第49話:セナの力

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読了時間目安:14分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「怖い……。怖いよね、セナ」

 セナの小さな小さな声を、ヴァイスは拾い上げる。孤独に追いやられて命の危機が迫るセナの心情を思うと、胸が締め付けられる。しかしヴァイスは、ほんの少しだけ嬉しかった。セナがその気持ちを独りで抱えずに、こうして自分たちに投げかけてくれたことが、嬉しかった。そんなセナに応えたいと、強く願ったのだった。

「大丈夫だよ、セナ。ボクが……ボクたちが、何とかしてあげる」

 ヴァイスは深呼吸を繰り返し、恐怖で高鳴る鼓動を落ち着かせようとする。セナを助けるには、水晶壁を破壊することが必須だ。壁が攻撃で壊せるのか、分からない。壊れるまでは、赤色の痛い光線を浴び続けるのかも知れないけれど。

「痛みなんて、怖くない。セナがこのまま死んじゃうほうが、よっぽど怖いもんね」

 ヴァイスは思い切り酸素を吸い込み、体内の炎を活性化させた。それを、ホノオが攻撃した場所と重なるようにぶつける。

「“火炎放射”!」

 全力の攻撃は、水晶壁に吸収されてしまう。壁は不穏な赤色に染まり、反撃とばかりにヴァイスに光線を放った。

「うわあああーっ!!」

 自分の限界まで力を出した。その攻撃が増幅されて跳ね返され、身が千切られるような痛みに絶叫する。ふらり。ヴァイスはうつ伏せに倒れた。

「ヴァイス! 大丈夫!?」
「へへ、ありがとう、シアン。準備がいいね……」

 シアンがすぐさま駆け付け、ホノオのために砕いていたオレンの実をヴァイスの口元に運んだ。ヴァイスは即座に硬いきのみを咀嚼する。少し傷が癒えると、バッグから出したオレンの実を丸かじりして立ち上がる。何度でも、何度だって。諦めるつもりはない。水晶の外の“マスター”を睨みつけた。
 “マスター”は、苦しみの中で消えゆくセナの命を恍惚のため息と共に鑑賞している。もはやヴァイスとホノオとシアンへの興味は欠片もないようで――そうか、だから、か。ヴァイスは悟った。敵の興味が自分たちに向いていない。だから、ホノオが初めに食らった時よりも、赤の光線の威力が落ちていたのだ。強烈な痛みではあったが、気絶する前に光線が途絶えたのだ。

「う……うぅ……」

 掠れた声がひとつ。ヴァイスとシアンが振り返ると、ホノオが意識を取り戻したようだ。指先まで傷だらけの腕で、必死に身体を持ち上げようとしている。戦う意思だけで、動くはずのない身体を操ろうとしている。

「ホノオ! まずはこれを食べて。元気になってから動いてネ」

 すっかり手当の手際が良くなったシアンは、ホノオの口の中にオレンの欠片を含ませる。少しの力で咀嚼して飲み込むと、ホノオの傷が少しだけ癒えていった。きのみを食べる最低限の元気を取り戻し、ホノオもオレンの実を頬張った。

「いてて……。さすがに全回復とはいかないか……」

 まだ全身に擦り傷のようなヒリヒリした痛みを残しつつも、ホノオは身軽に立ち上がった。見晴らしが良くなった視界にセナが映ると、絶句する。全身の傷という傷に猛毒がまぶされており、まだ息があるのが不思議なほどの重症だった。

「な……」
「ホノオ。シアンも。セナのために、力を貸してくれる? ボクたち3人で、この壁を壊してセナを助けないと!」
「う、ウン!」
「おう分かった。やろう!」

 ヴァイスの呼びかけに、シアンは少々怯えた様子だが、ホノオは潔く腹を括る。あれだけ深く傷ついた直後なのに、勇ましく立ち向かえるなんて――。即座に前へ進む一歩を踏み出せるホノオが、ヴァイスにはとても眩しく見えた。が、すぐにそのモヤモヤした気持ちはもみ消した。
 敵の注意がセナに全て注がれている。倒れていたホノオと処置に当たっていたシアンも、壁の破壊に協力してくれる。好ましい条件が整う中で、さらにヴァイスに想定外の追い風が吹いた。

(――ヴァイス)
(お父さん……?)

 いつかと同じように、ヴァイスの心に父の声が届く。頼もしく、優しい声に、心が包み込まれるようだった。

(友達を――セナ君を、助けたいのかい?)
(うん。助けたい! 絶対に死なせない!)

 力強いヴァイスの返事に、父――リザードンのレッドの声がふふっと笑う。息子の成長を喜ぶ柔らかな笑みが浮かぶようで、ヴァイスに不思議な勇気が宿った。

(分かった。じゃあ、お父さんも手伝うよ。今回で、最後だからね)
(……え?)

