第50話:神の決断――その1

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 戦いに数多くの応援が駆け付けたことで、“マスター”は去り、スイクンの心身は無事に持ち主に返された。事態が劇的に動いたその瞬間にしかし、救助隊キズナは痛手を負い意識を失っていた。即座にエンテイとライコウにより傷の治癒を施され、命の危機から脱したのだった。

「う……」

 小さな声を上げ、セナがしばらくぶりに意識を取り戻す。目の前には、ホッとした表情のキズナの仲間たちがいた。セナより幾分負傷が少なく、先に目覚めていたようだ。

「よかったぁ!」

 ヴァイスが歓喜の声をあげ、セナに抱きつく。ふにふにした温かい身体に安心感を抱きつつも、なんだか照れくさい。セナは苦笑いしつつも。

「助かったんだ……オイラ」

 ポツリと呟くと、少しずつ実感がわいた。

「いやぁ、危ないところだったみたいだな。ライコウにエンテイに、メル姉やポプリたちに、広場のみんなに救助隊の奴らに……。とにかく、たくさんのポケモンが、オレたちを助けてくれたらしいよ。無事に、お前とオレの疑いは晴れましたとさ。めでたしめでたし」
「そっか……」

 ホノオの説明を受け、セナの心がじーんと熱くなった。しかし説明された内容に反して、辺りにそのポケモンたちの姿がないようだ。疑問に思ったセナが尋ねると、ホノオが説明した。

「オレたちキズナのメンバーに、ホウオウ様による秘密の話があるらしい。だから、みんなには先に、はるかぜ広場に帰っててもらったよ」
「秘密の話?」
「失礼。そろそろ礼を言わせてくれぬか……?」

 セナとホノオの会話に、スイクンがおずおずと割って入る。セナの視界はホノオとヴァイスとシアンに塞がれていたが、その背後に、ちらりと水色のさらりとした毛並みが映る。懐かしいしとやかな声色で、セナは理解した。スイクンは“マスター”から解放されたのだと。

「あっ、スイクン! 良かったぁ。元に戻ったんだな」

 セナは心から嬉しそうに、しっぽを振りながら目を輝かせる。そんなゼニガメを見下ろしながら、スイクンは目を涙で潤ませた。

「ちょ……どうしたの?」

 セナが戸惑う一方で、スイクンの両脇に立つエンテイとライコウがやれやれと首を振る。ホノオも「またかよ……」と心底呆れた声で呟いた。セナが起きる前に、スイクンはひととおりホノオにも謝罪をしたのだろう。涙目で。セナがその状況を想像するのは容易だった。

「汝ら……何故そのように我に寛容なのだ……。我の失態で、セナとホノオに多大な迷惑をかけたのだろう。それなのに、何故……」
「まぁ確かに大変だったけど……それはアンタが仕込んだことじゃない。アンタを責めても仕方がないことじゃないか」

 セナは軽やかに言い聞かせると背伸びして、よしよしとスイクンの頬を撫でた。その様子に、周りの皆がふき出す。さすがに恥ずかしくなったスイクンは、威厳を取り戻すための咳払い。そして、涙を振り払った。

「うむ。汝には謝罪以上に、感謝を述べなくてはなるまい。我を助けてくれて、本当にありがとう。セナ」
「そっ、そんな。オイラは何もしていない。何も……できなかったよ。みんなが助けてくれたから、何とかなっただけで……」

 “マスター”との戦闘を思い返してみると、セナは自責の念に駆られる。何ひとつとして敵を追い詰める策を繰り出せず、自分は憎しみを身に受けて耐え続けるだけだった。とうとう戦う力を失い気絶して、目が覚めた時には全てが片付いていて――。礼を言われるほどのことを、自分は果たしてなどいない。セナはしゅんとしっぽを垂らし、小さくなった。

「もーっ、そうやってすぐに自分を責めて。セナは全然変わっていないんだから」

 ヴァイスに叱られるが、セナは「だって……」と浮かない表情のまま。――ガイアを守るために、人間からポケモンになったはずなのに。自分はいつだって、その使命に見合う力を発揮できずに終わるのだ。特例として蘇生を許され、次がないというのに、この命はあまりにもちっぽけで弱い。ずーんと心が重くなり、ため息をついた。
 久しぶりにセナと再会できた。スイクンが正気に戻ってセナとホノオの疑いも晴れた。そんな喜ばしい状況にあまりにも不似合いなセナの暗い顔が悲しくなり、ヴァイスは力づくでも表情を塗り替えたくなった。セナがごちゃごちゃと考えている間に、背後に回り込んでしっぽを狙う。不意に、両手の指をもぞもぞとしっぽに這わせた。

「自分を虐める悪い子には、お仕置きだぞー!」
「ふあぁっ!? やめっ、ひゃはははは……!」

 力が抜けてしりもちをつくと、セナは転げまわって笑い声をあげた。甲羅が機敏な動きの妨げになり、ヴァイスの攻めからは逃れられない。全身の力が抜け、されるがままにしっぽをいじくり回される。

「もう二度と、自分を責めないと誓いますか?」
「誓う! 誓いましゅ!」

 こみ上げる笑いに言葉を揺さぶられながらも、セナは必死にヴァイスの問いかけに答える。――二度と自分を責めるな。そんな不慣れな要求に自分が適応できる自信などなかったが、そのようなことを深く考える余裕も与えられなかった。しかし、ヴァイスにとっては切実な願いのようで。ふざけ半分ながらもとても深刻に、セナに念を押してくる。より敏感なしっぽの付け根に、指を少しずつ移動させながら。

