きている物あるいは人のテレポートとも言える移動――これは、ホップも何となくは知っていたが、それも教える。
「うーん。わけがわかんなくなってきたぞ」
まだ研究者と言うには早い助手の身であるホップは頭を抱えた。
「だけど、今、ここにその事象が存在しているってことはわかったぞ」
そして指さした先には、うっすら紅色を帯びた小さなポケモンが宙に浮いている。私はこのポケモンを図鑑の知識で知っているが、色は確か緑がかっていたはずだ。
「色違いのセレビィ……。それもレベル100か」
幻のポケモンと言われるセレビィがそのあたりにふわふわ浮いているのである。恐らくは巣穴から出てきたのだろうが普通ではない。
セレビィは身をよじり、私とホップめがけ、何かを叫んだ。目の焦点が合っておらず、一目で混乱している様子が見て取れた。
瞬間、強烈な耳鳴りと目眩がし、頭がぼうっとしたかと思うと、周囲の景色が揺れ始める。ぼやける視界にはホップが頭を抑えている様子が映る。
どうやら、ホップも私と同じ状況にあるらしい。
しばらくし、目眩がおさまり、周囲を見渡すが、特に何の変化もなく、セレビィもその姿を消していた。
「一体どうなってんだ……?」
首を傾げるホップだが、私にもさっぱりわからなかった。
しかし、研究は一段落したのだから、とりあえずマスターのもとへ戻ろうと、道場へ向かった。
集中の森、清涼湿原と抜けたが、浜辺の見える平野に出ても、道場らしきものは見当たらない。
「おかしい……スマホロトムの電波が入らないぞ」
ホップは誰かと連絡を取ろうとしたが、全く電波を受信できていないようで、首を傾げていた。
私は一抹の不安を覚え、もう一つある建造物であるステーションへと向かった。
「何でだ……?」
そこには作り直される前と思われるレトロな駅舎があり、線路はどこか遠くまで続いているようだ。ヨロイ島は孤島ではなく、大陸の一部であるようだ。
ホップが大きな口を開けて、駅舎のやや型の古いブラウン管のテレビを見上げており、私もつられてそちらを見上げた。
見慣れた薄い液晶のディスプレイではない。それだけではなく、色もカラーではなく、白黒であった。
駅舎のカレンダーの日付は古く、五十年前以上の日付を示している。
白黒のブラウン管には若い男女のトレーナーがポケモンバトルをしようとしていた。これは恐らく、決勝戦だと直感する。
その女性の顔にはうっすら面影がある。うら若さが目立つが、きっとポプラだ。
私たちはどうやら――過去のガラルへとやって来たようだった。
――――――――――
【補足】かめはめ波とは?
両手を前方に突き出し、凝縮した「気」を掌から放出する、気功波の一種。 かつて、とある老師が厳しい修行の末に、「気」を自在に操る術を身に付け、編み出したこの気功技に「かめはめ波」と名付けた。
世代が変われど、少年たちの心を掴んで離さない、遥か東方のカントー地方に伝わる伝説の技である。
著者も幼かった頃、クラスメイトの男子たちがかめはめ波の練習をしているのを見かけたものである。皆ひたすら、「んー!」やら「ヌゥゥゥゥ!」やら思い思いに、まるでトイレで踏ん張る時のような気迫であった。この時ひとりが、「今ちょっと出たかも……」などと言い出したものだから、「やっぱり撃てるんだ!」と盛り上がり、収拾がつかなくなったことも今は懐かしい。
サナのマスターが本当にかめはめ波を撃てるようになったのかは謎のままである。
――――――――――
そして今も、
「何で朝飯が納豆なんだよ? 頭おかしいんじゃね?」
「うっさいわ! エースバーンのカッコしてるアホに言われたないわ!」
いい加減にうんざりしながらも、ノエルのスマホロトムでマスターと通話させてもらう度、頑張らねば、と何とか自らを鼓舞する日々だ。
【でさー、あたし、ついに道場主と闘うことになったのよ!】
マスターは順調そうだった。まずは信頼を得て、色々と教えてもらおうという魂胆だろうか。いつの間にか、全力で道場に弟子入りしている様子だった。
マスターが言うには、今は東の国に伝わる限られた武人のみが繰り出すことのできる奥義「かめはめ波」の特訓をしているようで、もう少しで出せそうとのことだった。もはや目的を見失っている可能性まであった。
もちろん、私たちも無駄に過ごしている訳では無い。ポプラと別れてからは、何日か調査のため費やした。
その甲斐もあって、私たちは、およその地形の把握と、あらかたのポケモンの分布を調べ終えた。レイドもいくつか挑戦してみたところ、やはり、ワイルドエリアと同等のものという認識に誤りはなく、マッシュはここを新たな“管理地”と決めたようだった。
「ここは今日から、マッシュ様の領土だ! 俺が管理するぜ!」