 “今回で最後”その言葉の意味することは――?

(ほら、ぼーっとしていちゃダメだ。ホノオ君が、もう準備を進めているよ)

 ヴァイスの思考は、レッドによって絶たれた。ヴァイスがホノオを見ると、全身に真っ赤に燃える焔をまとっている。シアンももちもちの身体を膨らませて深呼吸を繰り返していた。ヴァイスも慌てて息を深く吸い、ホノオとシアンに目配せする。
 セナの命を救い出すための一撃を、彼らは一斉に繰り出しす。

「“破壊の焔”!」
「“火炎放射”!」
「“バブル光線”!」

 小さな3人の大きな攻撃が、水晶壁を思い切り叩き付けた。直後、壁は不気味な赤に色づく。これから自分たちを襲うであろう、言い表せないほどの痛みが記憶をよぎる。少し怯えて、3人は目をきつく閉じた。
 ――が、いつまで経っても痛みがない。疑問に思った3人が目をそっと開けると——自分たちの身体が、まばゆい真っ白な光に守られていることに気が付いた。

(この光は……!)

 ヴァイスには覚えがあった。かつて“雷鳴の山”で、操られたライコウに独りで立ち向かった――絶体絶命だったあの時も、この光がヴァイスを救ってくれたのだ。ヴァイスは理解する。

(そっか……。お父さんはずっと、ボクのことを守ってくれていたんだ。ありがとう)

 感謝の気持ちがヴァイスの攻撃を後押しし、さらに強固なものにした。

「ふっ、無駄なことを……」

 だんだんと呼吸が弱くなってゆくセナを見ながら、“マスター”は3人を嘲笑う。水晶の中では激しい爆発が起こり、外から様子が分からないほどだ。“マスター”が、悶え苦しむヴァイスたち3人の様子を想像してほくそ笑んだ、その時だった。
 ピシッ。轟音の中から、微かにもろい音が聞こえた。直後、水晶が粉々に砕け、飛び散り、ぶつかり合う。とうとう、頑丈な壁が壊れたのだった。欠片たちが思い思いに奏でるメロディは、“マスター”の耳にはとても不愉快に聞こえた。一方の3人は、祝福のメロディを誇らしげに浴びた。

「よっと。脱出成功!」

 おどけた言葉と共に、ホノオが水晶の穴から外へ飛び出す。続いてヴァイスとシアンも出てくると、ホノオは皮肉な笑みと共に“マスター”に言い放った。

「お前に植え付けられた破壊の力が役に立ったよ。ありがとさん」
「……っ」

 憎いセナを苦しめるために、目の前の友人を絶望に陥れることが効果的と判断した。そのため“マスター”がホーリークリスタを介してホノオに植え付けた呪いの力を、こうして“有効活用”されてしまうなんて――。屈辱に、スイクンの顔が曇る。その変化を見逃さなかったホノオは、勝ち誇ったようにニヤリと笑う。「お前らも揺さぶってやれ」と、ヴァイスとシアンに視線で合図した。

「ねえ、知ってる? 本当の“セナの力”って、あの青い光のことじゃないんだよ」

 ヴァイスはホノオの視線を受け取る。威嚇するように、“マスター”に一歩ずつ近づいていった。

「もっともっとすごい力が、セナにはあるんだよ。なんだと思う?」

 答えを考えるつもりもない“マスター”に、ヴァイスはすぐに答えを明かした。勝ち誇った表情で。

「セナはみんなに優しくて、ボクたちのことを一生懸命に守ろうとしてくれる。だからボクたちも、セナのことを守りたいんだ。セナには、みんなに“信頼される力”がある!」

 “マスター”の――スイクンの顔が醜く歪む。それに構わず、3人は続けた。

「だから……ボクたちの――」
「オレたちの――」
「シアンたちの――」

 大きく息を吸って、こころを合わせる。

「“みんなの力”が“セナの力”なんだ!!」

 声を合わせて叫ぶと、3人は精いっぱいに“マスター”に攻撃を繰り出した。しかし。

「ふざけるな!!」

 敬語が吹き飛んだ、感情的な怒りの声で。“マスター”が怒鳴ると、3人の攻撃は“ハイドロポンプ”で押し返された。

「わああっ!!」

 鋭い水に打ち付けられ、息もできない。3人の小さな身体は地面に引きずられる。壁から受けたダメージの蓄積もあり、水に弱いせいでもある。ヴァイスとホノオは、今にも遠のきそうな意識を保つのに必死だった。