「言ったね。……絶対に?」
「ふぇえ!? う、うん! うんっ……!」
「絶対に絶対に?」
「にゃあああ! じぇったい、じぇったいにだよぉ! もうやらぁ、やめてぇーっ!」
「絶対に絶対にぜった――きゃっ!!」

 ヴァイスの拷問じみたお仕置きは、彼自身の悲鳴で絶たれた。誰かがヴァイスのしっぽをつついたのだ。ヴァイスは手を止め、しっぽを庇いながらバッと振り返る。

「いい加減やめてやれ……」

 ヴァイスの背後では、本気でセナを哀れんでいるホノオがため息をついていた。

「はーい」

 口をとがらせてヴァイスが言うと、スイクンたちが苦笑い。度を越えたイタズラは、伝説のポケモンを引かせるのに十分過ぎたようだ。シアンはのんきな口調で、セナに「大丈夫ー?」と問いかける。セナは一言「死んじゃう……」と答えると、ぜえぜえと息を切らして溢れた涙を拭っていた。すっかり真面目な話が逸れてしまい、一同はセナの呼吸が整うのをじっと待つことになった。
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「――で? 秘密の話ってのは?」

 どうにか落ち着いたセナは、真面目な顔でスイクンたちに問う。まだ少し、しっぽがムズムズと痒い。雑草にスリスリとしっぽをこすりながら話す様子は、幾分か間抜けであった。

「ホウオウ様から直々に、セナとヴァイスに話があるのだ」
「セナは分かるけど、ボクにも?」

 ヴァイスは大きなたんこぶをさすりながら、スイクンに聞き返す。基本的にはヴァイスに強く出られないセナも、堪忍袋の緒が切れたようだ。

「ホウオウは、神の仕事は大丈夫なのか? “命の神殿”をカラにしちゃうのは、まずそうだけど……」
「問題ない。お前たちが“あっちに逝けば”済む話だからな」

 セナの疑問に、エンテイは低く、威圧的な声で言った。キズナの4人に緊張が走る。まさか、神と会話をすると言うことは、自分たちが神の元へ――?
 沈黙の後に、エンテイは高らかに笑った。

「はっはっは! 冗談だ、じょうだ――いたっ!?」
「いい歳こいてふざけるな、クソジジイが……」

 ホノオのげんこつがエンテイの頭部に炸裂。殺気立った眼差しでエンテイを睨むホノオをなだめると、ライコウが正解を話しはじめた。
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「セナ君の言う通り、命の神殿をカラにしちゃいけない。だから、僕たち3人の力を使うのさ」
「ほえ~。どんな力を、どうやって使うノ?」

 珍しく適切にシアンが先を促した。ようやく話がスムーズに進みそうで、ライコウはホッとため息をつく。

「僕たち3人の魂を、半分“あっち”に送るんだ。その送られた魂と、ホウオウ様の魂を少々。これを材料にして、ホウオウ様の分身ができるんだ。しばらくは、その分身に神殿を任せればいいんだよ」
「へえ……」

 魂を原料にして分身を作る。恐ろしくスケールの大きな話に、キズナの4人はポカンと口を開けた。

「さあ、仕組みが分かったところで、実際に見せてあげる」

 ライコウが言うと、スイクン、ライコウ、エンテイの3人で小さな輪を作る。3人は目を閉じ、小さい声で、何か呪文のようなものを呟いた。直後、スイクンの身体は青色に、ライコウは黄色に、エンテイは赤色に輝く。それぞれの光は、きれいに2つに分裂する。本体から分断された方の光は、ひとつに混じり合うとスッと天へと昇って行った。

「直に、ホウオウ様がお見えになる……」

 スイクンが言った直後だった。天から金色の光の筋が差したかと思うと、ふわりとホウオウが飛来した。美しい虹色の羽を丁寧にたたみ、行儀よく降り立つ。あまりにも早い到着に、キズナの4人は拍子抜けした。

「お久しぶりですね、セナ。そして初めまして。ホノオ、ヴァイス、シアン」
「は、はあ……」

 セナは比較的落ち着いていて、ぺこりと頭を下げた。しかし他の3人は、ホウオウの美しい容姿に見とれ、心ここにあらずな返事を。ホウオウは苦笑いをするが、話を続けた。

「今日は、セナとヴァイスに用があって来ました。まずはセナ、お前からです」
「う、うん……」

 ホウオウに名を呼ばれ、緊張した様子でセナは返事をした。使命を課せられた身として、自分が十分な仕事をしたとは思えない。役に立たないお前の蘇生を、なかったことに――などと言われる可能性もある。嫌な予感に顔を引きつらせるセナに、ホウオウはゆっくりと言い聞かせた。

「お前の記憶について、考えがあるのです。ここ最近のお前の様子を見て確信しました。どうやらお前の記憶は、お前の精神に深刻なダメージを与えているようですね」

 最悪の想定が当たらずホッとしたのも束の間、セナはぎくりと反応した。図星のようだ。

「確かに、記憶の解放と引き換えに、お前の“心の力”は強くなっていきます。ですが……このままのペースで記憶が解放されると、力が解放される前にお前の心が壊れてしまう可能性が極めて高い。そうは思いませんか」
「ちょ……! ちょっと待って! それって、どういうこと? オイラに記憶をまた封印しろって言うの?」
「いいえ」

 ホウオウは、静かにセナの言葉を否定する。

「お前は、何もしなくていい。私が、お前の記憶を再び封印すれば、それでいいのです」

 諭すように従わせようとする圧力に、セナは恐怖を感じた。

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