キノコのマークの旗を地面に突き刺し、右腕を高く掲げる。心無しか背景に『ドン!』という擬音が聴こえた気がした。
マッシュのいう“管理”とは、しのぎを得るためのアウトロー的な縄張りのことであり、法で管理されるようなものではないが、裏の世界ではある程度の意味と拘束力を持つ。相変わらず商魂逞しい男である。
「お、あれ? 人間か?」
そんなマッシュの宣言をかき消すように、ひとりの少年が草をかき分けて、顔を見せた。
癖のある黒髪、特徴的な黄金色の瞳。その顔には覚えがあった。
「あ、サナ! そのうち会えると思ってたぞ。ちょっと前まで、お前のご主人と一緒だったんだ!」
何故か口元からハチミツの匂いをさせながら、ホップは笑った。
話を聞くと、ホップはこの島ですでにマスターと会っており、協力してダイミツと言われる、巨大なビークインの巣からしか採れないハチミツを採取したのだという。
「いやー、まさか来てるなんて知らなかったからさ。お前のご主人と会った時には驚いたぞ」
どこか嬉しそうに一通り説明すると、
「だけど、もうビークインはこりごりだぜ。お前のご主人は強いから、どうってことなさそうだったけど。あいつなら、すぐに道場の試練もクリアすると思うぞ!」
いつの間にか道場破りから、弟子入りへと趣旨が変わっているのは、先程のマスターとの通話で聞いていた。その場の気分でころころ変えるあたり、相変わらずだなと感じた。
「ところでさ、この島のよう環境はここだけじゃないんだ。ガラルの南、俺たちの故郷のハロンタウンよりさらに南に雪原が現れてるんだ」
ホップが言うには、実はこの鎧の孤島の他にも似たような形で雪原が出現しており、ソニアはそちらの探索を主とし、分担して調査に当たっているとのことだった。
「ガラル粒子の豊富なのが特徴的な地だ。パワースポットだぞ。ソニアと俺は、ガラル粒子のことだけじゃなく、座標軸の転移の件も含めて、調査を進めているんだ」
「おい!」
突然、眠そうにその話を聞いていたマッシュが声を上げる。
「お前、なかなか見どころありそうじゃねぇか。どうだ、仲間にならねえか?」
ドン!
「俺と一緒にガラルのてっぺん目指そうぜ!」
ドン!
馴れ馴れしく寄るマッシュに、
「あんたのその馴れ馴れしいの、誰かとキャラ被っとんねんなあ。誰やったかなあ……」
ルリナは記憶を辿ろうとしていたが、思い出せないようだった。ちなみに、私には心当たりがあったが、そっとしといた。
「あ、納豆嫌いなとこも一緒や! あいつやん、あいつに似とる!」
「あ? 俺は俺だ。誰でもねえよ。つーか、なんで今朝カレーに納豆なんて入れたんだよ。わけわかんねぇよ。おとなしくタマゴか、豆そのまま入れるかすりゃイイだろ」
「いや絶対おいしいで。あんたがおかしい」
「ジョウト人のクセに何で納豆が平気なんだよ?」
「は? それは勝手な思い込みやろ。アンタみたいなやつがな? 中途半端なボケかまして、“今の突っ込むところやろ?”とか、ジョウト人ならオモロイこと言うてぇやとか、無茶振りするんや!」
一時が万事、四六時中この様子なのである。
いよいよ、私は苛立ちがピークに達していた。
「お前のかあちゃんデベソー!」
「お、オカンは関係ないやろ!? それとも何や、いつの間にかオカンのヘソ見たんや!?」
「お前のかあちゃん、チチナシー! まな板の上のレーズン!」
「は? オカンはあるわ! 無いのはウチや!」
ギャーギャー、ぎゃあぎゃあ。
『あの、マッシュ、ノエル。ちょっとホップの調査を手伝って来ます。二手に分かれた方が効率的です』
方便だ。ホップと一緒に行動している方が静かな気がしたからだ。
喧嘩する二人はそんな私を気にした様子もなく、相変わらず言い争いの様相である。
「サナ、いいのか? あいつら、あのままにして」
ホップは少し心配そうな様子だったが、私が頷くと、深く考えずに「よろしくな、サナ」と微笑んだ。
※
ホップの持つ機械をもとに、各地形の持つエネルギーの波長を調べていく。調べ方としては直接足元の地面に計器を当て、近くの赤い柱の立つ巣穴にも同様に計器を当てるというシンプルな作業だった。
これによりわかったことは、満遍なくこのヨロイ島にはガラル粒子が溢れているということだった。
「すごいぞ。ガラル本島よりも遥かに多いぞ。あのワイルドエリアよりもだ」
ガラル粒子の多い理由。
私は少しだけ思いついたことを口にしてみる。
『このヨロイ島が元あった場所に、大きな隕石が落ちたとすれば、同様の結果が出る?』
「厳密には少し違う……かな。地球上には存在しない物質やエネルギーが宇宙にはある。ガラル粒子がそれと結合した時に起こる化学変化がレイドだったりダイマックスだったりするんだ」
『パワースポットと呼ばれるガラル粒子が豊富なエリアに、大昔に落ちた隕石のエネルギーが合わさっていれば、この赤い柱は出現するということ?』