「ふっ。偉そうに何を言い出すかと思えば、耳触りが良いだけの綺麗事を……」

 冷静さを取り戻し、“マスター”が言う。しかしその眼差しは、刃物のように鋭く殺気立っていた。“地雷”を踏んでしまったのか――。ヴァイスは悟るも、時すでに遅し。

「ザコが何匹増えたところで、実力差は覆せません。弱い者を集める力など、私の前では塵同然ですよ」

 “マスター”は再び白帯を尖らせた。まずは仰向けに倒れているヴァイスののどを狙う。

「寝言は寝て言いなさい」

 ヴァイスを永遠に眠らせようとするその一撃を、新たな声が阻止した。

「待ちな!!」

 女性の声が、澄んだ空気をかき分けて響き渡る。“マスター”は、声の聞こえた背後を向いた。

「“セナの力”は、救助隊の仲間に信頼される力。でも、凄いのはそれだけじゃないんだ!」

 ブレロが言うと、数えきれないほどのポケモンたちの得意げな眼差しが“マスター”に突き刺さる。
 第一声の主、メル。ブレロ。ブルル。ソプラ。アルル。ネロ。ポプリ。ウォータ。スザク。そして伝説のポケモン、エンテイとライコウ。
 その場に集まったのは、旅の仲間たちだけではない。“はるかぜ広場”からやって来た、カクレオン兄弟、倉庫番のガルーラ、占い師のエーフィ……。さらにはキラロとキララまで。
 さらに、数々の救助隊も、キズナの味方として駆けつけたようだ。第一発見者の“ウイング”、キズナの昇格試験を担当した“フローラル”。かつての敵だった“スライ”も、戦闘準備を整えて“マスター”を睨みつけている。
 以上は、駆けつけた応援のほんの一部である。列挙するときりがないほどのポケモンたちが、この“水晶の湖”に集まったのだ。言うまでもなく、セナとホノオの疑いは無事に晴れた。仲間たちの活躍によって。

「こんなにも多くのポケモンたちが、味方になる。それが、セナ……そして、救助隊キズナの力だ!」

 エンテイが力強く言う。咆哮が“マスター”を貫いた。

「さあ、僕たちみんなに勝てるかな? 痛い目に遭いたくなければ、スイクンの身体を返してもらうよ」

 追い打ちをかけるように、ライコウが吠える。
 沈黙。澄み切った空気。救助隊キズナの4人の頼りない息遣い。応援のポケモンたちの、“マスター”に突き刺さるような眼差し。

 ――四面楚歌の状況に追いやったにも関わらず、ポケモンたちの繋がりの中心にいる、美波瀬那。

 突如、狂ったように“マスター”が笑い出した。この澄み切った神聖な空気を、信頼で繋がれたポケモンたちの心を、乱れた笑い声で汚さないと気が済まなかった。

「なっ、何がおかしい!」

 エンテイが言うと、“マスター”はピタリと笑い止む。おかしくて笑っているのではない。“マスター”はエンテイをギョロリと睨みつけた。眼がひん剥かれたようなグロテスクな表情に、エンテイはうっと悲鳴を飲み込む。
 “マスター”は地を這うような平たんな声で。

「どいつもこいつもセナ、セナと……。これはまた、おめでたい星に“流れ着いた”ものですね、私も。その少年が作り出した苦しみを、誰一人として知らないのですから」

 憂いを帯びた声色と、虚ろで生気のない目つきを、ポケモンの集団に投げかける。それがいかに虚しい、意味のない行為であるか、即座に悟ると――。

「私は、認めなければなりませんね。セナの命は、この世界に歓迎されている」

 字面だけを見れば、歩み寄っているようにも感じられる言葉。だが。その場に居合わせたポケモンたちの中には、“マスター”の言葉を友好的に感じられた者は誰一人としていなかった。その言葉が友好的でないとすれば、どのような意味合いを持つのか。それを正確に理解し表現できる者も誰一人としていなかったのだが――とにかく、“違う”のだ。

「今回の件からは、私は身を引きましょう。こんなことをしている場合ではない」

 心なしか、悲しさがわずかに滲んでいるように感じられる。なんとかつなぎとめた意識で、ヴァイスはその言葉の真意を探ろうとした。が、正解にたどり着く前に。

「正すことのできないこの世界など、崩壊させるまで。……準備を進めなくては」

 ぽうっと、スイクンの身体が光る。その光――今までスイクンの心身を乗っ取って操っていた“マスター”の魂は、引き抜かれるように北に向かって飛んでいった。“元の場所”へと、戻ったようだ。


 かくして、スイクンの心身は正常に戻り、キズナやガイアを揺るがした大騒動は終わりを告げた。
 セナのバッグの中で、水晶が淡く輝く。神聖で澄み渡るようなその光が、事態の終息を証明していた。

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