「仮説だけど、そうなる。日によって何本か自然発生するのはそのせいだと思う。ワイルドエリアは過去に大きな隕石が落ちて出来た巨大なクレーターが平地になったんじゃないかって言われてるんだ」
ホップは生き生きと答えた。ソニアとあの夜話したことを思い出す。
今のこのホップの研究に対する意欲も、マスターにポケモンバトルで負けたことの裏返しなのだろうか。
「なあ、あいつはさ。何を追ってるんだ? 道場破りとか寄り道してるみたいだけど、何か目的があって旅してるんだろ?」
巣穴と言われることもあるレイドの赤い柱の立つ穴を調べていたホップは、計器をいったんバッグに仕舞いながら尋ねた。どうやら踏み込んでは聞いていないらしい。
『この世界で今起きている不可思議なことの調査とその解決……ということになるのだと思う』
「不可思議なこと? ソニアも言ってた座標軸の話と関係あんのか?」
私は色違いに光るポケモン、それも伝説級の存在を話した。それがあり得ない個体であることも。
また、各地で起きている物あるいは人のテレポートとも言える移動――これは、ホップも何となくは知っていたが、それも教える。
「うーん。わけがわかんなくなってきたぞ」
まだ研究者と言うには早い助手の身であるホップは頭を抱えた。
「だけど、今、ここにその事象が存在しているってことはわかったぞ」
そして指さした先には、うっすら紅色を帯びた小さなポケモンが宙に浮いている。私はこのポケモンを図鑑の知識で知っているが、色は確か緑がかっていたはずだ。
「色違いのセレビィ……。それもレベル100か」
幻のポケモンと言われるセレビィがそのあたりにふわふわ浮いているのである。恐らくは巣穴から出てきたのだろうが普通ではない。
セレビィは身をよじり、私とホップめがけ、何かを叫んだ。目の焦点が合っておらず、一目で混乱している様子が見て取れた。
瞬間、強烈な耳鳴りと目眩がし、頭がぼうっとしたかと思うと、周囲の景色が揺れ始める。ぼやける視界にはホップが頭を抑えている様子が映る。
どうやら、ホップも私と同じ状況にあるらしい。
しばらくし、目眩がおさまり、周囲を見渡すが、特に何の変化もなく、セレビィもその姿を消していた。
「一体どうなってんだ……?」
首を傾げるホップだが、私にもさっぱりわからなかった。
しかし、研究は一段落したのだから、とりあえずマスターのもとへ戻ろうと、道場へ向かった。
集中の森、清涼湿原と抜けたが、浜辺の見える平野に出ても、道場らしきものは見当たらない。
「おかしい……スマホロトムの電波が入らないぞ」
ホップは誰かと連絡を取ろうとしたが、全く電波を受信できていないようで、首を傾げていた。
私は一抹の不安を覚え、もう一つある建造物であるステーションへと向かった。
「何でだ……?」
そこには作り直される前と思われるレトロな駅舎があり、線路はどこか遠くまで続いているようだ。ヨロイ島は孤島ではなく、大陸の一部であるようだ。
ホップが大きな口を開けて、駅舎のやや型の古いブラウン管のテレビを見上げており、私もつられてそちらを見上げた。
見慣れた薄い液晶のディスプレイではない。それだけではなく、色もカラーではなく、白黒であった。
駅舎のカレンダーの日付は古く、五十年前以上の日付を示している。
白黒のブラウン管には若い男女のトレーナーがポケモンバトルをしようとしていた。これは恐らく、決勝戦だと直感する。
その女性の顔にはうっすら面影がある。うら若さが目立つが、きっとポプラだ。
私たちはどうやら――過去のガラルへとやって来たようだった。
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【補足】かめはめ波とは?
両手を前方に突き出し、凝縮した「気」を掌から放出する、気功波の一種。 かつて、とある老師が厳しい修行の末に、「気」を自在に操る術を身に付け、編み出したこの気功技に「かめはめ波」と名付けた。
世代が変われど、少年たちの心を掴んで離さない、遥か東方のカントー地方に伝わる伝説の技である。
著者も幼かった頃、クラスメイトの男子たちがかめはめ波の練習をしているのを見かけたものである。皆ひたすら、「んー!」やら「ヌゥゥゥゥ!」やら思い思いに、まるでトイレで踏ん張る時のような気迫であった。この時ひとりが、「今ちょっと出たかも……」などと言い出したものだから、「やっぱり撃てるんだ!」と盛り上がり、収拾がつかなくなったことも今は懐かしい。
サナのマスターが本当にかめはめ波を撃てるようになったのかは謎のままである。
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